旅限無(りょげむ)

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NHK『青海チベット鉄道』を観る 其の七

2007-01-09 13:08:21 | チベットもの

「何をしに行くのですか?」
「商売しに行くのです。宝石を売っています。……メノウや珊瑚です」
彼らは、ラサで暮らすチベット族の人々です。開通した鉄道を利用して、チベット特産の宝石類を行商しています。
「これは一つ4万5000円です」

■「ラサで暮らすチベット族」という言い方が、どうも嫌な感じです。ラサにはチベット族しか暮らしていなかったのですぞ!「東京に暮らす日本人」やら「ワシントンに暮らす米国人」とは言わないでしょう。それなのに北京語でインタヴューするから、考えながらの応答になっていますぞ!失礼です。でも、さすがに商売に関する会話は滑らかでしたなあ。特に「金額」の言い方など……。

確かにチベットは金や宝石の宝庫です。だから「解放」されてしまったとも言えますが……。チベット人はとても御洒落で、特に女性は嫁入りの時に高級品を婿さんに要求するので、祭りともなりますと、宝石類から毛皮まで、全財産を身に付けて重そうにしゃなりしゃなりと歩きます。ダライ・ラマ猊下が「殺生戒に触れるから、あまり毛皮製品を珍重してはダメですよ」と仰っても何のその!

■それにしましても、「珊瑚」は海の無いチベットの特産品ではありませんぞ!インドとの長い交流交易の歴史がもたらした伝統です。シルクロードを通ってペルシアや東ローマ帝国とも交易しましたから、世界中の宝石が集まる時代も有ったようです。画面では、1個4万5000円の商品を見せていましたが、頸に掛けている男は命懸けでしょうなあ。


こちらは座席車。背もたれが倒れず、ゆっくり休む事は出来ません。運賃は寝台車の半分の3500円。
夜11時、社内の一角から音楽が鳴り響いて来ました。
音の出所は、この家族です。

■「夜11時」ですから、寝台車は消灯の10時を回っています。座席車輌は夜の間中、照明を落しません。物騒ですからなあ。慣れないと眩しくて眠れません。だからと言って、夜中に騒いでいたり、けたたましい音楽を流していたら、車掌や乗客から文句を言われるに決っています。でも、番組では深夜の「民謡」を平然と取材していましたなあ。


「何の歌ですか」
「チベットの歌です」
「どんな歌ですか」
「祝い酒の歌です。酒を飲む時に歌うのです」
この人達は、青海省から来たチベット族です。

■確かに、小型のテープ・レコーダーから流れていたのは青海地方の民謡です。夜の夜中に、小さなスピーカーが壊れそうな大音量で民謡を聴きたくなるものでしょうか?それから、あの歌は「祝い酒の歌」と呼ぶよりも、「酒を勧める歌」と言うべきでしょうなあ。歌の合間に強引に酒を飲ませる歌詞が入っていて、それに合せた動作も決っていて、客席に坐っていたりすると酷い目に遭います。名人達はテープやCDに吹き込んで売っていますが、本来は何時間でも何日間でも歌い続けられるように出来ている歌で、即興もやり放題、歓迎の宴席では客は確実に酔い潰されてしまいますから、ご用心、ご用心。

■何だかチベット族は公衆マナーを知らない野蛮な田舎者みたいに見える深夜の場面です。酒を勧める歌を聴いているのに、何故か卓上には酒は無く、カップ麺が登場します。カメラが来る前に酒盛りをしていたのなら、深夜のラーメンも理解出来ますが、ここでの登場は理解に苦しみますなあ。勿論、チベット人相手にチベットの歌の話を質問するのも北京語です。老夫婦は北京語が苦手のようでしたなあ。怒っていたのかも知れませんぞ。


NHK『青海チベット鉄道』を観る 其の六

2007-01-09 13:08:10 | チベットもの

列車が出発して間も無く、乗務員が事前に配られた「健康カード」を集めて回ります。カードには、気圧が下がる高地で悪化し易い病気について詳しく書かれています。乗客は、自分の健康状態と照らし合わせて確認のサインをしなければなりません。回収したカードはすべてチェックされ、列車長に報告されます。
「もし健康に不安のある乗客がいたら、マークして重点的に対処します」「乗客の体調や状況を詳しく把握するためです」

