この上に

この上にいかなる姫かおわします…と頼朝が詠んだと云われる白糸の滝。
繊細な滝にシンクロしたロマンチックな歌ですことよ。
十何年かぶりに再訪問。子ども達ぬきで、何かの取材です。ぐはははは。
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Buddhist way of life

密蔵院の「ご詠歌の練習会」が終わると、22時・・。まあ毎週こんな時間です。家内と長男も一緒にやっているので、夜の犬の散歩は次男の担当・・で、やり繰りできてます。

二週休んだので、その間に気候は激変。ご詠歌にいらっしゃるのは全員女性。よってこんなご挨拶からスタート。
「涼しくなったから、重ね着というおしゃれができますね。日本経済は女性が支えているのは、ショッピングセンターやデパートの売り場が女性もので占められてことから明白です。だからどんどんおしゃれしてください」

続けて言った。

「ねぇ。いままでは猛暑だから、Tシャツやアッパッパくらいしか着られなかったでしょ」

 そう言ってから気がついたので質問した。

「ン?そういえばアッパッパって何語ですか?あのムームーみたいなワンピースみたいなやつ」
 
 何語であるかは、誰も知らなかった。

 ご詠歌の間のお茶の時間に調べたら「簡易服」「清涼服」の意で「up a parts」という和製英語が語源らしい。あははは。
すでに「死語」のようだ。

でもいくら死語でも、「ラッパ(金管楽器)」のように、復活するものもあるから忘却の彼方へと追いやるにはまだ早いだろうと思う。

私は仏教という言葉より、「仏道」のほうが好きだ。英訳すれば「Buddhist way of life」だろう。この言葉を死語にしないようにしたいと思う。
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もん、もん、もん!文殊だも~ん!

 昨日で一応お彼岸は終了だが、天気と曜日の関係で、今日も朝からお参りの方が多いです。

 夕方の「法話の辻(第四回)」の準備で大音量の掃除機をかけていたら、檀家さんが
「こんにちは、お線香ください」とあがってきて私の顔を見て言った。あははは。申し訳ねぇ。

・・・ということで、今日は
 16時から「もっとい不動 法話の辻」--二カ月に一度、皆さんの歩いている人生の道と仏道が交差する「辻」にしようと命名した会である。

 次第は・・・
 勤行
 今日の仏様のコーナー 文殊菩薩
 今日の仏道てくてくのコーナー 「心配と心配り」

 私のお話は本堂で17時までの一時間。

 それからは客殿で席を移して18時まで、茶話会(お酒も出る。私はこちらがメイン)。フリートークの一時間である。

 よく言われる「三人寄れば文殊の智恵」というのは、対立する可能性のある二つの見方だけでなく、第三の考えか方も視野にいれたほうが、ずっと人生を豊かに生きられます、ってこと。文殊菩薩くらいになると、一人で三つの見方ができるほど心が柔軟ということでもある。

 智恵は、ほとんどの難題は解決するまるで百獣の王のようなものだから、文殊菩薩は獅子の上に載っているのでございます。うっしっし、なーんちゃんて。

 

  
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運び去られると残るものがある。

今日の東京は台風の影響で、午前中は暴風雨。それが午後からは、みるみるうちにたかーい秋の空が現れた。

お彼岸最終日のこととて、お参りに来た檀家さんに
「台風の風が、雨雲を運びさって、同時に秋空を運んできてくれたようですね」と言った。

気分的にそんな言い方をしたくなるほど、雲が切れたところから青い空が続いているようだった。

しかし、考えてみたら、風が雲を運びさってくれたら、もともとそこにあった秋空が残っていたということである。

散らかった床の荷物を片づけてみたら、ずっと探していた大切な人からのハガキがそこにあったようなものである。ハガキは最初からそこにあったのだ。

つまり、煩悩の雲を払えば、もともと私たちの本性である仏が見えてくるという仏教の話である。

ある意味で「本性は仏なのだ」という性善説を確信して、煩悩の雲を払ったり(煩悩を消す)、煩悩の雲を私たちの本性である仏の姿にかかってもオツな景色になる雲に変化させる(煩悩の雲も変化させて肯定していく)のが仏教でもある。

