いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

今日的日本の電波停止論。 suspension of an electric wave in japan today

2016-04-20 19:52:17 | 日記
 (1)国連人権理事会が世界各国の報道の自由性について調査する一環として米カリフォルニア大教授の特別報告者(表現の自由担当)が日本を訪れていた。一度は昨年末に訪日調査の意向であったが、なぜか日本政府の要請で今年4月に延期されていた。

 調査を終えて同特別報告者は「日本の報道機関の独立性が深刻な脅威にさらされていることを憂慮する」(報道)として、放送法第4条(政治的公平)や特定秘密保護法の改正を求める(同)声明を発表した。
 高市総務相が放送法第4条を盾に放送事業者、報道機関の電波停止に言及したことを念頭に「大いに懸念を抱いている。4条を廃止すべきだ」と指摘した。

 (2)日本は大勢的に見れば言論、表現の自由は確保されているし不自由を感じたことはない。細かいところを見れば安倍政権になって安倍首相の個人的なこだわりもあってか安倍政権に批判的な報道への露骨な政治的干渉が見受けられるが、強制的な政治制約、制限行使が行われたわけでもなく(高市総務相の脅し発言はあったが)、むしろこういう問題が公にされて国民に知られること自体は言論の自由が機能しているという証しでもある。

 (3)情報化時代、社会を迎えて議会制民主主義の先進国入りしている日本で、国民の多くはインターネット、PC、スマートフォンのタブレット社会は今や欠かすことのできない日常生活であり、TVも若者中心に昔ほどは見られなくはなったといっても高年令化社会でまだまだ日常生活でTV番組は欠かせない年代層もあり、いきなり政府により電波停止(suspension of an electric wave)、ネット禁止などが実施されれば社会は混乱、恐慌状態に陥って収拾がつかなくなることは目に見えている。

 高市総務相、何なら「電波停止」やってみなさいと言いたいところだ。今日的日本で、できるはずもないことではないのか。

 (4)もちろんそうなってからでは本当に不自由で窮屈な(feel ill at ease)、戦前のような国家、社会になってそれこそ取り返しがつかなくなってあわててもすでに遅いということになるから、どんなささいな小さな芽でも言論、表現の自由を侵害しようという無茶なことを今日的日本で考えていることには反対しなければならないことは大事だ。

 問題はそんな今日的日本の社会状況の中で高市総務相が「電波停止」を口にしたからといって、放送事業者、報道機関が自粛に向かっているという危惧があるということだ。
 今日的日本社会の放送事業者、報道機関の役割、使命、期待の高さ、大きさを自覚しているなら、それこそやれるものならやってみなさいとの気概があって当然のことなのに、何ともだらしない放送事業者、報道機関の自粛姿勢だ。

 (5)冒頭の国連人権理事会の調査報告のように放送法第4条を廃止すべきだとの指摘は少々主権、国内干渉のようにも映るが、それでも進言が何もないよりはいい。
 ところが放送法の条文をどうこうしたって、仮に国内非常事態になれば政府はそれ以上の高度の全権、強権性を発揮して、法律条文など問題にしないのは紛争内戦国を見ればわかることだ。

 (6)今日的日本社会でそういうことがあってはならないので政府の電波停止のような全体主義的強権発言は見過ごすことはできない。

 ましてや自然災害国日本で政府の電波停止、情報管理などそんなことはできない相談だ。

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