goo blog サービス終了のお知らせ 

ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

被災者の心に添い、権力と戦い続けてきた岩路ディレクター(報道ステーション)、ここにあり!

2014年09月05日 | 日本とわたし
「まいど(^◇^)いまにしです」と、思わずほっこりしてしまう登場の仕方で、自己紹介をしてはる今西憲之さんは、大阪在住のジャーナリスト。
大阪を拠点に、週刊誌や月刊誌の取材を手がけ、権力の腐敗や原発問題について、手も口も緩めずガンガン執筆してはります。
今西さんのメルマガはこちら↓↓↓
まいど!週刊!今西憲之ジャーナル
http://www.mag2.com/m/0001439730.html

その今西さんが、よく一緒に仕事をしてはった岩路記者が、先日亡くなってしまわはったのですが、
岩路記者というと『報道ステーション』。
それも、他の局ではビビってしまって、あるいは上からのお達しで、絶対に報道せんような内容の取材を、
ハリケーンやモンスーン、大型台風並みの風当たりにも耐えて、必死でやっておられた方でした。
その取材の内容は、ここで何回も文字起こしをさせていただきました。
その中には、今も頻繁に、読み返していただいているものもあります。

岩路さんは、被災者の心に添い、権力と戦い続けてこられました。
その岩路さんの同志である今西さんが、岩路さんの死を受けて書かれたみっつの記事と、岩路さんの最後の仕事の動画を、ここに転載させていただきます。

↓以下、転載はじめ

訃報 報道ステーション 岩路真樹記者
ホンマ、悲しいです
追記あり

2014年09月02日

昨夜、いっぱいやっていたら、よういっしょに仕事してた、
テレビ朝日の報道ステーション、岩路記者が亡くなった、との報が飛び込んできた。
絶句やった。

原発報道、テレビでは、岩路記者の右に出る記者はおらんかった。
テレビ局の中には、TEPCOにとりいって、原発独自取材を目論むヤツ、けっこといるんやって。
原発、ヤバイと報じる岩路記者。
風当たり強いことあったそう。


けど、岩路記者は、まったくTEPCOにとりいるようなかけらもなく、被災者目線で報じていた。
今年3月の、福島の甲状腺ガン問題を、報道ステーションでやったのも岩路記者。
聞いた話やけど、古舘キャスターも、高く評価していたそうよ。

ワシと、原子力ムラの陰謀もやった。
福島のデタラメ除染も、いっしょに報じた。
こないだも、広島の被災現場のことや、次にいっしょにやろうってしていた、新しいネタの話をしたばっかり。
いまも、信じられんです。
なんでやのん?
しかも、自殺とは。

ご冥福をお祈りしますm(_ _)m

追記
岩路記者のご逝去について、たくさんのメッセージが寄せられました。
私は。先に書いた内容の情報しか持ち合わせていません。
そないな状況なので、これ以上、なにもわかりません。
いろいろな話が出ているようですが、ご遺族もいらっしゃいます。
そのような中で、仮定で話をするような気持ちにはなれません。
いっしょに仕事をし、ネタを追っかけ、権力と戦ってきた同志として、ただ、涙するばかりです。
岩路さん、ありがとう、おおきに。
ご冥福をお祈りいたします。


報道ステーション 岩路記者の告別式
2014年09月04日

今日、午後、報道ステーション、岩路真樹記者の告別式が、東京で執り行われました。
ご焼香だけでもと思ったのですが、残念ながら弔問はかなわず、会場の外からお別れしました。
これが、最後かと思うと、悲しみでいっぱいでした。

岩路記者とは、これからやるネタ、いろいろ打ち合わせしたのが、ついこないだのこと。
突然の死に、ただ、呆然とするばっかりです。



合掌m(_ _)m


報道ステーション、岩路記者「最後の仕事」にまた涙
2014年09月05日

まいど、いまにしです。

テレビ朝日、報道ステーション、岩路真樹記者が亡くなられたことは、このブログでも、書きました。

けさ、友人から連絡があり、岩路記者の最後の仕事が、動画でUPされているとのことです。
わざわざ、UPしていただいた方には、感謝です。



動画は、私と昨年からずっと一緒にやっていた、福島県田村市都路のデタラメ除染

イチエフから21kmくらいの、都路の集落にある民家から、ガラクタが発見されたのは、今年4月でした。
ワシはすぐに、週刊朝日で書いたのですが、岩路記者は、なかなか放映できませんでした
その時、岩路記者から聞いたのは、
会社でも、原発に厳しくという側とそうでない側、二つあって、大変
けど、キャスターの古舘さんは、ええやんって言うてくれるんよ
という話でした。

そんな中、岩路記者は、粘り強く取材を重ねて、放映したのが、先の動画です。



いかに、ひどい状況か、動画を見れば、よくわかります。
こういう状況にもかかわらず、福島県警、田村市は、現状を「放置」したまま。

民家の家主は、放射能をTEPCOにまき散らかされ、
国や自治体の除染では、庭に、放射能まみれのガラクタを勝手に埋められ、
福島県警からは、「あんたが埋めたんやろう」と犯人扱い。


これが、現実。

「放送で、原発被災者が、デタラメなTEPCO、国、役所に、二重、三重の被害、苦しみを受けているのか、わかってほしい」
そない、岩路記者は、新橋の居酒屋で、ワシに言うとった。



昨日、葬儀が終わり、岩路記者の自宅にうかがいました。
主がいない、閉じられた自宅の玄関先には、岩路記者の大好きなビールが、お供えされていました。
手を合わせてから、岩路記者の同級生が経営されている、お寿司屋さんに行きました。
「なぜ、岩路が…。おかしい…」
と、お寿司屋さんのご主人も、言葉を詰まらせていました。

↑以上、転載おわり


ここに、岩路記者の最後の仕事の動画を、載せさせていただきます。
この動画は、限定公開だそうですので、文字起こしをしておきます。



故岩路真樹氏 追悼映像
(テレビ朝日報道ステーション・ディレクター)

庭に埋められた大量のごみ
除染作業での不法投棄か

2014.8.13(木)On Air

福島第一原発の事故で、放射性物質が付着した地域の除染作業。

この時に出た廃棄物を、庭に埋めたという、内部告発があった。

現場は、福島第一原発から、約20キロ離れた、福島県田村市の住宅。

地権者が避難している去年7月に、除染が行われた。

去年11月、地権者の許可を得て庭を掘ると、告発通りに、ビニールや瓶などのゴミが出てきた。

除染を行った業者は、「除染前から埋まっていた」と主張。

しかし、地権者は重機も使えず、「埋めてないし、『埋めてくれ』とも言っていない」と話す。

「掘り返して確認してほしい」と、地権者は、市や警察に訴えたが、対応はなかった。

そこで、地権者の要請を受け、我々が、再び掘り返したところ、ビニールやプラスチックだけでなく、
トタン板やタイヤまで出てきた。

なぜ、こんなことが起こったのか。

業者を直撃すると、驚くべき実態が明らかになった。

スタジオ:
続きまして、自宅の庭から…。


■除染済みの庭から、大量のゴミ出現

自転車出てきました!