■とても御親切な乗務員の皆さんに感謝したくなるような場面です。でも、何だか乗客の自己責任を強調するシステムのような気もしますなあ。ちょうど、保険金を支払う段になってイチャモンを付けて保険金を払わない意地悪な保険会社みたいに……。利用する時にはやせ我慢などしないで、ちょっと大袈裟に記入しておいた方が良さそうですぞ。列車長は若い男でした。交通大学出のエリートなのでしょうか?制服も洒落たデザインで色も明るい物です。健康カードを黒いバインダーに挟み込む場面が出て来ますが、あれは元使っていた乗客管理用の切符を預かって保管する物です。ソ連仕込みのシステムで、無賃乗車の防止と言いながら、自由な移動を禁じていた時代の名残で、列車が動き出すと同時に車掌が乗客の顔をじっと見ながら一枚ずつ集め、座席番号が書かれているバインダーのポケットに入れて行きます。外国人の場合は、国籍を聞かれパスポートの提示を求められることも有ります。大きなお世話なのですが……。

■途中下車する乗客には、降車駅が近付くと個別に返却されるようになっています。つまり、誰が何処で乗車して何処で降車したのかが監視され、記録されるのですなあ。慣れないと列車内が監獄のように見えます。そのように利用されている管理バインダーに、切符と重ねて健康カードが差し込まれるようになったという訳です。何だか個人情報保護法違反のような感じもします。


客車は15両編成。寝台車と座席車が有ります。ここは2等寝台車、客車の中で最も多く、8両が連結されています。料金は1人、523元、日本円でおよそ8000円です。

■地元では「硬臥」と呼ばれる6人用の半コンパートメント形式の大人気の車輌です。本当は、完全にドアが閉まる4人用の1等寝台、通称「軟臥」車輌が一番安全なのですが、西寧―ラサ間で1万3000円もするので一般の人には無理でしょうなあ。「硬臥」車輌はその名前の通り、硬い3段ベッドが向かい合わせになっていて、通路との間にはドアも仕切りも有りません。泥棒が混じっている場合には降車駅近くで「仕事」をしてそ知らぬ顔で降りるものですから、深夜に停車する場合には多くの乗客がもぞもぞと起き上がって、列車が再び動き出すまで荷物を見張っていたりしますなあ。「軟臥」ならばコンパートメント内の専用荷物入れが利用できます。

■それにしましても、画面に出て来る客車内が異様に綺麗ですなあ。ゴミは見当たらないし、テーブルの上にも下にも食べ物や飲み物が積み上げられている光景が有りませんぞ。どうしてでしょう?


「雲南省から来ました」
「出張を終えて来たところです」
「この列車に乗るために、わざわざやって来ました」


■仕事なのか観光なのか分からない、ちょっと不味いインタヴューです。雲南省から来たのなら、成都あたりで列車に乗ったのかも知れません。成都からはラサ直行便が有るので、青海省に出張したついでにラサ見物に足を伸ばした人達かと推察されます。この人達ばかりではないのですが、男だけのグループで酒瓶を並べていないというのは実に不自然な光景でありますなあ。真面目な共産党員なのでしょうか?まさか、取材用に動員された「良い乗客」ではありますまいな?!トランプをやっているのに、テーブルの上に「現金」が見えないのは不自然ですぞ。


「世界一標高が高い鉄道に乗りたいと思いました」
「チベットは中国で一番神秘的な場所です」
「世界の屋根と呼ばれています。どんな感じか体験したいです」

■可愛い?娘さんと、変に表情の硬い男性へのインタビューです。北京政府の宣伝文句をそのまま話す様子に、ちょっと違和感が有りますなあ。チベットが「中国で一番神秘的」なのは、半世紀前まで別の国だったからではないでしょうか?残念ながら、ラサはぜんぜん「神秘的」ではなくなっております。その理由を考える国内旅行者は非常に少ないのでしょうなあ。
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NHK『青海チベット鉄道』を観る 其の伍

