みけの物語カフェ ブログ版

いろんなお話を綴っています。短いお話なのですぐに読めちゃいます。お暇なときにでも、お立ち寄りください。

0006「幸せの一割」

2024-07-31 17:08:57 | 読切物語

「ねえ、ここに置いといた今月分の家賃、持っていったでしょう。返して!」
「いいだろ。金がいるんだ。また、銀行からおろしてこいよ」
 安男はそう言うと、ふいと出て行ってしまった。残された佐恵子はため息をついた。
 二人は付き合い始めて五年。安男は、以前はとても優しい男だった。それが、一緒に暮らすようになると、彼はまったく働かなくなり、遊ぶ金欲しさに佐恵子に無心する始末。さっさと別れてしまえばいいのだが、彼女にはその決断をすることが出来なかった。
 銀行への道すがら、佐恵子は不思議な占い師に出くわした。その女占い師は客待ちしているでもなく、分厚い洋書を開いて、読むでもなく目を落としていた。
「ちょっと、あんた」と占い師は、ちょうど前を通りかかった佐恵子を呼び止めた。
「あんた、悩み事があるね。占ってあげよう。ここに、お座りなさい」
 佐恵子は言われるままに、ふらふらと座ってしまった。まるで、何かに引き寄せられるように。占い師は大きな天眼鏡で佐恵子の顔を覗き込んだ。
「なるほど」と占い師はつぶやいて、「男が悩みのタネか…」
「えっ、わかるんですか? 私の…」
「これでも占い師のはしくれだからね。今の男との相性は悪くはない。ただ、位置がよくないね。このままだと、どちらかが傷つくよ。ひとつ、私の言う通りにやってみるかい。そうすれば、運気が変わるかもしれない」
 占い師は彼女に助言を与えた。それは、いつでも笑顔でいること。そして、彼の言うことは何でもかなえてあげること。これを聞いて、佐恵子はまた、ため息をついた。
「お金のことなら心配ないよ」と占い師は言った。「それと、見料だけど。あんたの幸せの一割をいただくよ。それでいいかい」
 佐恵子はわけも分からずうなずいた。何だかキツネにつままれたような、変な感じだ。
 占い師と別れた彼女は銀行でお金をおろし、ふと通帳を見て驚いた。預金の残高が増えていたのだ。通帳をよく見ると、エンジェルの名で大金が振り込まれていた。
「まさか、あの人が…」と佐恵子はつぶやいた。「エンジェル?」
 佐恵子は占い師に言われたように、その日から実行することにした。いつも笑顔で、そして彼の言うことは何でもかなえてあげた。すると不思議なことに、安男は毎日きちんと帰ってくるようになり、喧嘩をすることもなくなった。でも、まだ佐恵子は不安だった。
 佐恵子はふっと、別れぎわに占い師が言った言葉を思い出した。
<最後の仕上げは、何でもいいからお願い事をしてごらん。まず、些細なことからはじめて、少しずつ増やしていくんだ。そこまで行けば、もう男はあんたのものさ。>
 安男は初めのうちは嫌々だったが、そのうち、安男の方から用事はないかと聞くようになった。この頃にはもう、安男は以前の優しい男に戻っていた。仕事もするようになり、生活にゆとりが戻ってきた。そこで、佐恵子は一番のお願いをした。「私と結婚して!」
 この後、二人は幸せに暮らした。でも、佐恵子にはひとつ悩みが残った。それは、あの時の占い師に見料をどうやって払えばいいのか。あれ以来、一度も会えないままなのだ。
<つぶやき>こんな占い師がいたら、私にも良い人が見つかるかも。会ってみたいなぁ。
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0005「夢の中の君」