去年11月、除染時に、ゴミを庭に埋めたという、複数の、元除染作業員の内部告発を受けて、取材を開始した。


掘り返してみると、告発通りに、ゴミが出てきた。


除染は、地権者が避難をしている時に行われたのだが…。

元除染作業員:
除染の仕事しながら、集めたゴミの類いがあるでしょう。
そういうゴミの類いを、20人ぐらいで、片っ端から順番に入れていきましたから




これに対し、掘り出されたゴミを見た業者は、


除染業者:
これ(除染の)前から埋まってたんでしょ。


市や警察も、ゴミは昔から埋まっていたものではないかと、現場はそのまま放置された。


しかし、地権者は、重機も使えない。



地権者:
埋めてないですし、埋めてくれとも言ってないですし。



実は、去年の掘り起こしの後、我々は、元作業員から、重大な証言を得ていた。

元作業員:
ビニールの類いとかあるでしょう。
そういうのはその、一番最後に捨てたようなゴミです。


もっと深く掘れば、今言ったように、木材とかビンとか、あの割れたビンの破片とか


あと今言った自転車とか、そういうの出てきますよ。



本当に、自転車まで埋められているのか。
我々は、再び掘り返すことにした。


掘り始めると、ビニール袋やビン、布などのゴミが、土の中から出てきた。

そして…、

作業員:
なんかあるね。

今度は、トタン板やタイヤが出てきた。




いずれも、除染作業前には、地権者の敷地内に置かれていたものだ。

そして、証言通り、自転車も出てきた


さらに、ボーリング調査をすると、
穴に隣接した場所の土は、離れた場所に比べ、密度や構成も違うことなどから、埋め戻されたものであり、元々の土壌と違うことが判明した。


地権者:
(市は)私が埋めたっていう感じのことを言っていたので、私は埋めていないと。


ふざけるなって、ものすごく憤りは感じます。



私たちは、除染業者を訪ねた。
すると、驚くべき実態が、明らかになった。


元請けの除染業者:
一回も、除染の現場なんか行ったことねえから


岩路ディレクター:
管理責任とか、そういうのはないんですか?


元請けの除染業者:
俺はわかんねっての。


下請けに任せている、というので、下請け業者を訪ねた。


一次下請け除染業者:
現場には、一度も行ったことがないので、わからない。



一次下請け業者は、さらに下請けに任せていた。
その業者を訪ねた。


二次下請け業者:
うちの下請けがやったのなら、責任はあると思うが、現場はやっていないのでわからない



さらにその下請けがあった。



岩路ディレクター:
あの、除染のことについてお伺いしたいんですが。


三次下請け業者:
ちょっと、そういったお話は、現時点ではできないんで…。


岩路ディレクター:
それは、どういった理由からなんでしょうか?


三次下請け業者:
…。


田村市では、除染は、一次下請けまでと決められている。


しかしこの現場は、三次下請けが請け負っていた


さらに、元請け業者は、全く管理していないというのが実態だった。



掘り返した状況を確認してもらうため、市の担当者を呼んだ。


市の担当者:
市の方としては、具体的な対応というのは、まず警察の結果を見さしていただいてから、


掘られた経過を見てないわけですからね、我々もね。



内部告発した元作業員によれば、埋めたのはごく単純な理由からだという。


元除染作業員:
必ず写真撮影するから、こういうところはきちんときれいにしておいてくれ、とか、


きれいにしなければいけないということで、見た目を。



除染作業の最後には、現場の写真を撮影して、報告書を作る必要がある。
現場がきれいになったと見せるために、敷地にあったタイヤやトタン板を、わざわざ埋めたというのだ。



元除染作業員:
放射性線量がどうのこうのとか、土壌汚染がどうのこうのとか、考えてませんよ。


手っ取り早く仕事を終らせよう、この現場を終らせよう、まずそれが本音ですよ。



大量のゴミが掘り出されてから4ヵ月。
ゴミは今も、庭に放置されたままだ。



スタジオ

恵村順一郎・朝日新聞論説委員
(大阪社会部を経て、政治部、AERA編集部。自民・民主・外務省などを担当)
除染にかかる費用というのは、総額で5兆円以上かかると言われているわけですけれども、
国がまず負担して、それを東電に請求するんですね。
つまり、国民が、税金とか電気料金の形で、負担することになるわけです。
ですから、その費用は国民から回ってくる、その上にこの、責任の所在が曖昧なんですよね。
行政にあるのか、それとも東電にあるのか、というのが曖昧なわけです。
モラルが働きにくい構造になっているわけですね。
で、その上にこの、何重もの下請け構造をくぐっていく。
それで、住民の方が、普段いらっしゃらない被災地であれば、住民の方の目も届きにくいってことがありますよね。
これはやはり、除染事業の主体である市と、それから元請け業者の責任というのは、大きいと思います。
住民の方から、不正があったかもしれないという可能性が指摘されれば、
やはり、何が起こったのかをしっかり調べると。
そして、不正があれば正させるということは、当たり前だと思うんですね。
除染が正しく行われていないという指摘っていうのは、もう震災の直後から、ずっと繰り返されているわけですから、
放置するばかりでは、不正の再発は防げませんし、住民の方の不安も解消されないと、いうふうに思います。

アナウンサー:
しかも、住民の方が処理しようとしても、捨てられていた廃棄物が、産業廃棄物か除染廃棄物かもわからないから、処理できない。
市や警察に再三お願いしても、なかなか進まないという現状ですから、これじゃ不安は解消できないですよね。

恵村氏:
やる気さえあれば、できると思うんですね。
テレビ朝日の取材でも、これだけのことが分かっているわけですからね。

↑以上、文字起こし終わり

岩路ディレクター、ほんまにありがとうございました!
この不正投棄の現場検証の際には、福島県警本部から来た責任者らしい捜査員に尋ねようとマイクを向けたら、
急に肘鉄食らわされて、ぬかるんだ土の上に倒れて、着てはったレインコートがドロドロになって、かなりの怪我を負わされたんでしたね。

いっぱいいっぱい大変な思いしてはったんやと思います。

岩路さんが精一杯取材してくださったことを、しっかり受け取って、自分の頭でよう考えて、自分にできることを見つけて行動したいと思てます。
ありがとう岩路さん!
ほんまにありがとう!

「えっ!?9月10日に川内原発の審査書確定!?」いくらなんでもひどすぎる!!怒濤の『緊急署名』

2014年09月04日 | 日本とわたし


『原子力規制を監視する市民の会』より、緊急署名のお知らせです。

えっ!?
9月10日に川内原発の審査書確定!?
【緊急署名】 川内原発の『形だけ審査書』に反対


原子力規制委員会が、川内原発の審査書を、9月10日にも承認することが報じられています
多くの市民や専門家が、審査のプロセスや内容に疑問の声をあげているさなか、それらはすっかり無視されてしまっています。

いくらなんでもひどすぎる! 
私たちのパブコメはどこに行ったのでしょう?
火山だって怒っている!



