みけの物語カフェ ブログ版

いろんなお話を綴っています。短いお話なのですぐに読めちゃいます。お暇なときにでも、お立ち寄りください。

0007「最強の彼女」

2024-08-29 16:43:21 | 読切物語

 やよいは両親を早くに亡くして、母方の祖父母のもとで育てられた。祖父母の家は道場をやっていて、柔道や空手、剣道、居合道、なぎなたなど、あらゆる武術を教えていた。やよいは淋しさを紛らわすように、小さい頃から武術の稽古に熱中した。そして、今では師範と呼ばれるほどに成長し、屈強の男でも彼女には太刀打ちできなかった。
 やよいは母親に似て可愛い顔立ちで、おしとやかとはいえないが優しい心を持っていた。でも、やよいと付き合おうとする男たちは、彼女の最強ぶりを知ると、怖じ気づいてしまうのかすぐに逃げ出した。そこで、やよいは決心した。今度付き合う彼には、絶対に強いところは見せないと。そして、おしとやかな女性になるために、お茶やお花を習い始めた。
 出会いは突然おとずれた。習い事の帰り道、やよいは引ったくりに襲われた。いつもなら簡単にねじ伏せてしまうのだが、着物を着ていたし、油断もあったのでひっくり返ってしまったのだ。ちょうどそこに居合わせた人が、犯人に体当たりをしてバッグを取り戻してくれた。その人はやよいを助け起こすと、バッグを手渡した。やよいはその人の顔が間近にきたとき、その優しそうな眼差しにうっとりとした。道場に来ている厳つい男たちとは、あきらかに人種が違うのだ。
 やよいのアタックは素早かった。口実を作って彼の連絡先を聞き出すと、毎日のように電話した。そして、いつの間にか二人の気持ちはつながった。やよいは彼と一緒にいると、居心地がよすぎて時間を忘れてしまうほどだ。でも、腕力だけは見せないように細心の注意をはらった。それでも、思わずお皿をへし折ったりしたが、そこは上手くごまかした。
 付き合い始めて一年目のこと。「結婚しようか」と彼が口にした。やよいは突然のことに、何度も聞き返した。そして彼女は、涙ぐみながらも、「はい」と返事をした。
 その日、やよいは夢見心地で家に帰った。家では、強面の男たちが彼女を出迎えた。彼らは道場で修業している弟子たちで、一緒に暮らしていて家族同然の存在だった。彼らを目にして、やよいは我にかえった。<結婚するってことは、彼をここに連れてきて…>
「わーっ!」やよいは思わず叫んだ。「どうしよう。また、嫌われちゃうわ」
 朝まで、やよいは一睡もできなかった。悩んで、悩んで、悩んだあげくに、彼女は心を決めた。彼に本当のことを言おう。彼なら私のことを受け止めてくれる、そう信じた。
「あの…、あのね」やよいは彼を前にして口ごもった。いざとなると、最悪の状況が頭に浮かび、この場から逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。
「今度さ、僕も習い事を始めようと思って」と彼は照れくさそうに言った。「ほら、やっぱり健康が一番だろ。得意先の近くに、いい道場を見つけたんだ」
「道場!」やよいは思わず叫んだ。「えっ、何をやるのよ?」
「子供の頃、少しだけ柔道をやってて。そこの道場、初心者にも教えてるみたいなんだ」
「そうなんだ。柔道、やってたんだ。知らなかったわ」やよいは少しだけほっとした。
「鬼塚道場っていって、たぶん君の家の近くだと思うんだけど。知ってる?」
 やよいは道場の名前を聞いて凍りついた。<鬼塚道場って、私の家じゃない!>
<つぶやき>正直が一番なんですけど。誰にでも知られたくないことってありますよね。
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1469「ゴシップ」

