いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

みさとシティ。  k. zaitsu concert tour 2010

2010-01-31 19:26:23 | 日記
 埼玉県三郷(みさと)市に来ています。2010年も明けて1月30日(土)。財津和夫
さんの「コンサートツアー2010」がいよいよ、ここ三郷市文化会館から、今日から始ま
ります。
 早稲田公園と道路を挟んで向かい側、長方形の前面ガラス張りの三郷市文化会館が
見えてきました。

 会場前はすでに長蛇の列で、17時に予定どおり開場です。ホールに入ります。アイボ
リーの壁に囲まれたステージ。向かって左から、ドラム、ベース、ギター、キーボードの順
にバックバンドの楽器がセットされています。
 中央にはセンターマイクとその右側には財津さん使用のキーボード。ステージ後方の天
井からブルーのサーチライトが一点、センターマイクを映し出しています。
 ステージ両脇には銅製(黄金色)のちょうど大根の皮を剥いたような縦の長いオブジェ
が左右に6本づつ下げられています。

 17時30分過ぎにバンドメンバーを先頭に財津和夫さんがステージに登場してきました。
財津さんは、グレー地に胸に切り返しのある細いストライプのシャツスタイルです。
 ステージ全体にライトが映えて「wake up」で、財津和夫コンサートツアー2010はオ
ープニングです。よく伝わる響く、財津さんの声がホールを包みます。

 軽快なギターのチップ(tip)音のイントロから「セプテンバー」が始まりました。「恋
は素顔で」、「今日と明日の間に」と立て続けに80年前後のチューリップの流れるように
スピード感のあるポップで美しい財津メロディ、サウンドが続きます。第1のクライマック
ス・ステージ(climax stage)です。

 「急行の停まる街」、「メルティング」。この「メルティング」は、とてもシンプルなサウンド
に仕上げて、感情を抑えてどちらかというと淡々と財津さんのメロウな高音がストレート
に伝わってくるアレンジのあたらしい「メルティング」にして、聞かせます。財津さんの歌
のうまさが、聞かせどころの歌にしました。

 「君の指」のあと、ここで昨年発表したアルバム「ふたりが眺めた窓の向こう」から、揺
れて流れるようにメロディラインのきれいな「幸せは始まっていたのに」と「こもれび」の
2曲。「こもれび」はクラシック・オペラを想わせる重厚で幻想的なライブアレンジで、そ
こに表現力のある財津さんの歌のうまさがこの曲を引き立てます。

 そこから、次の、幅と深みのあるスケールの大きい流れるように美しい財津メロディの
「たったひとりのオーディエンス」への移りがあざやかで、見事です。80年代のチューリ
ップを代表する、艶と華やかなメロディラインの財津サウンドです。ここが第2のクライマ
ックス・ステージです。
 
 後半にはいって、チューリップの芦ノ湖のパゴダ・コンサートで印象深い「our song」4
小節から、「まるで愛のように」の途中から、見事な変調で「3フィートの高さから」でし
っとり、財津メロディと印象的な言葉(lyrics)を聞かせて、再び「まるで愛のように」に
帰結する、80年代チューリップと90年財津和夫の見事なコラボの組曲風のコンポジット
(composite)。これが、第3のクライマックス・ステージです。

 後半は、545日のライヴ&トークのアコースティックアレンジのセットリストから、今
回バンド・アレンジにして歌います。
 アンコール終了後も、再びアンコールを促すオーディエンスの手拍子が延々と鳴りや
まずに、ついに再びステージライトが射して、財津さんはじめバンドも登場してダブル・
アンコールに「二人だけの夜」で応えます。

 80年前後のチューリップの香りを随所に漂わせて、財津和夫さんの企画力のある質
の高いライヴ音が、これからさらにスケールアップしていく期待の大きい、初回からダブ
ルアンコールの財津和夫コンサートツアー2010です。

 まだ、声と楽器、楽器と楽器のアンサンブル(ensemble)がもうひとつで、今後、セット
リストの意図と音楽のロマンに賭けた企画構成の完成度がスケールアップするのが楽
しみです。音感に厳しい財津さんのことです。キチッと調整してくるでしょう。

 ミュージシャン
  財津和夫(V G Pf) 柳澤二三夫(G)  山内和義(B) 小泉信彦(Pf) 田中トオル(Dr)

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検察チェック・システム。  public prosecutor in chech system

2010-01-29 19:33:31 | 日記
 裁判員制度の導入により司法制度が改革され、有資格者以外の民間人にも裁判の判決に
かかわる機会が開かれた。高度な法律判断と事件の全容に向き合う、民間人にはリスクの
大きい制度改革だ。

