０７３８「夕飯」

　彼女は、今日の夕飯(ゆうはん)はカレーと決(き)めていた。夫(おっと)にも、朝、出がけにそう伝(つた)えておいた。夫は、きっと夕飯のカレーを楽しみにしているはずだ。
　だがスーパーに来て見ると、今日はサンマの安売(やすう)りをしていた。ここのスーパーはたまにチラシに載(の)せない特売(とくばい)をする。シークレット特売で、来店者(らいてんしゃ)だけのサービスのようだ。でも、今日はカレー。サンマを買ってしまったら…。
　彼女は迷(まよ)った。カレーをやめて、サンマ料理(りょうり)にしようかしら？　でも、急に夕飯のメニューを変えてしまったら、夫はガッカリしてしまうかもしれない。もしかしたら、ひどく機嫌(きげん)をそこねるかも――。彼女の夫にはちょっとしたこだわりというか…、困(こま)ったちゃんのところがある。それは、予定外(よていがい)のことが起きるのをひどく嫌(いや)がるのだ。彼の中では一日のスケジュールが決まっていて、それを乱(みだ)されたくないと思っている。彼の中では、もうすでに、間違(まちが)いなく今日の夕飯はカレーということになっているのだ。
　彼女が迷(まよ)っている間に、特売のサンマは他の客のカゴの中へ入って行く。とりあえず買っておいて、明日の分に――。彼女は首(くび)を振(ふ)った。明日は、夫の両親(りょうしん)と外食(がいしょく)の予定が入っているのを思い出した。しかし、こんなに安くなっているのに、いま買わないと…。
　残(のこ)りわずかのサンマ…、ママ友らしき主婦(しゅふ)たちがやって来てサンマに手を伸(の)ばした。その時、彼女もつられて――。彼女はカゴの中に入ったサンマを見て思った。カレーにサンマを入れたらどうなるのかしら？　美味(おい)しくなるのかな……。
＜つぶやき＞日々の献立(こんだて)を考えるのは大変(たいへん)よ。家族(かぞく)のみなさん、感謝(かんしゃ)していただきましょ。
Copyright(C)2008－ Yumenoya All Rights Reserved．文章等の引用と転載は厳禁です。