普陀落浄土へちょっと散歩する気分
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よりよもよって私のお弟子になって、二年間奈良の長谷寺で修行するN君の入学式は明日。師僧として出席するために、今日のうちに橿原まで行こうと思う。吉野を凌ぐと言われる長谷の桜(満開は今週末あたり)。観音さまの普陀落浄土さながらである。
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よりよもよって私のお弟子になって、二年間奈良の長谷寺で修行するN君の入学式は明日。師僧として出席するために、今日のうちに橿原まで行こうと思う。吉野を凌ぐと言われる長谷の桜(満開は今週末あたり)。観音さまの普陀落浄土さながらである。
夜のご詠歌を終えて講員さんを送り出してお寺の門をしめようとしたら、西の空で雷。春雷である。で、春雷を辞書で調べたら「春に鳴る雷」とか、「寒冷前線による」くらいの説明ばかり。あはは、意味がない。ところがさすが『新明解』さんは違う。「(冬の終わりをつげる)春先のかみなり」とある。東京は冬が終ったのだと思った。
ある病院の精神科の看護師さんから『ためない練習』を、患者たちとのセッションで使ってくれている由の手紙をいただいた。そんな使い方をしてくださる方もいるのだなと感謝した。そして、受刑者の方からは「『ためない練習』を頼んでいるけどまだ手元にきませんが、読んだらまたお便りします」との手紙に、丁寧にかかれた写経付き写仏(逆か?)が入っていた。水墨画タッチで仏さまを描くにはかなり時間がかかったはずだ。こうした心の静けを持つことが、娑婆に出た時にも役にたてばいいなと思いつつ、本尊さまの足元に納めさせていただいた。
夕方、犬を連れて近所の公園へ行った。芝生広場で中学を卒業したばかりの子たちが、ボールを蹴って遊んでいた。どうして中学を卒業した子とわかるかと言えば、男女4人ずつ。妙に互いを意識して興じているのがわかるからだ。4月からの各人の新たな出会いを目前にして、3年間同じ学舎(まなびや)で過ごした名残を惜しんでいるかのようだった。胸がキュンとした。明日は、16時から18時まで「法話の辻」です。最初一時間は本堂で法話。残りの一時間は客殿でお酒飲みながらフリートーク。だから、今日は飲まないでおこうと思う(思うだけ・・・)。
今日はご詠歌の月例講習会の講師13人への講習会。この二日間、どうやったら全員が有意義な一日になるか思案していたが、会場へ着いて決まった。自分の担当以外の曲は退屈するといけないから、初級・中級・上級の区別なく、月の区別もなく、誕生日順で唱えてもらった。唱え方のチェックだけでなく、どの曲ではどんな付帯事項を伝えたほうがいいのかも、伝授。私も受講者も気の抜けない5時間だった。うはは。楽しかった。
90日で116本の原稿を書くには、1日平均1.3本である。3月1日スタートの予定が、結果的に18日からになったから、さあタイヘン。なんとか追いつけ追い越せで7日目の今日で22本。今日は24日だから少なくとも24本書かないと追いつかないのだが、まあ仕方がない。7日で22本だから一日3本ペース。この調子なら38日くらいで書き終わる計算だから、4月後半に脱稿・・・。あはは。そんな筈はない。
密蔵院の今日は「写仏の庭」の日。写仏をするには、下絵がよく見えて墨が滲まない薄美濃紙ドーサ引きが適している。※写真でお手本の隣の紙。日本画によく使われる紙らしいが、筆を売っている程度の文房具屋さんには置いてない。普通の方が近所で探すのは至難のワザだろう。いわゆる専門店でしか扱っていない品物が世の中にはたくさんあるのだろう。専門店巡りをしてみにようかと思った。
境内に咲いている花を触ってみた。ゆきやなぎは柔らかだった。ミツマタは固かった。それぞれの語感に合っている気がした。今日はお参りの方が予想以上に多くて、原稿書きは無理だと判断。今年の写仏用のお手本作りをしながらお線香点けをした。写真左は本当は勢至菩薩だが、勢至菩薩はこのあいだ描いたから、冠のレリーフを水瓶から阿弥陀さまに変えて観音さまになっていただいた。
お彼岸の中日を明日だと思っていた人が何人かいた。「明日は、今日の振替休日だったんだすね」と恥ずかしそうにおっしゃった。きっとお墓の前では「勘違いしててごめん」と手を合わせたことだろう。中日の今日も、朝から玄関でずっと待機を決め込んで、さすがに使わないだろうとふんだ今年のカレンダーの裏にお地蔵さまを書いた。途中で「一枚ください」という方に差し上げたので、合計142枚。午後6時までかかった。玄関は完全にアトリエになっていた。ああ、楽しかった。※写真は彩色して印を押したものを客殿で乾かす図。
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