いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

エスカレーターのバリア。 the barrier of escalator

2024-03-27 20:18:59 | 日記
 (1)26日にエスカレーターの「安全」利用を促すキャンペーンが名古屋市など全国各都市で実施された。エスカレーターは急ぐ人のために左右(地域によって異なる)どちらかを空けて乗るのがマナー、習慣となっているようだ。
 そのため急ぐ人が手荷物を持ってエスカレーターに乗りステップを早足で歩いて移動する時に立ち止まっている人に接触することがあり転倒するなど危険とされ(事故例もある)、高令者、子どもには脅威になるとして名古屋市ではエスカレーターのステップに立ち止まって乗ることを条例で決めているところもある。

 (2)「安全」利用だけではキャンペーン、注意の「しどころ」、視点が違う。エスカレーター、自動ドアー、エレベーターは便利で楽で負担の軽い手ごろな移動手段で近代化産業社会の産物と思っている人がいるのかわからないが、近代化社会で自覚された平等性、公平性、弱者思いやり社会の倫理性(ethics)に基づく「バリアフリー」設備だ。バリアフリー優先社会の意図、目的、方法論(methodology)が周知されなければならない。

 (3)高令者、身体不自由な人、子どもなどの不自由社会で障がい除去(eliminate barrier)作用として設置された移動手段、機器だ。健康で身体自由で頑丈な人がだまっていてもステップに乗るだけで上下移動し、開き、階上まで早く相当者数を移動してくれる移動手段を時短、便利で早いものと勘違いしている、自覚、認識していない近代社会の姿を反映しているようにみえる。

 (4)エスカレーターは速度が調整されて、早い動きのものには高令者、障がい者、子どもはなかなか乗れないとか、降りるのに恐怖を感じることもあるので、「バリアフリー」としての作用、役割、目的、意図に適していないこともあるので「安全」への理解が進まない理由でもある。
 エスカレーターの動きを遅くすればパラドックスとして急ぐ人には駆け上がる、下がる要因になって「バリアフリー」の機能、目的、意図が理解、浸透しないこともある。

 (5)冒頭のエスカレーターの「安全」利用キャンペーンにも「バリアフリー」としての利用、視点を強調して情報、掲示、周知する方法論が必要だ。


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