旅限無(りょげむ)

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NHK『青海チベット鉄道』を観る 其の壱拾六

2007-01-11 13:00:44 | チベットもの

「自信は有りますか」
「もちろん。機は熟しました。いち早くチベットへ入るべきなのです」

■この大きな自信は、一体全体、何処から出て来るのでしょう?話の流れからして、彼らはラサ現地に入るのは初めてです。それなのに、こんなに確信を持って商売の成功を語れるのは、何らかの保証を得ているという事なのでしょうなあ。


鉄道の開通は、チベットへ行き来する人と物の流れに新しい動きをもたらしつつあります。

■このナレーションは、善悪判断を棚上げしています。諸手を上げて鉄道の開通を祝っている人と、それを嫌っている人、そして、仕方がないと溜息をついて無視している人、いろいろな感情が渦巻いているラサに続々と「自信」に満ちた漢族が入って行くのですから、相当な摩擦が起こっていると思われます。


ゴルムドを出発して、およそ5時間。列車は大きな河を渡ります。トト河です。トト河は、中国最長の河、長江の源流の一つです。長江は、列車がこれから向う唐古拉(タングラ)山脈を水源とし、中国大陸を横断して東シナ海に注ぎます。トト河に架けられた橋、長江源頭第一橋です。長江が水源から流れて来て、最初に出会う橋という意味です。

■「水源」と聞きますと、日中友好記念の大プロジェクトとして制作された、NHKが誇る名作『シルクロード』シリーズで、黄河の水源を突き止めるという番組が有りました。感動的に放送されたので、多くの日本人が観たことでしょう。番組が放送された70年代当時、チャイナでテレビ受像機を持っている人は少なかったはずですから、あの番組は日本人向けに制作された友好番組ということになります。そこで「共同作業」として行なわれた、黄河水源の探査でしたが、番組を記念して建てられた石碑とは別の場所に「本当の水源」を示す新しい石碑が建っているという奇怪な話が有ります。

■チベット地域には、黄河・長江ばかりでなく、他の河川の水源が点在していて、インダス・ガンジス・メコンなどの南下する河の水源も有ります。つまり、チベット高原はチャイナ・インド・インドシナの巨大な水甕なのですなあ。地球温暖化によって大量の雪解け水が発生すると、想像も出来ない大水害が起こるということです。それほど大量の水があちこちから流れ出し、徐々に集まって大河に成長するわけですから、本当の水源など特定できるはずも無いでしょうなあ。相当におおまかな範囲を「水源地」と想定するしかないという話です。

■トト河を渡る列車の映像には、上空を舞う黒い物がたくさん写っています。日本の都市住民なら「チベットにもカラスが居るんだなあ」などと勘違いするでしょうなあ。列車の大きさと比較すると、あれはハゲタカでしょう。割と近いところに「鳥葬」の場所が有ると思われます。でも、チベット文化に関するコメントを自己規制しているような番組作りは、あの鳥の群に関しては沈黙しています。


トト河を過ぎると、時刻は昼12時を回っています。車内では弁当の販売が始まりました。値段は、1つ300円。この日のメニューは、目玉焼きと野菜の炒め物です。
「列車で食べる弁当は、なかなか良いものです」

■「この日のメニュー」というのは、些(いささ)か無責任でしょう。日本のように「日替わりメニュー」などという発想は、アノ国には有りません。体験的に表現しますと「いつも、目玉焼きと野菜炒め」なのです。画面に出て来る弁当の容器がプラスチック製になっていたのが気になります。他の路線では、古紙を利用したエコロジカルな容器を使っているはずですが、どうして環境に配慮したと自画自賛している「青海チベット鉄道」でプラスチック製品を使うのでしょう?300円という値段は良心的ですが、多くの乗客は食べたことも無いくせに「高くて不味い!」と言い張って、手を出さないのも事実であります。
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NHK『青海チベット鉄道』を観る 其の壱拾伍

