7.言葉と記憶は密接な関係にある。
米国の動物行動学者、R・ヤーキーズ(1876- 1956)の実験に興味深いものがある。小さな窓のついた部屋にチンパンジーをいれる。その小さな窓に赤か緑の板が不規則な順序であらわれる。赤の板が出たときに側にあるレバーを押すと、その板は消えて一定時間がたってから餌が出てくる。緑の板が出たときにレバーを押しても板が消えるだけで餌は出てこない。次の実験は、板が消えてから餌が出てくるまでの時間を四~五秒以内にする。するとチンパンジーは、このしくみを覚えいつでも餌を手に入れることができる。ところが、餌の出てくる時間を、板が消えてから五秒以上になると、何回繰り返しても決して覚えられない。五秒以上になると、色と餌の関連性を忘れてしまう。
最幼児期記憶―臨界年齢とその意味
では、このような最幼児期記憶は何歳くらいまで遡れるのであろうか。またそれ以前の記憶はなぜ想起出来ないのであろうか。小児期の特徴的な出来事に対する記憶について研究したFyC・シャインゴールド&Y・J・テニーは弟や妹が誕生したときさまざまな年齢であった被調査者を集め、弟や妹の誕生当時の状況に関するいろいろな質問、例えば、「お母さんが赤ちゃんを連れて帰ってきたときは、あなたは何歳ごろでしたか?」などの質問をし、それらの正想起得点がゼロとなる誕生時上限年齢が三歳未満であること(三歳未満のときに起こったことを正確に記憶していることはないということ)、そしてそれ以後想起得点は急激に上昇することをつきとめた。このことから、最幼児期記憶の臨界年齢はおおよそ三歳前後といってよいであろう。
ところで三歳以前の出来事がほとんど記憶に残っていないのはなぜであろうか。…これを理解するには、逆に、三~四歳以後の小児期において長期記憶が急速に可能となるのはなぜか、に注日しかほうがよいとS・ワルドフォーゲルは考える。
第一に、認知情報が永続的な長期記憶に移行・定着するには精緻化リハーサルが必要であると考えられるが、リはーサルには言語の発達が不可欠である。第二に、特別な経験を他の一般的な事象から際立たせて認識するためには、それなりの意味記憶、知識スキーマ(知識の枠組)ないしスクリプト(我々がしばしば遭遇する典型的場面で常識的になされる行為や、自然な場面展開をひとまとめにした知識表現)の習得が必要であろう。これらの習得・発達時期はちょうどこの年齢期以後に当たっていると考えるのである。
たしかに、意味記憶率知識スキーマースクリプトの習得・発達は新しく発生してくる物事の理解を容易かつ迅速にする。つまり、認識の効率化という点で大いに役立つ。
エピソ-ドの累積は逐次的・生活史的であり、その情報量は非常に大きくかつ一過性であるので、際立った弁別がなされる要件を備えていないと記憶に残存しにくい。そして何よりも、その発生時と同じ正確さを持って記憶しておくためには、その事象の相当な繰り返しとその都度の理解の努力が必要とされよう。エピソードの回想は人生を美しく豊かに彩るが、適切な意味記憶・知識スキーマースクリプトに基づく時々刻々の適切な認知は、生活適応のために、言い換えれば、人が生きて行くために不可欠な道具なのである。(以上)