『毎日新聞』(2021.3.30夕刊)「あたし元気になれ」小国綾子さんの過ぎのようなコレムが掲載されていました。以下転載
「会社の先輩、産休明けて赤ちゃん連れてきてたんだけど、もうすっごいかわいくって。どっかの政治家が『ジェンダー平等』とかって今、スローガン的に掲げてる時点で、何それ時代遅れって感じ」
仕事から帰宅した若い女性がそう言って笑う問題のCMを見て、悪い毒を食らったみたいに全身がぐったりとしてしまった。
テレビ朝日の報道番組「報道ステーション」のウェブCM。「女性蔑視だ」などと批判を受け、同社はCMを取り下げ、謝罪した。私は何を「悪い毒」と感じたんだろう。試しに、息子が連れてきたカノジョが目の前で同じことを言ったら、と想像してみた。
すると意外なことに、その子にはちっとも腹が立たないのだ。むしろ「今までジェンダーバイアスを感じずに仕事ができてきたの、良かったね。でも、いつか壁にぶつかったら、私はあなたの味方をするよ」などと応援したくなる。
もっとも「日本は男女格差を示すジェンダーギャップ指数が153力国中121位。同性婚の実現など、より多様なジェンダーの平等を、という訴えは、まさに喫緊の課題だと思うよ」くらいの意見は伝えるだろうけれども。
結局、私か不快感を抱いた相手は、CMの中の女性ではなく、このセリフをわざわざ若い女性に言わせた作り手だ。CMを問題と思わず、OKを出したテレビ朝日の上層部の人だちだ。差別に苦しむ人々の生の声に誰より触れる機会が多いはずの報道機関が、なぜ?
「ジェンダー同題はおなかいっぱい」「何でもかんでも差別だと言われてもなあ」。彼らはそんな会話をしながらOMを作ったのではないかと想像し、気がめいる。
第一職場に赤ちゃんを連れて来ているのだから「ジェンダー平等」は時代遅れ、というCMのストーリーにがっかりだ。20年以上前、私も赤ん坊を抱いて職場にあいさつに行った。同僚や上司の理解を得たかったからだ。今も育児休業が明ける前、子連れで職場にあいさつに来る社員は多い。ただしほとんどが女性だ。このCMは「赤ちゃん連れてきた先輩」に男性社員を想定していただろうか。
日々痛みを感じ、切実な思いで平等を求める人々を「時代遅れ」と嘲笑するなんて。ましてその役を若い女性にやらせるなんて。時代遅れなのは「ジェンダー平等」ではなく、CMを世に送り出した人々だ。(オピニオングループ)