2007-01-11 13:00:32 | チベットもの

列車には、欧米からの観光客も大勢乗っています。こちらの2人は、アメリカとイギリス出身です。現在は上海に駐在しており、休暇を利用して今回の旅に出たと言います。

■上海で何をしている欧米人なのでしょう?金融関係と考えて良さそうな雰囲気を持つ人ですが、インタンビューに応じてくれたのは訛を直した英国人男性のようです。米国の東海岸出身の人かも知れませんが……。この場面では、日本語テロップに問題が有りましたぞ。


「こんな風景に憧れていました。広大な空、無人の平原、とても美しいです。列車で旅をするのが好きなのです。これまで世界中を旅しました。」

■「世界中」だけを翻訳して、その後の「中国とロシア、その他」という部分を割愛しているので、この人がどんな旅をしているのか、さっぱり分かりません。文字だけを追っている視聴者の多くは、「この人は世界中を旅しているのだ!」と感心するでしょうなあ。話の流れから判断しますと、「世界中を旅して……」ではなくて「外国旅行が好きで……」ぐらいに訳すべきでしょう。でも、世界中を旅したエライ人も感動する「青海チベット鉄道」を売り出したいのなら、こういう日本語字幕になるのでしょうなあ。


「飛行機と違って、車窓を楽しむことができます。景色や人々、気候や気温も変化します。それが列車で旅する楽しみです」

■やっぱり、「列車の旅」の宣伝です。「気候や気温も変化」と言っているその列車は、飛行機と同じ性能を持つ機密性を誇っているのですぞ!「上海駐在」というのですから、発言は相当に政治的な配慮を伴っていると考えるべきでしょうなあ。「欧米からの観光客も大勢」とナレーションを付けている手前、車内で欧米人を探さざるを得なかったのでしょうが、残念ながら行儀の悪いイタリア人ツアー客と、上海で働いている英米人しか見付からなかったのではないでしょうか?下手をすると、答えの台本が渡されていた可能性が有るような、妙に早口で整理されたコメントが得られたのでした。


車窓の風景には目もくれず、真剣な会議を行なっている中国人グループが居ました。
「鉄道の開通はわれわれ商売人にとって、またと無いビジネス・チャンスだ。ラサがどういう場所なのか、まず知っておく必要がある」

■とうとう、出て来ました!カメラは最高級の一等寝台車輌に入ります。やり手の顔をした親玉が窓際に控えていて、まるで「牢名主」みたいですなあ。でも、入り口側に坐っている手下が広げている地図は、非常に大雑把な情報しか得られない観光用の地図です。そんな物を眺めていても、「ラサがどういう場所なのか」はまったく分かりませんぞ!そんな物より、手下が引っ張り出した「書類」の方が重用なのでしょうなあ。コンピュータからプリント・アウトされた「書類」には、認証印のようなものが見えませんから、許可証の類ではないようです。紹介状か商売上のデータなのか……。


彼らは浙江省から来た、大手百貨店の経営者達です。鉄道の開通を切っ掛けに、ラサに新たな店舗を開こうと、市場調査にやって来ました。建設を予定しているのは、大型のショッピング・モールです。
「これまでラサへの交通は、大変不便でした。鉄道の開通で、我々の商品も大量にチベットへ運べます。そうなれば商品の値段も下げることができます。ラサの人は安い値段で我々の商品が買えるわけです」

■「中国の特色有る社会主義市場経済」の尖兵というわけですなあ。大量仕入れ・大量輸送・薄利多売、ここの何処に「社会主義」が含まれているのでしょう?確かに、ラサは他の地域から隔絶された「不便」な場所でした。しかし、人民解放軍が雪崩れ込んで来るまでは、チャイナ名物の「飢饉」を一度も経験した事が無い場所でもありました。詐欺同然に暴利を貪られては堪りませんが、彼らが持ち込もうとしている「我々の商品」とは何なのでしょう?少なくとも、伝統的なチベットの生活には不必要な物品であることは間違いありますまい。彼らが計画している「大型のショッピング・モール」を建設する土地は、一体、誰から入手するのでしょう?勝手に持ち込まれるのは物品ばかりでなく、党政府が勝手に編み上げたコネと既得権の山でしょう。商売と政治があまりにも密接に結び付いていると、現地の住民から大きな反発を喰らうことになりますぞ。