そして、煩悩の雲に気づくことが心安らかな境地(悟り)へとダイレクトに結びついていることを「煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)」っていいます。だから、煩悩はあっていいってことです。
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「ららぽーと」は船橋が第一号だ。

今日で、読売文化センター(京葉)のワンクールがいちおう終了しました。

日本で最初のららぽーとができた船橋。その敷地内の三井ビルディングの五階にセンターがあります。ららぽーとができた時から、子供たちをつれて通い続けたららぽーとだけに、思い出ひとしおです。

恵比寿、荻窪の同センターの時は、「写経と法話」、あるいは「般若心経を読む」というけっこうタイトな枠組みだったのですが、京葉では「仏教で楽に生きる智恵」というアバウトな講座。平日の13時から14時30分という、坊さんにとっては、お葬式やお通夜があってもどうにかなる時間帯も嬉しいかぎりです。

で、今日の帰りに、受講者の方から「私は仏教についてなんにも知らないので、仏教入門のようなものを次はやっていただけないでしょうか」とのリクエストをいただきましたて。

この2週間、私なら仏教入門をどう組み立てるだろうと、考えていたところなのでビックリであります。
とても、魅力的なリクエスト。自分でじっくり考えて、それからアチコチの仏教入門の本がとう構成されているのか確認しようと思います。

ただし、来月14日までに受講希望者が5人を越えないと、開講されません(現在3名)。
基本的に毎月最終金曜日の13時から14時30分の90分です。

月に一度、船橋ららぽーとで買い物したい方。そのついでに仏教入門講座6回を聞いてやってもいいという方、是非お申し込みを(私も月に一回ららぽーとにいきたいのです。ぐははは)。

詳しくは、読売文化センター京葉で検索!
http://ync.ne.jp:8080/cms/html/12108670010.html
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「昨日の半分の気温」という表現は正しいか・・・

テレビの夕方のお天気コーナーで不可思議な温度を聞いた。
女性キャスターがこう言った。

「昨日の練馬区の最高気温は35度。今日はなんと17度でした。昨日の半分以下の気温になってしまったんです」

あはははは。数値的には、なるぼと17は35の半分以下だ。

でもなあ、「温度が昨日の半分以下」と言われても、なにか変である。

湿度が昨日の半分と言えばなんとなくわかるのに、気温だと、どうしてまったく感覚的につかめないのだろう。

だれか、その秋分の日の、私のこの疑問に明快に答えてはくれないだろうか。あはははは。

    ●    ●    ●    ●

写仏展、おかげさまで沢山の方にみていただきました。ありがとうございました。
会場を片づけて、夕飯を食べて塔婆を書いたらもう、ただ今21時30分だ。

あははは。これから、明日のカルチャーセンター「仏教の智恵で楽に生きる方法」の内容を考えようというのだから、我ながらオッチョコチョイである。ぐははは。
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「夏よ さようなら」

夏よ さようなら

海の子は、夏を惜しんでまだ泳いでいる。
遠くの水平線に
すっかりやせてしまった雲の峰―。
つめたい水をくぐって顔を出した少年はよびかける。

「八月さん―
 ことしはひどかったじゃないか。
 まいにち まいにち カンカン照りで。
 そのかわり、来年は ちっとは雨も
 降らして おくれ」

どこかで、― スマン スマンという声が
聞こえた様な気がする。

少年は、見えない八月に
しずくを たらしながら 手をふっている。

北国の少女は、
夏を惜しんで まだ歩いている。
なごりの サビタの花を散らせて吹く 白い風―。
そのつめたさに おどろきながら
秋のあしおとに 耳をそばだてる。
そう―、山の頂きに ひとしずくの赤インキが 
したたり落ちたかと思うと、
紅葉は ふもとをめがけて 駆けおりてくる。
そして もうすぐ あたりは 白くなる。

