今日は「写仏の庭」です。

 朝夕にお盆のお墓掃除にいらっしゃる檀家さんがふえた。頭の下がる思いだ。お墓掃除は家族のだれが来てもいいのに、誰かの代わり(あるいは代表として)掃除に来たのだから「ご苦労さま」と声をかける。
 今日は「写仏の庭」(13時~、19時~)。猛暑の中、写仏のために密蔵院にいらっしゃるのはご苦労なことだが、ご自分のためにいらっしゃるので、私は「ご苦労さまです」とは挨拶しない。
 してみると、「ご苦労さま」と言われる回数はそのまま、自分以外のために尽くしたバロメーターになるかもしれない。ちなみに『大辞林』には【御苦労様】--「御苦労」をさらに丁寧に、あるいは皮肉をこめて言う語。「この暑いのに御苦労様なことだ」--とある。うぎゃ!私が言われる「ご苦労さま」は、後者の皮肉をこめた用例ばかりのような気がしてきたぞ・・・。あはは。まっ、それでもいいや。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


日陰を携帯する男

今日の東京は午前7時30分で、室内でも30度という暑さ。ぎゃっ!炎天下の中、鍼治療に向うのに10分ほど道路を歩くのだが、直射日光を避けるために傘をさした。歩きながら地面にできる傘地蔵のような自分の影を見て「ほう、これは日陰を連れて歩いているようなものだ」とニンマリした。ぐはは。傘は携帯用日陰と同義である(写真はイメージです)。で、今日は「お題拝借法話」アップの火曜日。勝手に作ったお盆特別枠で、芳彦流の「お盆」の380秒(いつもより120秒ほど長いです)。大阪の片山さんからいただいた「スイカ」は来週にさせていただきます。https://youtu.be/3kmHD9rF0oY


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


ある挑戦

縁有る者たちが一堂に会して、食事をしながら亡き人と最後の夜を過ごすお通夜。しかし、COVID-19のおかげで、懐かしい話がたくさんでて、故人の命が何倍もふくれる大切な場が持てない。いきおい、一日葬儀が増える。これまでお通夜で20分ほど話していたことが言えなくなってしまった。仕方がないので、一日葬儀用に「これだけは知っておいていただきたい」と思うことを、2分で読めるようにまとめた。総儀式場についたら参列者全員にお渡ししようという魂胆である。題して「“今日やること”と“戒名について”」。僧侶の方々にはメッセージでアドレスを教えていただければ、参考資料としてお送りしますので、ご意見やご感想をいただければ幸いです。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


一匹の老犬が作る波紋

犬は天然の毛皮を着ていので、涼を求めて家中を移動する。11歳だから移動先で横になる。白内障だから台所ではテーブルの影で横になる(写真)。人恋しい時は長男の足元で横になってナデナデしてもらう(写真)。この犬を「私の妹」と言う娘が会いたいから帰って来るという(と言っても車で30分だが)。するとそれを知った父は「夕飯は焼き鳥を焼こう」と言い出す。これから私が焼く焼き鳥は、毛皮を着た犬、エアコンの効いた部屋、年寄りで白内障の犬、下に弟も妹もいない末っ子の娘、外で暮らす家族が来ると聞くと張り切りだす父の縮図である。もちろん「あなたが夕飯を作ってくれるの?」と喜ぶ家内も末席に連なる。ぐはは。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


産後の三週間

書き始めてから五十日。出版のメドが立っていない宇宙物理学と仏教のコラボの本だが、とりあえず仏教側の20項目(5万字)を書き終えた。B社の正式なゴーサインが出ていないので、タッグを組む物理学者も正式決定していないし物理サイドの原稿も白紙という状態だ。ぎゃはは。本のレイアウトも未定だが、お盆中に原稿を読めるレベルにして編集者に送ろうと思う。次のS出版からの本は正式にゴーサインが出ているのだが、「9月から書き始めます」とお伝えしてあるから、3週間ほどは原稿を書く「生みの苦しみ」はしないでおこうと思う。いわば、産後の休憩である。ぐはは。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