NHK『青海チベット鉄道』を観る 其の壱拾四

2007-01-11 13:00:21 | チベットもの

「チベットガゼル」。体長1メートルほどの牛科の動物です。中国の国家2級保護動物に指定されています。警戒心が強く、危険を察知すると跳ねるように、素早く逃げ去ります。


■アフリカに生息する「ガゼル」から名前を借りていますが、チベットではこれを「鹿」と呼んでいるようです。鹿は食べます。一種の御馳走と考えているようですが、特に食べたくて食べたくて仕方が無いような、グルメの対象ではないようです。遊牧中に目撃すると、テントから弓や火縄銃を持ち出して狩りを試みるぐらいなものですから、なかなか獲れないようです。そういう時代が長く続いたのですが、半世紀前に何でも食べる民族が機関銃を積んだ軍用自動車で乗り込んで来たそうですなあ。嗚呼、酒池肉林の国ですからなあ。


狼が現われました。狼は、ココシリ自然保護区では、食物連鎖の頂点に君臨する動物です。草食動物が増え過ぎるのを防ぎ、生態系を保つ重要な役割を果たしています。


■狼は、大昔の日本人が「オオ・カミ」と呼んだように、本当に神々しい生き物です。『赤頭巾ちゃん』などというフザケた童話が広まって、狼が人を好物にする凶悪な生き物にされてしまったのが不幸の始まりだったのでしょうか?狼が人間を襲った正確な記録は無いという話も有ります。日本の狼が絶滅したのは、家畜を守るためと毛皮を得ようと欲張ったからのようです。約百年前に狼が絶滅した日本では、熊・猪・猿・鹿が増え過ぎて困っているそうですなあ。馬鹿馬鹿しい限りです。

■モンゴルやチベットでは、狼は人間の天敵です!家畜を襲う最も賢く強い天敵なのです。チベットの或る地域では、手段を選ばず女性を漁る暴走気味の男を「狼」と呼びます。困ったことに羊にはパニックになると一箇所に集まるという可哀想な習性が有るので、夜陰に紛れて羊を襲う狼は、一番美味しい羊の肝臓などの内臓を次々に食い散らかして行くので、最悪の場合は一晩で全財産を失う牧民が続出したりします。それに対抗するのが「犬」です。それはペットや家族ではなく、間違いなく専守防衛の最強「兵器」です。チベット地域で一番面白い生き物は「犬」かも知れませんぞ。


そして、ココシリ自然保護区を代表する動物が、カモシカの仲間「チルー」です。牡には立派な角が生えています。柔らかく、保温性に富んだ毛皮は、世界最高級の毛織物として珍重されて来ました。高価な値で取引されるため、密猟者によって数年前まで大量に乱獲されていました。かつては、100万頭生息していたとされますが、現在はおよそ10万頭足らずに激減しています。絶滅が危ぶまれている、国家1級保護動物の「チルー」は、北京オリンピックのマスコットにも選ばれています。

■「キャン」をわざわざ「チベットノロバ」と紹介するのに、「チルー」だけはそのままの名前で呼ぶのは、どういう根拠が有るのでしょう?キャンが怒りますぞ!それはそうと、「チルー」の激減には、バブル期の日本が大きく関わっているという話が有ります。欧州の某有名デザイナーが、「チルー」の毛糸を使ったお洒落な作品を発表したばかりに、我も我もと、ブランド好きな日本人が買い求めたのであっと言う間に品不足となって、生息地が特需で沸き立ったというのですなあ。東京銀座の高級デパートにも、「チルー」製品で客寄せしていたそうですぞ!密猟者の中にはチベット人も含まれているでしょうが、圧倒的に多いのは新式ライフル銃を持っている漢族です。でも、ココシリのように保護活動が本格化したので、「チルー」の猟場は西に移っています。そこはパキスタンという国です。お洒落な馬鹿者が消えて無くならない限り、必ず「チヌー」は絶滅するでしょうなあ。


