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仏教を楽しむ

仏教ライフを考える西原祐治のブログです

なぜヒトだけが幸せになれないのか

2025年06月21日 | 日記
『なぜヒトだけが幸せになれないのか』(講談社現代新書・2025/4/24・小林武彦著)、ませがきに次のようにあります。

『生物はなぜ死ぬのか』では死の意味を、『なぜヒトだけが老いるのか』では老いの意味を生物学的に考察してきた著者によるシリーズ最新作。第三弾となる本書のテーマは「幸せ」。
生物の中でも、ヒトは「ある変化」を機に幸せに生きにくくなったという。その理由とはなにか。幸せに生きる方法はないのか。生物学から「ヒトが生きる意味」を考える。

 生物学的な価値観から「幸せ」=「死からの距離が保てている状態」と定義してみます。この定義に当てはめて現状を考えると、何がヒトの幸せの妨げになっているのかが見えてきました。意外なことにその原因の一つは、私たちの細胞一つ一つに存在する「遺伝子」にあったのです。

先ず著者が問題とする「幸せ」とは、以下転載です。

「幸せ」の生物学的な意味は?
 以上のことから、動物においての「幸せ」(ここではー死からの距離が保てている状態)と定義しました)の原動力は、生存本能と生殖本能に尽きるように思えます。生存は生きること、そのために必要な「食べること、食べられないように逃げること、隠れること」、結果的に生きていることが幸せです。つまり、生存本能が強いほど「幸せ」ということになります。
また、生殖は個々の個体の死からの距離とは直接関係はありませんが、そこまでは死なないように進化によって守られています。
 まとめると、幸せの生物学的な意味はきわめてシンブルで、死からの距離感を保とうとすることです。逆に生物が生きている理由は、そこに「幸せ」がある、つまり「死からの距離」が保てているからなのです。(つづく)
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人間と宗教 あるいは日本人の心の基軸

2025年06月20日 | 日記
柏の文化公演会に寺島実郎先生をお招きしたく、連絡すると「今年は日程が合わないから、年が明けたっら連絡を」とのこと。秘書の方から、「先生が送るように」とのことで、『人間と宗教  あるいは日本人の心の基軸』(2021/11/29・寺島実郎著)が、送られてきました。その本のなからの転載です。

 戦後日本人の心の基軸 経済主義の行きづまり

 戦後日本人の中核となった都市新中開層の心の基軸となったものは何だったのであろうか。あえていえば、都市新中間層の宗教ともいえるのが「PHPの思想」(豊かさを通じた平和と幸福)だった。
Peace and Happiness through Pyosperiyyは、敗戦の翌年一九四六年に松下電器の創業者・松下幸之助加提起した概念であり、翌年発刊された雑誌『PHP』の創刊号には政治学者の矢部貞治や詩人・室生犀星が寄稿している。松下のPHPについて、GHQ(進駐軍)に対するカムフラージュ、プロパガンダだという見方もあるが、敗戦後の混乱に直面した松下が心に描く、理想社会への真摯な思いだったといえよう。
 とくに、GHQからの迫放指定を受け、解除嘆願に動いてくれた労働組合への熱い想いが「労使の共存共栄」の基本哲学としてPHPを強調したと感じられる。「労使対決」という戦後日本の新しい対立を克服する概念として、「まずは会社の安定と繁栄が大切」というPHP的志向は定着した。やがて松下幸之助は「経営の神様」といわれるようになり、晩年の松下は「徳行大国日本の使命」を語るようになっていた。また、ものづくり国家日本のシンボルとして、本田宗一郎、SONYの井深大、盛田昭夫などと共に「神格化」される存在となった。現在の日本には、そうした存在の産業人が全くいなくなったことに気づく。
 ひたすら「繁栄」を願う「経済主義」が戦後日本の宗教として、都市新中間層に共有されていった。だが、そこには、明治期の日本人が、押し寄せる西洋化と功利主義に対して「武士道」とか「和魂洋才」といって対峙した知的緊張はない。「物量での敗北」と敗戦を総括した日本人は、「敗北を抱きしめて」、アメリカに憧れ、アメリカの背中を「追いつけ、追い越せ」と走ったのである。
そこには米国への懐疑は生まれなかった。資本主義と対峙しているかに見えた「社会主義」も、ある心味では形を変えた経済主義であった。階級矛盾の克服にせよ、所有と分配の公正にせよ、経済関係を重視する視点であり、経済主義に視点おいて同根であった。


