旅限無(りょげむ)

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NHK『青海チベット鉄道』を観る 其の弐拾壱

2007-01-12 12:41:28 | チベットもの

午後5時、間も無く、チベット自治区に入って最初の停車駅、アムドに到着します。列車は、降りる乗客が居る車輌の扉しか開きません。青海省から来た、回族の少年です。
「アムドへ何しに行くの?」
「商売を」
「どんな商売?」
「くず鉄の回収」
「歳は幾つだ?」
「16歳」
「学校はどうしたの?」
「1年で辞めた」
鉄道の開通により、チベットに出稼ぎに来る若者も増えつつあります。

■ここに出て来る町の「アムド」は、青海省の旧称「アムド」とは無関係ですから、念のため。この怪しげな少年が、本当に16歳なのかどうかは分かりません。商売の内容も本当かどうか分かりません。表情と服装から、後ろ暗い事をしている雰囲気が漂っております。彼が扱っているのは鉄なのかも知れませんが、それが正規の「屑鉄」なのか、他人が所有している鉄製品なのかも分かりませんし、「回収」なのか盗んで密売するのかも、まったく分かりません。切符を確認して見送る車掌は、学校の事や年齢を問いながら、冷笑的な表情を浮かべています。貧困と教育と犯罪は、現代の大問題なのは確かです。


駅から5キロほど離れた場所にあるアムドの町です。人口は周辺を合わせておよそ3万。そのほとんどが、チベット族の遊牧民です。町では民族衣装を身に纏った人々を、数多く見かけます。アムドの主な産業は牧畜です。帽子は、羊や狼の毛で作られた自家製です。

■画面には綺麗に着飾ったチベットの娘さんの姿が出て来ます。でも、あの帽子は狐の毛皮じゃないのかなあ?と怪訝な思いに駆られましたぞ。狼の毛も使うかも知れませんが、最高級品は狐のはずですぞ。それに、何度も愛用している「自家製」という表現も、服屋さんや帽子屋さんが居るのですから、使い方に無理が有りますぞ。牧民だからと言っても、何でもかんでも「自家製」というわけではありません。どんな草原にも商業取引をする市場は必ず存在しますし、専門の職人や商人が大活躍していますぞ。


町を一歩離れると、広大な牧草地が広がっています。遊牧民の多くは鉄道の建設時に資材の運搬をしたり、開通後は家畜が線路に入らないように監視したりして、牧畜以外にも仕事を得ました。定期収入の有る鉄道に就職を希望する遊牧民も現われています。

■定期的に現金収入を得られるのを喜ぶような社会を持ち込んだのは誰でしょう?鉄道の開通に伴って新しい仕事と雇用が生まれたのは確かですが、強引な土地の収用や放牧地の破壊など、陰の部分も有ることは忘れては行けませんなあ。


アムドを出た列車は、チベット高原を南へと駆け抜けます。
突然、車内がざわめき始めました。行く手に大きな湖が見えて来ました。「青海チベット鉄道」の名所の1つ、「ツォナ湖」です。列車は、「ツォナ湖」の岸に沿って走ります。「ツォナ湖」は、地元のチベットの人達に、聖なる湖として崇められています。面積は400平方キロメートル、琵琶湖の3分の2ほどの大きさの有る淡水湖です。

■大概の湖には、それぞれの神話や伝説が付き物で、聖なる湖とされる場所もたくさん有ります。たまたま、アムドからナクチュに向う途中に沿岸をかすめることになっただけの湖を、取り立てて「名所」にしなくても良さそうなものですが……。少し南に行けば、「ナム・ツォ」という琵琶湖の3倍もある巨大な湖が有りますが、そこはコースから外れてしまう上に、5100メートル以上の峠を越えねばならない場所ですからなあ。まあ、列車の中から高地の湖を見物できるのですから、何処でも良いのでしょう。風景はとても綺麗です。


「初めて見ますか?」
「初めてです。とても綺麗です」
「あなたも初めてですか?」
「初めてです。とても美しいです」

■開通したばかりなのですから、こういう質問は時間の無駄でしょうなあ。こういうインタビューが多過ぎるようです。


湖と線路の間は、短いところでは20メートルしか離れていません。車窓の景色は、まるで舟からの眺めのようです。

「聖なる湖」ならば、もう少し距離を取って欲しいものです。苦労して巡礼に来た人は湖の周りを五体投地したり礼拝したりしながら歩くでしょうから、目の前を列車が轟然と通過したら宗教的な雰囲気が台無しですぞ。


列車は、「ツォナ湖」を20分かけて通過します。次の停車駅ナクチュに近付くに連れ、放牧された家畜の数が増えて来ました。標高4000メートルのなだらかなチベット高原が広がります。