「今年の夏も とうとう あえなかった。
だから、八月さん
来年こそ 誰か いい人 連れてきてね」

どこかで、―スマン スマンという声が
きこえた様な気がする。

少女は、見えない八月に
はずかしそうに 手を ふっている。

(作・元ニッポン放送アナウンサー村上正行さん)

※ ※ ※ ※ ※

天気予報によると、東京も今日が夏の終わりのようだ。
「お月見」の夜で、夏よ、さようならとは、なかなかオツだと思う。
そう思って、故村上正行さんの作った詩をアップさせていただきました(たぶんアナウンサー学校の教材です)。
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そんな、バナナ・・・の逆襲

二カ月ほど前に、私の出合った超ど級の早口言葉[バナナの謎なのだぞ]をご紹介した。

そのあと、中学校の講演会でもこの早口言葉を紹介したり、言えないけど私なりに馴染んでいる言葉だった。

で、今日、読経の庭を終えてから、千葉県の野田(お醤油の街である)へ行った。

そうしたら、お話が終わってから帰りに、「名取さん、このバナナ美味しいから持っていきなさい」と紙袋を渡された。

中身はバナナである。しかし、その茶色の包み紙に驚いた。

「丸半バナナ屋」と印刷してある。

聞くと、昔はバナナだけを売っていたらしい(今は果物屋さんである)。お店の地下にはバナナを熟成させるための室(ムロ)もあるという。

バナナを売っているからバナナ屋なのはわかるが、それをそのまま店名にするとは、現代では傑作だと思う。そして、この包み紙にもかなりのこだわりがあるのだそうだ(とてもよくわかる気がする)。

いただいたバナナはまごうことなき、美味しいバナナだった。

野田市幸会通りへ行ったら、訪れることをお勧めする。あはははは。

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「お百度」は完成したけれど、ぐははは。

 堀石材の若の献身的な仕事によって、構想2年、実作業半年にわたる密蔵院の、「お百度」ロングコースとショートコースが完成。

 堀之内哲也氏の、巧みな書によって、存在感たっぷりに出来上がり、さらに石屋の堀さんが四苦八苦してみつけ出してレーザー加工で大きな穴をあけたカラフルなボタンが、取り付けられました。
・・・ところが、、、、

 夕方になって、家内が「お百度自体をご存じない方が多いから、そろばんだと思って遊んじゃうわよ」

 ぐははは。まあ、お百度と知っていても、珠がカラフルだから、つい動かしたくなるのはが人情である。お寺へ来て、具体手に触ってみるというのが一つの狙いだから、それはそれでいい。

 境内での家内の情報収集によって、一昨日のブログで南無さんがコメントしてくれたような「お百度とは何か?」を簡単に書かないといけないことになった。あははは。 

 最初から完璧なんかぜんぜん目指していないから、こういうアフターケアーはちっとも苦だと思わないし、メゲルこともない。

 「ふーん、そういうものか。じゃ、やるか」ってな感覚である。
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23日まで「写仏展」 in 密蔵院

鹿骨の総鎮守、鹿島神社の、今日は本祭り。

普通なら、明日が彼岸の入りだが、今日の内にお参りしておこうという人がかなり多いはずなのだが、本祭りと重なっては、お参りの人も少ないのは道理である。

群馬、横浜など遠方の方のお参りが多かった。

で、明日から23日の中日まで、午前9時から午後5時まで、密蔵院の客殿では
「写仏展」!(無料)

 どうにか準備が整いました。ふーーーっ。

 展示の他に、
 ☆写仏体験コーナー、
 ☆腕輪念珠作りコーナー、
 ☆住職の「いいたい放題お地蔵さま」コーナー(グッズ販売も・・・)
 を併設。

 そして、明朝、いよいよ「お百度石」も完成予定。

 お寺は仏教のテーマパークだ!の旗印のもと、元気に愉快にまいります。ぎゃははは。 
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