 あわせて、同時に検察の専門権限であった起訴行為について、法改正により、国民から選
任された審査員による検察審査会(従来は、「参考意見」程度のチェック機関)にあらたに
法的権限を与えて、検察による不起訴処分の事案のチェックにとどまらず、これに法的拘束
力を与えて事案によって起訴を直接請求できる制度改革が行われている。

 今回初めての事案として、01年7月の花火大会の明石歩道橋事故にかかわり、検察が繰
り返し不起訴としていた当時の警備責任者のひとりの警察副署長を起訴相当と議決した。
 今後、法的拘束力を持って裁判で審理される。

 花火大会終了後の帰途に歩道橋に殺到した見物客が次々と転倒し、11人が圧迫死亡、
200人弱がケガを負う惨事。
 警備責任者のうち、警察副署長のポジションの当該者が直接責任を問われないのでは、遺
族、被害者及び関係者にとっては、惨事の被害責任、原因の所在が解明されずに不十分で、
とうてい納得できない。

 誰もが直接被害者となりうる市民の感情が、検察による不公平で不公正な国家権力、権限
、判断に、法的拘束力で是正を求めた制度改革の成果だ。

 高度な法律判断と事件の全容と向き合うリスクの大きい裁判員制度(裁判員の場合は、気
負わなくとも、高度に教育を受けた裁判官にまかせたらいい)よりは、この検察の起訴権限
に対する市民感情によるチェック・システムに法的権限を与える制度改正(改革)の方が、
市民のストレートな感情、思いが浸透して伝わる効果が大きい。

 今回の明石歩道橋事故の事例でも、やり場のない、向ける悲惨な体験の受け取る場所のな
い、遺族、被害者感情を斟酌(しんしゃく)して、不公平を見逃さない判断に結びついた。
 市民感情がストレートに生かされるのは、公権力(civil rights power)の「制度」や「権限」の
「チェック・システム」の方だ。

 今後は、裁判所が指定した弁護士が検察にかわって審理を進めることになり、過去の事件
の全容の把握、そのための膨大な資料の分析、検証と、負担も責任も大きく、真実追求には
むずかしい対応も残る。

 事件発生にともなう警察の捜査能力の向上、検察の公正で公平な対応(起訴、不起訴)が
当然、前提として求められるが、検察不起訴チェック・システムの今後の課題だ。

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もうひとつの民意と進退。  another public opinion & resignation

2010-01-28 20:23:32 | 日記
 名護市長選挙の結果を受けて、政府、政党、名護市、メディアのレスポンス(response)
が両極端に迷走して、事実結果を正当に反映していない。
 もう一度、名護市長選挙結果を見てみたい。普天間基地移設先を県外とする新人が民主党
他連立政権政党、共産党の推薦を受けて、辺野古陸上部容認の現市長を敗り当選した。

 投票率77%、得票率が新人52%、現市長48%。これを全有権者比率で見ると新人40%
、現市長37%で、残り23%が不表明(棄権)という「僅差」の結果だった。
 民主主義の原則から、名護市の民意(public opinion)は52%(得票率)支持の普天間基地
は県外移設ということになる。

 これを受けて、新市長、市民、メディアは、その民意がすべての市民の意思であるかのよ
うな圧勝ムードを伝える。いつもは、少数意見にも耳を傾ける必要を主張する、ある政党も
その民意がすべてかのような主張の有様だ。
 政府は政府で、普天間基地移設責任者の官房長官が、国益にかかわるものは地元の民意
は民意として、「斟酌(しんしゃく)しなければならない理由はない」と発言。
 民主主義の原則を否定するかのような発言で、問題は決定的にこじれた。

 選挙結果は「僅差」。民意は動かないとして、辺野古陸上部容認の得票率47%、全有権
者比率37%と不表明23%(棄権)の意思も、中途半端な数字ではない。僅差結果をみる
と、これも立派なもうひとつの民意(another public opinion)だ。

 選挙は、普天間基地移設の有力候補地の市長選挙で、これがメインの争点ではあったと
はいえ、争点はこれだけではない。新市長の立場からすれば、「僅差」の結果、ほぼ二分す
る現市長への支持をどう「斟酌」して、今後の市政に反映していくのか、それは普天間基地
の県外移設推進に対しても配慮が必要となるはずだ。

 まるで県外移設が圧倒的な意思(民意)であるかのような新市長、メディア、そしてある
政党のレスポンスには、事実の冷静な分析意欲が欠けている。
 断っておくが、在日米軍基地は国際政治情勢を見ても縮小されるべきで、とりわけ、80
%近く集中する沖縄ではそれが優先される政治課題であることは間違いないことだ。

