紀子(のりこ)はお中元(ちゅうげん)のカタログを見ながら、眉間(みけん)にシワを寄せた。なぜ彼女がこれほど真剣(しんけん)に選(えら)んでいるのか。それは、前回の失敗(しっぱい)があったからだ。
去年(きょねん)の暮(く)れのこと。結婚(けっこん)間もない彼女は、義母(はは)からお歳暮(せいぼ)を選んで贈(おく)っておくようにと頼(たの)まれた。彼女は何も知らぬまま引き受けた。
紀子の嫁(とつ)いだ家は旧家(きゅうか)で、親戚(しんせき)も大勢(おおぜい)あった。正月(しょうがつ)には、その面々(めんめん)が一堂(いちどう)に会(かい)して宴(うたげ)が催(もよお)される習(なら)わしになっている。親戚の人たちは、彼女が嫁(よめ)だと知ると態度(たいど)を一変(いっぺん)させた。みんなは口々(くちぐち)にお歳暮にクレームをつけてきたのだ。「あんなのもらってもね」とか、「何を考えてあんなものをよこしたんだ」などなど、嫌味(いやみ)なことばかり言われてしまった。中には、せっかく贈ったお歳暮を突(つ)き返してきた人もいた。
宴が終わる頃(ころ)には、彼女はぐったりとして座(すわ)り込んでしまった。そこへ、とどめを刺(さ)したのは義姉(あね)だった。「こんなんじゃ、嫁として失格(しっかく)ね」
普通(ふつう)の嫁だったら実家(じっか)へ逃(に)げ出しただろう。でも、紀子は違(ちが)っていた。彼女は持ち前の負(ま)けん気で踏(ふ)みとどまった。今度のお中元はリベンジなのだ。
彼女の横では、気持ちよさそうに夫(おっと)が寝息(ねいき)をたてている。彼女は夫の頬(ほお)を突っついてささやいた。「君は、この家の長男(ちょうなん)のくせに、何の役(やく)にも立たないんだから」
夫はそれに応(こた)えるように笑いながら寝言で、「もう、やめろよ。くすぐったいって…」
<つぶやき>こんなお坊(ぼっ)ちゃんはあてにできません。嫁として家をしっかり守って下さい。
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とある結婚相談所(けっこんそうだんじょ)でお相手(あいて)を見つけた二人。今日は、系列会社(けいれつがいしゃ)の結婚式場(しきじょう)に式の打ち合わせに来ていた。一通(ひととお)り打ち合わせが終わると、担当者(たんとうしゃ)はニコニコしながら言った。
「私どもでは、離婚保険(りこんほけん)も手がけておりまして、もしよろしければ、ぜひご検討(けんとう)を…」
「離婚って、私たちこれから結婚するんですよ。そんな縁起(えんぎ)でもない」
「しかしですねぇ、現在(げんざい)10組のうち4組は離婚をされておりまして…」
「あたしたちは、そんなことしないわ。だって、愛し合ってるんですもの」
「それはもちろんでございます。これは、あくまでも保険ですから。月々の掛金(かけきん)も、ご予算(よさん)に合わせていろんなコースをお選(えら)びいただけます。それに、ご加入(かにゅう)いただければ、10年ごとの節目(ふしめ)にお祝(いわ)い金が出ることになっております」
「へえ、お金がもらえるんですか?」ちょっと興味(きょうみ)を抱(いだ)いた男性。
「ただし、ご結婚から3年以内に離婚をされますと、保険料は支払われませんのでご注意(ちゅうい)下さい。それと、もし万(まん)が一、三年を過ぎてから離婚された場合、我が社では特別保障(とくべつほしょう)といたしまして、次のお相手を責任(せきにん)を持って捜(さが)させていただきます」
「ええっ、もっと素敵(すてき)な男性を捜していただけるの?」女性の目が輝(かがや)いた。
「はい、もちろんでございます。二度目の結婚式は、格安(かくやす)のお値段(ねだん)でやらせて――」
<つぶやき>結婚は博打(ばくち)なのかも。でも、その価値を上げるのも下げるのも当人同士です。
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「で、あたしが酔(よ)っぱらいに絡(から)まれてるとこ助(たす)けてくれて。でも、お礼(れい)も言えなかったの」
「あんた、何で一人でそんなとこ歩いてたのよ。気をつけなきゃダメじゃない」
「でも、人けのない所(ところ)じゃないと、どんな人だか分からないじゃない」
「なに考えてんの? あんたの方からストーカーを誘(さそ)ってどうすんのよ」
「だって…。そんなに悪い人じゃないと思うわ」
「ストーカーに良い人なんていないわよ。もう、二度とこんなことしないで。いい」
「うん。でもね…、あたし分かっちゃった気がする。たぶん、あたしを助けてくれた人よ」
「もう、何がよ?」
「だから、あたしのことずっと見てる人。だってその人、何となく見覚(みおぼ)えがあるもの」
「えっ、そいつがストーカーってこと?」
「きっとそうよ。今度(こんど)見かけたら声をかけてみようかなぁ」
「ダメよ、そんなこと。何されるか分かんないでしょ」
「大丈夫(だいじょうぶ)よ。それに、助けてもらったお礼を言わないといけないし」
「だったら、私も一緒(いっしょ)に行く。私から言ってやるわ。大事(だいじ)な親友(しんゆう)に付きまとうなって」
「やめて。そんなことしたら、もう会えなくなっちゃうわ。彼って、シャイなだけなのよ」
「だから――。まさか、あんた、その人のこと……。絶対(ぜったい)、やめなさいよ」
<つぶやき>危(あぶ)ないことはよしましょう。でも、世の中悪い人ばかりじゃないと信じたい。
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――時間がない。彼女はいつも追(お)われていた。あたふたと焦(あせ)りまくって、気の休まる時がない。それにいつも空回(からまわ)りして、悪(わる)い方へと転(ころ)がっていく。これは、仕事(しごと)ばかりのことではなさそうだ。
こうなった一番の原因(げんいん)は、付き合っていた彼と別れたこと。何で振(ふ)られたのか、彼女自身(じしん)まったく納得(なっとく)していない。自分はこんなに彼のことを愛していたのに――。彼女はそのうっぷんを仕事にぶつけていたのかもしれない。自分はこんなに仕事ができて、振られるようなダメな女じゃないと。でも本当(ほんとう)のところは、彼がいなくなった心の寂(さび)しさを埋(う)めようとしていただけなのだ。
そんな時、誰かがポツリと呟(つぶや)いた。「もうやめちゃえば…」
誰が言ったのか分からない。彼女の空耳(そらみみ)なのかも…。でも、彼女には確(たし)かに聞こえたのだ。もうやめちゃえば…、って。彼女は全身(ぜんしん)の力が抜(ぬ)けてしまった。へなへなと座(すわ)り込み、勝手(かって)に涙(なみだ)があふれてきた。彼女は周りのことなど気にせずに、わんわんと泣(な)いた。
それからしばらくして、彼女は会社を辞(や)めた。三十過ぎての転職(てんしょく)は無謀(むぼう)なのかもしれない。でも、彼女は新しい生き方を捜(さが)し始めた。後悔(こうかい)はしていない。自分で決めたことだから。これからいろんなことに挑戦(ちょうせん)して、自分の道を切り開いてみせる。
<つぶやき>行き詰(づ)まったら、肩(かた)の力を抜きましょう。新しい考えが浮かんでくるかも。
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