④ 松井康成の作品
) 初期の作品は、「練上線文深鉢」(1971年、東京近代美術館蔵)に代表されます。
白と茶色の二色による、縦方向の細かい筋状の文様の作品です。この作品は型に押し付けて
成形した物と思われます。あくまでも私なりの解釈ですが、以下の様にして造られたと思います。
a) 上記 )- a) で造った線刻文を放射状のタタラにします。
先ず線刻文のタタラを複数個(6~12程度)用意します。 平行線の文様の一端を徐々に
細くし、楔型(くさびかた)にします。細くするには、タタラの端面を板などを用いて、
徐々に力を加え細くします。細くなった部分は上方に、凸状に競り(せり)上がってきますので、
平坦に成るように切り取ります。又外周も円にして置くと、後の処理が容易に成ります。
尚、最終工程で内外の表面を削りますので、ある程度厚くして置く必要があります。
b) 複数の楔型のタタラを放射状に並べ、お互い「ドベ」で圧着します。
この段階で、線の文様が不揃いや、歪みがある場合は失敗です。
補正が可能ならば補正しますが、最初からやり直す場合も多いです。
これから型に押し込みますので、土はある程度軟らかい必要があります。
c) 型は外型を使います。割れやひびは、引っ張る力によって発生します。逆に圧縮する方向には
比較的安全です。それ故、成形時には常に土が圧縮方向に力が掛かる様にします。
その為には、作品の外に型(石膏型など)を置く外型が適します。
作品はタタラの変形が大きくなる、深い鉢などよりも、変形の少ない皿などの方が割れが
少ないです。それ故、平面的な簡単な形で、練習する事です。
d) タタラに布(蚊帳など)を被せる。
タタラの裏表(作品の内外)を決めたら、型に接する面(下側)に布を引き、布毎型の真上に
移動します。この布の役目は、型から離れ易くする事もありますが、作品が型の中央に移動
させるが最大の目的です。
e) タタラを「金属の絞り加工」の様に型に合わせていきます。
タタラを引っ張るのではなく、徐々に押し込む(圧縮する方向)様にして、型に沿わせて
行きます。手で押し込む方法もありますが、丸みのある「コテ」等があると指跡も付かず
便利です。尚、この場合が一番危険な作業です。
タタラの内側は圧縮する力ですが、外側は引っ張る力が働くからです。
それ故内側から型に向かって、力を加え土が薄くなる伴に横方向の力を発生させ、
隣同士が圧接する様にします。タタラが中心より「ズレ」た場合には、前記布の端を持ち、
引っ張るなどして、微調整します。ギャザーのような襞(ひだ)が出来ない様にします。
f) 上部を切り取る
型に押し込み終わると、最上部は凸凹しているはずです。最後の削り作業の「削り代」を
残して切り取ります。
g) 型から外し、削り作業を行います。
削れる程度に乾燥したら、型から外します。乾燥し収縮していますので、容易に型から外せます。
作品の内外には、細かい傷が無数にあるはずです。(電動)轆轤等を使い、外側、内側、口縁
底周辺を削り出します。削るに従い文様は変化します。好みの文様で削り作業を終わらせます。
説明が長くなりましたが、以上の様な方法で造られたと思われます。
) 袋物の作品
初期の作品は、口の開いた鉢や皿の形が多いですが、やがて壷などが造られる様に成ります。
a) この壷は一枚のタタラを加工した物ではなく、下から順に色土を計算(設計図)に基づき
積み上げたと考えられます。
b) 最大径までは外型を使うとしても、それより上部では、内側から土を支える必要があります。
プラスチックの中型を使ったと書かれていますが、たぶんビーチボールの様なものでは
ないかと思われます。ある程度乾燥し硬くなったら、その上に積む方式です。
硬い樹脂では乾燥と伴に土が収縮しますので、表面に亀裂が生じます。
それ故、弾力性のあるビニールやゴムを使う必要があり、吹き込む空気の量で球の大きさが
調整できる事が魅力です。何よりも積み上がったら、空気を抜いて小さくして口から
取り出せる事が最大の特徴といえます。尚、ビニールなどは土と密着しますので、片栗粉
などを塗って型離れを良くする必要があります。
この様にして造られた作品として「練上大壷・早春賦」(1981年)が有ります。
c) 練上嘯裂文(しょうれつもん)と象裂瓷(しょうれつじ)
