■人間の力では、今のところ「フラット化」し得ない事がまだまだ沢山有るという事を再確認させてくれるニュースを幾つか拾ってみました。
干ばつに苦しむオーストラリア北東部クインズランド州政府は28日、下水を飲料用にリサイクル処理した水を同州の一部で2008年から使用すると発表した。同州は、下水再利用の是非を問う住民投票の取りやめも明らかにした。住民に是非を聞いている余裕がないのが実情という。州政府のビーティー首相は、「大変な決断だが、水を飲まなければ死ぬ。ほかに方法がない」と、住民に理解を求めた。地元紙によると、このまま干ばつが続けば、同州の水源は09年に枯れるという。オーストラリアは現在、史上最悪といわれる干ばつに見舞われており、全国で下水再利用への関心が高まっている。ただ、住民の抵抗感は強く、最大都市シドニーを抱えるニューサウスウェールズ州首相は再利用に反対を表明、これまでのところ再利用を実施している州はない。
1月29日 読売新聞
■アフリカ東北部・インド・南米西部など、常に水不足が危険領域に入ったままの国々が有りますし、ユーラシア大陸を東西に貫通してアフリカのサハラに連なる大乾燥地帯も有ります。オーストラリアは国土の8割以上が砂漠地帯とは言いながらも、統計上は水不足の心配がほどんどない所に分類されています。全世界の人口の半分は不衛生な水を飲んで暮らしているとも言われますし、毎日6000人以上の子供が悪い水が原因で死亡しているという数値も有ります。「地球温暖化」の本当の原因は突き止められたとは言えない状況ながら、異常気象が各地で頻発しているのは事実です。非常に長い周期で起こる変動と、短期間に激しく現れる変化との組み合わせは複雑で、まだまだ人類が正確に予測できるような段階には達していないとも聞きます。
■日本にも天からの貰い水で命を繋ぐ場所は幾らでも有って、地方自治体ごとに水を管理しているので、極度の渇水災害に見舞われると恐ろしい水争いが起こることも有りますなあ。それが国境を挟んで起こったりすると、水戦争が起こるわけで、20世紀は石油を奪い合って巨大な戦争が起こりましたが、21世紀は水を奪い合う戦争が頻発するだろう、と物騒な予測をする科学者も増えているそうですなあ。オーストラリアのクインズランド州が決定した「下水の再利用」は、技術的には何の問題もないはずなのですが、どうしても人間には拭(ぬぐ)い難い思い込みが有りますから、個人的な拘りを公的な機関や科学者の力で啓蒙して解きほぐすよりは、各自が渇きに負けて妥協して嗜好を変更するように仕向けるしかないでしょう。スペース・シャトルや豪華客船などのような密閉された空間では、水を浄化させて循環させるシステムを備えているそうですし、確か日本の新幹線でも汚水や下水を飲料には向かない「中水道」として循環させていると聞いた事が有りましたなあ。
■地球上の真水の9割以上は南極大陸に集中していて、雪や氷になって貯まっているのだそうです。1割にも満たない水が大気中を流れて雨や雪になって人の住む大地を潤しているのですから、地形と風向きによって意地悪な「偏在」が起こってしまいます。情報がどんどんグローバル化すると、車軸を流すような集中豪雨のニュースと渇水が続いてひび割れた大地の映像とを連続してテレビで観るようなことになります。こうした不平等を技術的にも政治的にも、人間はまだ解決できないようです。海水の淡水化技術は日進月歩だそうですが、コスト面での困難がなかなか解決できないそうですし、人工降雨も雲が湧かない限りはまったく手の打ちようが無いとも聞きますなあ。
■先のインドの話ですが、経済的に成長を続けられれば貧困問題が無くなり、文化的で清潔な生活が送れるようになるのは結構な話ですが、水洗トイレだのシャワー設備だのを15億の人々が一斉に求めたらどうなるのでしょう?米国の大統領は、「民主主義と自由」の伝道師になったつもりのようですが、何処の国も米国と同じように変わる事が善だと言うのなら、政治制度に伴って生活スタイルも米国化するのは尚すばらしい事だと考えている節が有ります。そうなれば、エネルギーも水も食糧も、すべてが今の2倍から3倍必要になって地球は人間の欲望によってパンクするか、際限の無い資源の奪い合いになって凄惨な戦いが続くことでしょうなあ。完全に密閉された建物の中で年中変わらない室温と湿度を保つのは、既に技術的には簡単なことになりましたが、それを世界中で始めたら大変なことになるのは目に見えています。