2024-07-05 17:57:33 | 読切物語

 夜中の二時、慎吾は夢にうなされて目を覚ました。ここ一週間というもの、毎晩おなじ夢をみていた。いま住んでいるアパートにいて…。その部屋は、家具の配置から何もかも現実とまったく変わらなかった。ただ違うのは、小夜という名の女がいて…。夢の世界では、その人と結婚していて、一緒に食事をしたり、たわいのない話をしていたようだった。<ようだった>と言うのは、慎吾自身、断片的にしか夢を思い出せないのだ。でも、とてもリアルな、本当に二人で暮らしている感覚が、目が覚めてからも消えずに残っていた。
 慎吾には結婚を約束している彼女がいた。とても明るくて優しい女性で、もとは同じ職場で働いていたのだが、今は配属が変わって別の課になってしまった。
「ねえ、大丈夫?」目を覚ました慎吾に、ひかるは優しく声をかけた。「今日は病欠だって聞いて、びっくりしちゃった。昨夜も、なんかおかしかったし、心配したんだからね」
「ひかる? どうして…」慎吾はうつろな目でひかるを見つめた。
「ふふ…、合い鍵、使っちゃった。ねえ、何か作ろうか? お腹、すいてるでしょ」
 ひかるはそう言うと、スーパーの袋を持ってキッチンに入って行った。ひかるは何度もここで料理をしているので、どこに何が置いてあるのかすべて分かっていた。でも、今日に限ってその配置が変わっていた。「ねえ、置き場所、変えたの? いつもと違うわ」
 ひかるはあちこち探し回ったりして手間取ったが、手際よく調理をすませると、
「慎吾、出来たわよ。起きて」ひかるはうつらうつらしている慎吾に呼びかけた。
 慎吾はだるそうに身体を起こすと、「ああ…、お帰り。小夜」とつぶやいた。
「なに?」ひかるはちょっと首をかしげたが、「もう、寝ぼけてるでしょう」と聞き流した。
「えっ、僕、何か言ったか?」慎吾はひかるの顔をじっと見つめて、「君は…」
「ねえ、ほんとに大丈夫? 病院、行った方がいいんじゃない?」
「ああ、大丈夫だよ。薬のせいさ。それで、ぼうっとしているだけさ」
 ひかるはますます心配になってきた。ここ一週間、彼の行動が変なのだ。二人で話をしていても、急に眠ってしまったり。二人で行ったことのない場所なのに、一緒に行ったみたいに話をすのだ。もちろん、ひかるには身に覚えはない。だが、話をよく聞いてみると、それは昔の話しではなく、ごく最近の話なのだ。もしかしたら、他に誰かと付き合っているの…。ひかるはそんな考えがうかぶたびに、<そんなことない>と打ち消してきた。
「やっぱり、病院に行こうよ。これ食べたら、私が連れてってあげる」
「でも、僕はここにいないと」慎吾はひかるの作った食事をゆっくりと食べながら、「もうすぐ、帰ってくるんだ。だから、待っててあげないと」
「えっ、誰が来るの?」ひかるは不安になって、「はっきり言ってよ」
 その時、玄関の扉が開いた。慎吾は玄関に目をやり、「お帰り。小夜」と言って微笑んだ。
 ひかるが驚いて振り返ると、そこには見たことのない女が立っていた。
「あなた」女は慎吾をそう呼ぶと、「起きてて大丈夫なの? 寝てないとだめだよ」
 ひかるは意識が遠くなっていくのを感じた。ふっと手を見ると、向こう側が透けて見えた。そして、ひかるの身体も透き通ってきて、ついに夢のように消えてしまった。
<つぶやき>自分は本当にそこにいるのか、それとも…。自分の存在に自信あります?
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0004「お嬢様教育コース」

