あたしの前に突然(とつぜん)、恋人(こいびと)を名乗(なの)る男性(だんせい)が現(あらわ)れた。その人(ひと)のこと、あたしはまったく知(し)らないのに、どうしてあたしの恋人だって言えるのよ。ほんと、変(へん)な人…。
その人はあたしにこう言ったの。「一年後(ご)の未来(みらい)から来たんだよ」
それが本当(ほんとう)なら、来年(らいねん)になったら、あたしはこの人と付(つ)き合うことになるの?
あたしは、にわかには信(しん)じることができなかった。そもそも、こんなあたしなんかを好(す)きになる人が現れるなんて…。その人はこうも言ったわ。
「君(きみ)にお願(ねが)いがあるんだ。今年中(ことしじゅう)に、よそへ引(ひ)っ越(こ)してくれないか」
えっ? あたしは訊(き)き返(かえ)しそうになるのをグッとこらえた。なんで…、あたしが引っ越さなきゃいけないのよ。お金(かね)だってかかるんだから…。訳(わけ)を言ってよ。
すると、その人は…。「そうしてくれないと…、来年、君と出会(であ)ってしまうから…」
ええっ? それって、あたしと別(わ)れたいってこと? 最初(さいしょ)から、付き合いたくないからそんなことを…。その人は、何かを誤魔化(ごまか)すように、
「あの、詳(くわ)しくは話せないんだ。これは、とってもデリケートな問題(もんだい)でね。そこは、理解(りかい)してもらいたいんだ」
「そんなこと言われても…。あたしにだって仕事(しごと)の都合(つごう)もあるし、ムリです」
その人はがっかりした様子(ようす)で、「そうだよね。やっぱりダメかぁ。じゃあ、これで失礼(しつれい)するよ。他(ほか)の方法(ほうほう)を考(かんが)えるから…」
<つぶやき>いったい何があったのか。そうまでして別れたいなんて、よほどのことかも。
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かすみさんがこの手紙を見つけたとき、もう僕はこの世界から消えてしまっていると思います。でも、悲しまないで下さい。僕とあなたが過ごした三十年のあいだ、楽しいことがたくさんあったから。僕は、あなたと一緒にいられて、とても幸せでした。
僕がこんなことを言うと、かすみさんは怒るかもしれませんね。だって、僕は良い夫ではなかったから。仕事にばかり夢中になって、あなたのことを一人ぼっちにしてしまった。子供たちのことも、みんなかすみさんに任せてしまっていたしね。
でも、あなたのおかげで、子供たちも無事に育ってくれました。とても感謝しています。こんなこと、面と向かっては言えなかった。ちゃんと言っておけばよかったね。
あなたはいつも家族のことを考えていてくれたよね。僕が入院したときも、毎日のように来てくれた。僕がそんなに来なくていいよって言っても、あなたは僕と一緒にいられる時間が増えたのよ、こんな幸せなことはないって笑ってくれた。僕は、あなたの笑顔がいちばん好きだったんだよ。あなたの笑顔はみんなを幸せにしてくれる。
僕がいなくなっても、笑顔を忘れないで下さい。これからは、あなたのやりたいことを好きなだけしていいんだよ。僕から、かすみさんへのご褒美です。ありがとう。
「何してるの?」押し入れの前で座り込んでいる娘に、母は声をかけた。
「ねえ、私、すごいもの見つけちゃった」興奮を抑えながら娘は古びた本を差し出した。
「これ、かあさんの…」母は懐かしそうに微笑んだ。「これは、おばあちゃんがとっても大切にしていた本よ。この本のおかげで、おじいちゃんと出会えたってよく言ってたわ」
「そうなんだ。だから…」娘は目を潤ませて、「この中に手紙がはさんであったの。おじいちゃんからのラブレターよ。それも、最後のラブレター」
娘は色あせた手紙を母に手渡した。母は手紙を読み終えると、
「こんな手紙もらってたなんて、ちっとも知らなかったわ」
「おばあちゃん、いい恋してたんだよね。こんなに愛されていたなんて…」
「あなたはどうなの。いい恋、してないの?」
「私は…。どうなんだろ、わかんなくなっちゃった」娘は投げやりに言った。
「隆さんとうまくいってないの?」
「うーん。やっぱり、遠距離って続かないのかな?」
