
・足立たば大和山城うちめぐり須磨の浦わに昼寝せましを
・足立たば箱根の七湯七夜寝て水海の月に舟浮けましを
・足立たば二荒の奥の水海にひとり隠れて月を見ましを
・足立たば不尽(ふじ)の高嶺のいたゞきをいかづちなして踏み鳴らさましを
・足立たば北インヂアのヒマラヤのエヴエレストなる雪くはましを
【440~441ページ】《われは》
・世の人は四国猿とぞ笑ふなる四国の猿の小猿ぞわれは
・ひむがしの京の丑寅(うしとら。北東の方角)杉茂る上野の陰に昼寝するわれは
・いにしへの故郷人(ふるさとびと)のゑがきにし墨絵の竹に向ひ座すわれは
・人皆の箱根伊香保と遊ぶ日を庵(いほ)に籠りて蝿殺すわれは
・富士を踏みて帰りし人の物語聞きつゝ細き足さするわれは
・果物の核(たね)を小径に蒔き置きて花咲き実のる年を待つわれは
[ken] 「足立たば」と「われは」の短歌は悲しい景色に違いはないのですが、生きることへ力強い言葉や冷徹な自己認識、日々病人として、目の前の出来事で短歌をこしらえていくエネルギーに敬服せざるを得ません。
とくに、「足立たば」の短歌では想像力の果てに、雄大にして壮大な景色を描いて見せてくれました。死の病にあってもなお、天地を駆け巡り創造の翼を広げる精神に勇気をいただきました。自分にとって、これからも繰り返し読み、生涯にわたって学び続ける短歌だと思っています。(つづく)