心の再生こそが「戦後レジームからの脱却」
 日本の勤労者世帯可処分所得がピークを迎えたのが一九九七年であったが、以来二二年も経った二〇一九年においても、勤労者への分配は水面下のままである。帰属する会社の社歌を歌う「会社主義」への思い入れは、江戸時代期の藩へのご奉公にも通じるものであり、それに応えるように「年功序列・終身雇用」のシステムにおいて、会社は安定した分配を提供できた。そうした右肩上がり時代には違和感なく受容されたPHPの思想も、平成の三〇年間で軋みが生じ始めた。会社は右肩上がり分配を保証できなくなり、PHPに共鳴していた勤労者の中核たる都市新中間層も高齢化し、定年を迎え会社を去った。「経済さえ安定していれば、宗教など希薄でも生きていける」という時代を生きた都市新中間層があらためて気づいたことは、経済主義だけでは満たされないものの大切さであり、それは老いと病、また人間社会を生きる苦悩・煩悩の制御である。
 そして、「宗教なき時代」を生きる日本人の心の空漠を衝くかのように、カルト的新宗教教団の誘惑と、戦前の祭政一致による「国家神道」体制の復活を求める動きが蠢き始めている。
 不安と苛立ちの中で、我々は無明の闇に迷い込んではならない。戦後日本の共同幻想というべき代を生きた都市新中間層があらためて気づいたことは、経済主義だけでは満たされないものの大切さであり、それは老いと病、また人間社会を生きる苦悩・煩悩の制御である。
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世界は認知バイアスが動かしている③

2025年06月03日 | 日記
『世界は認知バイアスが動かしている 情報社会を生きぬく武器と教養』(栗山直子著)からの転載です。


ダユエルーカーネマンがノーベル経済学賞を受賞した後の2011年に出版した世界的ベストセラー『ファスト&スロー』(“THINKING。FAST AND S)OXVじでは、人には2つの思考経路が備わっているからだと説明しています。
 これを二重過程理論と呼びます。

 ひとつは「システム1」と呼ばれる直感的、感情的な思考で、もうひとつが「システム2」と呼ばれる論理的な思考です。システム1はすぐに答えを出してしまう「速い思考」、システム2は答えをゆっくり出す「遅い思考」と捉えてもいいでしょう。
 私たちは普通、システム1の思考モードで周りの状況を理解することが多いです。システム1が生存に不可欠なのは間違いありません。
 
相場価格を無視してでも高値で買ってしまう「アンカリング効果」

ここからは直感的な思考により陥ってしまう認知バイアスの代表例を紹介します。
 まずは「アンカリング」です。
 アンカーは船を停留させるための錨です。錨を落とすと船は錨を落とした時点からロープの長さの範囲でしか動けなくなります。それと同じで、人間も意思決定に際して何らかの「初期値」を基準にして、そこからあまり離れて考えられないことで非合理的な決断をしてしまうことを「アンカリング」と呼びます。
 「何を最初に提示されようが、無視すればいい」と思われるかもしれませんが、人間は最初に示された数字に非常に引きずられることを示したアリェリーら(2003年)の論文があります。
実験参加者にまず社会保障番号の下2桁を書いてもらいます。00から99までの数字です。その後、ワイン、チョコレート、コンピュータ機器などのいくつかの買い物のリストを提示します。あなたの社会保障番号の下2桁がこの商品の価格だった場合、それをあなたはいくらで買うかと尋ねます。
 たとえば、社会保障番号の下2桁が34であれば、ワインの価格を34ドルと仮定して、いくら払って買うかと聞きます。この場合、社会保障番号の数字がアンカーとして私たちの意識に固定されます。結果的に実験参加者の社会保障番号の下2桁が提示する価格に強く影響していることがわかりました。
 社会保障番号と価格との関連は全くありません。にわかにはこの現象は信じられないかもしれませんが、社会保障番号の下2桁が大きい人は小さい人に比べて提示した額が統計的に有意に高かったのです。
 社会保障番号が大きい人は高く見積もり、小さい人は安く見積もりました。ワインやチョコレート、コンピュータは当然、市場価格かおりますが、実験参加者たちは相場とは全く関係ない自分の社会保障番号によって商品の価格を決めてしまったのです。このように最初に提示された数値(アンカー)によって、極端に判断がゆがめられる可能性もあるのです。