 政府は、この問題で県外移設という地元の民意を当然尊重して、ほぼ二分する辺野古陸上
部容認の意思の背景も米国の意思もあわせて「斟酌」して、相対的に選択可能な方針を決定
しなければならないのが常道だ。

 政府責任者の官房長官の、地元の民意は「斟酌しなければならない理由はない」発言で、
こじれた第2幕が開いて、選択肢が限られている中、みだりに5月まで結論を先送りした第1
幕とあわせて、決定的にこじれる結果となった。

 辺野古キャンプシュワブ沖移設を既定事実として譲らない米国が、県内他地域、県外、国
外移設を容易に容認するとは考えられず、普天間基地存続も含めて、事態打開にもっとも考
えられる可能性として、首相の「進退(resignation)」と引き換えに「県内移設」が見え
てくる。

 民主党政権が、選択肢の限られた問題を「みだり」に先送りし、米国からも米軍基地周辺
の安全の環境整備の具体的な対応、方針が開示もできずに、行き着く結果だ。

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財津和夫の545日。  summary account, live & talk

2010-01-27 19:34:45 | 日記
 財津和夫さんが08年5月から、10万~20万人規模の地方都市の500人~600人
収容の小ホール中心にライブ&トークコンサートを1年半(545日)にわたって展開した。

 財津さんは、72年から2度メンバーチェンジをして18年間音楽グループ活動をした
「チューリップ」を89年に解散してソロ活動中、その後、ほぼオリジナルメンバーで「チュ
ーリップ」を再結成して5回、全国ツアーを展開し、その08年3月に「チューリップ」として
の音楽グループ活動に終止符を打っていた。

 地方都市には、その地域独特の伝統行事、文化が引き継がれていて、市民への文化
振興にも力を入れているところが多い。小ホールも多く建設されていて、音楽専用のホー
ルとして、音響設備の高い、音響効果のいいホールも多い。
 財津さんがライブ&トークコンサートを開催した可児市の文化創造センターのホールは、
世界的なアコースティックギター製作の(株)ヤイリギターから歩いて4~5分の広大な緑
地帯にあり、音楽他市民の芸術、文化の拠点となる多機能のコンポジット(composite)セ
ンターの中にあり、ホールはオペラハウスの様式で、まるで宇宙空間に足を踏み入れたか
のような雰囲気に包まれた、音響効果の優れた音楽ホール。
 また、丹下健三氏が設計にかかわった君津市のホールでの同コンサートの開催など、
地方都市の音響性能の優れた小ホールでの開催も多かった。

 同コンサートは、小ホールでの直近感のあるオーディエンスとのサウンド(声、音)、音
楽、コミュニケーション(communication)の一体感を通して、40年近く前の自らの音楽
の原点に立ち返って、サウンド志向を見つめ直すものとなった。

 テーマのひとつは、現代社会における「愛」の姿、本質について。ひとりの心の中の、男
と女の間に、家族を結ぶ「愛」が、今や社会に様々なコマーシャル(commercial)の形態で
氾濫し、そのパラドックス(paradox)としての、親が子を、子が親に手をかけ、人が集合す
る場所での自暴自棄の無差別殺傷、また世界を見れば無差別テロに地域紛争と戦争が
絶えない現代社会。

 同コンサートでは、オープニングに持ってきた「この世の端でも」で、「近頃じゃ、大安売
り、誰もが欲しがる愛の言葉」と現代社会の愛を表現して歌い、財津さんはコンサートで、
「この世の端でも」のコンセプトを基にしてこのコンサートを聞いてほしいとメッセージし
ている。「この世の端でも」の中に、同コンサートのテーマの骨格の数々が歌われている。

 財津さんひとりでのアコースティックギター1本、キーボード1台で、パターンの違うラ
ブバラードを歌い継いでいき(後半はバンド編成)、コンサート中に、ひとりの心の中の、
男と女の間に、家族を結ぶ「愛」のあり方、本質について財津さんは印象的な言葉を残し
ている(本ブログ記録参照)。

 テーマのふたつ目が、原点回帰。アンコールで歌う「this is my home town」は、チュー
リップが89年解散する最後のアルバム「Well」の中の1曲なのだが、博多での日常の想い
の言葉(lyrics)が原点回帰を思わせる名曲で、チューリップ初期のシンプルな原点回帰
の音楽性をあわせ持つ。

 新旧ラブバラード集、I dream、オリジナルのビートルズサウンド、青春の影、サボテン
の花、アンコールと印象的な愛の普遍性、原点回帰を歌うセットリストで、財津サウンドメ
ッセージをオーディエンスと共有したコンサートだった。

