20XX年、世界的(せかいてき)な人口(じんこう)の減少(げんしょう)は止(とど)まるところを知らなかった。そんな中、地球規模(きぼ)で未知(みち)の伝染病(でんせんびょう)が広がり始めた。その病(やまい)の症状(しょうじょう)はちょっと変わったものだった。感染者(かんせんしゃ)の理性(りせい)が阻害(そがい)され、人間本来(ほんらい)の種(しゅ)を保存(ほぞん)しようとする本能(ほんのう)が強まってしまうのだ。いわゆる一目惚(ひとめぼ)れというやつだ。
医療機関(いりょうきかん)では、何とか原因(げんいん)を突(つ)き止めようとやっきになっていた。だが、いまだに病原菌(びょうげんきん)も発症(はっしょう)の経緯(けいい)すら突き止めることができなかった。そして感染者を隔離(かくり)している病院(びょういん)でも、院内(いんない)感染が始まってしまった。
「先生、あたし、何だか変なんです。先生のことが…」
「愛子(あいこ)君、きみ、まさか感染したのか? ちょっと、待ちたまえ。私には妻(つま)が…」
「分かってます、分かってますけど…。止(と)められないんです。あたし、好きになって…」
彼女は先生にじりじりと近づいて行った。そして――。次の瞬間(しゅんかん)、先生の方から彼女に抱(だ)きついて、彼女の耳元(みみもと)にささやいていた。
「よかった、僕(ぼく)も君のことが好きだったんだ。僕の愛人(あいじん)になってくれないか?」
この言葉(ことば)が、彼女の中に変化(へんか)をもたらせた。彼女は先生の身体(からだ)を押(お)しやると、奇声(きせい)を上げて平手打(ひらてう)ちをくらわせて叫(さけ)んでいた。
「あんたなんか大嫌(だいきら)いよ! 愛人になんかなるもんですか!」
<つぶやき>どさくさにまぎれていい思いをしようなんて、最低(さいてい)です。やめて下さいね。
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