我(わ)が家には茶(ちゃ)トラのメス猫(ねこ)が同居(どうきょ)している。別れた妻(つま)が、結婚(けっこん)する前から飼(か)っていた猫だ。子猫の時から可愛(かわい)がっていたから、一緒(いっしょ)に出て行くと思っていた。でも、どういうわけか妻は連(つ)れて行かなかった。
僕(ぼく)の家ではペットというものを飼ったことがない。当然(とうぜん)のことだが、猫に触(ふ)れる機会(きかい)すらなかった。結婚するまでは…。妻が猫を連れてやって来たとき、僕はこの動く塊(かたまり)をどう扱(あつか)えばいいのかまったく分からなかった。妻はびくついている僕を見て面白(おもしろ)がっていたが、僕はこの予測不能(よそくふのう)な生き物にどうしてもなじめなかった。
一人になって、僕はこのわがまま放題(ほうだい)の同居猫に振(ふ)り回された。朝はソファーを占拠(せんきょ)し、お腹(なか)が空(す)くと鳴(な)いて僕の足に爪(つめ)を立てる。そして、棚(たな)に飛(と)び乗りそこにある物を落下(らっか)させ破壊(はかい)の限(かぎ)りをつくし、あらゆる扉(とびら)を開けて侵入(しんにゅう)しむさぼり食う。
僕はこれらのことの対処(たいしょ)のため、いろんな猫に関(かん)する専門書(せんもんしょ)を読(よ)みあさった。そして、相手(あいて)を理解(りかい)することに努(つと)めた。その努力(どりょく)の甲斐(かい)あってか、やっと今の生活(せいかつ)に慣(な)れ、ゆとりというものを感じはじめていた。だが、僕は肝心(かんじん)なことを忘(わす)れていた。
猫のお腹(なか)が大きくなりはじめて、僕はやっと気がついた。思い当たることはある。一晩(ひとばん)、家を飛び出して帰って来なかったことがある。僕は、まるで父親(ちちおや)の心境(しんきょう)で猫を見つめた。
猫の方も僕を見つめて、まるで妻のようにささやいた。
「あなた、この子猫(こ)たちのためにもがんばって働(はたら)いてよ。じゃないと、分かってるよね」
<つぶやき>猫といえどもあなどれません。でも、奥さんはどうして置いていったのか?
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