水車ボランティア(+山家鳥虫歌)

ボランティア解説員としての見聞から始めた、ボケ防止メモ。12年目。新たに「山家鳥虫歌(近世諸国民謡集)」を加える。
 

武蔵野夫人

2007-09-27 09:23:48 | 三鷹・文学
 解説者としての苦労というか楽しみのひとつに、見学者個々の得意分野推察(勝って読み)、がある。それは、気持ちよく見学していただく一番の方法が、個々の見学者の専門性や興味の対象に話題の中心をおくことにある、と思っているからである。

 そんなことで、話題に取り上げても、ついていけるよう、大岡昇平の「武蔵野夫人」を読んでみた。男女の複雑な情愛を縦糸に、野川流域を中心とした武蔵野台地の情景を横糸にした小説だ。戦後すぐの発表だったから、さぞやセンセーションを起こしたことだろう。

 風景・景観の描写はすべて事実だ、と思う。野川流域については、何回も歩いて歩いて、歩き尽くし、調べ尽くし、書き込んである。さすがだ。

 共有できる情景ばかりで、なつかしい。しんぐるま 周辺の描写で特に気に入った部分を下に二つ。

「 一台の木炭自動車が止って、運転手が新聞を読んでいた。ここにも門標はなかった。運転手に聞くと、「知らないのか」というような侮蔑の表情をして、戦争中有名だった或る航空会社の社長の名前を告げた。」

 「野川の向こうの楯状の台地を越えて、府中の方まで足を延した。彼の選んだ古い街道は新しい自動車道路とどこまでもからみあって続いた。かつての立川飛行場の付属施設には、今は白いチャペルが十字架を輝かしていた。」

 
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2006年9月27日の記事
タイトル:製粉と湿気

水車が稼動すると、水煙が立ち、周辺の湿気はとても高くなる。新車(水車の固有名詞)は、湿気を嫌う製粉工程を有するにもかかわらず、屋内で稼動していた。なぜなのだろうか?
 普通に考えると、水車を屋外に分離し、臼や杵の工程を屋内に設置するほうが、使い勝手がよいはずである。メンテナンスが不便になることも厭わず、水車を木製の壁で覆い、屋内に設置していた。
製粉工程に影響する湿気の対策はどのようなものであったのであろうか。
 水車の屋内設置には、なにか特別の理由があったのであろうか。

 また、水車小屋前後の水路は暗渠になっていた。このことも気になっている。他人に「見せたくない」、特別の、からくりがあったのかもしれない。