2024-08-25 17:00:55 | ブログ短編

 帰りの電車(でんしゃ)の中で、ふと隣(となり)の席(せき)の人が見ていた週刊誌(しゅうかんし)に目が止(と)まった。そこには、自分(じぶん)によく似(に)た男の写真(しゃしん)が…? 僕(ぼく)は目を疑(うたが)った。そこに載(の)っているのは紛(まぎ)れもない自分の顔だ! しかも、<若(わか)い女性と不倫関係(ふりんかんけい)!>とでかでかとタイトルがついている。
 僕は思わず声をあげそうになるのをグッとこらえた。どうしてこんな記事(きじ)が…。僕はただのサラリーマンだ。有名人(ゆうめいじん)でも何でもない。そんな人間(にんげん)の記事を出して何になるんだ。しかも、ツーショット写真まで…。こんなの合成(ごうせい)だ。だって、僕は不倫なんかしてないし、こんな女性なんて見たこともない。
 家に着くと、幸(さいわ)いなことに妻(つま)はこのことを知らないようだ。いつも通(どお)りに接(せっ)してくれた。僕はホッとするのと同時(どうじ)に、明日、出社(しゅっしゃ)したときどんなことが起(お)きるのか…。想像(そうぞう)しただけで身体(からだ)が震(ふる)えた。
 次の日、僕はびくびくしながら出社した。だが、どういうわけかいつも通りだ。誰(だれ)もあの記事は読(よ)んでないのか? 僕はホッと胸(むね)をなで下ろした。きっとあれは見間違(みまちが)いだったんだ。絶対(ぜったい)そうだ。そうじゃなきゃ…。
 僕は自分の席につくと仕事(しごと)を始めた。しばらくして、僕の前に女性が現(あらわ)れた。この顔…、どこかで見たような…。僕はハッとした。それは、僕の浮気相手(うわきあいて)の…。いや、浮気相手にされていた女だ。彼女は僕のことを睨(にら)みつけて叫(わめ)いた。
「どうしてくれるのよ。あなた、責任(せきにん)とって! あたしと結婚(けっこん)しなさい」
<つぶやき>これは誰かの陰謀(いんぼう)なの? どうしてこんなことになってしまったのでしょう。
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0010「いつか、あの場所で…」

2024-08-20 17:13:17 | 連載物語

 「雨のち晴、いつか思い出」1
 今日も雨。あめ、あめ、あめ…。雨が続く。いつになったら晴れるのか。雨の日は嫌いだ。…僕の心にはポッカリと大きな穴が空いている。僕の世界の一部が消えたんだ。大好きな、大好きな…、おばあちゃん。…雨の日に、おばあちゃんが亡くなった。一年くらい前まで一緒に住んでいた。病気になってからはおばさんの家へ。おばさんが看護師の資格を持ってたから、その方が良いだろうってことになって。お母さんはときどき手伝いに行っていた。お父さんも仕事の帰りに見舞いに行く。僕だってお姉ちゃんと一緒に…。
 僕には姉がいる。二つ上で中学生。二人で行くと、おばあちゃんはいつも笑顔で迎えてくれた。そして必ずと言っていいほど聞いてくる。「仲良くやってるかい?」って。おばあちゃんがいた頃、よく喧嘩をした。いま考えると、喧嘩の原因って何だったんだろう? よく思い出せないや。きっとたいしたことじゃなかったんだ。そういえば、おばあちゃんが病気になってからしてないや、喧嘩。
 おばあちゃんは面白い人だった。いろんな事を知っていて、僕たちをいつも驚かせる。おばあちゃんは遊びの天才。いろんな遊びを教えてくれた。おばあちゃんにかかったら勉強だってゲームになってしまうんだ。昔は学校の先生をしていたらしい。きっと、人気があったんだろうなぁ。おばあちゃんはいろんな事が出来るんだ。絵を描いたり、詩を作ったり、ハーモニカを聞かせてくれたこともあった。僕たちにとっておばあちゃんは、憧れだったのかもしれない。とっても大好きな…。
 おばあちゃんはいつも優しかった。でも、怒らせると大変なことになる。僕たちが人に迷惑をかけたときとか行儀が悪いとき、よく怒られた。それと、二人で喧嘩したときも。おばあちゃんの部屋に呼ばれて、緑色のにがいお茶を飲まされる。それも正座をしないといけないんだ。でも、お姉ちゃんは美味しそうに飲んでいる。こんなのが好きなのかな? 僕には信じられなかった。おばあちゃんのお説教はその時々によって長さが違う。数分で終わるときもあるし、一時間を超えるときもある。たいていは何でそんなことしたのかって聞かれて、なぜ怒っているのか教えてくれる。僕にもちゃんと分かるように。
 いつだったか、お姉ちゃんとすごい喧嘩をしたことがある。取っ組み合って叩いたり、蹴ったり、物をぶつけたり。お姉ちゃんを弾みで突き飛ばしたとき…、怪我をさせてしまった。今でも覚えてる、その時のこと。お父さんはお姉ちゃんを抱きかかえて病院へ。僕はお母さんにひどく怒られた。おばあちゃんは悲しそうな顔で僕を見ていた。お姉ちゃんの腕にはその時の傷がまだ残っている。今でもその傷を見ると…。でも、お姉ちゃんは冗談半分に、「これでお嫁に行けなかったら、あんたに一生面倒見てもらうから」だって。まったく、勘弁して欲しい。お嫁に行けないのはお姉ちゃんの容貌と性格の問題だ。そんなことまで責任は持てない。…でも、もしそうなったらどうしよう。
<つぶやき>子供の頃、姉弟でたまに喧嘩をした。今となっては、良い思い出かな…。
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1468「勘違いでしょ」