ということで、緊急署名を始めました!
一次締め切りは9月9日21時です。翌日(9/10)に原子力規制委員会に提出します。

フォームから
https://pro.form-mailer.jp/fms/3427922964531

Change.orgから
http://goo.gl/BMZ8Om

紙の署名用紙はこちら
https://dl.dropboxusercontent.com/u/23151586/sendai.pdf

【関連情報】
9月10日は、朝9:30から六本木ファーストビル前にて、抗議行動を行います。
また、その後、傍聴&集会を予定しています。

9:30~10:30…抗議アピール@規制庁前
10:30~12:00…傍聴
(傍聴終了後、建物の前で抗議)
13:00~15:00…参議院議員会館で抗議集会(詳細はまたご連絡します)


以下署名の文言です。
-----------------------------------------------------
原子力規制委員会 委員長 田中俊一様 原子力規制委員会 委員各位
内閣総理大臣 安倍晋三様
鹿児島県知事 伊藤祐一郎様 
鹿児島県議会議長 池畑憲一様 鹿児島県議会議員各位
薩摩川内市長 岩切秀雄様
薩摩川内市議会議長 瀬尾 和敬様 市議会議員各位

【緊急署名】
川内原発の「形だけ審査書」に反対します
川内原発の安全は保障されていません
再稼働に同意しないでください


再稼働準備が着々と進む、九州電力川内原発(鹿児島県)について、原子力規制委員会が、川内原発の審査書を9月10日にも承認することが報じられています。

しかし、川内原発の審査書案は、
基準地震動に過小評価がある
重大事故時に、汚染水による放射能拡散を防ぐ対策がない
重大事故の解析について、クロスチェック解析が実施されておらず、信頼性がない
など、欠陥だらけであり、多くの市民や専門家が、疑義を唱えています。
工事認可書や、保安規定の審査を、後回しにしていることや、
避難計画の実効性についての審査が、行われていないことも問題です。

また、審査書案は、パブリック・コメントに付され、
8月15日の締め切りまでに、約1万7千件の意見が集まりましたが、これについては、公開の場で、きちんとした検討がされていません

とりわけ問題なのは、火山審査です。
川内原発の火山影響評価の際、
「運用期間中に、カルデラ噴火の生じる可能性が小さく、巨大噴火の前兆現象をとらえることができる」根拠として、唯一示されたのが、
サントリーニ火山のミノア噴火に関する論文でした(注)。
しかし、8月25日に開催された、専門家会合第一回において、
「カルデラ一般について、適用できるものではない」という重大な指摘がありました。
火山ガイドが要求する、前兆現象の判断基準も示されておらず、核燃料搬出の方策もありません
(注)Druitt,T.H. et al. (2012) Decadal to monthly timescales of magma transfer and reservoir growth at a caldera volcano. Nature, 482, 77-82.

審査の前提が崩れたのです。

原子力規制委員会は、このような状況で、多くの指摘を無視したまま、川内原発の審査書を承認するのでしょうか? 
そうだとすれば、「審査」は単なるアリバイ作りであり、原子力規制委員会が存在している意味は、まったくなくなるでしょう。

私たちは、原子力規制委員会に対して、審査書の白紙撤回を求めます

また、関係各位に対して、このように多くの疑義が呈されている中、
川内原発の安全は保障されていないことを指摘するとともに、
再稼働に同意しないこと、
民意を反映するために、公聴会や住民投票、住民アンケートなどを実施することを、要請します。


呼びかけ:
原子力規制を監視する市民の会/反原発・かごしまネット/川内原発建設反対連絡協議会/福島老朽原発を考える会/美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会(美浜の会)/玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会/グリーン・アクション/FoE Japan

問合先:
満田(FoE Japan)090-6142-1807

一次締め切り:
2014年9月9日 21時

署名送付先:
〒162-0822 東京都新宿区下宮比町3-12明成ビル302
FAX 03-5225-7214

原子力規制を監視する市民の会 
TEL 03-5225-7213

棄民

2014年09月03日 | 日本とわたし
加賀谷 雅道さんという方が、8月31日に掲載してくださった記事を紹介させていただきます。
記事中の動画は、こちらに転載できませんので、元記事の方でご覧ください。
↓↓↓
http://www.autoradiograph.org/info/郡山市では除染土が庭に置かれる/

↓以下、転載はじめ

郡山市では除染土が庭に置かれる

ニュースで流れる放射能に関するニュースは、毎日欠かさず追っていますが、
郡山市で、住宅の除染後に出る汚染土を、その方のご自宅の庭に埋めたりコンクリートに詰めて置かれていることを、まったく知りませんでした。
こんなに目に見える形で、放射性物質のすぐ近くに住むことが当たり前になっている現実は、
私のような素人よりも、放射性物質を扱ってきた研究者の方が、驚きを持って見ているのだと思います。

「(男性)上の黒い袋は、この中に山砂が入ってるんですよ。
その山砂の方が(コンクリートより放射線の)シール性がいいのね。
コンクリートの方が良さそうに感じるんだけど違うんだね」

上の映像を見ると、風が強いのがわかると思います。
今までずっと聞いてみたかったことを、郡山市の方に、恐る恐る聞いてみました。

「こんな風の強い日に、どうして福島の人は、マスクしないんですかね?」

「2011年3月に、私たちはもうたくさん放射能を吸っちゃってるからね。諦め半分ですよ


帰りに寄った銭湯の駐車場には、汚染土を詰めた、同じコンクリート柱が並んでいました(2014年7月)。


(加賀谷 雅道)

↑以上、転載おわり


以前、ツィッターで、こんな画像を見つけました。














除染という言葉でごまかした移染。
放射性物質は移動しただけで、何年もまた置かれている間に、その場所が汚染されていきます。
そして、もともとそんなものを入れるつもりで作られたのではなかった袋は、どんどんと劣化し、穴が空き、そこに雑草が生えてくるという、
まるでブラックジョークのような世界が、汚染地域のあちこちで見受けられます。

もうたくさん放射能を吸っちゃってるからね。
諦め半分ですよ。

黒いゴミ袋のピラミッドと、この男性の言葉が、日本の抱えた現状を如実に表していると思います。

国がお金をどこに使うのか、どういうことを主としているのか、今の日本という国の非情さ異常さに、市民が気づいて立ち上がらない限り、これからもずっと続いていってしまうと思います。

今、辺野古で起きていること…それは日本の縮図であると、まだ認められないですか?

2014年09月03日 | 日本とわたし


ユーチューブに動画があることを知らないまま、別の動画から画像を切り取りましたので、写真が少し見にくいです。
文字起こしと一緒に掲載させていただきます。

↓以下、文字起こしはじめ



ボーリング調査が着々と進んでいる辺野古ですが、市民らの抗議行動を、警察や海上保安庁が厳戒態勢で現場では阻止し、取材活動にも制限を加えるなど、異常な事態となっています。
今、辺野古の現場で何が起こっているんでしょうか。

キャンプシュワブ・ゲート前(先月)
警察:
道路交通法違反になってます!


警察官を押さないで下さい!
警察官に暴行すると、公務執行妨害になります。


工事用車両の通行を阻もうとする市民らを、排除する警察。
根強い反対をよそに、名護市辺野古で着々と進められる、普天間基地移設に向けた工事。
キャンプシュワブのゲート前では、警察が、逮捕もちらつかせながら、抗議する市民らをカメラで撮影するという、異様な光景が続いています。



異様な光景は“海”でも

大嵩匠カメラマン:
辺野古の沖には、海上保安庁の巡視船がズラッと並んでいます。


そして、沿岸部に見える黒い船はすべて、海上保安庁のゴムボートです。

海上にひしめく黒いボートや巡視船。
海上保安庁も、大量の人員と船を投入し、威圧感を強めています。



市民:
法的根拠を示してください!


