その恋(こい)は、突然(とつぜん)訪(おとず)れた。まるで事故(じこ)のように突然すぎて、彼女もそれが恋だと気づくのに時間がかかったようだ。
彼との初めての出会(であ)いは、それほど印象(いんしょう)に残(のこ)るものではなかった。でも、いつの間(ま)にか、彼は彼女の友達(ともだち)の一人になっていた。そして、気がつくといつも彼女の近くにいて、話し相手(あいて)になったりと距離(きょり)が縮(ちぢ)まっていく。
そして、その時がやって来た。二人だけになったとき――。彼から、突然のキス。
彼女はそれを拒(こば)むこともなく受(う)け入れた…かに見えたのだが――。実(じつ)は、そうではなかったようだ。彼女にとっては、好(す)きでもない人からこんなことをされて、これにどう対応(たいおう)したらいいのか…。彼女にはそのスキルもなければ、恋に対する免疫(めんえき)も皆無(かいむ)だった。
彼女は我(われ)に返ると、目の前の彼を突(つ)き放(はな)した。そして、何事(なにごと)もなかったように振(ふ)る舞(ま)おうとした。しかし、明らかに彼女は動揺(どうよう)している。
彼の方はというと…。彼女の反応(はんのう)が、思っていたのと違(ちが)うので困惑(こんわく)しているようだ。彼は思った。俺(おれ)のこと好きじゃなかったのか…?
どうやら彼は、思い込みで突(つ)っ走ってしまったようだ。彼は改(あらた)めて、彼女に伝(つた)えた。
「おれ…、君(きみ)のことが好きなんだ。もっと君のそばに――」
彼女は、彼の言葉(ことば)をさえぎるように、「ちょっと待(ま)って…。あの…、考(かんが)えさせてよ」
<つぶやき>恋って、思ってもいないところから芽生(めば)えてくるものなのかもしれませんね。
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夫(おっと)が仕事(しごと)から帰って来ると、娘(むすめ)が深刻(しんこく)な顔をして座(すわ)っていた。
夫は妻(つま)にそっと訊(き)いた。「おい、何かあったのか?」
妻はそれに答(こた)えて、「それがね、プロポーズされたんですって」
夫は思わず、「プ…プロポーズ! 誰(だれ)だ、そんなこと言ったヤツは! 俺(おれ)は許(ゆる)さんぞ」
「なに言ってるんですか。貴志(たかし)さんですよ。あなただって知ってるでしょ」
「ああ、あいつか…。何だよ、やっと観念(かんねん)したのか? 遅(おそ)すぎるだろ」
娘が口を挟(はさ)んで、「あたし、結婚(けっこん)なんてムリ。知らない人と一緒(いっしょ)に暮(く)らすなんて…」
妻は呆(あき)れて、「もう…。知らない人じゃないでしょ。何年付き合ってきたのよ」
「だって…」娘はまるで子供(こども)のように、「結婚したら、ずっと一緒にいなきゃいけないのよ」
夫は訳(わけ)が分からず妻に訊いた。「おい、どうなってるんだ? 結婚しないのかよ」
娘は頭の中がぐちゃぐちゃになっているのか、「あたしは家族(かぞく)とじゃなきゃムリなの」
夫は心配(しんぱい)して、「貴志と結婚したら、あいつも家族になるんだから…」
娘はきっぱり言った。「子供の時から一緒にいたわけじゃないわ。貴志と一緒に住むなんて…。あの人、何をするか予測(よそく)できないのよ。そうよ、まるでゴキブリみたいに行動(こうどう)が読(よ)めないんだから…。あたし、あの人と暮らすなんて、とても耐(た)えられない!」
<つぶやき>これは…どういうこと? 何をどうしたらいいのか、落ち着いて考えましょ。
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<山の中にある魔(ま)のトンネルに入ると、二度と戻(もど)って来られなくなる>
学校の友だちの間で、そんな噂(うわさ)が広まった。真偽(しんぎ)のほどは分からないが、それを聞いて僕(ぼく)は小さい頃(ころ)に聞いた祖父(そふ)の話を思い出した。それは、祖父がまだ子供(こども)の頃の話である。
祖父がひとりで近くの山に行ったときのこと。道に迷(まよ)って旧道(きゅうどう)に出てしまった。そこは新しい道ができてからは使われなくなっていて、獣道(けものみち)のように草(くさ)が生(お)い茂(しげ)っていた。その道をたどって行くと、岩(いわ)をくり抜(ぬ)いただけのトンネルを見つけた。ほんの数メートルほどしかなく、向こう側(がわ)がよく見えた。祖父はトンネルの前で立ち止まった。
その時だ。雷(かみなり)が落ちたような大きな音がして、祖父は驚(おどろ)いてトンネルに飛(と)び込んだ。そして、向こう側へ――。そこで祖父は空気(くうき)が変(か)わったのを感じた。いや、空気だけじゃない。あれだけ生い茂っていた草がなくなり、人が通れるちゃんとした道になっている。
祖父は木々(きぎ)の間から村(むら)が見えるのに気がついた。「あれは、どこの村だろう?」