2024-08-16 17:15:21 | ブログ短編

 彼には思いを寄(よ)せている女性(じょせい)がいた。だが、その彼女は彼のことを何とも思っていないようだ。友(とも)だち…いや、知(し)り合いのひとり、としか認識(にんしき)していなかった。それが、どういうわけか、最近(さいきん)になって彼に話しかけてくることが多(おお)くなった。
 これはどういうことなのか? 彼はずっと彼女と話がしたいと思い続(つづ)けていたので、その願(ねが)いがかなっているのか…。彼は妄想(もうそう)を膨(ふく)らませた。もしかしたら、自分(じぶん)には人を操(あやつ)る能力(のうりょく)が芽生(めば)えたのかもしれない。もしそうなら、彼女ともっと親密(しんみつ)に――。
 こうなると、自分の能力を確(たし)かめてみたい、という欲求(よっきゅう)が抑(おさ)えられなくなってきた。でも、いきなり彼女を相手(あいて)に実験(じっけん)するのは…。そこで、彼の身近(みぢか)にいて一番(いちばん)恋愛対象(れんあいたいしょう)にならない女性を選(えら)んだ。それは幼(おさな)なじみで本性(ほんしょう)を知り尽(つ)くしたヤツだ。
 彼は、その幼なじみを呼(よ)び出して、頭の中であることを念(ねん)じ続けた。
 幼なじみの女性は彼を前にして言った。「どうしたのよ。こんなとこに呼び出して…」
 彼はさりげない感(かん)じで、「たまには一緒(いっしょ)に飲(の)みたいなって…。で、仕事(しごと)はどうなんだ?」
「仕事?」女性は彼を見つめた。彼と目が合うと動揺(どうよう)したようにグラスを飲み干(ほ)して、
「まぁ、実家(じっか)の店(みせ)を手伝(てつだ)ってるだけだけど…。それが…」
 また彼と目が合った。頬(ほお)にほんのりと赤味(あかみ)がさした。女性は酔(よ)ってしまったのか、彼にしなだれかかる。彼はしてやったりとほくそ笑(え)んだ。
<つぶやき>こんな能力ありませんよ。女の子をもてあそぶようなことはダメですからね。
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0009「正義の味方ピーマン!」

2024-08-08 17:11:38 | 超短編戯曲

   子供向けイベントの控え室。出演者たちが準備をしている。
吾朗「なあ。何だよ、これ」
祐介「それは、虫歯キングーだよ。子供たちの歯を虫歯に変えてしまう…」
吾朗「そう言うことじゃなくて。ヒーロー物だって言ったよな」
祐介「そうだよ。吾朗には悪役の大将になってもらって…」
吾朗「あのさ、もっとさ、別のやつがあるだろ。もっと、こう…」
祐介「えっ?」
吾朗「だから、仮面ライダーとか、ウルトラマンとか、何とかレンジャーとか、格好いいのがあるじゃない。なんで、こんな…。格好悪いだろ、こんなんじゃ」
祐介「そうかな? でも、子供たちには、けっこう人気あるんだぜ」
吾朗「ホントかよ。それに、それなんだよ。お前の着てるの?」
祐介「これは、ピーマン。正義の味方で、子供たちを虫歯キングーから守っちゃうんだ」
吾朗「ダサいよ。だいいち、ピーマンなんて子供のいちばん嫌いな野菜だろ」
祐介「だから、子供たちに、ピーマンは君たちの味方だよって、分かってもらおうと…」
吾朗「俺、やめようかな。こんなの、やってらんないよ」
祐介「そんな、虫歯キングーがいなかったら、困るよ。なあ、頼むよ」
      司会の奇麗なお姉さんが入って来る。
さおり「お早うございます。今日もよろしくお願いしまーす」
祐介「あっ、お早うございます。よろしくお願いします」
さおり「あれ、新しい人?」
吾朗「どうも。僕、長瀬吾朗と言います。今日からよろしくお願いします!」
さおり「あっ、虫歯キングーやるんだぁ。がんばってね」
吾朗「はい、がんばりまーす」
祐介「えっ、やるのかよ」
吾朗「さあ、稽古しようぜ。僕は、何をすればいいんだ」
祐介「ああ、それじゃ…」
さおり「じゃあ、私は打ち合わせしてくるね」
      さおり、控え室から出ていく。
吾朗「おい、おい。あんな可愛い子がいるなら、そう言ってくれよ。俺、がんばっちゃうから。で、今日終わったら、彼女、飲みに誘おうぜ。お疲れ様会だーっ!」
祐介「それはいいけど、ホントにやってくれるんだろうな」
吾朗「もちろん。彼女、誰か付き合ってる人いるのかな?」
祐介「付き合ってるっていうか、彼女、結婚してるから。娘さんもいるし。それに、彼女、アラフォーだよ」
吾朗「えっ! だって、どう見たって、二十歳ぐらいにしか…」
祐介「じゃあ、稽古するから、早く着替えてね」
吾朗「何だよ。嘘だろーぉ!」
<つぶやき>世の中には信じられないことが多々あるのです。そこが面白いというか…。
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