海上保安庁:
抵抗するな!

『安全確保』を理由に、カヌーやゴムボートで抗議していた人たちを、次々と拘束。
警察と同様、抗議の動きに次々とカメラを向け、顔などを撮影しています。



一時拘束された人:
僕が拘束された時に、いったい何の法的根拠があって、何に基づいてそんなやってんだと、
そういうことについては、一切答えなかった


とにかく、ボーリング調査を邪魔させないと。
基地建設を進めると。


こういう、やっぱ政府の意思ってのを、ほんとにひしひしと感じましたね。


圧倒的な陣容で、執拗に続けられる警備


専門家はこう指摘します。

池宮城紀夫弁護士:
現に犯罪が行われている状況の中での犯行(反抗)であれば、それは拘束をして、強制的に連れて行く、ということは認められてます。
今回の場合はそうじゃないでしょ。
海上保安庁法に、異常にですよ、逸脱した職権乱用行為だと言えますね。



異様な状況の背景には、10年前、反対する人たちの妨害で、ボーリング調査が中止に追い込まれた、という経緯があります。


万全の体制で、着実に作業を進めようという、“政府の意思”がにじみます。



取材活動に対しても…、
カメラの前に立ちふさがる海上保安庁職員。



記者:
また我々にカメラを向けています。
先ほども撮影していましたが、引き返してきて、また我々の撮影を始めました。


いったいどういう理由があって我々を撮っているのかが、よく分かりません。

海保職員:
少し離れて航行して下さい。
分かりました?船長さん。

船長:
分かった、離れる。

記者:
もうここって、(立ち入り)制限水域入ってます?
もう水域入ってます?

海保職員:
これくらい以上は危ないんで、今より離れてください。


取材の船を、海上保安庁のボートが監視し、


作業海域から1キロ以上離れた制限水域の外にいても、離れるよう強い口調で繰り返します。



また、取材陣が乗る船の船長に対し、『立入検査指導事項確認表』という、書類への署名を要求。


海保職員:
あの、すみませんけども、今公務中ですので。

メディア:
我々も業務中です。
強制力を持って聴取しているのか、それとも任意なのかって聞いてんです。


海保職員:
相手すんな、あんなの!



署名を拒否した船長:
どういう根拠があるのか、そういうことが一切示されてないので、署名できないと。


(メディアを乗せる)漁民に対して、かなり脅し的な、サインしないと大変だぞ、みたいな形で(署名)させられた、ということですけど。



こうした、海上保安庁の一連の対応について、RBCが文書で質問したところ、海上保安庁は口頭で、次のように回答しました。




Q. 市民を一時拘束した理由は?

海上保安庁:
個別具体的な対応については、回答を差し控えさせて頂く。



Q. 報道陣を撮影している理由は?

海上保安庁:
報道陣など、特定のものを撮影しているものではなく、現場海域の状況を記録している。


池宮城紀夫弁護士:
憲法で保障された、国民の知る権利を侵害しているわけですね。


(取材陣を撮影し続けることは)
“撮ってるよ”ということ自体が、報道に対する威圧ですよね。


そういう意味でもだから、報道の取材に対する侵害行為だということで、やはり強く抗議すべきことでしょうね。


『安全確保』を理由に、圧倒的な物量で抗議の声を封じ、現状を伝える取材活動をも遠ざけようという動き。




多くの反対の声に耳を塞ぎ、工事を強行する。


政府の姿勢を象徴する光景が、そこにあります。




スタジオ:
今までこう、現場の撮影っていうのは、警察などこれまでにもあったんですけど、
報道陣にカメラを向けてるっていうのは、ほんとよくわからないですね。

↑以上、文字起こしおわり


上のビデオの中にもあったように、カヌーに乗って抗議行動をされていた、名護市在住の岩田克彦さんという32才の男性が、
辺野古崎の海上で、海上保安官3人に羽交い締めにされ、ゴムボートに引き上げられた際に、
船の床に後頭部を打ち付ける、などの暴行を受け、全治およそ10日間に及ぶ、頸椎捻挫の怪我をしたとして、
特別公務員暴行陵虐傷害の容疑で、海上保安官3人を、那覇地方検察庁名護支部に29日、告訴しました。

そのニュースは、こちら↓
抗議で怪我した男性が、海上保安官を告訴
琉球朝日放送 ニュースQプラス
https://www.qab.co.jp/news/2014082957695.html


もうこんなバカバカしい争いは、やめにしませんか。
どちらの側の人も、あの辺野古の海が壊されていくのを、本当はいやだと思っているのではありませんか。
いったいどこの誰のために、こんなことをして、歪み合っているのでしょう。
市民であること。
虐げられ、甚振られ、ともに大変な思いをして暮らしている市民であること。
このことを思い出して、よく考えて、市民の手と手をつなぎ、支え合いませんか。

地元市議会に、しっかりと仕事をしてもらおう!だから市民も、しっかりと意見を伝え見張ろう!

2014年09月02日 | 日本とわたし
『Finance GreenWatch』(日本で唯一の『環境金融』の内外情報サイト)より

↓以下、転載はじめ

再稼働断念の米サンオノフレ原発の廃炉コスト 米原発で過去最高の44億ドルに 
三菱重工との訴訟問題にも影響(FGW)

8.4.2014
http://financegreenwatch.org/jp/?p=45819


San Onofre nuclear generating station, as seen from the beach. The plant was closed down in 2012, after tubes carry radioactive water were found to be severely damaged.

米各紙の報道によると、昨年6月、三菱重工製の蒸気発生器配管トラブルで廃炉を決定した、
米サウス・カリフォルニア・エジソン社の、サンオノフレ原子力発電所の廃炉コストが、
当初見込みを大幅に上回る、44億㌦(約4400億円)にのぼることがわかった。

同原発のトラブルは、一昨年1月、2基のうち1基(3号機)の、三菱重工業製の蒸気発生器の配管が損耗し、水漏れが発生した。
放射能汚染水漏れも生じた。
また、2号機の配管にも破損が見られたため、両機とも運転停止となってきた。
今回の廃炉費用の推計は、カリフォルニア州の California Public Utilities Commission (CPUC)が、調査結果としてまとめた。
現在、エジソン社と三菱重工との間では、損害賠償紛争が生じており、三菱側への請求額が、増大する可能性も出てきた。

サンオノフレ原発での事故発生後、米原子力規制委員会(NRC)は、再稼働を巡って、関係者との会合や地域での公聴会等を開いた
当初、エジソン社は、2基のうち1基の不具合を直して、70%の出力で再稼働したい、という提案をした。
これに対して、環境保護団体などが、認可修正プロセスの厳格化を、NRCに求めた

審査プロセスを経て出たNRCの決議案は、住民の意向を尊重した内容だった。
エジソン社は、NRCと争う道をとらず、
「問題が長期化すると、顧客や投資家などに不利益を与える」として、廃炉を決定した。
日本の原子力規制委員会が決定した、川内原発の再稼働審査とは、プロセスの開放性で隔たりがあるほか、
事業者(電力会社)の意識も、顧客、投資家への配慮を最優先する視点が、異なっている