「なに弱音吐いてるの。そんなんじゃ、おばあちゃんに笑われるわよ」
「だって…。逢いたいときに逢えないなんて、つらすぎるよ」
「おばあちゃんだったら、今ごろ飛んで行ってるでしょうね」
「私は…。ひとりでアメリカなんて行けないよ」
「もう、いつまでも子供なんだから。そんなんじゃ、何にも出来ないよ」
「わかったわよ」娘は立ち上がり、「行くわよ、行けばいいんでしょ。私だって…」
「でも、遺品の整理を済ませてからにしてよ。ひとりじゃ大変なんだから。それと、隆さんにちゃんと連絡しときなさい。向こうで、金髪の美女と鉢合わせしないようにね」
「もう、かあさん! なに言ってるのよ。そんなことあるわけないでしょ」
<つぶやき>人生の節目にあたり、心のこもった感謝のラブレターを書いてみませんか。
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「爆破(ばくは)するって…」助手(じょしゅ)の安井(やすい)が目を丸(まる)くして言った。「教授(きょうじゅ)、なにバカなことを言ってるんですか。あの辺(あた)りには、新種(しんしゅ)の化石(かせき)が埋(う)まってるかもしれないんですよ。そんなことをしたら…、粉々(こなごな)になってしまいます」
「かまわんさ。あいつに発見(はっけん)されるよりはましだ。あの辺りは、わしが発掘(はっくつ)するはずだったんだ。それを横取(よこど)りしやがって…。あいつに功績(こうせき)をわたしてたまるか…。許(ゆる)せんのだ!」
「教授、落(お)ち着(つ)いてください。また次(つぎ)のチャンスがありますよ」
教授は安井の肩(かた)を強(つよ)くつかんで、「わしには時間(じかん)がないんだ。この身体(からだ)が……。すぐに爆薬(ばくやく)を用意(ようい)するんだ。すべてをぶち壊(こわ)して、あいつを落胆(らくたん)させてやるんだ。そして、二度とわしの邪魔(じゃま)ができんようにしてやる。そうでもしないと、わしの気(き)がおさまらない」
「教授、そんなことダメです。考(かんが)え直(なお)してください。そうだ。実(じつ)は、この場所(ばしょ)から少し北(きた)へ行ったところで見つけたんです。有望(ゆうぼう)な地層(ちそう)が露出(ろしゅつ)しているところを…。きっと新種が見つかるはずです」
「それは…ほんとうか? 間違(まちが)いないんだな」
教授は立ち上がると、「何をしている。すぐに向(む)かうぞ。あいつより先(さき)に行かないと…。今度(こんど)こそ、わしが…。わしが、新種を発見するんだ」
「はい、教授。あいつの鼻(はな)を明(あ)かしてやりましょう」
<つぶやき>こんなことがあったとか、なかったとか…。人間(にんげん)はいろいろ欲(ほ)しがるよね。
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「おまつりの夜」3
私たちは商店街に足を踏み入れた。いっぱい人がいる。焼きそば、綿菓子、イカ焼きにたこ焼き…。おなじみの屋台が並んでいる。私たち、もしかして食い気にはしってる? とにかく、食べ歩きの始まりだ。二人して歩き回った。ゆかりはゲームをやって賞品を手に入れた。こういうの得意なんだ。私なんかぜんぜんだめだった。
「あっ! こっち」ゆかりが何かを見つけた。走っていく。
…待ってよ。私は追いかける。そこには小さな子がいっぱい集まっていた。ぬいぐるみのショーをやっているんだ。クマさんが景品を子供たちに配っている。ゆかりはクマさんの後ろに回って私を呼ぶ。なんで後へ行くの? 私がゆかりの横に立つと、いきなりクマさんの頭をおもいっきり叩いた。
「いてっ」…クマが喋った。私が呆気にとられていると、クマさんが振り返った。私を睨んでいるようだ。ゆかりはいつの間にか消えている。そんな…。私が叩いたって思ってる。クマさんが近づいてくる。私は「ごめんなさい」って、走って逃げた。
なんで私が謝るの? この時、高太郎君の気持ちが少し分かったような気がした。ゆかり、どこ行っちゃたのよ。もう…。私はゆかりを捜して歩き回った。
ゆかりが、…いない。どこにもいない! …ねえ、どこ行っちゃたの? ゆかり!
