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ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

子どもを心身ともに傷つけて平然としていられる、鈴木眞一という男

2013年02月14日 | 日本とわたし
きーこさんが文字起こしをしてくださった、『ペイフォワード環境情報教室』のビデオを紹介させていただきます。

「東北関東の子どもたちにも甲状腺エコー検査・心電図・血液検査が必要」2/13川根眞也先生(内容書き出し)


2013年2月13日

<本日のテーマ>
第3回福島県県民健康管理調査の結果、
昨年の8月の1名に続き、新たに2名の甲状腺ガ­ンとの診断、さらに7名が疑いがあるという。
その他、埼玉・茨城での、白血球・好中球の­検査結果、ならびに心電図のQT延長症候群について。



Sawada:
今日2月13日になりますが、
福島の甲状腺の診察をしています県民健康管理調査の検討委員会というのがですね、福島市内で開かれまして、
昨年9月に判明の一名と合わせて、18歳以下の二人が新たに甲状腺がんと確定した、という報告がされています。
その他、疑いがある方達が7名、という事になっていまして、
福島県立医大の鈴木眞一教授によると、こちらは、
「チャルノブイリの知見からすると、期間が最短で4~5年で出る筈だから、早すぎる」という事で、
今回、「原発の影響はない」というようなところで、否定されているというようなお話があるんですが、
今回、川根先生がいろいろと活動されている中で、福島もそうですし、関東ですね、先生が活動されている中で気になっている点はありますか?

川根:
まず、今お話になった、福島の健康管理調査の小児甲状腺がんの影響に、すこしふれたいんですけれども、
鈴木教授がですね、「チェルノブイリの知見から、4~5年後ぐらいに甲状腺がんが発症してきた」
というような事を言っていますが、あれはデマですね。
チェルノブイリで4~5年というのは、ピークが4~5年という事です。
もう、チェルノブイリ事故の翌年から、子どもの甲状腺がんというのは発症しております。
「4~5年後にピークがきた」ということであって、それ以前にも、甲状腺がんの発症例というのはどんどん増えています。
そのピークがそこに来たという事で、今回、3人の子どもが、新たに甲状腺がんと診断されたという事が、
今回の原発事故とは関係ないというのは、全くのデタラメだ、と僕は思っています。


そして、昨年12月に報道されましたけれども、
実は、茨城県の取手の子どもたち、小学校中学校の心臓検診の結果で、
QT延長症候群と呼ばれる子どもたちが急増している、という事が報道されています。

Sawada:
QTというのは、英語でQTと書くんですね?

川根:
はい、そうですね。
これは、心電図の検査をして初めてわかる事なんですけれども、
心臓の心電図を取ると、ピクーン、ピクーンと波形が出来ますよね。
その始まりから終わりまでをQTと言うそうなんですけれども、
この部分が同じリズムではなく、時々ですね、延びてしまう。
という事で、QT延長症候群と呼ばれているということなんですね。

で、このQT延長症候群が起きますと、
子どもたちによってはですね、立ちくらみ、目の前が真っ暗になったり、動悸がしたり、ひどい汗、気分が悪くなったり、
重症な時は意識を失う
ということもあります。
突然倒れて意識を失う時もあるので、てんかんと間違えたりもするんですね。

そうした子どもたちがですね、取手市の中で、
2008年の時はですね、小学校、中学校では大体1800人ぐらい毎年受診をしているんですけれども、
その中でQT延長症候群というのはだいたい一人ぐらい。
2009年も一人ぐらい。2010年も一人ぐらいだったんですが、
2011年、だいたいこの心臓検診っていうのは、小学校1年生と、中学校1年生4月に行われるものなんですが、
毎年行っている検査の対象の子どもたちが変わります。
今年小1、今年中1だった子どもたちが、4月に検査を受けたということですので、毎年4月に受ける子どもたちの対象は変わるんですが、
2011年4月に受けた子どもたちの中では、疑いがある子が2人。
それが2012年、去年4月に受けた子どもたちでは、疑いがある子が8人に増えているんです。

その中で継続、つまり小学校の段階で、小学校に入る前にQT延長症候群だったと診断を受けた子どもたちが2人いますから、
新たに発見されたのが、今回の検診で6人に増えたということです。
これは1600人の中で、1人、1人、1人、2人、8人で、
8人のうち、今回の検査で初めて分かったのが6人っていうのは、明らかにですね、あのー、原発事故の影響が考えられるというふうに思います。
ただ、これがですね、全て原発事故のせいかどうかはわかりませんし、
たまたま、そういった心臓病を持っている子どもたちが、取手のほうに沢山居住しているのかもしれません。
でも、非常に考えにくいですね。

実はベラルーシ、ゴメリ医科大学の学長だったユーリバンダジェフスキーさんがですね、
放射性セシウムが身体の中に入るとどんな影響が起きるか?ということで、心疾患系に影響を与えるという事を報告をしているんですね。
その中で、心電図異常が、放射性セシウムが身体の中にたまればたまるほど、心電図異常の子どもたちが増えるという事を報告しています。

Sawada:
そうしますと、心電図の異常、もしくは今回のQT延長症候群というのは、
一つの目安、シグナルになる可能性というのは、やっぱり強いという事なんでしょうかね?

