『悟浄出世』-神知を有する魔物の巻-

 女禹のかつて識(し)っていた魔物は、上は星辰(せいしん)の運行から、下は微生物の生死に至るまで、深甚微妙な計算によって、既往のあらゆる出来事をさかのぼって知りうると共に、将来起こるべき全ての出来事をも推知することができるのであった。

 ところが、この魔物は大変不幸だった。というのは、この魔物がある時ふと、

――自分の予見しうる全世界の出来事が何故に(経過的ないかにしてでなく、根本的な何故に)そのごとく起こらねばならぬかということに想達し、その究極の理由が、彼の計算でもついに探し出せないことを見出したからである。

 ヒマワリは何故黄色いか。何故草は緑か。何故すべてがかく在るか――この疑問が、この神通力広大な魔物を苦しめ悩ませ、ついに惨めな死まで導いたのであった。

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 いやあ、面白いですね。「わいからないことをわからんとしておく勇気」が持てなかった魔物の話……。
 さて、つぎに女禹が話した妖怪は、小さく見すぼらしい魔物の思い出……。しかしその魔物の一生は幸福だったといいます。どんな魔物だったのでしょう。
 それはまた次回のお楽しみ。

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 今日は、ご詠歌のダブルヘッダー。思わず、昨日のラリーとトレーシーの話に熱が入って、時間が延長になってしまいます。そう言えば『悟浄出世』は、自閉症の彼らが今回の旅をして、坊さんやら、いろいろ人に出合っていく旅の映画『ロード・トゥ・うどん』(仮題)と似ています。
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