エジソン社が再稼働を断念した理由の一つには、
サンオノフレ原発の場合、廃炉費用として27億ドル(約2600億円)が、すでに廃炉信託基金に積み上げられていたことも、影響したとみられる。
廃炉に伴う追加負担懸念が少ない、との判断だ。
しかし今回、廃炉費用が、信託基金を大幅に上回る見通しとなったことで、同社の経営に与える長期的な影響も、無視できなくなったといえる。

CPUCの調査レポートは、他の同型原発では事故が起きていないのに、
サンオノフレの場合は、原子炉と蒸気発生器が別々の製造メーカーのもので、その接合の不具合が原因となった可能性を、指摘しているという。
蒸気発生器を納入した三菱側は、
契約上の損害賠償の責任上限は、約1億3,700万ドルであり、それ以上の間接損害の責任は、排除されている」と反論している。

エジソンが、再稼働を断念した審査プロセスで、日本との決定的な違いは、
住民団体の対応だけでなく、地元市議会の動きも大きかった
地元の市議会は、再稼働審査のプロセスに、公聴会開催などの、しかるべき認可修正プロセスを義務付ける決議を採択した
市議会が、自ら状況を調査し、電力会社とNRCとの議論に加わることで、有権者に配慮するという任務を果たした、と評価されている。

エジソン社は、廃炉作業を2016年から開始し、主要な原子炉の建物は、2022年までに撤去する予定という。
ただ、使用済燃料については、政府の恒久的最終処分場が用意されるまで、現在のサイトで保管される。
同社は、廃炉費用は十分にある、と強調している。

http://www.ibtimes.co.uk/san-onofre-nuclear-power-plant-cost-4-bn-dismantle-1459562

米国『夏の最終日のけだるさ』事情

2014年09月02日 | 米国○○事情
暑っ!!夏の間ずっとずっと涼し過ぎたので、すっかり油断してしまっていて、この暑さと湿気にかなり参っております。
というか、休み疲れ?た体に、この天候の変化が追い討ちをかけている…。
まったくもって、贅沢なことを言ってるとは思うのですが…。

さて、昨日は続々と、家族やお客さまが、家に戻ってきました。

まず、シカゴに遊びに行っていたまなっちゃんが、そしてフィラデルフィアにゲームトーナメントに参加するために行っていた次男が、
そしてそして、マンハッタンで友だちと、徹夜でおしゃべりしながら過ごしていたなおちゃんが戻り、これで勢揃い。

朝からずっと、どうもシャキッとしない旦那とわたしが、家野菜でてきと~に夕飯を作っていると、
シャワーから上がってきたなおちゃんが、「おやすみなさ~い」と言って、そのまま3階に上がろうとするので、
「え?ちょっとちょっと、どうするつもり?」と尋ねると、
「昨日は全く寝てないので、これから寝ようと思って」と、あっけらかんと言うので、
「それは危な過ぎる!今から寝たら、時差ボケが重症になる。ここは踏ん張って、せめて9時まで起きてなさい!」
…ということで、一緒に、ほぼ無理矢理に、夕飯を食べることにしました。



うちの巨大トマト第一号に、バジルとおろしにんにく、塩コショウとオリーブオイルをぶっかけたもの、
昨日、農家さんからいただいたビーツに、旦那が作ったニンニク&ヨーグルトソースをぶっかけたもの、
ほんでもって納豆!

蚊帳の中で、おいしくいただきました。

食事が終わると、ちょっと目が覚めてきたなおちゃん。
「ピアノ、弾いてもいいですか?」と、嬉しいことを言ってくれました。
もっちろん♪

ところがところが、この急な暑さと湿気にピアノも参っていて、上がってこないキーが…嗚呼…。
でも、すばらしいピアニストは、どんなピアノでも弾き熟します。
心地良いバッハの平均律を聞きながら、わたしは玄関ポーチで一休み。





ああ極楽極楽。


さあ、明日から新学期。
働くぞ~!!

中村哲氏を見習い『技術とモラルで信頼される災害救助を国家的に行う』これぞ究極の安全保障!←守田氏

2014年09月01日 | 日本とわたし
守田敏也さんが書かれている『明日に向けて』は、よく読ませていただいているブログです。
ここでも何度も取り上げてきた中村哲氏の講演会が、先日の8月31日に京都大学で行われ、その講演会の主催者としての守田さんの感想をまとめてくださいました。

わたしも、これまでに何度か、
自衛隊を災害救助隊に編成し直し、武器を放棄し、国際的に活動できる組織にすること、
それこそが、日本の自衛の最たるものだ、という考えを書いてきました。

その考え方が突拍子もないことではないと、守田さんの感想を読ませていただいて、再確認することができました。
ここに転載させていただきます。

↓以下、転載はじめ

気候変動に人類は立ち向かうべき!戦争をやっている時ではない!自衛隊を災害救助隊に!
2014年09月01日

守田です。

8月31日、京都大学にペシャワール会の中村哲さんをお招きし、講演会を行いました。
準備段階で、会場の選定からいろいろと迷いがありましたが、最終的に選んだ京都大学法経第4教室の、キャパシティぎりぎりいっぱいの約550名が、参加してくださいました。
肝心の中村さんの講演も、いつもにも増して素晴らしく、大成功のうちに講演会を終えることができました。

この「明日に向けて」での紹介からも、たくさんの方が参加してくださり、会場で次々と声をかけていただきました。
ありがたいことです。
カンパもたくさん集まり、ペシャワール会にお送りすることができます。
本も、会場に用意したものの9割が売れました。
ご参加いただいたすべてのみなさん、お力を貸していただいたすべての方々に、お礼を申し上げます。


さて、肝心の講演内容の中から、僕が一番強く感じたことを、述べておきたいと思います。

中村さんは、講演のつど、アフガニスタンとはどのような国か、そこにどのように関わり始めたのかを語られます。
そのすべてをここに紹介できませんが、今回、あらためて強く感じたのは、
現在のさまざまな矛盾や混乱の多くが、20世紀末頃から始まり、ユーラシア大陸に猛威をもたらしている干ばつによるものだ、ということです。

アフガニスタンの国土には、ヒンズークシ山脈が、広大に広がっています。
冬には、たくさんの雪が降って、真っ白になる。
それが、春になると雪解け水を供給し、夏にも雪渓を形成して、大地に水を供給し続けてきたのです。
この豊富な水があってこそ、アフガンの大地が潤い、作物が実ってきたのでした。
それは、アフガニスタンだけのことではありません。
アジアの多くの国々が、ユーラシア大陸中央部の山々に降る、雪の恩恵を受けてきたのです。
ところが、そんなユーラシア大陸を、ものすごい気候変動が襲い続けています
それを「温暖化」と呼ぶべきかどうか、さまざまな異論がありますが、ともあれ、膨大な地域で渇水が続いているのは事実です。

水がないとどうなるのか
当然ですが、あらゆる生命体が危機に瀕します
そのため、人間にとっては飲み水だけでなく、食料全般が減ってしまうことになる。
飢餓が襲ってきます

