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仏教ライフを考える西原祐治のブログです

人口減少における宗教の戦略③

2024年01月18日 | 正しい絶望のすすめ

『宗教・エスニシティ』(岩波講座 社会学・2023/10/18・北田暁大,岸政彦,筒井淳也,丸山里美,山根純佳編集)、人口減少における宗教の戦略からの転載です。

 (2)宗教法人として福祉事業に参入する寺院

 

 富山県では、「富山型デイサービス」と呼ばれる、対象者を限定しない通所型介護施設が展開されている。これは年齢や障害の有無にかかわらず、誰もが一緒に身近な地域でデイサービスを受けられる施設であり、現在、富山県内だけでなく全国にも事業所が展開されている。

 この事業に宗教法人が参入している事例が複数ある。魚津市の専止寺(真宗大谷派)はデイサービス「まごころ」を二〇〇四年に立ち上げた、続いて、砺波市の善福寺(真宗大谷派)でもデイサービス「聚楽」が二〇〇五年にサービスを開始した。氷見市の明善寺(浄土真宗本願寺派)が運言するデイサービス「あんのん」も二〇一二年に開業した。これらの寺院は別法人を立てることなく、すなわち、宗教法人のままデイサービスを行っている。さらには、明善寺を除く二力寺は、本堂や客殿などを改修し、デイサービスの場としている。

 たしかに、通所または訪闘によるサービスの提供が中心の第二種福祉事業は、経営主体が行政または社会福祉法人でなければならない第一種福祉事業とは異なり、経営する事業者に制限はなく、届出をすれば上記以外の法人、組織でも事業運営は可能である。

 これら寺院はいずれも門徒数が五〇軒以下の規模の寺院であり、経済的に余裕がある寺院が社会貢献のため福祉事業に参入するケースとは異なる。なお、専止寺のある魚津市は過疎地域ではないものの、善福寺のある砺波市は一部過疎地域に、氷見市は全域が過疎地域に指定されている。ここではその先駆け的な存在である専正寺を取り上げ、その参入動機について紹介する。

 専正寺は、一九五四年に創建された寺院で、現在の住職の父親が僧籍を取得し開創した。先代住職は本山別院の教務所に勤めながら伝道に努め、月二回の聞法会、年間行事としての報恩講を実施していた、門徒はいないものの、四〇名程度の信徒によって支えられていた。寺院の歴史も浅く、広い境内地があるわけではないが、魚津駅の近くということもあり、寺院行事の際は大勢の人が集まったという。

 二代目住職も大学職員として勤めながら、月二回歎異抄の輪読会を行うなど宗教活動を行っていたが、二〇〇二年に少子化のあおりを受けて勤務先の大学が廃校となると、これからの寺院の在り方について考えるようになり、「大きなお寺のように行事が頻繁にあるわけでもない、法要や葬式もない、そうした中でお年寄りに活用してもらえないか」との思いで、デイサービスへの参入を決めたという。前住職の時代に四○名いた信徒は、一〇名を数えるほどになっていた。

 こうした思いはほかの寺院関係者からも聞かれた。氷見市の明善寺も門徒数は三〇軒程度で、寺院だけでは生活が成り立たず、また外に勤め先を持った場合、寺院の活動が滞るという両立の困難さが事業立ち上げの一因であった。(以上)

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