仏教を楽しむ

仏教ライフを考える西原祐治のブログです

寺院消滅から寺院蘇生へ

2019年09月24日 | 都市開教
宗教業界新聞『中外日報』(2019.9.18日号)に良いお寺研究会代表理事の鵜飼修徳(浄土宗)さんが「寺院消滅から寺院蘇生へ」と題して、寺院の過疎化対策について論じていました。その終わりの部分だけ転載します。

対応策を議論し、推進していく時機にきていると思う。
 まず、最優先課題は伽藍の維持である。伽藍が朽ちてしまえば、寺院再生は限りなく不可能になる。空き寺のまま放置すれば、10年を経ずに青空寺院と化すであろう。そのため、寺院の管理者が必要になる。
 私は寺の護持は必ずしも、僧籍を持った住職である必要がないと考えている。たとえば、檀信徒が持ち回りで管理してもよいだろうし、地域の集会所として利用することも悪くないだろう。婦人会のヨガ教室の会場として利用するのもアリだ。
 しかし、私か最も期待するのは、ベンチャー企業にサテライトオフィスやコワーキングスペースとして、地方の寺院を活用してもらうことである。たとえばICT(情報通信技術)関連やクリエイティブ産業は東京にオフィスを構えずとも、業務にさほど支障はでない。無住寺院を洒落たオフィス空間に改装し、ネット環境などを整えるのは、さほど難しいことではない。
 似たような先行例がある。徳島県の山間部にある神山町では近年、古民家の空き家を利用し、サテライトオフィスの誘致に成功しているのだ。東京などの16社がサテヴイトオフィスを置くほか、クリェーターや起業家が多数、移住してきているという。神山町は「創心的過疎」と呼ばれ、注目を集めている。
地方の寺を企業に無料で、もしくは安価で提供すれば、企業にとっても固定費や税金などのコストカットになる。自然環境に恵まれた場所であれば、そこで働く人々にとって精神衛生上悪いことではないし、寺院は格好の「発想空間」になれるはずだ。寺宝の盗難などの防犯の問題も解決できる。
伽藍さえ維持できれば、地域の宗教施設としての機能は十分果たせるであろう。どこかの宗門が先陣を切って、空き寺の企業誘致策を打ち出さないものか。 じつは、こうしたアイデアを具現化するべく私は昨年、一般社団法人「良いお寺研究会」を立ち上げた。仏教界と一般企業・行政とをマッチングさせ、寺院消滅を最小限に食い止めるのが目的である。これらは宗門や個々の寺の自助努力では難しいし、国や行政には政教分離の壁があって直接的に寺院に税金を投入することは、これまた現実的ではない。
 私は『寺院消滅』出版以来、あらゆる可能性を模索するなかで、企業の支援なくして仏教興隆は不可能だという確信を持つに至った。私どもがいま、アライアンスを組んでいる凸版印刷とは、CSV(社会的課題の解決と、経済的利益の両立)という考え方の下、様々な取り組みを実施している。(以上)

一つの事業だけでは、過疎地寺院の再生は困難ですが、色々なアイデアや資本が重要です。

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ヒューマンエラーの心理学②

2019年09月23日 | 現代の病理
『ヒューマンエラーの心理学』から、一つだけ法話の材料になるものを上げと起きます。以下転載です。


信念の維持と確証バイアス

 我々人間には、自分が信じていることを否定するような出来事や事柄の経験は認知されにくいし、記憶もされにくいというバイアスがあります。ものごとがどのような特性を持っているかについて信じている内容のことを心理学では「信念」と言います。
 我々には、自分の持つ信念に合わないことは認識されにくいという特性があります。仮にその事柄が認識されたとしても、記憶にの残りにくいのです。
 逆に、自分の持つでいる信念に合致することが生じた場合は認識されやすく、記憶にも残りやすいのです。そのため、いったん獲得された信念は強化されやすく、破棄されにくいことになります。このような信念の維持されやすさは、「確証バイアス」と呼ばれる認知的錯覚の一つです。
 