…だんだん不安になってきた。闇雲に探し回る。どこにもいない。どこにも…。どうしよう。私…、帰れない。ここはどこなんだろう? …方角が分からない。どうすればいいの。ゆかり…。早く出て来て…。お願い…。私を見つけて!
だんだん暗くなってきた。人はどんどん増えてくる。みんな同じ方向に歩いていく。花火を見に行くんだ。私はその人波に流されて…。どこまで行くの。…ゆかりが見つからない。どこへ行っちゃったの? 周りを見回しても、知らない人ばかり。…怖い。怖いよ。どうしたらいいのか、何も考えられない。昔のことが…、迷子になったときのことが甦る。
私は必死になってゆかりを捜す。早く来て! もうだめ…。
いつの間にか海岸まで来ていた。人の波はそこで止まった。…どうしよう。どうやって帰ればいいの。ゆかり! 私は途方に暮れた。どんどん不安がこみ上げてくる。身体が震えてきた。涙があふれそうになって、私はしゃがみ込んでしまった。
「おい、さくらじゃないか?」
「あれ、さくらだよ」誰かが私の名前を…。
「さくら、どうした?」誰かが私に…。
私は震えながら顔を上げる。知ってる顔…。私の知ってる顔!
「高太郎!」私は思わず抱きついた。高太郎君しか見えなかった。…涙が止まらなかった。周りにいた男の子たちも心配そうに私を見ている。なんだか、恥ずかしくなってきた。なんで涙が出るのよ。私は落ち着こうと、何度も深呼吸した。
<つぶやき>迷子になったら慌てず引き返そう。人生に迷ったら立ち止まり見回そう。
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僕(ぼく)は変(へん)なおじさんから声(こえ)をかけられた。その人は僕のことをよく知(し)っているみたいなのだが、僕はまったく見覚(みおぼ)えがない。そのおじさんは僕に言った。
「なぁ、ちゃんと勉強(べんきょう)しろよ。そうじゃないと、困(こま)ったことになるんだよ。それと、同(おな)じクラスに相崎(あいさき)かなえってヤツがいるだろ。あいつとは絶対(ぜったい)に付(つ)き合うな。告白(こくはく)されてもホイホイついて行くんじゃないぞ。約束(やくそく)しろ!」
このおじさん…なに言ってるんだろ? 確(たし)かに、相崎かなえはクラスメイトにいるけど、僕に告白なんかするわけがない。美人(びじん)で僕のことなんか相手(あいて)にするわけが…。僕は、
「あの…。なんでそんなこと言うんですか? おじさんには関係(かんけい)ないじゃ――」
「あるだよ」おじさんは間髪入(かんぱつい)れず答(こた)えた。「まぁ、詳(くわ)しくは言えねえけど…。いいか、これだけは言っておく。あの女には絶対に近(ちか)づくな。地獄(じごく)を見たくなかったらな」
「地獄って…、どういうことですか?」
「だから、詳しくは言えねえんだよ。それと、今度(こんど)の期末試験(きまつしけん)、絶対に赤点(あかてん)なんかとるんじゃねぇぞ。お前(まえ)の将来(しょうらい)がかかってるんだ。死(し)にもの狂(ぐる)いで勉強しろ」
「僕は…勉強は好(す)きじゃないから。それに、赤点はいつものことだし…」
「分かってるよ、そんなことは。でもな、そんなことやってたから、こんな人間(にんげん)になっちまったんだよ。いいか、好き嫌(きら)いの問題(もんだい)じゃないんだ。人生(じんせい)かかってるんだぞ!」
<つぶやき>これは未来(みらい)から来た自分(じぶん)なのかなぁ。相崎かなえと何があったんでしょう。
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