■住む場所によって環境が違うからこそ、地域別に文化が異なっているというのが歴史の真相というものです。大して牧場も無い島国の住民が、毎日牛肉を食べたがったり、海から遠い内陸国でマグロの握りが大好物だ!などという声が上がったりするのは、どう考えても異常な事なのでしょうなあ。広大な砂漠に囲まれている国が、下水を処理して飲料水にするというのは、まだ悲劇とは呼べないような気がします。再処理する水さえも無くなる事を考えておかねばならない時代になっているのかも知れませんからなあ。
販売台数が700万台を超えて世界第2位となった中国の自動車市場で、外資系、国有企業系、民営企業系のメーカーが三つどもえの販売合戦を繰り広げている。国内メーカーは100社以上が乱立し、激烈な「春秋戦国時代」を勝ち抜く安売合戦により、“価格破壊”と過剰生産に悩まされている。有り余る中国車は最近では海外輸出に振り向けられ始め、中国当局は「無秩序な輸出は対外イメージを損ねる」として抑制に乗り出した。
■工業社会が高度に発展すると資本家と労働者の間に解決不能の矛盾が生じ、最後は数で勝る労働者が暴力によって生産手段を奪い取って国家権力まで掌握する、とマルクスやエンゲルスが予言したそうですが、実際に社会主義革命が起こったのは農業国や貧困に苦しむ非工業国ばかりでした。究極の官僚主義と言われる統制(計画)経済を採用して国民を幸福にした例はまだ有りませんし、インドは紛れも無く戦後にソ連からの援助と指導で社会主義体制を導入していたのです。それが91年に終わって経済を自由化し始めたという話でしたなあ。中国の改革開放政策に遅れること10年余り、ソ連の崩壊の直後という時期に当たります。後進農業国家が社会主義を採用して強引に重化学工業を発展させようとしても、何故か民生品は貧弱で劣悪なまま放置されて原水爆に到る武器ばかりが発展してしまいます。
干ばつに苦しむオーストラリア北東部クインズランド州政府は28日、下水を飲料用にリサイクル処理した水を同州の一部で2008年から使用すると発表した。同州は、下水再利用の是非を問う住民投票の取りやめも明らかにした。住民に是非を聞いている余裕がないのが実情という。州政府のビーティー首相は、「大変な決断だが、水を飲まなければ死ぬ。ほかに方法がない」と、住民に理解を求めた。地元紙によると、このまま干ばつが続けば、同州の水源は09年に枯れるという。オーストラリアは現在、史上最悪といわれる干ばつに見舞われており、全国で下水再利用への関心が高まっている。ただ、住民の抵抗感は強く、最大都市シドニーを抱えるニューサウスウェールズ州首相は再利用に反対を表明、これまでのところ再利用を実施している州はない。
1月29日 読売新聞
■アフリカ東北部・インド・南米西部など、常に水不足が危険領域に入ったままの国々が有りますし、ユーラシア大陸を東西に貫通してアフリカのサハラに連なる大乾燥地帯も有ります。オーストラリアは国土の8割以上が砂漠地帯とは言いながらも、統計上は水不足の心配がほどんどない所に分類されています。全世界の人口の半分は不衛生な水を飲んで暮らしているとも言われますし、毎日6000人以上の子供が悪い水が原因で死亡しているという数値も有ります。「地球温暖化」の本当の原因は突き止められたとは言えない状況ながら、異常気象が各地で頻発しているのは事実です。非常に長い周期で起こる変動と、短期間に激しく現れる変化との組み合わせは複雑で、まだまだ人類が正確に予測できるような段階には達していないとも聞きます。