■チベット高原ばかりでなく、青蔵高原にも、四川省にも美しい草原がたくさん有ります。でも、「青海チベット鉄道」の路線では、この辺りでしか草原は見られないのでしょう。逆にラサからの列車なら、青海湖周辺の草原が見られるでしょうなあ。


NHK『青海チベット鉄道』を観る 其の弐拾

2007-01-12 12:41:05 | チベットもの

峠を下りるに連れ、雪は疎(まば)らになり次第に牧草地帯が広がって来ます。ここから先は、標高4000メートル以上の高原が続きます。動物の群が現われました。ヤクです。ヤクは牛科の動物で、チベットの人々にとって大切な家畜です。白いのは羊です。この辺りはチベット族の遊牧民が暮らす放牧地です。

遊牧民の姿も見えて来ました。厳しい環境が続いた青海省を抜け、車窓には人々の生活が映し出されます。

■おいおい!「青海省」が厳しい環境の場所なのではなくて、山岳地帯が厳しい環境なんでしょ?!訳の分からない放言は感心しませんなあ。


車内では、チベット族の人達が心の故郷に入った思いの丈をそれぞれに表現します。チベットに古くから伝わる民謡が聴こえて来ました。
「白い小さな鳥よ
わたしに翼を与えておくれ
故郷に帰るために」

■歌詞の翻訳が違っているかも知れません。もしも、悲劇の法王として有名なダイラ・ラマ六世がお作りになった歌ならば、こうなります。

その鳥、白き鶴よ
私に翼を貸しておくれ
それほど遠くへではないよ
リタンを経巡って帰って来るのだよ

誰でも知っている有名な歌ですから、「心の故郷」と言うのなら、一言解説しても良さそうなものですなあ。この詩に出て来るリタンという場所で、後に転生者が発見されて法統が続いたという有り難い歴史が有るのです。番組冒頭のタイトル・バックにも使われた高齢の婦人がマニ車を回している姿も出て来ますが、これも説明は無しです。


この男性は、チベット仏教の経文を唱え始めました。

■本当はずっと以前から経文を唱えていると思われます。旅行中の無事を祈念しているのでしょうから……。


午後4時半。終点のラサまでは、あと500キロです。

■雪を残した山の麓に広がる草原に、毛牛(ヤク)の群がぽつぽつと散らばり、思い思いに草を食(は)んでおります。良い絵が撮れましたなあ。そこを列車が走って行くのですが、ここは自然保護区のように橋脚ではなく盛り土の上に線路を敷いています。遊牧地域では、しばしば家畜の大群が道路を塞いで横断する場面に遭遇します。運転手は早めに減速して盛んに警笛を鳴らしますが、時々、妙に団結心の強い群に横切られると、停止して群の切れ目か群全体が横断し終わるのを待つしかなくなります。群の切れ目には、必ず優柔不断な奴が居て、大急ぎで仲間を追って道を渡るものです。自動車は急ブレーキで対応しますが、列車だとそういう事は無理でしょうなあ。


「青海チベット鉄道」と並走する国道に、ラサに向う巡礼者達が居ました。全身全霊を捧げ、仏への帰依を示す五体投地です。五体投地は、チベット仏教最高の巡礼方法です。

■努力して探さなくても、巡礼者は直ぐに見付かるでしょうが、政治的な意味で、インタビューの対象に選ぶのには神経を使うでしょうなあ。今回、NHK取材班が遭遇した巡礼者も、ちょっと危険でした。


1日中繰り返しても、進む距離は5キロ足らず。付添い人が、食糧やテントなどを持って同行し、野宿しながら移動します。

■特に列車とは関係ないような話なのですが、最新技術の粋を集めた列車を横目で見ながら五体投地をしているチベット人との対照を狙ったのです。取材許可を出した当局が良く許可したものですなあ。お手柄です!


「出発してから何ヶ月ですか?」
「2箇月だ!五体投地しながら来ました」

■この一言が、番組の中の白眉でしたなあ。質問している女性アシスタント?が北京語で話掛けているのに、巡礼を邪魔されたアムド男は野太い声でチベット語アムド方言で答えたのです!つまり、北京語は理解しているのに、答えはチベット語で返しているのですなあ。愉快。愉快。もっと楽しいのは、質問している女性も、どうやらチベット語を知っているらしいのです。「2箇月」の部分をチベット語のままにして、再確認の質問を北京語で発しているのですからなあ。


