『悟浄出世』-白皙(はくせき※色白の肌)の青年の巻-

「恐れよ。おののけ。しかして、神を信ぜよ」と、流紗河の最も繁華な四つ辻に立って、一人の若者が叫んでいた。

「我々の短い生涯が、その前とあととに続く無限の大永劫の中に没入していることを思え。我々の住む狭い空間が、我々の知らぬ、また我々を売らぬ、無限の大広袤(だいこうぼう)の中に投げ込まれていることを思え。我々は鉄鎖につながれた死刑囚だ。――略――その短い間を、自己欺瞞(じこぎまん)と酩酊(めいてい)とに過ごそうとするのか?――略――その間を汝の惨めな理性を恃(たの)んで自惚れ返っているツモリか?傲慢な身の程知らずめ!クシャミ一つ、汝の貧しい理性と意志とをもってしては、左右できぬではないか。」

 悟浄は声をからして叫ぶ、その女性的な高貴な風姿の青年の瞳に見入ります。そして悟浄は火のような聖(きよ)い矢が自分の魂に向かって放たれるのを感じます。

「我々のなしうるのは、ただ神を愛し己を憎むことだけだ。部分はみずからを、独立した本体だと自惚れてはならぬ。あくまで、全体の意志をもって己の意志とし、全体のためにのみ、自己を生きよ。神に合するものは一つの霊となるのだ」

 悟浄は思った。
――確かにこれは清くすぐれた魂の声だ。しかし、それにもかかわらず、自分の今飢えているものが、このような神の声でないことも、また、感ぜずにはいられなかった。訓言(おしえ)は薬のようなもので、瘧(おこり)を病む者の前に腫れ物の薬をすすめられてもしかたがない―――と。

 この最後の文章は、いいですねぇ。ハッとします。布教に精を出す坊主としては、とても大切な考え方だと思うのです。部分は自らを…の部分も“one for all,all for one”に通ずるものがあります。

では、続きは次回…。
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