「青海チベット鉄道」は、こうした野生動物の生息環境を極力壊さないように配慮して建設されました。草原を横切る線路は、動物の移動を妨げないよう、鉄橋の上に通されています。ココシリ自然保護区に建てられた、清水河特大橋です。合わせて675本有る鉄橋の中で、最も長く全長11.7キロに及びます。こうした鉄橋の建設によって、野生の動物達はココシリ自然保護区を自由に行き来することが出来るのです。

■鉄橋の下を動物が自由に移動できます!という話は、鉄道の建設が始まった頃から、チャイナ全土でマスコミを総動員して宣伝していたものです。でも、広大な地域に「675本」の鉄橋を建設したくらいで、動物の移動が自由に続くのでしょうか?勿論、狐や狸の生態を無視して日本中に道路を建設した自らの歴史と現状を誤魔化しては行けませんぞ。



■画面は車内に戻って、飲めや歌えやのイタリア人ツアー客の話になります。インタヴューしているのは日本人スタッフのようですが、答えるイタリア人女性ともども、変な英語です。国際語は英語だという事なのでしょう。北京語もチベット語も無視されて、勿論、日本語は歯牙にも掛けられず、欧州人と日本人がチベットで英語を使わねばなりません。それにしても、カトリックの聖地・ローマから団体でラサに向うイタリア人に、旅行目的を質問しなかったのは変ですなあ。もしかすると、北京政府とローマ・カトリックとの間に緊張が走っている政治状況を勘案していたのかも知れません。
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NHK『青海チベット鉄道』を観る 其の壱拾参

2007-01-11 12:59:59 | チベットもの

トンネルを抜けました。「青海チベット鉄道」は、こうした数々の困難を克服して開通に至ったのです!

■映画の『黒部の太陽』や『海峡』みたいな感動物語にまとめ上げようとして、宮本アナウンサーも頑張っておりましたが、工事中の映像は写真だけなので、言葉が上滑りしてしまった感が有りますなあ。本当に、工事現場には誰が居たのでしょう?


崑崙山脈を過ぎると、風景は一変します。果てし無く続く広大な平原、ココシリ自然保護区です。面積8万3000平方キロメートル。北海道とほぼ同じ広さです。標高は、およそ4600メートル。人が住む事が禁じられた平原には、チベット高原特有の、貴重な野生動物が暮らしています。


■昨年、日本でもドキュメンタリーが公開されたので、ココシリの名は広く知られるようになったようです。でも、ここから続く「自然保護区」の礼讃には、少々げんなりしてしまいます。「人が住む事」を禁じたと言いますが、誰が誰に禁じたのでしょう?短い夏の間なら、ここは立派な遊牧地になります。農村から始まった毛沢東の革命は、チャイナは巨大な農村に変えました。そこには科学研究所や大学機関も無く、国際的な商取引も文化交流も無い、ひたすらにこにこしながら農作業に従事する巨大な人口が蠢く、何とも奇怪な風景が広がっていました。それが文化大革命に一つのスタイルを与えたのですが、農村革命国家には、牧畜という文化も許さない体質を持っていたのは残念な事です。まあ、米本位制の伝統的な経済基盤を継承した明治政府も、東北から北海道に残っていた狩猟文化を認めず、バカの一つ覚えで「米作れ!」と無茶な国造りを推し進めた歴史が日本にも有りますが……。