五体投地の回数は、1日およそ2000回。額には地面に何度も擦り付けた跡が有ります。■国道を猛スピードで通過する大型トラックの脇で、このインタビューは行なわれました。そのまま巡礼隊は立たされて?列車の通過を眺めねばならなくなりました。迷惑千万な話ですぞ。

「列車を見て、どう思いますか?」
「分かりません」「おもしろいですね」「変な感じがします」
ラサまでは残り450キロ。あと3箇月の道のりです。

■何とかまとめていますが、この場面の翻訳は苦労したのではないでしょうか?脇を通過するトラックの轟音で聴き取り難いのですが、質問の意図がさっぱり分からない巡礼隊のリーダーは、最初、答えようが無くて当惑しています。それが「分かりません」の意味です。それから、後ろの男が「まあ、良いんじゃないの?」と思われる発言をして、その程度の応答でインタビューを打ち切ろうとしているように見えます。それが「おもしろいですね」になり、「変な感じがします」という日本語が当てられた内容でしょう。要するに、鉄道建設はちょっと迷惑だけど、基本的にはまったく感心のない物だという事です。
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NHK『青海チベット鉄道』を観る 其の壱拾九

2007-01-12 12:40:48 | チベットもの

「1人旅ですか?」
「はい、初めて中国大陸に来ました」
チベットに憧れ続けて来たこの女性は、鉄道に乗るために勤めていた会社を辞め、はるばるやって来ました。
「想像しているチベットは空が青く、雪が白く絵画のような世界です。ポタラ宮や美しい山々もあります。それが、まだ見た事が無い理想のチベットですね」

■「ポタラ宮」に言及する女性の表情から、彼女が熱心なチベット仏教徒ではないか?と推測できます。妙に落ち着いた態度なので、既に台湾で紹介を受けた師匠がラサに居るのかも知れません。尼さんになりそうな雰囲気を持つ女性でした。


列車は、間も無く、世界最高地点に到達します。世界最高地点である事を示す、石碑の横を通過します。
今、通過しました!ここが、標高5072メートルのタングラ峠です。最高地点を通過すると、列車はゆるやかに下り始めます。この先には、駅としても世界で最も高い所に位置するタングラ駅が有ります。

■ゆっくり右にカーブして、「石碑」が発っている地点に向って来る列車を正面からカメラは捉えます。と言う事は、カメラ・マンは標高5000メートルの吹きっさらしで待ち構えていた事になりますぞ!誠に御苦労様でした。「最高地点を通過すると、列車はゆるやかに下り始め」るのは、当たり前の話でしょ!?


タングラ駅も、全部で9箇所有る観光用の駅の1つです。厳しい環境のため、点検が必要な時などを除き駅員は居ません。

■画面には、チベット仏教の寺院を模したような建物が雪原にぽつんと建っています。いかにも観光用の建物なので、荒涼とした風景が悲しく見えますなあ。


「青海チベット鉄道」は単線です。列車はこの駅で一旦停止し、ラサから来る上り列車の通過待ちをします。富士山より、1200メートル以上も高い、標高5068メートルの駅です。この辺りは、並走する国道からも離れているため、駅の周辺には何にも有りません。この雄大な眺めをゆっくり楽しめるのは、「青海チベット鉄道」ならではです。タングラ駅には、今のところ停車するだけで、下車することはできません。

■「単線」と聞きますと、1970年代に日本の高知県から修学旅行で訪れた高校生達が、列車の少年衝突の大事故に遭遇した事を思い出してぞっとします。番組はそれを予知しているかのように、大丈夫ですよ!と諭(さと)してくれます。


駅の傍に大きなソーラー・パネルが設置されています。太陽電池を電源とし、衛星から電波を受信することで西寧に有る本部から列車の運行を遠隔操作しています。これによって、列車通過のためのポイント切り替えが自動で行なわれます。

■これで安心ですなあ。でも、恐るべき温度変化に毎日さらされる電子回路は、それに耐えるのでしょうか?サブ・システムに関する紹介は有りませんでしたぞ。ちょっと、不安が残ります。


ラサから来た上り列車が通過して行きます。
上り列車が通過した後、ラサ行きの列車もタングラ駅を後にします。

■無事に擦れ違う場面は欠かせないのでしょうなあ。万が一、引込み線に相手列車の姿が無いのに通過してしまったら、信楽鉄道事故の再現になってしまいます。そんな時には、本部とちゃんと通信が出来るのでしょうか?不思議なことに番組では運転席も、通信手段も取り上げていないのです。衛星通信を利用するのか?有線通信を使っているのか?是非とも知りたい情報です。


