余韻という総括

『怪し会 八雲』は4日間の日程を終えて、昨日無事に終了。スタッフ16人が宿泊し、あとから二人かけつけて今日は総勢18人が後始末と密蔵院の大掃除。もはや、後始末大会、大掃除大会と銘打っていいと思う。暑くないとはいえ、みんな大汗の7時間だった。おかげさまで使用前よりもきれいになった密蔵院。午後五時に全員を送りだして、残っていたスタッフ弁当を家内といただいて、二人で犬の散歩をしながら、この五日間を笑いながら総括。秋の虫たちの声が、余韻のように♪夏の思い出♪を奏でているようだった。スタッフ・キャスト・お客さま・関係者のみなさま、ありがとうございました。

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小道具三種盛り合わせ

『怪(あやか)し会 八雲』は今日の昼の部で三回目の公演を終えて折り返し。冒頭で毎回違った話をするだけでは飽き足らず、小道具まで作っている。写真は三回分だ。客席がコの字型なので、三方向から見えるようにするのにひと苦労だ。リピーターが多いこの会だが、スタッフ、キャストと共に、私も隅っこでハシャイで一つの作品を作らせてもらっている。さて、夜の部、そろそろスタンバイの時間である。

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違った話くらいできなきゃ。

18時チケット交換。18時30分入場。19時開演。お待ちいただくお客さま用に、ちょっとしたイベントも用意の『怪し会 八雲』。さて、今日の開演前法話は何にしよう。「今回も6回、すべて違った話をするぞ!」と自らに課題を課している。

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「怪(あやか)し会 八雲」 開幕でございます。

密蔵院を会場にした茶風林さん主催の怪談朗読劇『怪(あやか)し会 八雲』は、小泉八雲の怪談をとりいれたプログラム。いよいよ今晩から四日間。全六公演のスタート。愉快な仲間たちともに、密蔵院の家族もten屋one 屋の日々が静かに幕をあける・・・。

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鈴虫受難

午後、家内が玄関で鈴虫の餌を取り替えていた。相変わらず元気に鳴いている。さっき、あわてたように、しかしゆっくりと丁寧に腰をかがめて、次々にケースを廊下に運びこんだ。何じゃろかい?と思って少したってから玄関に行くと、キンチョールスプレーの匂いが充満していた。家内は蚊を退治するためにスプレーしたらしいのだが、自分だけ避難して、鈴虫のことを忘れていたらしい。鈴虫にとっては、とんだとばっちりで命を危険にさらされた受難のひとときであったろう。蚊には気の毒だが、めでたし、めでたしである。

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気ばかり

昨日書いた原稿を一度校正すると、そのあと6時間くらいあけないと、二度目ができない。頭のギヤが変えられないからだ。さて、その間にやれることは何だ・・・。ということで、「言いたい放題」用のお地蔵さまの捺印と着色。下にも埋もれているので二百枚近い数だ。それぞれのお地蔵さまが「私には、赤を塗っておくれ」、「僕はオレンジ」「わしは金がいい」と、何となくおっしゃっているような気がするから面白い。ここに言葉がが入るのだが、そこでも「私にはあの言葉を」と、主張しているような気が毎回する。あははは。直感とはほど遠い。気がするばかりである。色を入れ終えて、そろそろ雨が降りそうな気がするので、早めの犬の散歩に出ることにした。

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助走

密蔵院では、27日~30日の『怪し会 八雲』の準備がスタート(チケットはすでに即日完売だそうだ)。たまたま行事も法事もないので、稽古場にもなる。一昨日につづいて、今日もキャストとスタッフが勢揃いで、本番に向けた助走、おK-coである。その間に、私は来年春のお彼岸用の雑誌の原稿を書いてしまおうと胸算用。これも助走である。やるべきことをやっておかないと、後になって人さまに迷惑がかかることがある。それが分かっている人は、とっととやってしまうしかない。それが大人というものである。

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形にすると、安心するが、こだわらない。

やったことを形に残すことに、あまりこだわりはないのだが、形に残っていると感慨深いものがあるのは確かである。一日中椅子に座って紙焼きに校正して、それをデータに反映させる作業。プロの方々にとっては日々のアサメシマエの業務なのだろうが、素人には10トンの石をゴロンゴロンと転がすほどの労力である。疲れたので、もう出版社は送ろうと思う。

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後手後手

今日の「写仏の庭」のお手本は、大輪金剛菩薩。辞書によると「曼荼羅を成就させる仏」だという。私は勉強が足りないので、私とどういう関係なのか、何のこっちゃかぜんぜんわからない。そこで、「わからないことをわからないとしておく勇気」を発動することにした。ぐははは。と呑気に写仏が終った午後9時をまわって書いているが、こういう告知はおそくとも写仏の庭が始まるにせねばなるまい。グダグダの後手後手である。どははは。夜になると虫が鳴き始める季節。写仏や写経をするには、自然と落ち着ける良い季節になった。

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やっとこさたどり着いた場所

前回、同様の写真をアップしたのは先月28日のことだった。寺の仕事と寝ている以外は、ほとんどすべての時間を費やして、やっと出口についた感がある。77項目、154ページ、12万文字。原稿用紙なら300枚。これから二回筆者校正をして出版社へ送り、そこからプロの校正が入る。先はまだ長いがそれもあと一か月というところだ。家族を含めて、知り合いからは「なぜそんなに書きつづけるのだ」と嘲笑とも同情とも思える言われ方をする。「書くのが好きなんだよ」とごまかしているが、そのじつ、世間さまへのひそかなご恩返しのつもりである。

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