次に壷の表面に小さな亀裂やひびの入った作品が現れます。
イ) 嘯裂文とは、1975年に発表された技法で、意図的に壷の表面に細かい「ひび割れ」を
起こした作品です。造り方は、練上技法で製作した壷を、轆轤挽きする事で造り出します。
・ 壷の内側では乾燥度が異なり、外側が早く乾燥します。壷の内側から「柄コテ」を用いて
径を膨らませる様に外側に力を加えます。(外側は手を触れない事)
乾燥により表面は可塑性をなくしていますので、無理に押し出される事により「ひび割れ」が
発生する事に成ります。
・ 大事な事は、土の乾燥具合と押し出す時のタイミングと、土の種類を選ぶ事です。
(作品を見るとやや粒子の粗い土の様に見えます。)
ロ) 象裂瓷とは、二層三層と色土を重ね、成形後に外側の層に縦や斜めに、切り込みを入れ、
複雑な裂け目を入れる技法です。これも嘯裂文同様の轆轤作業で造られたと思われます。
三層象裂瓷壺・岳(1978年 茨城県陶芸美術館蔵)、三層象裂瓷大壺(1979年 京都国立
美術館蔵)、練上地象裂瓷壺・追憶(1980年 茨城笠間神社蔵)などの作品があります。
d) 練込で轆轤作業を行うと、文様が崩れるのが普通です。これを防ぐ為、松井氏は轆轤の回転を
左右交互に行う事で、模様の撚れやねじれが、出来ない様にしていると述べています。
) 茜手(あかねて)と玻璃光(はりこう)の作品
a) 茜手とは、1981年に発表された鮮やかな紅赤色の作品です。松井氏の作品は徐々に色彩が多く
なり、グラデーションの表現も取り入れる様に成ります。何らかの酸化金属(詳細は不明、秘密)を
加え、1250℃以上の高温で焼成し、発色させています。
b) 玻璃光とは松井氏の晩年の作品で、磁器に近い土の組成と、硬質な輝きを特徴とする作品です。
練上玻璃光大壺 (1999年 東京国立近代美術館蔵)
) 松井康成の作品の特徴
a) 初期の作品は施釉されていますが、 嘯裂文や象裂瓷の作品では無釉に成っています。
b) 装飾性を重視し、高台なども省略され、次第に「オブジェ風」に成ってゆきます。
次回(辻清明)に続きます。
) 初期の作品は、「練上線文深鉢」(1971年、東京近代美術館蔵)に代表されます。
白と茶色の二色による、縦方向の細かい筋状の文様の作品です。この作品は型に押し付けて
成形した物と思われます。あくまでも私なりの解釈ですが、以下の様にして造られたと思います。
a) 上記 )- a) で造った線刻文を放射状のタタラにします。
先ず線刻文のタタラを複数個(6~12程度)用意します。 平行線の文様の一端を徐々に
細くし、楔型(くさびかた)にします。細くするには、タタラの端面を板などを用いて、
徐々に力を加え細くします。細くなった部分は上方に、凸状に競り(せり)上がってきますので、
平坦に成るように切り取ります。又外周も円にして置くと、後の処理が容易に成ります。
尚、最終工程で内外の表面を削りますので、ある程度厚くして置く必要があります。
b) 複数の楔型のタタラを放射状に並べ、お互い「ドベ」で圧着します。
この段階で、線の文様が不揃いや、歪みがある場合は失敗です。
補正が可能ならば補正しますが、最初からやり直す場合も多いです。
これから型に押し込みますので、土はある程度軟らかい必要があります。
c) 型は外型を使います。割れやひびは、引っ張る力によって発生します。逆に圧縮する方向には
比較的安全です。それ故、成形時には常に土が圧縮方向に力が掛かる様にします。
その為には、作品の外に型(石膏型など)を置く外型が適します。
作品はタタラの変形が大きくなる、深い鉢などよりも、変形の少ない皿などの方が割れが
少ないです。それ故、平面的な簡単な形で、練習する事です。
d) タタラに布(蚊帳など)を被せる。
タタラの裏表(作品の内外)を決めたら、型に接する面(下側)に布を引き、布毎型の真上に
移動します。この布の役目は、型から離れ易くする事もありますが、作品が型の中央に移動
させるが最大の目的です。
e) タタラを「金属の絞り加工」の様に型に合わせていきます。
タタラを引っ張るのではなく、徐々に押し込む(圧縮する方向)様にして、型に沿わせて
行きます。手で押し込む方法もありますが、丸みのある「コテ」等があると指跡も付かず