 三つ目が、映像と財津サウンドのシンクロニズム(synchronism)。コンサート冒頭のホ
ールと開催地方の映像紹介と、財津さんのコンサート前のキャスティング(casting)。
 いくつかのバラードのメロディ、リズムに合わせたグリーン映像は、見事にシンクロして
いた。財津さんは、映像、映画に関心も高く、映画制作にも意欲を示している。

 この間、09年8月から秋にかけて、財津さんはシンプルなアコースティック・コラボレ
ーションアルバムの「ふたりが眺めた窓の向こう」を制作発表し、2010年1月30日か
ら7か月余りのバンド編成の全国ソロコンサートツアーを開始する。
 その後、今年いっぱいはインビテーション(invitation)コンサートもいくつか予定され
ている。

 ライブに絶対的な自信を持つ財津さんが、アコースティックの新曲をどのようにライブ仕
様にアレンジして聞かせるのか、楽しみだ。
 
 
 

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終身雇用の効用。  utility of life-long employment

2010-01-26 19:46:01 | 日記
 世界的経済不況による雇用不安に対して、ヨーロッパ中心に雇用確保のため仕事を細分、
分轄、仕分けするワークシェアリング(work sharing)という考え方が取り入れられている。
 1従業者当たりの週の労働時間を短縮し、それに見合って収入をスリム化しても、複数の
従業者の就労場所(雇用)を広範囲に確保する共有ジョブ・システム。

 日本の伝統的な終身雇用制も、近年は欧米でも雇用確保、労働環境の基盤安定、それ
による仕事への集中力、持続性の効用(utility)が見直されて高い評価を受けている。
 現状の雇用は、正規、非正規(派遣)ユニオンと多様化し、不況が長引き企業はリストラ
で終身雇用を維持できないでいる。

 年が明けて、恒例の新年度に向けた労働賃金の労使交渉、春闘の幕も明けた。ほとんど
が終身雇用制をとる日本企業では、労働条件、賃金体系は採用の段階で時系列に年次ご
とに確定して、制度保証している。

 企業は年度ごとの収支決算の会計システムをとっていて、その年度の企業収入収益に
見合った利益分配(profit sharing)、還元をして、従業者に労働意欲の促進、企業への貢
献欲、活性化のエネルギー源としてきた。春闘といわれる労使交渉。

 時系列な給与カーブの(1)定期昇給と、その基本金額となる(2)ベースアップ、(3)一時金の
ボーナス配分が見直し対象となる。
 経営側は、設備投資、基盤強化のため、利益を確保(温存)したいし、労働側は、がんば
った分、企業貢献分(増収増益)だけは還元して当然と、かってはストライキや労働争議に
まで発展して、社会に及ぼす影響も大きかった。
 近年は、経済成長も見込めない安定不況の時代に入って、労使双方、企業の存立、生
活基盤安定のために、物分かりのいい話し合い決着が続いている。

 今年は、一昨年からの100年に一度といわれる世界的経済不況から依然抜け出せずに、
デフレ、円高、消費低迷で軒並み企業は減収減益の経済社会のなか、労使双方にとって
厳しい環境のなかでの春闘となる。

 経営側は、まず「雇用確保」が優先で、利益配分、還元は考えられないとし、労働側は、
生活環境の悪化から定期昇給のアップで「生活改善」を求める。
 デフレ、円高社会で、収益が望めない企業、ボーナスカットで生活苦の労働者の二重連鎖
苦で消費低迷のまま、いっこうに上向く気配もない。

 環境アメニティ、次世代社会商品化に向けて企業再生、開発のきざしもある。いつまでも
春闘(で思考停止状態)ではない。
 たとえば一例、ワークシェアリングのような労使双方からの社会、経済活性化への結束強
化で文化を創造し、社会資本を共に支える使命感のある関係が求められる。
 終身雇用制も、そういう使命感の流れのなかにある信頼制度だから、評価されている。

 労使関係というのは、組合員の加入率急減のなかで、いつまでも経営団体と連合でもない
。労働環境も含めて、この世界は、技術力ほど革新的な変化を見せたことがない。
 社会資本を共に支える企業の労使関係として雇用、賃金のあり方に普遍的(generality)
な経営システムの構築、開発が求められる。

 政府はようやく会計年度を複数年で捉えて効果的、効率的な財政支出を考え始めた。労
働環境(労使)でも、従来の労使の立場をゼロにして、企業のなかのセクションのパーツ、
パーツの関係として、相乗効果の総合力を高めるあたらしいユニオン・システムを打ち出し
て、社会活性化、新時代につなげたい。
 

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