「おまつりの夜」6
「悪戯坊主じゃないか。元気にしてたか?」坊主ってゆかりのこと?
「おじさん、坊主じゃないって言ってるだろ」「そうか?」
「見れば分かるだろ。男じゃないって」「そうだったんだ。知らなかったなぁ」
「あのね、この前も同じこと言わなかった?」「いや、この前は坊主だったじゃない」
「もう、むかつくぅ」
おじさんはゆかりのことをからかっている。楽しそうに。
「そうだ、坊主も飲むか? 特製ジュース」「えっ?」
「このお嬢さんにいま作ってやったんだ。元気が出るぞ」
「それは…」
「私の半分あげるよ。あんなに飲めないし」
「私はいいよ。さくらのなんだから、飲んで」
「そぉ。飲んでもいいのに…」この時、私はまだ知らなかった。このおじさんのことを…。
私は座ってコップを持った。せっかく作ってくれたんだから…。おじさんは笑って見てる。えっ? みんなも私を見つめてる。「どうしたの?」
みんな、なんか変だ。何も答えてくれない。私はコップを口に持っていく。いい香りがする。何だろう? ひとくち、飲んでみる。
「うっ、ぐぇーっ! なにこれ…。飲んじゃった!」私は咳き込んで…。吐きそう。
「大丈夫か? さくら」なによ、高太郎。大丈夫じゃない! 気持ち悪い…。
「おじさん、今度はなに入れたの?」
「えっ、そんなにまずかったか?」まずい!
「おかしいな? いい匂いしてるから美味しいと思ったんだけどなぁ」
「ちゃんと味見してから出せよな」ゆかり、ありがとう。「でもさくら、へんな顔してた」
ゆかり、なに笑ってるのよ。こっちは死にそうなんだから…。あっ、高太郎君も笑ってる。みんなも…。知ってたのね。知ってて知らん顔して…。もう、ひどい!
「…駄目か。今度はいけると思ったんだけどな」
何度もやってるの? 私だけじゃないんだ。他にも犠牲者が…。
「何なんですか、これ」私は聞いてみた。
「聞きたい?」おじさんは嬉しそうだ。
「さくら、やめた方が良いよ。聞かない方が…」
ゆかりが真剣な顔で言う。そんな変な物が入ってるの!
「やっぱり、いいです」聞く勇気がなかった。
おじさんはがっかりしてる。聞いて欲しかったみたいだ。
このおじさんの作る料理はとっても美味しいらしい。でも、新しい料理の研究をしてて、あり得ない食材で料理をすることがある。
「おかしいなぁ、ちゃんと食べられるもので作ってるんだけど…」
おじさんの言い訳。もっと普通のを作ってよ。お願いだから…。
<つぶやき>私も美味しい料理を作ろうとしてるんです。でも、うまくいかなくて…。
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「おまつりの夜」5
黒猫亭。ここがそうなんだ。喫茶店? それともおもちゃ屋? 雑貨のお店? 表からは何のお店なのか分からない。それに、今日は人がいっぱいいるのにお休みになっている。なんで営業してないの? 高太郎君は構わず入っていく。私も恐る恐るついて行く。店内にはいくつも棚があって、昔のおもちゃとか訳の分からないものが飾ってある。これって、アンティークっていうのかな? 小さな物から大きな物まで、ごちゃごちゃに置いてある。テーブルとカウンターがあって…。たぶん食堂か喫茶店なのかな?
「おっ、久し振りじゃない」髭のおじさん。ここの人なのかな?
「今日は、悪戯坊主と一緒じゃないんだ」
「後から来るよ。今日は休みなの?」
「一人でやってるからな。こんな日に店開けたら大変なことになるだろ」
「そうだね」
「あれ、彼女初めてだね。高ちゃんも隅に置けないねぇ。こんな可愛い子…」
「そんなんじゃないよ」
「そうです。そんなんじゃありません」私もつい言ってしまう。
「でも、ちょっと顔色悪いな。大丈夫?」
何だかさっきから少し気分が悪いかも…。高太郎君も心配してくれて、
「あいつが来るまで横になったら」「大丈夫だから…」
「そうだ。おじさんが特製ジュースを作ってやろう。これ飲んだら、元気百倍になっちゃうんだから。ちょっと待ってろ」そう言っておじさんは厨房に入っていった。
私の知らないことがまだあるんだ。後で聞いたんだけど、このおじさんは高太郎君のおばあさんの教え子なんだって。ここにはおばあさんとよく来てたらしい。それにゆかりや他の子たちも遊びに来てるんだって。私にはちっとも教えてくれないんだ。この店には猫が来るんだって。それも黒猫。私はまだ一度も会ってないんだけど、時々やって来ては泊まっていく。
「家に入ってくる猫は入り猫って言って、幸せを運んでくれるんだ」
おじさんが嬉しそうに話してくれた。私も一度でいいから会ってみたい。
「ほら、これ飲んでみて。元気出るから…」
おじさんが戻ってきて私に勧める。緑色のドロドロした…。何だろう? 高太郎君を見る。なぜか目を合わせないで横を向いた。変なの…。
「ありがとうございます」そう言ってコップを取ろうとしたとき…。
「さくらーっ!」ゆかり…。
「ごめんね、さくらぁ…」私は立ち上がって、
「ゆかり、どこにいたのよ」二人して抱き合った。なんで二人で泣いてるんだろう。
「ゆかりが泣いてるよ」誰かが言った。男の子たちが笑ってる。
「誰にも言うなよ。言ったらぶっ飛ばす」ゆかりも笑ってる。私も…。
<つぶやき>自分のことより人のことを心配する。そんな人に、私はなれるだろうか?