出てしまった答え

「不思議」についての項を書き終えた。不思議は「思考を中断、放棄」という意味だ。考えても仕方のないことを「もう考えるのはやーめた!」とするのは勇気がいるが、とても大切だと思う。その説明で「なぜだかわからないけど、そうなっている」という例を考えていて「あっ、あれだ」と思いだしたのが、写真の『中国古典~名著のすべてがわかる本~』(三笠書房・守屋洋著)の中で紹介されている、一所懸命やっているのに認められない不遇感を抱いている人への「荀子」の一節。
「仕える相手に認められないんですけど」「それは怠けているからだ」
「いや、一所懸命働いてますよ」「一所懸命働いているのに認められないのは、仕える相手を尊敬していないからだ」
「いや、尊敬してますって」「尊敬しているのに認められないのは、誠実さに欠けているからだ」
「自分では誠実だと思うですけどねぇ」「誠実なのに認められないのは、成績があがらないからだ」
「いや、成績だってあげてますよ」「成績をあげているのに認められないとしたら、それは自分に徳がないからである」
--ということで、これは最後で答えが出てしまって「不思議だけどそうなっていること」では使えないのでボツ。あはは。むざむざとボツするのは勿体ないから、ここにご紹介する次第でございます。ぐはは。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


それでも帰省する人

CVID-19の影響で帰省をどうするか悩んでいる方が大勢いる一方で、勝手に来る人たちがいる。亡き人たちだ。お盆は亡き人が帰ってくるのに合わせて縁者が集合する行事だ。去年12月に急逝した友人が今年新盆なので、家内と群馬県館林まで新盆のお見舞いに行ってきた。奴め、どんな顔して帰って来るのだろうと思った。きっと、坊主頭をかきながら「いやぁ、急に逝っちまって、すまん、すまん」と笑いながら帰ってくる気がした。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


いつ、どこで、だれが、だれに・・・

本で「不思議」について書きはじめた。その冒頭で、お経にはその内容が説かれた場所とだれがいたかという説明があることに触れた(それが「不思議」にどうつながるのかは、本ができたときのお楽しみです)。さて、それに続く二行で、具体を書かなければツマランと思った。4つのお経を当たったが、専門用語が多すぎて読者には???だろうと判断した。思案しながら本堂の戸締りに向うと、不思議なもので、お経の具体例なんかどうでもいいと気づいた。住職室に戻ってとりあえず、キーボードを叩いて打ち出したのは---私たちが誰かに何かを伝える時に、「昨日、居酒屋で同僚三人と話していた時に」とか「星野源が自宅からのネット配信で言っていたんだけど」と状況を説明してから、内容を話しはじめるのと同じです---。あはは。本になる時は、もっと面白い具体例になると思います。お楽しみに!今回は何の話かって?そんだけ苦しみながら、かつ楽しみながら本を書いていますという話です。どはは。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


夫婦げんかも小さな戦争

戦争を起こしたり、やめさせたりする力は、仏さまにはありません。仏教は「我欲を満たすために力ずくで相手を従わせようとする、そのわがままに気づいてください。そうしないと、心はおだやかになれません」--と説き、祈りつづけているだけです。犬も食わない夫婦げんかも、自分のわがままに気づくきっかけになります(気づくのは、たいがい後になってからですが・・・)。規模が大きくなって自国(や自分の民族)のわがままを他国(や他民族)に押しつけるようになれば被害は甚大。世代を越えて人の心を乱すことになります。今回いただいた法話のお題は「折り鶴」(写真はネットから拝借しました)。チンチクリンな導入ですが、怒らずに4分20秒、おつきあいくだされは幸いです。拝。https://youtu.be/RH-geyXhv0w

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


エキストラの時間

テレビドラマのお通夜の撮影だから実際のオンエアーは長くても数分だろう。しかし、私の拘束時間は3時間だという。「ギャランティはいかがいたしましょう?」と聞かれたので「エキストラと同じ扱いで結構です」と答えた。生れて初めて架空の人物のお位牌も書いた。あはは。妙な気分である。私もエキストラの一人だから待機時間がたくさんありそうだ。他のエキストラのみなさんと楽しい時間を過ごすために、「言いたい放題地蔵ハガキ」の準備をした。これも一つの布教である。そして、明日の話である。むはは。

 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


« 前ページ