『宗教を「信じる」とはどういうことか』(ちくまプリマー新書・2022/11/10・石川明人著)からの転載です。
宗教を信じることは非科学的な態度なのか
アンブローズービアスの『悪魔の辞典』という本をご存知でしょうか。いろいろな単語を皮肉な文言で辞典風に解説してみせることで知られているものです。例えば、「外交」という言葉については「自国のために嘘をつく愛国的な技術」であると言い、「運命」という言葉については「暴君が犯罪をおかす際の根拠、および愚者が失敗をおかす際の言い訳」であると説明するといった具合です。
この本には、宗教に関する項目もいくつかあります。例えば「祈り」という言葉について、ピアスは、「一人の取るに足らない請願者のために、宇宙の法則を無効化するよう求めること」と説明しています。これは要するに、「祈り」とは自分にとって都合がいいようになることを求める行為に過ぎない、という冷笑的な見解を述べているのかと思われます。彼の言う「宇宙の法則」というのが近代科学のことを念頭においているのかどうかははっきりしませんが、一般に宗教を「信じる」というと、非科学的な思考や態度だというイメージを持たれる傾向は確かにあるかもしれません。(以上)
宗教を信じることは非科学的な態度なのか
アンブローズービアスの『悪魔の辞典』という本をご存知でしょうか。いろいろな単語を皮肉な文言で辞典風に解説してみせることで知られているものです。例えば、「外交」という言葉については「自国のために嘘をつく愛国的な技術」であると言い、「運命」という言葉については「暴君が犯罪をおかす際の根拠、および愚者が失敗をおかす際の言い訳」であると説明するといった具合です。
この本には、宗教に関する項目もいくつかあります。例えば「祈り」という言葉について、ピアスは、「一人の取るに足らない請願者のために、宇宙の法則を無効化するよう求めること」と説明しています。これは要するに、「祈り」とは自分にとって都合がいいようになることを求める行為に過ぎない、という冷笑的な見解を述べているのかと思われます。彼の言う「宇宙の法則」というのが近代科学のことを念頭においているのかどうかははっきりしませんが、一般に宗教を「信じる」というと、非科学的な思考や態度だというイメージを持たれる傾向は確かにあるかもしれません。(以上)