20世紀末、アジアの多くの地域で、この大規模な干ばつが始まりだしました
中でも、世界で最も貧しい国でもあるアフガニスタンに、壊滅的な被害が出始めました
中村さんはこのとき、世界の救出を待ち望んだそうです。
しかし、答はまったく逆でした。
アメリカで起こった911事件を引き金に、当時のタリバン政権が、オサマ・ビンラディンをかくまっているとして、絶望的な空襲が開始されたのでした。

僕が、この911事件の後に参加した、ピースウォーク京都と中村哲さんとの出会いも、この頃のことでした。
絶望的な渇水に襲われているアフガニスタンに、米軍が猛烈に攻め込んで行った時に、心が散り散りになるような痛みを感じながら、何ができるかを模索していました。
その時、ペシャワール会が、「2000円あれば、アフガンの10人の家族が冬を越せる」と、訴えていることを知りました。
それならば、カンパを集めるために、中村哲さん講演会をやろう!
そんな呼びかけが、911事件に対して、9月30日に「とにかく平和を訴えて歩こう」と始まった、ピースウォーク京都からなされているのを知り、
講演会実行委に参加し、そのままピースウォーク京都に加わりました。

この暮れの講演会は、京都ノートルダム女子大学のシスター(当時)小久保さんが、会場をお借りするための労をとってくださり、
キャパの大きな同大学ユニソン会館をお借りして、2000人参加、カンパ200万円を集めることができました
単純計算すれば、1000家族を養えるお金を、ペシャワールに送れたことになります。
全国で、同様のカンパが集まり、それらはやがて、小麦とオイルに姿を変え、アメリカの空襲の中、決死隊によって、アフガンの人々に届けられました
万が一、空襲で輸送隊がやられてしまったときのことを考え、3隊に分けての、命をつなぐ物資の輸送でしたが、
輸送隊は危険地帯を突破し、すべてをアフガンの人々に届けることができました


その後、中村さんとペシャワール会は、井戸掘りと用水路建設を続けて行きます。
渇水で水がないことが、すべての悲劇の根拠であるならば、水をもたらそうとの行動です。
この行為に連帯するため、私たちも、アフガン戦争やイラク戦争に反対する、ピースウォークを続ける一方で、
毎年、中村哲さんを京都にお招きし、その時々の状況を聞き、その都度、カンパを募って送ってきました。
ペシャワール会に参加しているワーカーの方たちとも交流し、山科在住のペシャワール会農業指導員高橋修さんからも、たくさんのことを学び、
さまざまな形でペシャワール会を支えながら、アフガンの平和の創造に、微力でもなにがしかの協力ができてきたと思います。

今回の中村哲さんの講演でも、かつて広大な砂漠だった地域が、みんなで作った用水路のおかげで、次々と緑の大地に変わっていくたくさんの写真を見せていただき、
中村さんとペシャワール会が実現している平和の創造に、胸を打たれました。
またそこに、なにがしかの関わりをもててきたことに、喜びを感じました。
こうした活動こそが、争いの元をなくし、平和を創造するものであること
平和は、軍事によって守られるのではなく、争いの元を無くす中でこそ作られることが、再度、確信できました。
その意味で、中村さんの講演は、とても感動的でした。


しかし一方で、今回強く胸に残ったのは、中村さんが繰り返し、
アフガニスタン全体は、前より一層状況が悪くなっている。
こんなにひどい状態は、かつてみたことがない
」と、語られ続けたことです。
なぜか。
渇水対策として井戸を掘り、用水を作るような活動は、アフガン全体としてはごくわずかで、
全体としては、干ばつが放置されており、2001年のアメリカの軍事侵攻以来の、混乱ばかりが拡大しているからです。
実際、この10年間の、アメリカを中心とした西洋列強のアフガンへの軍事介入は、混乱以外の何ももたらしませんでした
軍閥が割拠して、治安は乱れきるばかりであり、その中で結局、外国軍は、どんどん撤退を余儀なくされています

こうした中で、カーブルなどでは、いわゆる自爆攻撃も、かつてない規模で行われているのだそうですが、あまり報道もされていない
そうして、深い谷で各地が隔てられ、中央集権制などまったく機能していないこの国の「首都」、カーブルで行われる政変だけが、世界に報道されていますが、
最も肝心な干ばつのことは、何も伝えられていないのです。
そうして、現実的には、アフガニスタン全体は混乱を深めている
考えてみれば当然のことです。
干ばつ対策がなされていない上に、アメリカが軍事介入で、国の内側をめちゃめちゃにしてしまったからです。

実はこれは、世界の縮図ではないでしょうか。
中央アジアを、20世紀末から、大規模な気候変動が襲い、大干ばつが続いているのに、
アメリカを中心とした西洋世界は、アフガン戦争、イラク戦争と、軍事侵攻ばかりを続けてきました

争いの元である、生活基盤の崩壊には目を向けず、戦乱ばかりを拡大してきたのです。
それで平和が作りだされるはずがあるわけがない。
むしろ、憎しみが憎しみを呼び、あらたな争いが拡大するだけです。
今、イラクで、シリアで、あるいはウクライナで拡大している争いにも、根本的には同じことが言えるのではないでしょうか。
その中で、エキセントリックな主張を掲げるグループが、台頭しているのではないでしょうか。

この点でも中村さんが、極めて印象的なことを述べていました。

「私が見るところ、過激な思想は、都会から生み出されます
アフガンの田舎は、都会よりも保守的ですが、そのようなところからは、過激な思想は全く出てこない

これは、非常に重要な点に、僕は思えます。
例えば今、イラクでは、「イスラム国」というグループが台頭し、アメリカが空襲をはじめています。
ドイツも、これまでの紛争未介入という政策を大転換して、イラクの「イスラム国」と闘っているクルド人部隊に、武器供与をすると言い出しています。

僕は、「イスラム国」がどういう人々か分からないけれども、しかしこれも、「都会」の「インテリ」によって作られたグループではないでしょうか。

では、都会とはどういうところか。
イスラム教の国であろうとも、西洋文化が流入してきて、西洋的価値観が混在しているところです。
むしろそういうところでこそ、「過激派」が生まれているのではないか。
その意味では、あたかも宗教対立かのように報道されている多くの争い、「過激派」と言われる人々の台頭には
むしろアメリカが、戦争の中で作りだしてきた価値観が、強く影響しているのではないでしょうか

では、その価値観の中心にあるのは何かと言えば、要するに、強ければいいのだ、勝てばいいのだという、軍事至上主義です。
アメリカにしろイスラエルにしろ、どんなにひどい戦争犯罪を行っても、「強い」がゆえに、まったく裁かれないからでもあります。

こういう価値観を否定することこそが、世界を救う道であり、平和を創造する道です。
そのためには、平和が軍事によって守られるという価値観をこそ、越えなくてはならない
武器を捨ててこそ、真に平和が創造できることをこそ、自信を持って広めていかなくてはならない



もう一度、話をもとに戻しましょう。

今のアフガニスタンや中央アジア、いや、多くの世界にもつながっている混乱の大元には、気候変動があります。
食糧事情にこそ、気候変動による危機がある。
だとするならば、平和の創造は、干ばつに立ち向かい、食糧危機を乗り越えていくことにこそある
単純な道理です。
人類は今こそ、気候変動による大地動乱に、立ち向かわねばならないのです。
僕は遅かれ早かれ、こうした主張が、世界のあちこちから生まれてくると思いますが、
そのためには、世界中で軍事予算を削り、自然災害対策に振り向けていくべきなのです。
そうでないと、このままでは、人類は滅びます。