2024-06-08 18:16:15 | 読切物語

「ここは何処よ!」ファッションモデルのように着飾った若い女性が叫んだ。「エッフェル塔は? 凱旋門は何処にあるのよ!」
 あたりには灼熱の風が吹きわたり、彼女は目がくらみそうになった。よろよろとタラップを降りると、まわりをぐるりと見わたした。そこは、荒涼とした荒れ地の中で、空港のさびれた建物と、何軒かの小さな家が点在しているだけだった。彼女はどこまでも続く大地を、ただ呆然と見つめていた。突然、不安な気持ちがこみ上げてきて体が震えた。
「ここ、ガルバね」と一人の男がにこやかに近づいて来て言った。
「ガルバ…」女は男に駆け寄り、「ガルバってどこよ! ここはフランスでしょう?」
「なに言ってる。ここはアフリカの秘境あるよ」
「アフリカって…。なんで…、何でよ。私は…」
「なにも心配ないよ。私が、ちゃんとお世話するね。どうね、良い景色でしょう」
「どこがよ。何にも無いじゃないの!」女は頭をかきむしった。そして、思いついたように叫んだ。「吉田! どうなってるのよ。ちゃんと説明…」
 彼女が振り返ったとき、ちょうど自家用飛行機が飛び立つところだった。
「ええ、なんでよ…」彼女は思わず走り出した。でも、追いつくはずもなかった。滑走路には彼女の荷物がひとつ、ぽつんと取り残されていた。
「私、ちゃんと吉田さんに頼まれたね」男はそう言うと、滑走路に倒れ込んでいる女を抱き起こし、「心配ないよ。私が、ついてるね」
「なに言ってるのよ」女は男の手を振りはらい、「私はパリに行くの。パリが私を待ってるのよ。絶対、行くんだから…行くんだから…」女は何度もそうつぶやきながら歩き出した。
「ちょっと、待ちなさい。こっちね」男はそう言うと、女から荷物をつかみ取り、「あの飛行機、一ヵ月後しか戻ってこないよ。それに、次の定期便が来るの、たぶん二週間後ね」
「じゃ、チャーターしなさい。お金はいくらかかってもいいわ。カードだって…」彼女はそう言うと、肩から提げたポーチの中を探し始めたが、「ない。何で、ちゃんとここに…」
「ここ、お金、使わないよ。物々交換ね。もちろん、カードもだめよ」
「物々交換?」女は顔をひきつらせて、「なにそれ。じゃあ、どうするのよ」
「あなた、ここで仕事する。そういう約束ね。私、きいてる」
「そんなの、知らないわよ! いいわ、パパに電話して…」
「さあ、出発ね」男は女の腕をつかむと歩き出し、「早くしないと、夜になってしまうよ」
「行くって、どこによ。私は、どこにも行かないわよ。ここのホテルに泊まるから」
「ホテルなんてないよ。あなた、私の家に住む。ちゃんと、みんな待ってるね」
「待ってるって…。どういうことよ。ちゃんと説明してよ!」
 男は埃まみれの車に彼女を押し込むと、「あなたが来てくれてほんとによかったよ。今、収穫の時期。人手、欲しかったね。これから一ヵ月、とっても楽しみね」
「一ヵ月って…。これからどこへ行くのよ」女はか細い声で言った。
「そう、六時間ほど走れば、村に到着ね」そう言うと、男は猛スピードで車を発進させた。
<つぶやき>お金では手に入らないものが、見つかるかもね。がんばれ、お嬢様!
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0003「記念写真」

2024-03-03 18:26:33 | 読切物語

 とある山の頂上付近に、一本の樫の大木が立っていた。そこからは遠くまで見渡せて、なかなかの眺めである。ここは有名な観光地でもなく、ハイキングコースにもなっていなかった。
 初夏の晴れた日。樫木の前で三脚を立てている初老の男がいた。毎年、同じ日に夫婦そろってこの場所に来て、記念写真を撮っていたのだ。もう三十年以上も続けている行事で、幸いなことに<悪天候で延期>になったことはなかった。この夫婦には二人の娘がいた。娘たちが小学生の頃までは、いつも一緒に写真を撮っていた。でも、娘たちが成長するにつれ、あまりついて来なくなった。娘たちは思っていたのかもしれない。この日は両親にとって特別な日だから、二人だけにしてあげようと。そんな娘たちもいまは嫁いで、ここ数年は夫婦二人だけに戻ってしまった。
 でも、今年はいつもと違っていた。半年前に妻が亡くなってしまったのだ。一人になってしまった男は、気が抜けてしまったように見えた。父親のことを心配した娘たちは、なにかにつけて実家に顔を出すようになった。可愛い孫たちを引き連れて。その甲斐あってか、男は元気を取り戻した。遊び回っている孫たちの笑顔を見ていると、生きる力がどこからか不思議とわいてくるのだ。
 男はもう記念写真を撮るのは止めようと思っていた。でもその日になってみると、早く目が覚めてしまってどうにも落ち着かない。妻の位牌に手を合わせて、「今日はどうしようか?」と訊いてみた。そんなこんなで、やっぱり今年も来てしまったのだ。
 男はカメラを覗いて、いつもの場所にピントを合わせた。本当ならそこには妻が立っていて、あれこれと注文をつけているはずなのに…。そう考えると、男はなんとも言えない淋しさを感じた。カバンから妻の写真を取り出すと、「さあ、撮るよ。今年も良い天気になってよかったね」とつぶやいて、カメラをタイマーに切り替えた。
 ふと、誰かに呼ばれたような気がして男は振り返った。見ると、娘たちがまだ小さな子供たちを連れてこちらへ登って来ていた。孫たちはおじいちゃんを見つけると手を振った。
「お前たち、どうしてここに?」やっとたどり着いた娘たちに男は声をかけた。
「やっぱり来てた」長女はそう言うと、「どう、私の言ったとおりでしょう」妹に向かって自慢気につぶやいた。
「はいはい。さすがお姉ちゃん。まいりました」妹は芝居がかった口調で答えると、姉妹二人で子供に戻ったように笑いあった。
 孫たちはあっけにとられている男に駆け寄ってきて、来る途中で摘んできた花を手渡した。男は孫たちのことを心配して、「大変だったろう。疲れやしなかったか?」
「大丈夫よ。私の娘だもの」次女はそう言うと、「私も小さい頃、ここに来てたじゃない」
「ねえ、いっしょに写真撮ろうよ。いいでしょう、お父さん」長女はそう言うと、子供たちをいつもの場所に連れて行き、並ばせ始めた。
「ちょっと、お姉ちゃん。そっちは私の場所でしょ。間違えないでよね」
 男はまるで昔に戻ったようで、しばらく二人のやりとりを見つめていたが、
「よし。じゃあ撮るぞ。今年は、良い写真が撮れそうだ」
<つぶやき>家族って、いるのが当たり前で…。だから、たまには抱きしめてあげよう。
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0002「ありがとう」

