仏教を楽しむ

仏教ライフを考える西原祐治のブログです

新しいをどう提供するか

2024年02月29日 | 都市開教

一昨日(2024.2.27)の『産経新聞』に連載コラム「100円男の哲学 矢野博丈」が掲載されていました。以下転載します。

 

21世紀は人間力の時代

 

昭和47年、総合スーパーの雄だったダイエーが売上高で老舗百貨店の三越を抜き、小売業の日本一になった。「スーツと出てパツと消える」なんて揶揄されたスーパーだが、モノの値段が上がり続けたあの時代、大量仕入れとセルフサービスで安値にこだわったことで消費者の支持を集めた。店舗には入り口前の信号が変わるたびにぞろぞろと客が押し寄せ、商品はなんぽでも並べるだけ売れていった。

 まだスーパー業界に勢いがあった平成初期の頃だろうか、パーティーで奥さまと一緒に食卓を囲んだイオンの岡田卓也名誉会長相談役が、こう指摘した。

  「スーパーは有肩上がりの経営計画を出しているがあれは間違いだ。いまからスーパーは潰れていく」

 「価格破壊」を掲げたダイエーが好業績を続けていたころだ。さすがにそれは間違いだと思った。

 だが、流通先進国の米国では当時、既にスーパーの倒産や統廃合が進んでいた。日本でも平成12年に長崎屋、13年にマイカルが経営破綻し、ダイエー創業者の中内切さんも同年に経営悪化の責任を取って引退に追い込まれた。

 岡田さんに『言っておられた通りになりましたね。と声をかけたら、「そらそうだろう」と破顔一笑されたのが忘れられない。この人は。本物だなあと、洞察力に感心した。』

 20世紀後半は、欲が強く剛腕の経営者が成功した。高度経済成長に乗じて大金持ちになった者は世間からもてはやされた。もっとも、経済成長は人口が増えたから消費も増えただけでしかなかった。バブルの頃は、地価上昇を当てこんで土地を買いあさり、店舗を拡大させた。そこにあるのは利益至上主義。中内さんはあの頃の典型だろう。

 20世紀が「成長の世紀」ならば、21世紀は「縮む世紀一になってしまうと考えていた忘年会でのこと。セブン・イレブン・ジャパン会長とイトーヨーカ堂社長を兼務していた鈴木敏文さんに「21世紀の小売業はどうしたらいいんでしょう。バブルが崩壊して景気は悪いし、どうすればいいか、さっぱり分からんのです」と恐る恐る質問をぶつけてみた。

 鈴木さんは「うーん、そうだなあー。と言ったきり、10秒か20秒か沈黙された。場の空気がまずくなった、と思い「12月某日20時30分の考えでいいので教えてください」ともう一度お願いをした。

 鈴木さんは「うーん、そうだなあーとまた10秒ほど沈黙した後で、「ああそうだ、新しさだ」。

 消費者はモノの安さだけでは満足しなくなり、企業に「新しいもの」、つまり何らかの価値を求めるようになった。そこで必要になるのが経営者の「徳」や「優しさ」。世の中のために頑張っている企業や経営者が評価される時代になった。「21世紀は人間力の時代」と言うのはそのためだ。岡田さんが海外で植樹活動をしているのは好例であり、私も植樹活動に同行したり、ささやかながら資金面での支援をしたりしてきた。

 大リーグの大谷翔平選手が試合中にグラウンドのゴミを拾うことが話題になった。大谷選手は「人が捨てた『運』を拾っている」と答えたという。野球選手としてだけでなく、人間としてもただものではないことがよく分かるエピソードだ。

(大創産業Λダイソー▽創業者)次回は3月19一日掲載(以上)

 

既成教団の中に、この「新しさ」をどう育み、提供していけるか。教団も問われているようです。

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文化的な位置付け

2024年02月28日 | 都市開教

昨日(2024.2.27)の『読売新聞』千葉県版に下記の記事がありました。

 

ヨーカドー津田沼9月閉店

 

 習志野市のイトーヨーカドー津田沼店が、9月頃に閉店することがわかった。運営するイトーヨーカ堂によると、親会社のセブン&アイーホールディングス (HD)が昨年3月に発表した構造改革・成長戦略の一環だ。      ’