軍事兵器はすべて、人間を相手にしたものです。
高性能のイージス艦は、飛来するたくさんのミサイルを感知し、迎撃できるかもしれません。
しかし、そんなもの、まだ一度だって飛んできたことなどない。
ところが毎年、幾つも襲ってくる台風に対しては、イージス艦が何隻あったって、まったく太刀打ちできないわけです。
そうして年々、気候変動のもとで大型化している台風こそが、多くの人々の生命、財産を激しく奪っているわけです。
だとすれば、イージス艦への予算を台風対策にあてた方が、圧倒的に、たくさんの人々が救われるに決まっている。
そうしてそれは、生活の破壊→争いの勃発という回路をも防ぐことになり、平和に二重三重の貢献をもらたします。


渇水対策もそうです。
各国が、軍事予算を、それこそ中村哲さんとペシャワール会が行ってきたような事業に振り向けるならば、
現実的に、多くの人々を救うことができるし、争いの根拠そのものを、なくしていくことができる

こうした領域は、各国で、さまざまにあげられると思います。
日本だってそうです。
広島の土砂災害では、あっという間に、100名近い命が奪われてしまいました。
しかも、同様の災害が起こりうるところが、全国各地に広がっているのです。
これには、戦闘機があろうが戦車があろうが、何にも意味はない
そんな予算を土砂災害対策に回し、さらに激増している農業被害の補てん、被災者への救援などに、どんどん回していくことの方が現実的です。


さらに言えば、自衛隊を大規模に、災害救助隊に改編していくことこそ、もっとも有効な道です。
そのためには、人殺しの訓練を受けてきた兵士たちの、精神的リハビリと再教育が必要ですが、どう考えてもこれが最も合理的です。
なぜなら、実際にも自衛隊は、災害救助の出動だけをしているからです。
そうならば迷彩服などいらないし、かえって邪魔です。
いわんや、人殺しの訓練ではなくて、人の命を救う訓練をこそ、もっと増やす必要がある
そのためには、専用車両や機材も必要であり、軍事とはまったく切り離して、それらを充実化していく必要がある。
そこに、日本の高い技術力を、つぎ込んでいけばいい
のです。


そうして準備ができ次第、積極的に、世界に派遣を始める。
率先して日本が、気候変動にあえぐ世界の人々の、救出に乗り出すのです。
要するに、ペシャワール会が行ってきたことを、国家規模で行うのです。

そうなればどうなるか。
当然にも、日本に対する国際的な信用は、どんどん高まります。
世界のどこの人々でも、恩には恩で返す習慣がある。
そのため、世界の人々を救えば救うだけ、私たちの国に恩義を感じる人々が、増えていくことになる。
それこそが、絶対的な安全保障をもたらします。

あんないい国を攻めてはいけないだろう。恩を返さなくてはいけないだろう

どう考えたって、これほど強い安全保障はないです。
まさに、「情けは人のためならず」です!

僕は思うのです。
一度ぐらい、世界の人々から、とりわけアジアの人々から、「あなたの国は本当にいい国だね」と言われてみたいと。
そうして、そのための現実的な方策はあります。
世界で初めて、各国が本当にあえいでいる気候変動、自然災害の激発に対応して、国家的な活動を始めた国に、日本がなることです。
そこに、世界にすでに信用を得ている、日本の高い技術力をつぎ込んでいく。
そのとき日本は、技術でだけ信頼される国から、モラルで信頼される国に飛躍できます
今こそ、それにチャレンジすべきです。

中村哲さんは、その可能性をこそ、切り拓いてくださっているのではないでしょうか。
世界の人々が、本当に、幸せに向かって歩んでいける道がここにある
だから、その道を歩み始めた国は、必ず尊敬を集めることができるのです。
そうした方向に、この国を向けて行きたい
僕は、そのために努力を傾けようと思います。
そんな僕に、「そんなのは夢だよ」と言う人があらわれたら、僕は得意になってこう言おうと思います!

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will live as one


*****

毎日新聞に載った記事を紹介しておきます!

<講演会>
9条、平和国家の象徴 「参戦すれば信頼損なう」 アフガンで活動、中村医師が講演/京都

http://news.goo.ne.jp/article/mainichi_region/world/mainichi_region-20140901ddlk26040302000c.html

『一握り人の罪』沢田研二さん

2014年09月01日 | 日本とわたし


沢田研二さん、新曲で原発批判ソング!
『一握り人の罪』

(子ども達を放射能から守るネットワーク@ちば)

沢田研二さんが、新曲で、原発問題に関して歌っています。

一握り人の罪

痛烈に胸に突き刺さりました。
決して一握りの人の罪、だけとも言えない。
無関心を決め込んだ国民、安全神話を鵜呑みにしてきた人たちも、罪を問われているのかなと感じました。

だからこそ、この問題を避けてはいけない。
過ちを繰り返さないためにも。


一握り人の罪
沢田研二

東電も信じた 受け入れ側も信じた
安全神話鵜呑みに 一握り人の罪

海が命の漁師は 海が死ぬのを怖れた
村はいびつに裂かれた 一握り人の罪
嗚呼無情

いつか原発廃炉に 除染は何年先
東電は未来型エネルギーに無関心か

国もただこまぬくだけ 被災地に 僕たちに
復興延々と進まず 国は荒むよ

僕らに還して国を
原発に乞われた町
神話を流したのは誰 一握り人の罪

原発に怯える町 原発に狂った未来
繰り返すまい明日に 一握り人の罪
嗚呼無情

夏の終わりの日に夏の始まり?!

2014年09月01日 | ひとりごと
9月に入った途端に、真夏の様相を見せる東海岸。
蒸し暑いったらありません。
けれども、だからこその、野菜の元気復活です!

数日見ないだけで、こんなにおっきくなっていました。


イボイボがいっぱい。


前庭のジャンボトマトも、少し色づいてきて、


よくよく見ると、地面すれすれの所で、すっかり熟れていたトマトさんを発見!大きめのお茶碗にすっぽり入りました。


次に食させていただく予定のイチジクさん。


ほんでもって、てっぺんのイチジクさん。


裏庭のジャンボ、小松菜さん。


友人の幸雄さんが「珍しいんですよ」と教えてくれた、白一色のムクゲ。初夏に咲くはずの花なので、かなりバテている様子です。


今夜は庭の野菜を、感謝とともにいただくことにいたしましょう。

Staycation Day 3&4

2014年09月01日 | 友達とわたし
元ニューヨーカーだったウーヴェ&ケリー一家が、ニューヨーク州の上の上、ほとんどマサチューセッツ州寄りの山の上の家に引っ越してから約一年。
だぁ~い好きな友だちなので、この距離が恨めしく、なかなか逢えなくなったとため息をついていたのですが、
Staycationの最後の締めくくりとして、遊びに行こうではないかっ!ということになり、ちょっと遠出になりますが、元近所だったということで…(こじつけまくり?)。

わたしが今年の大晦日を日本で過ごしている時に、旦那はひとりでここに遊びに来ていて、「あの景色を絶対まうみは気に入る」と何度も言ってたのですが、
どの部屋からもこの見晴らしっぷり!




