仏教を楽しむ

仏教ライフを考える西原祐治のブログです

「タメ口」の弊害

2021年08月31日 | 日記

8月13日のブログに「ことばを変えることで関係を変える」について、下記の出来事を紹介しました。

 

…2019年8月14日『朝日新聞』には、甲子園に出場した習志野高校野球部について、「習志野に学年の垣根なし タメ語OK、理不尽な規則なし」という記事が載った。先発に六人の二年生が並ぶチームで、後輩が萎縮しなっては勝てないと考えた三年生が話し合い、「部則」を見直していった。見直しひとつが、先輩への敬語であった。その結果、上級生と下級生の良いチームワークが生まれたという。(以上)

 

以下「硫酸被害者「タメ口でトラブル」 大学時代、事件につながりか(共同通信) - Yahoo!ニュース」より転載。

 

東京都港区の東京メトロ白金高輪駅で男性会社員(22)に硫酸とみられる液体をかけたとして、傷害容疑で静岡市の大学生花森弘卓容疑者(25)が逮捕された事件で、男性が「大学時代に(花森容疑者に)タメ口を使いトラブルになった」と話したことが29日、捜査関係者への取材で分かった。警視庁は事件につながった可能性もあるとみて慎重に関連を調べる。 捜査関係者などによると、花森容疑者はかつて琉球大農学部に在籍し、映画サークルで男性と一緒だった。男性は「数人でいた時に花森容疑者にタメ口を使ったら『自分が年上なのに、タメ口はおかしい』と怒られた」と説明している。(以上)

 

先輩、後輩の壁をどう越えるか、かなりハードルが高いようです。何を大切にしようとしているかによって、「タメ口」も、善か悪かに変わるようです。

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白隠の地獄と極楽の教え

2021年08月30日 | 仏教とは?

法話メモ帳より

 

白隠の地獄と極楽の教え

 

江戸時代の中期の頃のある日のことである。織田信茂(おだのぶしげ)という彦根藩の武士が、白隠慧鶴(ハクインエカク・1685一1768)の住持する松蔭寺を訪ねてきた。

 白隠は臨済宗中興の祖といわれ、沼津市で生まれた高僧である。

 武士は白隠に質問した。

「地獄、極楽はどこにあるのですか?」

 すると、白隠はこう答えた。「地獄、極楽かどこにあるのだと? ほほー、そんな所を探しているようなやつはろくなヤツではないな」

 「ろくでない?」

 「そうじゃ、この腰抜け侍」

 「なななな何! 腰抜けだと」

 武士は怒りだした。

 「せっかく遠くからやってきたのに、失礼ではないか。謝れ、さもなくば切る!」

 武士は手を刀にかけ、白隠をにらんだ。しかし、白隠が、さらに、

 「腰抜け」

 と言ったため武士は顔を真っ赤にして、刀を抜いた。

 白隠は身をひるがえして、逃げだした。

 「待てーっ」

 武士は追いかけてきた。さらに、武士がもう一太刀浴びせようとした瞬間、自隠はこう叫んだ。

 「そこが地獄じゃ!」

 武士はピタリと止まり、刀を収め、そり場に正座し、謝罪した。

「申し訳ないことをしました。一瞬のいかりで身を滅ぼすところでした」

 「やれやれ、落ち着いたな。何のことはない、そこが極楽じゃよ」

 白隠はにっこりと微笑んだ。

白隠は地獄極楽は自分の心の中にあることを身をもって導いたのだった。(以上)

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二枚の銀貨

2021年08月29日 | 日記

法話メモ帳より

 

支那に張という二人の兄弟がありました。両親を失ったので、さすらいの旅に出ました。すると、道に紙包みが落ちています、開いて見ると二枚の銀貨が入っている。そこで、これは天の与えであるといって一枚宛分けて、弟は兄に言った。

「兄さん、これは天からの授かりものであるから、お互にこれを大切にしててひと稼ぎしよう。ついては、お互に同じ道を行っては面白くないから、兄さんは北へ行きなさい、私は南へ行く。そして、十年の後には必ず再会しましょう」と。兄も「それは面白い」といって、それぞれ大切に銀貨をしまい、南北に別れました。