 津田沼店は1977年、JR津田沼駅に近い新京成電鉄新津田沼駅の駅ビルに開店した。地下I階、地上8階で食料品、衣料品を中心に販売し、家電、家具のテナントが入っている。

 80年代には大型店が集中し、「津田沼戦争」と呼ばれるほど激しい商戦を繰り広げた。しかしに西船橋駅経由で東京に向かう東葉高速鉄道が開業すると、JR津田沼駅と新津田沼駅の乗降客数は減り、買い物客数にも陰りが見えるようになった。

 イトーヨーカ堂の広報担当者は津田沼店の閉店について、「様々な項目を精査する中で決まった」と説明している。駅ビルオーナーの新京成電鉄は「後継テナントを探している」としている。(以上)

 

百貨店、ショッピングセンター、フアッションビル、郊外型ショッピングモール、流行が激しく、常のお客の前をリードしていかなくては、廃業になってしまう。ましてイトーヨーカドーという色づけされたマーケットで、新しく集客するのは至難の業だろう。むしろ中身を入れ替えて、新鮮さで新しくスタートする方が理に適っているのかも知れません。

 

お店の文化的な位置付けをはっきりさせることが第一だろう。これは既成仏教教団のも同じだ。

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連濁のルール

2024年02月27日 | 日記

 昨日の続きです。「和語」「漢語」について、下記からの転載です。

 

日本語の連濁のルールについて│旅する応用言語学 (nihongo-appliedlinguistics.net)

 

 

 

連濁の例外

とはいえ、連濁には例外もたくさんあります。また、例外の例外まであって、奥が深いです。

(詳しく知りたい方はバンス他(編)(2017)『連濁の研究: 国立国語研究所プロジェクト論文選集』開拓社 などをご参照ください。)

 

主な例外ルールとして、

  1. 和語なのに連濁しない場合
  2. 漢語・外来語なのに連濁する場合

の2つに分けて説明します。

 

 和語なのに連濁しない場合

和語なのに連濁しない場合として以下があります。

① 和語でも、並列構造の場合は連濁しないことが多い。

  • 好き(すき) + 嫌い(らい) → 好き嫌い(すきらい)
  • 山(やま)  + 川(わ)  → 山川(やまわ)
  • 飲み(のみ) + 食い(い) → 飲み食い(のみい)

 

まず、「好き嫌い」「山川」のように、並列構造の場合(つまり、2つの語の関係が対等なもので、主述関係・修飾・被修飾関係など文法的関係がみられないもの)は連濁しないことが多いです。

 

② 和語でも、後ろの語に濁音がある場合は連濁しないことが多い。

  • 春(はる)+風() → 春風(はる
  • 合(あい)+鍵() → 合鍵(あい
  • 通学(つうがく)+ ばん → 通学かばん(つうがくん)

 

また、後ろの語に濁音が既に存在している場合も連濁しないことが多いです。

(明治時代に日本に来日したベンジャミン・スミス・ライマンが提唱したことで、ライマンの法則ともいわれています。)

例えば、「春風」の「風」には「」、「合鍵」の「鍵」には「」、「通学かばん」の「ん」には「ん」と既に濁音が含まれています。

この場合、「はるがぜ」「あいがぎ」「がばん」にはならず、「はる」「あい」「ん」となります。

 

 漢語・外来語なのに連濁する場合

以下のような場合、漢語・外来語なのに連濁することもあります。

  • 単行(たんこう) + 本(ん) → 単行本(たんこうん)
  • 株式(かぶしき) + 会社(いしゃ)→株式会社(かぶしきいしゃ)
  • 準備(じゅんび)+ 不足(そく) →準備不足(じゅんびそく)
  • 歌(うた)+ るた → 歌るた

 

説明としては、「漢語も、元々外来語であったことが忘れられるほど定着すると、連濁することがある」(橋本 2016)などと言われることがよくあります。

ただ、何をもって「定着した」とみなすかは微妙なところだと思います。

 

ちなみに、「かるた」はもともとはポルトガル語由来の外来語です。

 

まとめ

連濁のルールについて簡単に説明しました。まとめると、以下のような基本ルールがあります。

  1. 2つの和語が合わさる場合、原則として連濁する。
  2. 2つの漢語・外来語が合わさる場合、原則として連濁しない。

 