平屋建ての家全体が、この山並みの真正面に建っていて、しかも全部床までの窓、窓、窓。


冬はとても寒くなるのですが、太陽が上ると温室効果を発揮し、暖房無しで18℃ぐらいにまで上がるのだそうな…。
エコじゃ~!!
キッチンも広々。


ひとり息子のヨハンくん5才。スパイダーマンに変身中。


なにやら彼は一度、高くまで昇り過ぎて、ウーヴェ父さんの手も届かなくて、大変なことになったそうです。




「もうあんなことは二度と、絶対しない」と、真剣な顔をして言うヨハンくん。

我々のために、バーベキューをするウーヴェと、黒猫ロッテ。


彼女は、ケリーの大のお気に入りだった、革張りのソファをガシガシして、かなり顰蹙をかっております。


お手伝い中。




前後合わせて4.5エーカーの敷地。








丘の上から見ると、ヨハンのお気に入りのプールが見えます。


ブランコを撮っていると、


お腹プックリのヨハンが、


降りてきて、トランポリンのジャンプを見せてくれました。


これも遊び道具のひとつ。


花を摘みに出てきたケリーと一緒に、敷地内をぐるりと歩き、




戻ってくると、いい具合に焼き上がっていて、


実はこの翌日に、50才の誕生日を迎えるウーヴェの、お祝いにと買ってきたワイン。
ウーヴェは大のワイン通で、ソムリエの資格を持つ人だけに、旦那はいつもかなり思案してワインを買うのですが、
とっても気に入ってもらえたようで、ホッと胸を撫で下ろしておりました。

夕食が終わり、おしゃべりしていると、ヨハンがわたしに、
「ねえ、ボクとボードゲームして遊びたい?それともおしゃべりを続けたい?まうみの思うようにしたらいいよ」と内緒で言ってきて、
遊びましたです、もちろん彼と。

夜中に、車に置き忘れた物があり外に出ると、空一面に星、星、星!
きっとここで暮らすと、生きていること、宇宙の一部であることを、肌で感じるようになるだろうなあ。


翌日は曇り。
朝食をいただいた後、旦那はウーヴェとケリーの鍼治療をし、わたしはヨハンとビー玉遊びをしました。


お、ロッテも特別参加。


それに飽きると今度は、「飛行機の雑誌を読まない?」と誘われて…。
彼は飛行機がだぁ~い好き。
で、あ~だこ~だと写真を見ながら話しているうちに、窓の数×2が席の数だと言うと、いきなり2のかけ算をし始めたヨハン。
12×2をサラッと言った5才の彼に、「誰に教えてもらったの?」と聞くと、「自分で考えた」と言うヨハン。
実はわたしも、幼稚園の頃に、足し算や引き算では飽き足らず、結局はかけ算を全部覚えてしまっていたので(恐ろしいほど前のことですが)、
ものすごくつながっちゃいました、彼と…だはは!

紅葉が始まっている?!


「このトランポリンは、年令制限があるのかね」と旦那。「う~ん、別に大丈夫と思うけど…」とヨハン。


おいおい…。


近くに、アジアン野菜を作っている農場があるというので、行ってみました。


この無人の屋台に置いてある野菜、買いたい分だけの料金を自分で計算し、料金入れの箱に入れて帰ります。
おつりが必要な場合は、その箱から自分で勝手に取っていくという…なんとも信用が第一な、いや、信用していなくてはできない商売です。

その屋台の向こうには畑があり、作業をしている方が見えました。


声をかけると、下りてきてもいいと言ってくださったので、みんなで行ってみました。






屋台に卵が無かったのですが、諦め切れずに尋ねてみると、「う~ん…11個ならあるんだけど…」とおばさん。
「それでも全然かまいません!」とお願いすると、「じゃあ、ちょっと待ってて」と言って、おばさんがどこかに行ってしまいました。
しばらくすると、ニコニコしながらおばさんが戻ってきて、「まだあったかいよ」と言って、わたしに手を差し出しました。
見ると、おっきな卵がひとつ。
ホカホカの産みたて卵を、にわとり小屋からわざわざ取ってきてくださったのでした。
うれしい~!

次に行ったのが、メディテーションセンター。


韓国仏教の瞑想センターです。


とても興味深い建物でした。


近づいていくと、スタッフの方がやって来て、「今清掃中だけど、中を見せてあげましょう」と言って、案内してくれました。


ここには、宿泊をして、瞑想に来る人も多いのだそうな。


「わたしもここに来ようかなあ」というケリーに、「こんなとこに来なくても、自分ちのテラスに出たらできるでしょうが」と言うと、「そっか」と苦笑い。

近くには、いろんな散歩道があります。






椅子の角に強く引っ掛けて痛めた、左足の小指の治療中のケリーに合わせて、平坦な道をちょっとだけ散歩。


  



この母子はほんとに、いつ見てもすてき!


ウーヴェが見つけた瀕死の蝶々。
シュタイナー教育を受けているヨハンは、この可哀相な蝶々の名前を知っていて、いろんなことを教えてくれました。


越冬のために、とても長い距離を飛ぶことで知られているオオカバマダラ。


歩こう歩こう。




モデルが可愛過ぎて。




倒れた木からも命がニョキニョキ。


お~い、待っちくれぃ~!


小腹が空いたので、フィッシュタコスを食べに。ソフトシェルのタコスは絶品でした。


席の近くに、野生のブドウがあり、ヨハンはそれをパクパク。気に入ったようです。


で、ここにわたしは、財布からカギからお守りまで、大事な物が全部入っているポーチを置き忘れ…、

気がつかないまま、近所の、これを今食べ逃したら絶対に後悔するというアイスクリーム屋さんに行き、


ハドソン河が一望できる、通りの端っこに来て初めて、「あれ?わたしってさ、カメラだけやったっけ、持ってたの?」と思い出したのでした。




でも、なんとな~く良い予感がして、慌てて戻ろうとするみんなを止め、ものすご~く呆れ顔の旦那も無視して、しばしカメラ撮影。

河のと真ん中に灯台が。


カヌーの立ち漕ぎしてる人も。


さあ、戻ろう戻ろう!


で、ありました!お店の人がちゃんと見つけてとっておいてくれました。中身も全部残っていました。感謝!

名残惜しいけれども、そろそろお別れです。
教会を撮る旦那も一緒に。


ばいば~い!


高速にスルスルと乗れたのは良かったのですが…いきなり黒くて厚い雲が登場したと思ったら、そこから指のような筋が何本か発生して…、


突然に、ほんとに幕がいきなり空から降りてきたみたいに、ザーッと大雨が降り出したと思ったら、木の葉と石ころがグルグル巻い飛ばされてきました。
竜巻っ?!
丁度陸橋の近くに来ていたので、慌てて橋の下に停車して、そこで10分ばかり様子見をすることにしました。
その後も、何回かゲリラ雨に遭いながら、なんとか我が家に無事到着した時にはもう、旦那もわたしもヘロヘロ…。
連休最後の、そして夏の終わりを告げる『勤労感謝の日』は、もうどこにも出かけずに、普段の勤労を感謝しつつ、ゆっくりすることにします。