■さてさて、ココシリ自然保護区には中華人民共和国の「人民」の居住が禁止され、動物王国が作られたわけですが、元々、エコロジカルな場所ならば、「保護区」など作らなくても良いのです。強権を発動して人を追い出して動物を守らねばならない、恐ろしい理由が有ったに違いありません。しかし、画面は座席車輌内で素朴にはしゃぐ乗客の姿が映し出されます。


車内では、乗務員が案内を始めました。
「みなさんよく見て。ここには動物がたくさんいるよ」
「両側をよく見て、ほら、こちに1頭いるよ」
「2頭いた」

■こうした観光客の皆さんは、別に特殊な保護区でなくとも、羊の群やヤクの群を見ただけでも大喜びするものです。風の音しか聞こえない草原の静寂を破って疾走するディーゼル機関車に、愛想を振り撒いて寄って来る野生動物が居るはずもないのですから、あまり野生動物が見られます!と宣伝するのは宜しくないでしょうなあ。文明を避けるのが野生というものです。


この季節、最も多く見られる動物は野生の驢馬、「チベットノロバ」です。「チベットノロバ」は、家畜の驢馬よりも一回り大きく、体長およそ2メートル。チベット高原にしか生息していない珍しい動物として、中国の国家一級保護動物に指定されています。集団で生活し、見張りを担当する1頭が逃げると、群全体が移動します。
「」

■チベット高原に生息する「野生の驢馬」を「チベット・ノロバ」と言い換えると、何か新たな知識が増えるのでしょうか?あれは「キャン」です!体系はシマウマさんと良く似ていますが、お尻の丸みと頸の精悍さに違いが有ります。はっきり申しまして、わざわざ「青海チベット鉄道」に乗らなくても、北京動物園で暇そうに暮らしている「キャン」達に会えますぞ!まあ、あの驢馬とは思えない疾走を見たい人は高原に行かねばなりませんが……。牛や馬、羊や山羊、驢馬も家畜としてチベット地域の何処でも見られますが、馬のように走る驢馬の仲間、こんなに利用価値の高い動物なのに、一頭も家畜化されていません。それはシマウマ君が家畜化されなかった事情と同じ理由が有ったようです。

■野性が強過ぎて人間の言う事を絶対に聞かないというわけです。ですから、動物園の囲いの中で暇そうにしている「キャン」も、良く観察しますと目は死んでいませんし、走り回るスペースが無い事に対して絶対に妥協しない怒りの表情が読み取れたりします。土や泥の上に立たされている事に、彼らは怒っています。チベット人はモンゴル人と違って、馬や驢馬を食べませんから、草原で「キャン」を狩って食べたりしません。でも、半世紀前に乱入して来た人達は面白がって撃ち殺しては食べていたそうですなあ。何でも食べる民族は恐ろしいものです。


NHK『青海チベット鉄道』を観る 其の壱拾弐

2007-01-11 12:59:40 | チベットもの

「青海チベット鉄道」建設には、幾多の困難が伴いました。その一つが、地下深くに広がる凍った土壌、凍土です。夏になると表層部分が溶けて地盤が緩み、冬には再び凍って膨張します。これではレールが安定しません。この難問を解決するため、或る技術が導入されました。線路の脇に金属の棒が数多く刺さっています。これは熱棒と呼ばれ、地中の熱を外に発散させる働きが有ります。熱棒の中にはアンモニア水が入っています。地表に出た部分はおよそ2メートル、地下は5メートルの深さまで埋め込まれています。

■永久凍土との戦いは、帝政ロシアの時代からシベリアで続けられているのですから、もう少し早く対ロ関係の修復が出来ていたら、もっと安上がりな方法が採用されたのではないでしょうか?何せ、高さ数メートルのお化け霜柱にも負けないシベリア鉄道ですからなあ。この新しい技術というのが、ちょっと怪しげなのが気になります。