2024-02-08 17:55:14 | 読切物語

 初夏の晴れた日。今日は大吉と涼子の結婚式当日。支度を終えた涼子は、花嫁の控え室でドキドキしながら式の始まるのを待っていた。大吉も一人、控え室で落ち着かない様子。二人が結婚を決意するまでには、いろいろなことがあったのだろう。
 大吉には一つだけ心残りがあった。それは、いちばん喜んでほしかった妹を、ここに呼ぶことができなかったこと。もう、七年も音信不通のままになっていた。
 控え室のドアをノックする音で、大吉は我に返った。もう式の始まる時間である。きっと式場の人が呼びに来たのだと思い、大吉は「どうぞ」と声をかけた。しかし、誰も入っては来なかった。大吉は誰かが悪戯でもしたのかと、ドアを開けてみた。
 「えっ…」大吉は思わず声をあげた。ドアの外には、きれいに着飾った若い女性が立っていたのだ。それも、見覚えのある。
「お兄ちゃん…」その女性は、恥ずかしそうにそう言って、「元気にしてた?」
「あゆみ…。おまえ……」あまりの驚きに、大吉は言葉が出なかった。
「お兄ちゃん、結婚するんだ」あゆみは控え室に入って、大吉の服装をチェックしながら、「なかなか、格好いいじゃない」
 大吉はたまっていた思いを吐き出すように、「おまえ、どこにいたんだ! お兄ちゃん、どれだけ心配したか。急に家、飛び出して。それで…、みんな…」
「ごめんね。勝手なことばっかりして…」
 あゆみは大吉の胸に飛び込んだ。大吉も優しく妹を抱きとめた。ひとしきり兄の胸で泣いたあゆみは、「お兄ちゃんに、言っておきたいことがあるの」
「そんなことより」大吉はあゆみの手を取り、「母さんに顔を見せてやれ。どれだけ会いたがっていたか」あゆみはその手を振りほどいて、「もう、時間がないの」
「なに言ってるんだ。じゃ、俺が呼んできてやるよ」
「待って! ねえ、聞いてよ。私の話を」
 大吉は、妹の真剣な表情に足を止めた。
「私、お兄ちゃんから、いろんなものをいっぱいもらってたんだよね。小学校の運動会のとき、一番大きな声で応援してくれた。中学で陸上部に入ったときも、お兄ちゃんが励ましてくれたから、最後まで走れたの。大学の受験を失敗したときも、ひと晩中、側にいてくれたよね。それなのに私…。でもね、ずっと帰りたかったんだ。帰りたかったけど…」
「もう、いいよ。おまえは…、ちゃんと帰って来たじゃないか」
「今まで、ありがとう。こんなダメな妹だったけど、ほんとに、ありがとう」
「なに言ってるんだよ。おまえは俺の大事な妹じゃないか。そんなことは…」
 大吉はドアのノックの音で目が覚めた。いつの間に眠ってしまったのだろう。ただ、妹のぬくもりがまだ手に残っているようで、どうしても夢だとは思えなかった。
 大吉のもとに訃報が届いたのは、結婚式から一週間後だった。妹の友人が遺品の整理をしていて、大吉の住所を見つけたのだ。重い病気にかかり入院して、結婚式のあった日に昏睡状態になり、数時間後に息を引き取ったそうである。
<つぶやき>大切な人って、知らない間に心の奥に入り込み、気づくとそこにいるんです。
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