2007-01-09 13:07:49 | チベットもの

いよいよ乗車です!定員はおよそ900人。西寧発ラサ行きは、2日に1本運行されています。全席指定ですが、誰もが先を争って乗り込みます。

■改札は女性駅員さんが手で入鋏してくれます。北京などではスタンプになりましたが、西寧では断固として鋏のようですなあ。カメラを意識してか、改札係は親切です。何よりも、彼女が立っている場所の鉄パイプの太さに御注目!直径10センチ以上の頑丈な鉄パイプで作られた仕切りは、キップ売り場にも設置されていて、人間の大群を制御します。これが無いと、死人や怪我人が続出する騒動が起こるからです。順番を守らず平気で割り込む者がたくさん居て、すぐに怒声が起こってつかみ合いの喧嘩が始まりますからなあ。乗客の列の中には、無賃乗車を試みる輩や偽造キップや違うキップで乗り込もうとする度胸の有る人が居ますから、改札係はしっかりとチェックしなければなりません。それで人の流れが悪くなって、列の後ろの人達が苛立ってしまうという悪循環です。

■正規の指定席切符を持っているのに、どうして走るのでしょう?その疑問に答えることなくナレーションは続きます。でも、画面には本当に走っている人が見えません。あれは現地では「歩いている」範囲の速度ですぞ!通常は鬼の形相で大きな荷物を持ったまま、本当に疾走しますからなあ。必ず坐れるのに走る理由は、荷物の置き場所を確保する為です。車輌の網棚は常にスペース不足ですから、自分の座席から常に見える場所を抑えるのは大変なのです。映像には出て来ませんが、荷物を網棚に載せる風景はすさまじい迫力です。時には暴力沙汰になることも有って、乗務員が怒鳴って制止するのも珍しい事では有りません。やっと各自の荷物の置き場所が決ったら、早速、用意していた細い鎖やロープで網棚に縛り付け、それから小さな錠前で封印です。駅前には飲食物や土産物に混じって、錠前が売られているものです。


開通して間も無い、夏の観光シーズンには、徹夜で並んでもキップが買えないほどの盛況ぶりでした。

■これは変なナレーションですなあ。「開通して間も無く」や「夏の観光シーズン」でなくとも、キップの入手は常に困難です。3日後の列車の切符しか販売しませんから、駅から遠い場所に住んでいる人は、知人縁者を頼って購入して貰うか、自分で安宿に泊り込んで買わねばなりません。列車の運行速度を上げて本数を増やす努力を続けているところですが、連休の時期などに切符を買おうと思ったら、文字通りの命懸けとなります。まして、2日に1本の列車となったら、切符の購入は非常に難しいでしょうなあ。諦めて寝台バスに3日ほど揺られて行くことにする乗客が多いと思われます。


夜8時7分。定刻通りの出発です。ラサへの到着は翌日の夜10時半。26時間半に及ぶ、長い旅です。

■長距離列車の「出発時刻」は、だいたい定刻通りです。でも、到着時刻となると話は別です。「26時間半」と聞きますと、随分と長い時間のような気がする人が多いのでしょうが、3分の1は眠っているようなものですから、鉄道の旅としては案外と呆気ないものでしょう。「天空の世界」が売り物なのに、夜が明けたら吹雪やら嵐だったら最悪ですなあ。


西寧を夜、出発するのは、チベット高原を日中に走り、乗客が雄大な自然の風景を楽しめるように、運行ダイヤが組まれているためです。最初の停車駅、ゴルムドに着くのは翌朝7時。その後、徐々に高度を上げ、崑崙山脈に分け入ります。標高差2000メートルの難所です。崑崙山脈を抜けると、貴重な野生動物が生息するココシリ自然保護区や、世界で最も高い鉄道の通過地点、タングラ峠など、見所が次々と現われて来ます。峠を越えると、いよいよチベット自治区です。地元の人達が「聖なる湖」と讃えるツォナ湖の脇を走り、終点ラサに向います。

■青海省を通過するのは夜なので、撮影するにも困ったのでしょうが、青海湖の風景も周辺の草原も見られないのは残念です。西寧へ戻る時には、ラサ駅を朝の9時半に出て西寧には翌日の正午頃に着くようですから、崑崙山脈以南の風景と青海地方の風景の両方を楽しむためには、是が非でも往復しなければならないようです。そういう事情で、画面はあれよあれよと思う間に地図のアニメーションで旅程の半分くらいが消化されてしまいます。残念!