……中のアンモニア水は地中の熱を吸収して温められ蒸発します。蒸発したアンモニアは熱棒の地表部分で、熱を発散し、冷やされて液体に戻ります。この循環によって冬の間は凍土をなるべく凍らせて置き、夏の間、凍土の溶けるのを抑えているのです。

■これは理論は完成している深海発電と同じ構造ですぞ。深海発電では、深度数千メートルの深海の冷たい海水と海面近くの暖かい海水との温度差を利用するという事ですが、この凍土対策として採用された「熱棒」は、小さい上に数も不足しているような気がします。大丈夫でしょうか?そればかりか、凍土の融解は地球温暖化によって深刻化しているはずですから、北京政府はこんな怪しげな物を作るよりも「京都議定書」で、「発展途上国」枠から一刻も早く出て、米国を誘って二酸化炭素の問題を解決するべきでしょう。何だか、その言い訳に使っている熱棒のような感じがしますなあ。


もう一つの大規模な凍土対策は、鉄橋です。地中部分の橋脚の長さは30メートル、1年中溶ける事の無い永久凍土層の深さまで埋め込まれ、線路を安定させているのです。

■確かに、永久凍土に達する橋脚ならば、しばらくの間は線路の安定は保たれるでしょう。しかし、極地から届く環境調査の報告には、その永久凍土が溶け出している!という恐ろしい物が混じっておりますなあ。万が一、北京政府の狙い通りに観光客が激増し、商売人も続々とラサを目指すようになれば、現在、多い時には1日10本の列車が通るダイヤが増便され、同時に貨物列車と極秘?の軍事列車も増え続けると、通過する度に凍土を振動させながら圧迫し続ける事になります。それは熱エネルギーに変わって、ぶ厚い凍土層の下に熱源を作ることにはならないのでしょうか?ほんの数ミリずつでも橋脚が沈下し続けたら……。嗚呼、恐ろしい。


ゴルムド出発から、およそ2時間が経ちました。
標高4500メートル。外の気温は氷点下20度まで下がっています。
ここからが崑崙山脈最大の難所です。前方の山を登り、峠に掘られたトンネルを抜けて、崑崙山脈を越えます。

■画面は単調な雪景色が続きます。どれほど標高が上がろうと、雪景色は何処も同じですなあ。東西に延びる崑崙山脈は、ラサに向う時には巨大な壁となって立ち塞がります。チベットの歴史でも、モンゴルの歴史でも、崑崙山脈の東側を通って北上したり南下したりしていたようです。草原を馬で疾駆していた人達が避けていた難路に鉄道を建設しなければならなかったのは、ひとえにゴルムドという変な場所に軍事拠点を置いたことが原因のようですなあ。西寧から南西に向う古くからの道も有りますし、四川省の成都からラサに向って真っ直ぐ西に向う道も有ります。本当に崑崙山脈にトンネルを穿って鉄道を建設する必要が有ったのでしょうか?熱く語られる苦労話に素直に感動できないのは、そんな理由が有るような気がしますなあ。


標高4648メートルに有る峠に差し掛かります。ここからトンネルに入ります。全長1686メートル、凍土に掘られたトンネルとしては世界で最も長い、崑崙山トンネルです。凍土のトンネル工事には、高い技術が必要とされました。凍土が溶けるのを防ぐために、大型の冷却システムが用いられました。送風パイプを通して冷気を送り、トンネル内部の温度を氷点下近くに保ちながらの、過酷な作業でした。現場は富士山より高い標高4600メートル。空気の薄い中、作業員は酸素ボンベを背負いながら建設に臨みました。

■この難工事に、何処の国の技術援助が有ったのか、一切語られません。設計から建設まで、全部自前でやり通したと言い張りたいのでしょうか?大した実績も無かったチャイナのトンネル掘削技術が、数年の間に進歩して完成したのでしょうか?世界中の最先端技術を真摯に学び、協力に感謝して難工事の完成を祝うのなら、もう少し素直に感動もできるのですが……。
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