駅が有るタングラ峠は、青海省とチベット自治区の境界線です。列車は青海省を後にし、いよいよチベット自治区へと入って行きます。

■言わずもがなの話ですなあ。これでは、大昔からここに「境界線」が引かれていたように錯覚してしまいますぞ。ラサを中心とする「ウ・ツァン」と、現在の青海省とほぼ重なる「アムド」という区分けは有りましたが、古代チベット王国以来、同じ文化を共有する同胞地域として1400年の歴史を刻んで来たのです。「いよいよ」などと大袈裟な表現をしては行けませんなあ。音楽まで急に明るく力強いものに変わって、境界線の演出効果は満点であります。困ったものです。


NHK『青海チベット鉄道』を観る 其の壱拾八

2007-01-12 12:40:28 | チベットもの

列車は、鉄道が走る場所としては、世界で最も高い唐古拉(タングラ)峠を目指し、再び高度を上げて行きます。

■「世界最高」を連呼し続ける番組ですから、ここが最も盛り上がらなければなりません。しかし、標高5000メートルは死の世界ですから、絵になる物は何も有りません。カメラ・マンが可哀想です。登山家達は、命懸けでその荒涼とした死の世界に到達するまでの心身のドラマを通過するからこそ、何も無い荒涼として雪景色に「すべてを観る」という体験が出来ます。でも、密閉高原列車から眺める標高5000メートルの風景は、残念ながら退屈なだけです。


「青海チベット鉄道」が開通するまで、世界最高だったのは、南米ペルーに有るアンデス中央鉄道の標高4783メートルでした。タングラ峠は、それを300メートル近く上回る、5072メートルの標高を誇ります。

■「アンデス中央鉄道」を取材したテレビ番組も放送されています。薄れた記憶の中には、おんぼろ列車に乗った原住民のインディオが楽しそうに歌っている姿が有ります。どっちに乗りたいか?と問われたら、アンデスの方でしょうなあ。「300メートル」の差で世界一高い鉄道になった事を強調しなければならないので、番組は必死に「絵になる物」を探します。


乗務員が何やら配り始めました。
「酸素チューブです。利用しますか?蓋を開けてチューブを差し込むと酸素が出て来ます。使用後は、ここを強く押せば酸素が止まります。」
標高5000メートルを超えると、気圧は平地のおよそ半分しか有りません。

■「強く押せば」の一言が気になります。皆が本気で力任せに押しますぞ!接続部品を覆っているカバーが華奢(きゃしゃ)な作りなのも気になります。間も無く、あのカバーは割れるか外れるか、悲惨な状態になるのは目に見えています。通路の壁に並んでいる酸素噴出し口は、乗客の数に比べて少な過ぎませんか?


空気が薄いため、乗客が高山病にかからないよう、様々な対策が講じられています。客車はカナダの航空機メーカーに発注され、飛行機と同じ仕組みの空調設備が取り付けられています。外気を取り込んで圧縮した空気を車内に流す事で、気圧と酸素濃度を平地の80%に保っています。

■やっとカナダ企業の話が出ました。「ボンバルディア」という名前の会社だそうです。飛行機と同等の性能が有るのなら、酸素吸入設備は不要のはずなのですが……。


窓は密閉状態を保つため、ガラスが二重になっています。開けることは出来ません。世界でもこれほどの設備が有る鉄道は、他には有りません。列車が、標高5000メートルに達しました。車窓には、天空さながらの風景が広がります。周囲に聳える山々はタングラ山脈です。チベット高原の中央部を、東西およそ600キロに亘って貫いています。

■「密閉状態」が何度も強調されるのですが、先に「観光用駅」が9箇所有るという、予告編が付いているのが気になります。着陸するまでドアを開けない飛行機ならば問題は無いのですが、高山病が心配される場所で、9回も乗降口を開閉するのなら、飛行機ではなくてエア・ロックの有る宇宙船や深海艇の構造を持たねばなりませんぞ。もしも、乗客の大半が「観光用駅」に出たいと言い出したら、巨大なエア・ロック室が必要になりますなあ。


タングラ峠まで、あと少しです。標高5000メートルを超えた時、酸素チューブを使い始めた女性が居ました。
「どちらから」
「台湾です」
「標高が高いのはつらいですか?」
「鼓動が激しく、呼吸も苦しいです。喉が渇いて、頭痛もします」
「酸素を吸って、楽になりましたか?」
「そうですね。でも、吸っていないとまた苦しくなります」

■以前、演出効果を上げる為に、高山病の自作自演をやったのがバレて大騒ぎになりましたが、日本人スタッフでなければ調べようも無いでしょうなあ。などと不謹慎な事を考えてしまう場面です。それも、「1つの中国」の台湾出身の女性とは、出来過ぎた流れですなあ。必死で乗客の中から台湾人を探したのでしょう。
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NHK『青海チベット鉄道』を観る 其の壱拾七