値下げシールにだまされるな!
 実はアンカリングは私たちの身の回りにあふれています。
 たとえば、セールの時期などに元の値段をあえて見せるように残して、割引した値札を貼っていることはよくあります。「春物の2万円のニットが9割も安くなっていて2000円になっている!」とお得に感じて、つい買ってしまった経験がある人もいるでしょう。これこそまさにアンカリングです。
 割引した値段だけが貼られていると、人はその割引した値段からしか価値を考えられません。先ほどの例ですと、2000円でそのニットを買うべきかどうかだけで判断すればよいのです。
 ところが、あえて高い値段を見せておくことで、「20000円のニットを2000円で買える」というお得な感じが演出できます。それを見た人は20000円か価値判断の基準点として固定されます。

飲食店などの価格設定もアンカリングが使われています。
 たとえば、ある中華料理店に、8000円のコースと、5000円のコースがあったとします。この2つを比べると、8000円のコースを高いと感じるお客さんがほとんどのはずです。
 お店として何とかして8000円のコースの利用者を増やしたい場合、新たに10000円のコースを設定して、メニューのトップに持っていきます。そうすると、10000円のコースがアンカーとなって、8000円のコースを安く感じるようになります。
 特に中華料理のコースやビューティーサロン、コンサルティングのような基準となる価格がはっきりしない商品やサービスではアンカリングの効果が大きく期待できます。 このようにアンカリングを利用して、購買意欲を促すという方法は企業の日々の戦略に当たり前のように採用されています。(つづく)
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世界は認知バイアスが動かしている②

2025年06月02日 | 日記
『世界は認知バイアスが動かしている 情報社会を生きぬく武器と教養』(栗山直子著)からの転載です。

フレーミング効果とは、人間は利益が出ているときには確実性を好み、損失を避け、一方で損失が出ているときはリスクを負ってでも利益を求める傾向にあるという現象です。
 具体的な実験を元に説明しましょう。
 ふたりがこのフレーミング効果の検討のために実施した有名な実験が「アジア病問題」です。
 実験では実験参加者を、利益を強調した「ポジティブフレーム」グループと損失を強調した「ネガティブフレーム」グループに分けて、考えさせました。みなさんも一緒に考えてみてください。

 米国で珍しい伝染病によって600人が亡くなる見込みです。対策として2つのプログラムが提案されていますが、どちらを採用しますか。

ポジティブフレーム
 対策A一採用されれば200人救われるだろう。
 対策B11採用されれば3分の1の確率で600人救われ、3分の2の確率で誰も救われない。
実験結果としては実験参加者の72%以上がAを選んでいます。

ネガティブフレーム
 対策C11採用されれば400人死亡するだろう。
 対策D一採用されれば3分の1の確率で誰も死亡せず、3分の2の確率で600人が死亡するだろう。
 こちらの結果はポジティブフレームとは真逆でDを選んでいます。
みなさんお気づきだと思いますが、表現が異なるだけで、AとC、BとDは同じ確率です。