…たとえば、日本には血液型性格判断というローカルな迷信があります。血液型性格判断というのは、赤血球における糖質のタイプにもとづいて分類されるABO式の血液型と性格型が対応しているという内容で、多くの読者も聞いたことがあるでしょう。
 そもそもABO式の血液型とは、遺伝によって決まる赤血球の表面上の多糖体の量や配置に関する特性です。エコノミークラス症候群の発症のしやすさや怪我をした時の血の固まりやすさなどとの対応関係がわかっています。たとえば、エコノミークラス症候群の発症のしやすさに関連したところでは、O型で血栓が生じにくいのに対し、他の血液型では血栓ができやすく、特にAB型で血栓による血管閉塞のリスクが高くなることが知られています。他方、出血による生命のリスクは、O型で高くAB型で低くなるようです。

 …この血液型と性格との対応関係については、もともと徴兵された大勢の兵士を簡略な性格判断により適切な部署に配属する目的で、大日本帝国陸軍に注目されたものでした。大量の新兵を召集し、短い時間の間に適切に編成を決定しなければいけない場合、簡単に決定できるような材料があれば役に立つはずでした。1920年代に実際に用いられたこともありました。しかし、思ったような効果が得られなかったので、数年で廃止されたという経緯があります。
 その後も、血液型と性格判断との対応関係を調べた心理学的研究は数多くありますが、これまでのところ、血液型と性格特性との間に何らかの対応関係を見出すことはできず、繰り返し否定されてきています。
 
 …どうして、科学的には何度も繰り返して否定されていることが、長く社会的影響を持つようなことが起こるのでしょうか?
 この血液型性格判断の「迷信」の維持に、確証バイアスが深くかかわっているものと考えられます。それぞれの血液型に割り当てられている特性は、几帳面だったり、おおらかだったり、マイペースだったり、優柔不断だったり、多かれ少なかれ誰でも持つものです。
ところが、誰でも持つ特性だとしても、たとえばA型はこういう人だという信念に合う行動パターンは、確証バイアスによって認知されやすく、記憶にも残りやすいことになります。逆に、信念に合わない行動パターンは認知されにくく、たとえ認知されたとしても記憶に残りにくいことになります。
 このように、確証バイアスによって、他者であれ自分であれ、どうしても信念に合った行動パターンばかりが記憶され、しかもその過程で信念もどんどん補強されることになるのです。それに対し、信念に合わない行動パターンは無視されやすいため、その誤りも気づかれにくいことになります。(以上)
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寺が消える

2019年09月22日 | 親鸞聖人
30年前、実家の島根県のお寺が「寺は消える」の番組で紹介されたことがあります。その放送関連の番組です。
甥の「竜哉」から、昨日下記のメールが届きました。

、明日、NHKの番組にて、「寺が消える」を含めた映像が放映されるとの連絡がありました。

■番組名
▽“心のよりどころ”は今~寺・僧侶に託す人々の思い~
■HP
https://www4.nhk.or.jp/nhk-archives/x/2019-09-22/21/31419/1845580/
■放送日
9月22日(日)午後13:50~15:00
■番組
NHK総合
■企画内容
「お彼岸」は、先祖の墓参りで寺へ詣でる季節。いま過疎化で檀家が減り、存続が厳しくなる寺が増えています。ご覧いただくのは、30年前、中国山地で廃寺が相次ぎ、やむなく住民が墓じまいするなど山里の深刻な状況を描いたNHK特集「寺が消える」。そして、東日本大震災で、僧侶が被災者に何ができるのか自問を重ねた日々を描いた番組です。“心のよりどころ”として人々に向き合ってきた寺と僧侶の現実と未来を語り合います。
■出演
作家・僧侶…玄侑宗久,壇蜜,
■司会
森田美由紀