便利です。尚、この場合が一番危険な作業です。
タタラの内側は圧縮する力ですが、外側は引っ張る力が働くからです。
それ故内側から型に向かって、力を加え土が薄くなる伴に横方向の力を発生させ、
隣同士が圧接する様にします。タタラが中心より「ズレ」た場合には、前記布の端を持ち、
引っ張るなどして、微調整します。ギャザーのような襞(ひだ)が出来ない様にします。
f) 上部を切り取る
型に押し込み終わると、最上部は凸凹しているはずです。最後の削り作業の「削り代」を
残して切り取ります。
g) 型から外し、削り作業を行います。
削れる程度に乾燥したら、型から外します。乾燥し収縮していますので、容易に型から外せます。
作品の内外には、細かい傷が無数にあるはずです。(電動)轆轤等を使い、外側、内側、口縁
底周辺を削り出します。削るに従い文様は変化します。好みの文様で削り作業を終わらせます。
説明が長くなりましたが、以上の様な方法で造られたと思われます。
) 袋物の作品
初期の作品は、口の開いた鉢や皿の形が多いですが、やがて壷などが造られる様に成ります。
a) この壷は一枚のタタラを加工した物ではなく、下から順に色土を計算(設計図)に基づき
積み上げたと考えられます。
b) 最大径までは外型を使うとしても、それより上部では、内側から土を支える必要があります。
プラスチックの中型を使ったと書かれていますが、たぶんビーチボールの様なものでは
ないかと思われます。ある程度乾燥し硬くなったら、その上に積む方式です。
硬い樹脂では乾燥と伴に土が収縮しますので、表面に亀裂が生じます。
それ故、弾力性のあるビニールやゴムを使う必要があり、吹き込む空気の量で球の大きさが
調整できる事が魅力です。何よりも積み上がったら、空気を抜いて小さくして口から
取り出せる事が最大の特徴といえます。尚、ビニールなどは土と密着しますので、片栗粉
などを塗って型離れを良くする必要があります。
この様にして造られた作品として「練上大壷・早春賦」(1981年)が有ります。
c) 練上嘯裂文(しょうれつもん)と象裂瓷(しょうれつじ)
次に壷の表面に小さな亀裂やひびの入った作品が現れます。
イ) 嘯裂文とは、1975年に発表された技法で、意図的に壷の表面に細かい「ひび割れ」を
起こした作品です。造り方は、練上技法で製作した壷を、轆轤挽きする事で造り出します。
・ 壷の内側では乾燥度が異なり、外側が早く乾燥します。壷の内側から「柄コテ」を用いて
径を膨らませる様に外側に力を加えます。(外側は手を触れない事)
乾燥により表面は可塑性をなくしていますので、無理に押し出される事により「ひび割れ」が
発生する事に成ります。
・ 大事な事は、土の乾燥具合と押し出す時のタイミングと、土の種類を選ぶ事です。
(作品を見るとやや粒子の粗い土の様に見えます。)
ロ) 象裂瓷とは、二層三層と色土を重ね、成形後に外側の層に縦や斜めに、切り込みを入れ、
複雑な裂け目を入れる技法です。これも嘯裂文同様の轆轤作業で造られたと思われます。
三層象裂瓷壺・岳(1978年 茨城県陶芸美術館蔵)、三層象裂瓷大壺(1979年 京都国立
美術館蔵)、練上地象裂瓷壺・追憶(1980年 茨城笠間神社蔵)などの作品があります。
d) 練込で轆轤作業を行うと、文様が崩れるのが普通です。これを防ぐ為、松井氏は轆轤の回転を
左右交互に行う事で、模様の撚れやねじれが、出来ない様にしていると述べています。
) 茜手(あかねて)と玻璃光(はりこう)の作品
a) 茜手とは、1981年に発表された鮮やかな紅赤色の作品です。松井氏の作品は徐々に色彩が多く
なり、グラデーションの表現も取り入れる様に成ります。何らかの酸化金属(詳細は不明、秘密)を
加え、1250℃以上の高温で焼成し、発色させています。
b) 玻璃光とは松井氏の晩年の作品で、磁器に近い土の組成と、硬質な輝きを特徴とする作品です。
練上玻璃光大壺 (1999年 東京国立近代美術館蔵)
) 松井康成の作品の特徴
a) 初期の作品は施釉されていますが、 嘯裂文や象裂瓷の作品では無釉に成っています。
b) 装飾性を重視し、高台なども省略され、次第に「オブジェ風」に成ってゆきます。
次回(辻清明)に続きます。