対策A=C11200人が助かり、400人が死ぬだろう。
対策B=D11600人全員が助かる確率は3分の1、全員死ぬ確率は3分の2だろう。

ですから、内容だけを合理的に判断すればAを選んだ人の割合とCを選んだ人の割合は同じになるはずです。Aを好む大はCを選よし、Bを好む大はDを選士はずですが、真逆の結果になっています。
 この差異が生まれたのは、何を強調したかです。ポジティブフレームでは「助かる人数」、つまり利益に焦点を当てたことで、全員が死ぬリスクを[回避しようとしてAを選ぶ人が多くなりました。
 一方、ネガティブフレームでは「何人死ぬか」と損失を強調したため、全員死ぬリスクを顧みずにDを選ぶ人が多くなりました。
 このように、人間は問題の提示のされ方で全く異なる判断を下します。ポジティブな枠組みとネガティブな枠組みでは同じような思考をしないということがわかります。情報処理の方法が異なるのです。
 これがフレーミング効果の有名な実験です。ふたりはこうした研究を重ねて、グロスヘクト理論を発展させていきました。
 「人間はそれほど合理的には考えない」というのは今では当たり前に思えるかもしれませんが、カーネマンとトヴェルスキーの研究は人間の非合理性をモデル化して実証した点で当時はとても革新的な研究でした。
 みんながそれまでは人間は合理的であるという前提で研究していたのにその前提をサイモンが「人間はそこまで合理的に判断できない」と指摘し、力-ネマンとトヴェルスキーがそれを実証しました。
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世界は認知バイアスが動かしている①

2025年06月01日 | 日記
『世界は認知バイアスが動かしている 情報社会を生きぬく武器と教養』(栗山直子著)からの転載です。


「情報の豊かさは注意の貧困をもたらす」

 ノーベル経済学賞受賞者で人工知能(AI)の生みの親でもあるハーバート・サイモン(1916~2001)は、生前にこのような言葉を残しました。情報が増えれば増えるほど、一つひとつの情報に振り向けられる注意が減るというトレードオフの状態になるということです。なぜなら、人間の脳のキャパシティは昔も今も変わらないからです。

 注意力を失った人間はどうなるか。ますます「バイアス(=思い込み)」に囚われやすくなります。
 ITの発展により情報は指数関数的に増えています。そんな「情報氾濫の時代」において、「思い込みに囚われた人類」が情報に踊らされ、大統領選、ネット炎上、株価暴落、大ブームなど、世界を大きく動かしています。
 情報が氾濫している時代だからこそ、情報にアクセスするだけの能力にはあまり意味はありませんし、どんなに頭の良い人でも、思い込みに囚われていては失敗をします。
 そして、思い込みは直感的であり、感情的なものです。意識をしなければ、自分でもコントロールできるものではありません。現代を生きる私たちにとって、認知バイアスを知らないことは、ことのほかヤバいことなのです。

「イタリアの53番」の悲劇
卑近な例でいえば、「イタリアの53番」と呼ばれる認知バイアスがもたらした悲劇があります。
 2005年、イタリアでは数字を当てるナンバーズくじで「53番」が2年にわたって、あたり目になっていませんでした。このくじは1ヵ月の売り上げが7億ユーロ近く(当時の為替レートで900億円以上)あることもあり、多くの人が関心を寄せていました。
当然、くじを買う人の中には「次は53番が絶対に出るはず」と考え、多くのお金を投じる人がいましたが、そのことでいくつかの悲劇が生まれます。
 大損して妻と息子を射殺した後に自殺したり、家族の全貯金を使い込んで入水自殺したり、少なくとも4件の自殺・殺人が確認されています。
 確かに2年も出ていない番号であれば、「次こそ53番が出る」と興奮する気持ちはわかります。ただ、くじの結果はランダムです。続けて53番が出ることもあれば、2年どころか5年、10年にわたって53番が出なくても全く不思議ではありません。
 くじでは当たり前ですが、結果は一回ごとに常にリセットされるので、これまでの出目によって次の結果を修正する機能はありません。それにもかかわらず、賭ける側はあたかも法則があるように考えてしまいます。同じように、ルーレットが続けて偶数を出していると、「次は奇数が出るのでは」と思いがちですが、次に奇数が出るか偶数が出るかの確率は同じです。
 これらは認知バイアスのひとつで「賭博者の誤謬」と呼びます。もし、当時この認知バイアスが広く知れ渡っていれば、そこまで熱くならず、悲劇も防げたはずです。(つづく)
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