祖父はそこへ行ってみようと思った。歩き出そうとしたとき、下の方から人がやって来るのが見えた。着物(きもの)を着ている若者(わかもの)たちで、鋤(すき)や鍬(くわ)をかついでいた。若者たちは祖父を見つけると、なぜか声を上げて追(お)いかけて来た。祖父は慌(あわ)てて逃(に)げ出した。そして、あのトンネルへ飛び込んだ。トンネルを抜けると、そこは草が生い茂った道に戻っていた。
祖父はすでに亡(な)くなっていて、詳(くわ)しく聞かなかったことを後悔(こうかい)するばかりである。
<つぶやき>別の世界(せかい)に迷い込んだのか…。それとも、時間を遡(さかのぼ)ったのかもしれません。
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水木涼(みずきりょう)とアキは、千鶴(ちづる)の指示(しじ)で昼食(ちゅうしょく)の準備(じゅんび)をしていた。みんながお腹(なか)を空(す)かせて帰って来るはずだから。二人とも手慣(てな)れた感じで働(はたら)いていた。アキがぽつりと涼に言った。
「今日は、学校へ行かなくてもいいの?」
涼は一瞬(いっしゅん)考えて、「休校(きゅうこう)じゃないかなぁ。市内に入れないんじゃ、生徒(せいと)も集まれないし…。先生(せんせい)だって――。それに、うちらの担任(たんにん)、他(ほか)へ行っちゃってるしね」
これはあずみのことだ。アキは、楽(たの)しそうにしている涼を見て可笑(おか)しくなった。千鶴はふと烏杜高校(からすもりこうこう)に目を向けた。千鶴は千里眼(せんりがん)が使えるのだ。
千鶴は二人に聞こえるように言った。「そうね。学校は誰(だれ)もいないみたい」
涼がそれを聞いて自慢気(じまんげ)に言った。「でしょ。私には何でも分かるんだからぁ」
「ちょっと待って…」千鶴が緊張(きんちょう)した声を上げた。「誰かいるわ。若い男ね。大きな荷物(にもつ)を持って…。あら、足に怪我(けが)をしてるみたい」
涼がすかさず言った。「私、見てくるよ。ねぇ、いいでしょ?」
「そうねぇ。悪(わる)い人には見えないから…。そうだ、アキを連れて行って」
アキは嬉(うれ)しそうにうなずくと、手際(てぎわ)よく必要(ひつよう)な物(もの)を鞄(かばん)に詰(つ)め込んだ。千鶴は涼に言った。
「私はここから見てるから。もし危険(きけん)なことがおきたら、アキをお願(ねが)いね」
「心配(しんぱい)ないよ。私がちゃんと守(まも)るから、大丈夫(だいじょうぶ)!」
<つぶやき>この若い男はいったい何者(なにもの)なのか? そして、これから何が起きるのか…。
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彼の特技(とくぎ)は、どんな女でも瞬時(しゅんじ)にたらしこむことができること。――彼にとって女は、遊(あそ)び相手(あいて)であり、暇(ひま)つぶしの道具(どうぐ)に過(す)ぎなかった。今までに手に入れた女も、恋人(こいびと)にしたいわけではなく、手に入れたらそれでお終(しま)いくらいにしか考えていなかった。
そんな彼でも、一人だけ落(お)とせない女がいた。彼には、それがどうにも許(ゆる)せなかった。どうしてもその女を手に入れたい、と思うようになった。そんなに入れ込(こ)む女だから、さぞ美人(びじん)だろうと誰(だれ)もが思った。しかし、その女はごく普通(ふつう)の、どこにでもいるような顔(かお)だちで、金持(かねも)ちというわけでもなさそうだ。
彼は、毎日(まいにち)彼女にアプローチをかけた。その度(たび)に断(ことわ)られ、無視(むし)されたりと、散々(さんざん)だった。そんな時だ。その彼女が、男と楽(たの)しそうにしていたと噂(うわさ)が流(なが)れた。それを聞いた彼は、頭に血(ち)が上り、すぐに彼女に会いに行った。
ちょうど彼女は男と一緒(いっしょ)だった。何か楽しそうに言葉(ことば)を交(か)わしている。彼は駆(か)け寄(よ)ると、男の胸(むな)ぐらをつかんで睨(にら)みつけた。辺(あた)りは騒然(そうぜん)となり、今にも取(と)っ組(く)み合いが――。
彼女が二人の間(あいだ)に割(わ)って入り、彼に言った。「止めて下さい。この人は、兄(あに)です」
それを聞いた彼は、思わず手を離(はな)して彼女を見つめた。彼女は兄に言った。
「ごめんなさい。この人、あたしの…ストーカーなの…」
お兄さんは彼の顔をまじまじと見つめて、「君(きみ)か…。こいつから聞いてるけど…。ほんとにいいのか? 俺(おれ)から言うのもなんだけど、大変(たいへん)だぞぉ」
<つぶやき>彼女はどんな人なんでしょうか…。これからの展開(てんかい)は、どうなっていくのか?
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