兄は北京へ行きましたが、銀貨を他人に取られはしないかと、いつもびくびくものでした。何にもせずに、一枚の銀貨ばかりに気を盗られていた兄は、とうとう乞食になり果てました。約束の十年を経過したので、兄は南の京に弟を尋ねて行きました。弟は有名な長者になって堂々たる邸宅に住んでいました。そして兄の乞食姿を見てあっけにとられ「兄さん、貴方はあの大切な天の授かりものをどうかしたんですか。その身なりはどうしたことです」と訊ねると、兄は周囲を見盡わし誰も居ないことを確かめると、胴巻の中から一枚の銀貨を出し、「これこの通り大切に持って居るよ。これを奪られはしまいかと思うお十年間夜もおちおち眠れなかった」と云う。弟はあっけにとられて「兄さん、私のお金を大切にしようと云ったのは、そんな意味ではなかったのです。私はあのお金を資金にして八百屋を初めました。そして、お金を十倍にしました。次は米屋をして千倍にしました。それから石炭を買って万倍にしました。今ではこの南京に私以上の金持はありません。兄さん、これがお金を大切にするという意味ですよ」と云った。(以上)

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大号尊者と二匹の鬼

2021年08月28日 | 仏教とは?

法話メモ帳より

 

『仏説無量寿経』

我聞きたまえき  かくのごとき。一時、仏  王舎城耆闍崛山の中に住したまいき。大比丘衆、万二千人と倶なりき。一切の大聖、神通すでに達せりき。

その名をば、尊者了本際・尊者正願・尊者正語・尊者大号…

 

その大号尊者の逸話です。

 

 

釈尊に大号尊者という弟子がある。彼が商人であったとき他国からの帰途、道に迷って日が暮れた。
宿もないので仕方なく、墓場の近くで寝ていると無気味な音に目が覚める。
一匹の赤鬼が、人間の死体を持ってやって来るではないか。いで木に登って震えながら眺めていると、間もなく青鬼がやって来た。
「その死体をよこせ」と青鬼が言う。
「これはオレが先に 見つけたもの、渡さぬ」という赤鬼と大ゲンカがはじまった。
その時である。赤鬼は木の上の大号を指さして、「あそこに、 さっきから見ている 人間がいる。 あれに聞けば分かろう。証人になって 貰おうじゃないか」と言い出した。
大号は驚いた。
いずれにしても食い殺されるのは避けられぬ。ならば真実を言おうと決意する。
「それは赤鬼のものである」と証言した。
青鬼は怒った。大号をひきずり下ろし、片足を抜いて食べてしまった。
気の毒に思った赤鬼は、誰かの死体の片足をとってきて大号に接いでやった。
激昂した青鬼は、さらに両手を抜いて食べる。
赤鬼はまた、他の死体の両手を取ってきて大号につけてやった。
青鬼は大号の全身を次から次に食べた。
赤鬼はその後から、大号の身体を元どおりに修復してやる。
青鬼が帰った後、「ご苦労であった。 おまえが真実を 証言してくれて 気持ちが良かった」と赤鬼は礼を言って立ち去った。
一人残された大号は、歩いてみたが元の身体と何ら変わらない。
しかし今の自分の手足は、己の物でないことだけは間違いない。
どこの誰の手やら足やら、と考えた。
街へ帰った彼は、「この身体は誰のものですか」と大声で叫びながら歩いたので、
「大号尊者」とあだ名されるようになった。(以上)

 

上記の話は、児童文学全集「印度童話集」に掲載されており、『(自選)ー大岡信詩集』略年譜に「要約」が紹介されている。

出展がわかりましたら、またご紹介します。

 

コメント (2)
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0.1mmの紙を42回折ると厚さは月へ到達する

2021年08月27日 | 日記

法話メモ帳より

 

0.1mmの紙を1回折ると0.2mm、2回折ると0.4mmと折るごとに厚さは2倍になっていきます。

10回折るとただの紙が10cmを超えるほどになります。
25回折ると富士山とほぼ同じ高さ、35回折ると日本列島の長さと2倍されていくごとに大きく厚みを増していきます。

そして41回折ると219,902,325,555.2mm(約22万km)となり、42回目にはついに439,804,651,110.4mm(約44万km)となります。

地球から月までの距離はおよそ38万kmなので、紙を42回折るとその厚さは月へ到達することになります。

 

そして42回で地球から月に到達し、50回目で太陽にまで到達してしまう。

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