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「おまつりの夜」4
「どうしたんだ?」高太郎君が優しく聞いてくれた。
私は彼の服を握りしめていた。なんだか小さな子供みたい。でも、放せなかったんだ。放したらまた一人になってしまう気がして…、
「分からなくて…。分からなくなっちゃって…」
「なになに、何でも聞いてよ」「こいつよりも僕の方が…」「俺もいるから」
「お前、なに抜け駆けしてるんだよ」「うるさいな、俺のアイドルなんだよ」
「いつからお前のアイドルになったんだよ」「お前のじゃないだろ。俺たちのだろ」
「そうだ。俺たちの…」「うるさいよ、静かに…」「お前、近づきすぎ」
「離れろよ」「お前こそ…」「なんだよ」
男の子たちがふざけ合っている。私を元気づけてくれてるんだ。…みんな優しいんだ。
「お前ら、もういい加減にしろよ」
高太郎君の一言で静かになる。私は、やっと落ち着いた。
「一人で来たの?」「ううん」
「じゃ、家族と来てるんだ」「なんで一人なの?」「もしかして、はぐれちゃった?」
「ゆかりと来たんだけど…。いなくなっちゃって」
「あいつかよ。しょうがないな」高太郎君が怒ってる。そんなに怒らないで…。
「私もいけなかったの。ゆかりのこと見つけられなくて。探してるうちに道が分かんなくなっちゃって…」
「迷子になったんだ」「俺たちがついてるからもう大丈夫だよ」「僕が案内してあげるよ」
「いや、僕が…」「なんだよ」「あの、これあげる」えっ? …赤い風船。
「これがあれば目印になるだろ。またはぐれてもすぐに見つけられる」「じゃ、俺のも」
「お前らな…」「持ってない奴は黙ってろ」「なんだよ、くそーォ」
「ありがとう」嬉しかった。こんな私のことを…。ほんとに嬉しかった。
「一緒に花火見よう」「行こうよ」「今日はついてるよな」「俺、良い場所知ってる」
「でも、ゆかりが…。私のこと探してるから」
「じゃ、みんなで探してやるよ。どこではぐれたの?」
高太郎君がみんなに指図する。「商店街だって。じゃ、頼んだぞ」
「おいおい、高太郎は来ないのかよ」
「さくらを一人に出来ないだろ」
「きたねぇ、一人だけ…」「抜け駆けかよ」
「いいから、早く行けよ。黒猫で待ってるから。頼んだぞ」
みんなは少し不満そうだった。でも、まるで競争のように走っていく。
「黒猫って?」どこなんだろう?
「行けば分かるよ。海岸通りにあるんだ。すぐ近くだよ」私たちは人混みを歩いていく。
「はぐれるといけないから」そう言って私の手を取ってくれた。
<つぶやき>困ってるときは助け合わないとね。でも、見返りを求めちゃいけませんよ。
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「おまつりの夜」3
私たちは商店街に足を踏み入れた。いっぱい人がいる。焼きそば、綿菓子、イカ焼きにたこ焼き…。おなじみの屋台が並んでいる。私たち、もしかして食い気にはしってる? とにかく、食べ歩きの始まりだ。二人して歩き回った。ゆかりはゲームをやって賞品を手に入れた。こういうの得意なんだ。私なんかぜんぜんだめだった。
「あっ! こっち」ゆかりが何かを見つけた。走っていく。
…待ってよ。私は追いかける。そこには小さな子がいっぱい集まっていた。ぬいぐるみのショーをやっているんだ。クマさんが景品を子供たちに配っている。ゆかりはクマさんの後ろに回って私を呼ぶ。なんで後へ行くの? 私がゆかりの横に立つと、いきなりクマさんの頭をおもいっきり叩いた。
「いてっ」…クマが喋った。私が呆気にとられていると、クマさんが振り返った。私を睨んでいるようだ。ゆかりはいつの間にか消えている。そんな…。私が叩いたって思ってる。クマさんが近づいてくる。私は「ごめんなさい」って、走って逃げた。
なんで私が謝るの? この時、高太郎君の気持ちが少し分かったような気がした。ゆかり、どこ行っちゃたのよ。もう…。私はゆかりを捜して歩き回った。
ゆかりが、…いない。どこにもいない! …ねえ、どこ行っちゃたの? ゆかり!