2007-01-12 12:40:05 | チベットもの

「それは回族のナンですね?」
「はい」
「自分で作ったのですか?」
「そうです」
「見せて貰えますか?」
イスラム教徒の回族が食べているのは、ナンです。
「美味しいですか?」
「美味しいです」

■白い帽子を被っているイスラム教徒の回族の男が、「チベット仏教の聖地」に何の用事があるのだろう?と誰でも不思議に思うでしょうが、ラサには立派なイスラム教モスクが建っていて、商業を中心に一大勢力になっているのですなあ。それにしましても、「ピンズー」を「ナン」と紹介するのは如何なものでしょう?それに「自分で作ったのですか?」の質疑応答は、ちょっと翻訳が不正確のようです。自分で作ったのなら、この男はパン職人という事になります。因みに、そんなに美味しいものではありません。変なインタビューです。


四川省から来た、お爺さんと3人の孫娘も、食事を始めました。食べているのは、自家製のソーセージです。
「中身は何ですか?」
「羊の肉、米、塩などです」

■こちらの「自家製ソーセージ」は本当の話でしょう。チベット風とは言っても、かなり質素な食事のように見えますなあ。携行食ならば、干し肉やチーズ類が用意されているはずなのですが……。


前日から体長を崩していた末の孫娘は、チベット特産の薬を飲んでいます。
「苦いですか?」
「はい」

■「チベット特産の薬」という表現は宜しくありませんなあ。チベット伝統医学の生薬と言って頂きたいものです。薬草を乾燥させて刻んだ物のように見えますが、特に乗り物酔いに効く薬なのかどうかは分かりません。「苦いですか?」の前に、聞き手は薬の成分や材料について質問しているような声が聞こえますが、完全に無視されていますなあ。説明しても分からないでしょうし、ややこしい北京語の単語を知らないからだと思われます。


食堂車で昼食を摂る乗客も居ます。定員は44人。いつも満席なので、事前に予約しておかなければなりません。浙江省から来た経営者達が食事をしていました。食堂車のメニューは、全部で20種類、スープや魚料理も有り、本格的な中国料理を楽しむことができます。
「料理の色も良いし、栄養のバランスも良いですね。特にこの料理は初めて食べました」

■ここでは、意図的に値段に関するコメントが省略されています!高いからです。メニューが20種類で、「本格的な中国料理」を楽しめるのでしょうか?浙江省の商売人達は、お馴染みのあんかけ魚フライを主菜にした食事を楽しんでいるようですが、銀杏とセロリの炒め物を珍しがっていのが、非常に珍しいという変な映像です。褒め言葉もまとまり過ぎていて、わざとらしいですなあ。


厨房では、4人のコックがフル回転で料理を作っています。高温で素早く料理するのが中国料理の基本です。しかし、ここは標高4000メートル、低地で料理するようなわけには行きません。
「標高が高いので、出来上がりが遅くなります。調理に時間をかけなければ、生焼けになってしまいます。御飯を炊くのも、通常なら30分ですが、ここでは1時間半もかかります」

■開通したばかりですから、厨房はまだ綺麗です。それは良いのですが、ここで得られた調理人のコメントは驚くべきものです。御飯や煮物を出しているのに、「圧力鍋」を使っていない!飛行機と同じ構造の機密性を誇っているのに、気圧が低くて料理が大変だ、ということは、厨房には大きな排気口が有るという事でしょう?飛行機は電子レンジと電熱ポットくらいしか使いませんから、調理用の排気口は有りませんが、食堂車を連結しているのなら厨房は不可欠でしょうなあ。どうも、「青海チベット鉄道」の運営方法にはチグハグなものを感じます。


火災防止のため、調理には火を使わず、電気式クッキング・ヒーターが使われています。丸く窪んでいるのは、中国料理の鍋専用、食堂車にも様々な知恵が活かされています。

■さり気なく、「中華料理」という言葉を避けているのが気になります。「中国料理の鍋」よりも「中華鍋」の方が一般的ではないでしょうか?一説には、日本国内のチャイニーズ食堂でも「中華」の看板を出しているのは台湾系で、「中国」の看板は大陸系で、そんな対立を避けたい店は、「四川」「広東」などの地名を用いるとか……。台湾は中国の一部なので、独立の響きの有る「中華」を使わないように、誰かさんから指示されているのでしょうか?画面で紹介される「電気式クッキング・ヒーター」は、コックさん達を苛立たせる非力な物のように見えましたぞ。御苦労様です。