ご報告までに。
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不便益システム研究所

2019年09月21日 | 日記
今日のNHKラジオ、『深夜便』4時から「明日へのことば」は、“不便だからこそ得られるもの”京都大学特定教授・不便益システム研究所代表川上浩司さんでした。

面白いことを真面目に研究している人が居るものだと興味深く聞きました。
不便益システム研究所(http://fuben-eki.jp/)を覗くと、今日番組で語っていた「便利ですよね、カーナビゲーションシステム」について、紹介記事がありました。以下はホームページからの転載です。


方向音痴でも、初めての場所でも目的地に連れて行ってくれる。
しかも、かかる時間や、有料道路の料金まで丁寧かつ正確に教えてくれちゃう。
この便利なカーナビに不便益を導入するとどうなるのでしょう?
ナ・ン・ト、通った道が擦れていくんです。
通れば通るほど、薄くなっていくんですね。。
毎日の通勤路なんて、消えて無くなっちゃうかもしれません。
不便益製カーナビの画面に鮮やかに映るのは、通った事のない知らない道なんです。
なんでわざわざ擦れるのよ!という声が聞こえてきそうですね。
カーナビを使ってまず聞く事は、「なんて、便利なんでしょう!どこへでもいける気がする!」
で、その次に聞くのは
「カーナビ使い出してから、道を覚えなくなったね。。」
そりゃ、覚える必要がないんですもの、その通り。
不便益製カーナビ「カスれるナビ」はそうはいきません。
カーナビの画面からは擦れて薄くなる道ですが、その分、頭には入っていきます、擦れれば擦れるほど。 そして、穿き古して体になじむジーンズのように、手垢や書き込みで他人には見難い地図本のように、あなただけのカーナビが育っていくんです。 一人に一台、完全オーダーメイドの「カスれるナビ」欲しくありません?(以上)

不便さって、意外なモノの発見に繋がったりもします。ラジオ番組では、「京都市内で目的の場所に行くのに右折禁止でいくと、意外な店や遺跡に出会うことがある」と紹介していました。便利さって何か、考えさせられました。
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ヒューマンエラー

2019年09月20日 | 現代の病理
『ヒューマンエラーの心理学』 (ちくま新書・一川 誠著)は、人間は間違える存在であることを認知心理学の点から、様々な角度から解き明かした本です。
自分自身を客観的に認知する能力を「メタ認知」というようです。メタ認知能力が高い人は、人とコミュニケーションを取ったり、仕事の進行や目標を定めたりといった能力に優れているといわれているようです。メタ認知の「メタ」には、「高次の」という意味です。

浄土真宗の信心の世界も、ある意味「メタ認知」することです。本を読んで、色々な問題があると思われましたが、その一つが、こうしたヒューマンエラーを利用して、経済が展開されているという事です。少し本から紹介してみます。

他者からの支配に無自覚であることの問題

 本書で紹介したような判断のバイアスやヒューリスティクスは、すでに日常のさまざまな領域で利用されてきています。たとえば、私たちの行動特性は、第三章で紹介したように、さまざまな商品やサービスのマーケティングや、選挙キャンペーンなどで用いられています。
 また、さまざまなタイプのタイムサービスや、「閉店前特価」、「今買わなければ損」のようなキャッチフレーズは、現在志向バイアスや損失回避バイアスへと判断を誘導しようとしているものと言えるでしょう。
 ここで問題なのは、多くの人が、自分たちのそうした行動的特性が利用されていることを知らないということです。つまり、当の本人たちが知らないという、「知識の偏り」が存在する状況と言えます。自分かちのどのような行動特性が、どのように利用されているのか、ちゃんと知った上で、マーケットなどで意思決定しなければ、損をしてしまう構造があります。(以上)

振込詐欺も、人間の認知の歪みや弱点を利用したもののようです。「人間の愚かさが明らかになる」、これが今後の重要な知性だあるともいえます。その中で」、浄土真宗は、構造的欠陥を問題としています。その前段階として、 本書で説かれているヒューマンエラーは、話の種になるでしょう。(つづく)

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