…だんだん不安になってきた。闇雲に探し回る。どこにもいない。どこにも…。どうしよう。私…、帰れない。ここはどこなんだろう? …方角が分からない。どうすればいいの。ゆかり…。早く出て来て…。お願い…。私を見つけて!
だんだん暗くなってきた。人はどんどん増えてくる。みんな同じ方向に歩いていく。花火を見に行くんだ。私はその人波に流されて…。どこまで行くの。…ゆかりが見つからない。どこへ行っちゃったの? 周りを見回しても、知らない人ばかり。…怖い。怖いよ。どうしたらいいのか、何も考えられない。昔のことが…、迷子になったときのことが甦る。
私は必死になってゆかりを捜す。早く来て! もうだめ…。
いつの間にか海岸まで来ていた。人の波はそこで止まった。…どうしよう。どうやって帰ればいいの。ゆかり! 私は途方に暮れた。どんどん不安がこみ上げてくる。身体が震えてきた。涙があふれそうになって、私はしゃがみ込んでしまった。
「おい、さくらじゃないか?」
「あれ、さくらだよ」誰かが私の名前を…。
「さくら、どうした?」誰かが私に…。
私は震えながら顔を上げる。知ってる顔…。私の知ってる顔!
「高太郎!」私は思わず抱きついた。高太郎君しか見えなかった。…涙が止まらなかった。周りにいた男の子たちも心配そうに私を見ている。なんだか、恥ずかしくなってきた。なんで涙が出るのよ。私は落ち着こうと、何度も深呼吸した。
<つぶやき>迷子になったら慌てず引き返そう。人生に迷ったら立ち止まり見回そう。
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「おまつりの夜」2
ゆかりと二人でお手伝い。とっても楽しかったよ。ゆかりのお母さんは面白い人だった。冗談ばっかり言って、私をいつも笑わせる。おばさんの手料理、美味しかったなぁ。ゆかりが料理上手だってことも分かる気がする。いつもお手伝いをしているんだ。私も少しだけ教えてもらった。
「そんなに面白い? またいつでもおいで、教えてあげるから」って、おばさんが言ってくれた。また教えてもらうんだ、絶対。
おばさんの料理は豪快だ。大きな鍋を使ってどっさり作る。家族が多いから大変だよね。
「こんな田舎の味じゃ、お嬢さんの口には合わないかもね」
「とっても美味しいです」私は正直に答える。ママの味より美味しいかも…。
ママはたまに手抜きをする。何でも手早くやらないと気が済まないみたい。それでときどきパパに叱られる。ママは、「効率よく家事をしてるの。私がいるからパパも気持ち良くお酒が飲めるんじゃない」って、笑いながらパパにお酒を注ぐ。
こうなるとパパは何も言えなくなる。ママの笑顔には弱いんだ。この二人、ちょうどいい感じなのかな。言いたいことは言い合うんだけど、あんまり喧嘩にならない。何でだろう? 不思議な夫婦だ。…理解できない。
お祭りの最後の日。いよいよ花火だ。今日もゆかりの家へ。お昼の後片付けをすませてのんびりしていると、おばさんが冷たい麦茶を持ってきてくれた。
「さくらちゃん、ありがとね。ほんと助かったわ」この三日間、ほんとに大変だった。
「あのーォ、私にも言ってよねぇ。手伝ったんだから」ゆかりがふくれてる。
「あんたはいいの」
「そんなぁ…」
「それより、これからさくらちゃんをお祭りに連れて行ってあげなさい」
「えっ、行ってもいいの?」
「さくらちゃんは初めてなんでしょう、ここのお祭り」
「はい」お祭りに行ける。やったーぁ。
「今からでも楽しめるよきっと。それに花火もあるしね」
おばさんは私にお小遣いをくれた。お手伝いをしたお礼だって。
「私も手伝った」
「この前、あげたでしょう」
「お祭りよ。欲しいものあるし…」
「しょうがないね。お兄ちゃん達には内緒だよ」
ゆかりはちゃっかりしてる。さすがだ。
<つぶやき>お祭りって、わくわくしますよね。それは大人になっても変わりません。
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