■日本にも天からの貰い水で命を繋ぐ場所は幾らでも有って、地方自治体ごとに水を管理しているので、極度の渇水災害に見舞われると恐ろしい水争いが起こることも有りますなあ。それが国境を挟んで起こったりすると、水戦争が起こるわけで、20世紀は石油を奪い合って巨大な戦争が起こりましたが、21世紀は水を奪い合う戦争が頻発するだろう、と物騒な予測をする科学者も増えているそうですなあ。オーストラリアのクインズランド州が決定した「下水の再利用」は、技術的には何の問題もないはずなのですが、どうしても人間には拭(ぬぐ)い難い思い込みが有りますから、個人的な拘りを公的な機関や科学者の力で啓蒙して解きほぐすよりは、各自が渇きに負けて妥協して嗜好を変更するように仕向けるしかないでしょう。スペース・シャトルや豪華客船などのような密閉された空間では、水を浄化させて循環させるシステムを備えているそうですし、確か日本の新幹線でも汚水や下水を飲料には向かない「中水道」として循環させていると聞いた事が有りましたなあ。
■地球上の真水の9割以上は南極大陸に集中していて、雪や氷になって貯まっているのだそうです。1割にも満たない水が大気中を流れて雨や雪になって人の住む大地を潤しているのですから、地形と風向きによって意地悪な「偏在」が起こってしまいます。情報がどんどんグローバル化すると、車軸を流すような集中豪雨のニュースと渇水が続いてひび割れた大地の映像とを連続してテレビで観るようなことになります。こうした不平等を技術的にも政治的にも、人間はまだ解決できないようです。海水の淡水化技術は日進月歩だそうですが、コスト面での困難がなかなか解決できないそうですし、人工降雨も雲が湧かない限りはまったく手の打ちようが無いとも聞きますなあ。
■先のインドの話ですが、経済的に成長を続けられれば貧困問題が無くなり、文化的で清潔な生活が送れるようになるのは結構な話ですが、水洗トイレだのシャワー設備だのを15億の人々が一斉に求めたらどうなるのでしょう?米国の大統領は、「民主主義と自由」の伝道師になったつもりのようですが、何処の国も米国と同じように変わる事が善だと言うのなら、政治制度に伴って生活スタイルも米国化するのは尚すばらしい事だと考えている節が有ります。そうなれば、エネルギーも水も食糧も、すべてが今の2倍から3倍必要になって地球は人間の欲望によってパンクするか、際限の無い資源の奪い合いになって凄惨な戦いが続くことでしょうなあ。完全に密閉された建物の中で年中変わらない室温と湿度を保つのは、既に技術的には簡単なことになりましたが、それを世界中で始めたら大変なことになるのは目に見えています。
■住む場所によって環境が違うからこそ、地域別に文化が異なっているというのが歴史の真相というものです。大して牧場も無い島国の住民が、毎日牛肉を食べたがったり、海から遠い内陸国でマグロの握りが大好物だ!などという声が上がったりするのは、どう考えても異常な事なのでしょうなあ。広大な砂漠に囲まれている国が、下水を処理して飲料水にするというのは、まだ悲劇とは呼べないような気がします。再処理する水さえも無くなる事を考えておかねばならない時代になっているのかも知れませんからなあ。
販売台数が700万台を超えて世界第2位となった中国の自動車市場で、外資系、国有企業系、民営企業系のメーカーが三つどもえの販売合戦を繰り広げている。国内メーカーは100社以上が乱立し、激烈な「春秋戦国時代」を勝ち抜く安売合戦により、“価格破壊”と過剰生産に悩まされている。有り余る中国車は最近では海外輸出に振り向けられ始め、中国当局は「無秩序な輸出は対外イメージを損ねる」として抑制に乗り出した。
■工業社会が高度に発展すると資本家と労働者の間に解決不能の矛盾が生じ、最後は数で勝る労働者が暴力によって生産手段を奪い取って国家権力まで掌握する、とマルクスやエンゲルスが予言したそうですが、実際に社会主義革命が起こったのは農業国や貧困に苦しむ非工業国ばかりでした。究極の官僚主義と言われる統制(計画)経済を採用して国民を幸福にした例はまだ有りませんし、インドは紛れも無く戦後にソ連からの援助と指導で社会主義体制を導入していたのです。それが91年に終わって経済を自由化し始めたという話でしたなあ。中国の改革開放政策に遅れること10年余り、ソ連の崩壊の直後という時期に当たります。後進農業国家が社会主義を採用して強引に重化学工業を発展させようとしても、何故か民生品は貧弱で劣悪なまま放置されて原水爆に到る武器ばかりが発展してしまいます。