 

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和語.漢語の約束

2024年02月26日 | 日記

「和語」「漢語」について、下記からの転載です。

 

日本語の連濁のルールについて│旅する応用言語学 (nihongo-appliedlinguistics.net)

 

連濁とは、単語と単語が合体するときに、後ろの語の語頭が濁音に変わることをいいます。

 

例えば、「鼻(はな)」と「声(え)」が合わさると「鼻声(はなえ)」になりますね。後ろの語「声(こえ)」の語頭「」が「」に濁音化しています。

この記事では、この連濁の原則と、例外について紹介します。

連濁には以下のようなルールがあります。

  1. 和語が合わさる場合、原則として連濁する。
  2. 漢語・外来語が合わさる場合、原則として連濁しない。

とはいえ、あくまで「原則」であって、例外も多いです。

 和語が合わさると原則は連濁する

以下のように、和語が合わさるときは連濁します。

  • 鼻(はな)+ 声(え) → 鼻声(はなえ)
  • 青(あお)+ 空(ら) → 青空(あおら)
  • 花(はな)+ 火()  → 花火(はな

「声(こえ)」「空(そら)」「火(ひ)」は、日本にもともとあった語、つまり和語ですね。

和語が合わさる場合は連濁して、それぞれ「鼻声(はなえ)」「青空(あおら)」「花火(はな)」となります。

ちなみに、連濁する理由は、無声音である子音が、有声音である母音に囲まれたことにより、有声音化するからといわれています。

(有声音・無声音については「有声音・無声音・有気音・無気音の違いについて」もご覧ください。)

つまり、「鼻声(はなごえ)」の場合は以下のようになります。

hana + koe → hanagoe

「声」の語頭の「k」は無声音ですが、「a」と「o」という有声音に囲まれたことにより、母音につられて有声音化して「g」の音になったということです。

 漢語・外来語が合わさると、原則として連濁しない

ただ、以下のように、漢語・外来語が合わさる場合は原則として連濁しません。

 

  • 最高(さいこう)+ 記録(ろく) → 最高記録(さいこうろく)
  • 提出(ていしゅつ)+ 書類(ょるい) → 提出書類(ていしゅつょるい)
  • コンサート + ホール → コンサートール

 

「記録」「書類」は漢語ですが、漢語が合わさる場合は、連濁は起こりません。

つまり、「さいこうろく」や「ていしゅつょるい」にはなりません。

 

また、外来語の場合も同じで、「ホール」が「コンサートール」にはなりません。

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「おおじしん」か「だいじしん」か?

2024年02月25日 | 日記

先日、2人(ににん)、二人(ふたり)の読み方を紹介しました。和語で読むか、漢字読みするか。これは規律があります。以前、下記のことを紹介したことがあります。

 

接頭語「大」の付くことばで,〔ダイ〕か〔オー〕かで迷うことがよくある。一般的な[ダイ]〔オー〕の読みの決まりであるが,原則として,「大」の後に「漢語」(音読みの語)がくると〔ダイ〕,[和語](訓読みの語)がくると〔オー〕だとされている。「大地震」の場合は,〔オージシン〕である。

 「大地震」の場合,なぜ〔ダイ〕と言う人が多いのか。恐らく,[震災]「災害」に「大」が付く場合,〔ダイシンサイ〕〔ダイサイガイ〕になることと関連があるのだろう。「地震」ということばは,かつては「雷」「火事」と並ぶ日常的な“準”大和ことばだった。それが先祖返りして漢語的になってきたらしい。

 例外もありその一つが大地震の読みである。「大」が漢語(音読みの語)の前にきているが,従来,慣用的に〔オー〕と読むことになっている。

 この他,大+漢語のもので伝統的に〔オー〕と読むものを〔ダイ〕と読むようにゆれが出てきている。

ちなみに、日本地震学会では
『地震学上では、「だいじしん」というのは、地震の規模(マグニチュード:M)に対する階級を示しており、M7以上の地震を指します。』
と書いてある通り、大地震の慣用的な読み方は「おおじしん」ですが、M7以上の地震を表す言葉として「だいじしん」と読むこともある、としています。

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