川根:
そうですね。
で、先程の福島の子どもたちの小児甲状腺がんについてもそうなんですが、
放射性セシウムがですね、心臓病を引き起こす可能性が十分にあってですね、
私は、福島県だけではなく、東北関東一帯の地域でもですね、まず一つはエコー検査
特に、ヨウ素131の影響を強く受けた地域、この地域については、福島県だけではなく、エコー検査をやるべきだと思いますし、
そしてまた、このように、放射性セシウムの影響によって、心電図の異常が発生する可能性がありますので、
心電図をとる検査もですね、東北関東のセシウム134,137、そしてヨウ素131を中心とする放射性物質が、大きく大気中に撒かれた地域については、行うべきだというふうに思っています。

エコー検査についてもですね、触診で甲状腺の異常をみる、という方法もあるんですけれども、
触診で分かるのが、橋本病などの、明らかに腫瘍があって触診でもわかるんですけれども、
今回、福島で発見されたような甲状腺がんというのは、触診では分かりません。
詳しくは、やっぱりエコー検査でないと分からない
んですね。

ですからですね、やっぱり、東北・関東の子どもたちも、詳しいエコー検査を受けることは必要だと思いますし、
今心配なお母さん方、お父さん方がですね、自費で、このエコー検査を受けさせている訳ですけれども、
そうではなくて、国の予算で、関東東北の子どもたちは全て、エコー検査を受けられるようにするべきだ、と僕は思っています。

そして実は、埼玉の方で、今、データを整理しつつあるんですけれども、
子どもたちの血液、特に白血球の中の一部がですね、変化が起きている、という事が分かってきています。

白血球の中の好中球というのがあるんですけれども、
好中球の数値が、一応1500という数値を下回ると、好中球減少症という事で、
非常に免疫が低下して、いろんな病気にかかりやすくなる、という事が言われているんですが、
ほとんどこの、1500に近い子どもたちが増えてきています。

Sawada:
あ、そうですか。
そうするとこれは、一般的な血液検査で分かったようなもののイメージなんですか?
それともこれは、特別に白血球を調べたようなものなんでしょうか?

川根:
そうですね、血液検査というのは、いろんな検査がありまして、
検査項目も、お医者さんによっては、自分で選択をしなきゃの項目もあるんですけれども、
その中で、白血球の内訳、好中球とか好酸球とか、いくつか種類がありますので、末梢血液像のデータを取る必要があります。

そうすると、好中球が高いとか低いとか、それとも基準値内なのか、というのが分かります。
その時に注意をしなければいけないのは、
風邪をひいていたり、たとえばインフルエンザにかかっていると、やっぱりこの好中球というのは下がってしまうんですね。

そういった、ウイルス性のものに感染していないかどうか、というのを確かめるために、
CRPという、炎症が身体の中で起きているかどうかを測る、という項目があるんですけれども、
CRPも出来たら一緒に測ってですね、
「CRPは異常ではないのに好中球が下がっている」というのは、何らかのシグナルを発しているんではないかなと思っています。

Sawada:
好中球というのは、好きに中に球、と書くんでしょうかね?

川根:
はいそうですね。

Sawada:
この好中球とCRP、この2点を注意してという事で、
お医者さんというのはこれ、一般的に言えば、放射能との疑いについてここまで判断されている、
知見があるお医者さんっていらっしゃるものなんでしょうかね?

川根:
そうですね、やはりなかなか、理解のないお医者さんが非常に多くてですね、
鼻血が出たり下痢をした場合でも、
「鼻血は、子どもが鼻をほじくったせいではないか」とか、
「お母さんが放射能の事を心配するから、子どもたちの身体に異変が起きるんだよ」
というような事を、言うようなお医者さんもいます。

ただ、今この問題がですね、内部被ばくの問題を、自分で私的に勉強をしていて、
少しづつですが、放射能の事と、今回の子どもたちの身体の変化とを、結び付けて考えていこうとするお医者さんが、徐々にですが増えてきています。

Sawada:
そうですか。
それにしても、先程ありました心電図の検査もそうですし、血液検査もそんなに難しくなく、
エコー検査となると、さすがに専門の機器がいるという事になる。
それ以外の部分については、この心電図、もしくは白血球の部分の数値を調べていくということは、
そんなに難しくなく出来る検査項目ではありますよね。

川根:
そうですね。

Sawada:
それについて先生としては、福島を中心として、どの範囲ぐらいまでのお子さんを中心に、
いま、是非知っておきたい、というような位置づけなんでしょうかね?

川根:
私たちは内部被ばくを考える市民研究会というホームページのほうに、
ヨウ素131によって、各都道府県がどれ位汚染されたか?という資料と、
セシウム137によって、各都道府県がどれだけ汚染されたか?という資料を載せてあります。
この汚染マップ、下の方のカラーであるものがですね、
独立環境研究所というところが、2011年8月25日に校正したものなんですね。
その、赤、オレンジ、黄色、緑、このあたり、
福島、宮城、茨城、栃木、群馬、埼玉、東京、千葉、神奈川あたり、ここまで広がっておりますけれども、
あと山形、新潟の一部ですね、このあたりまでは、私が先ほど言いました、甲状腺のエコー検査、血液検査、心電図の検査はやるべきだ、と思っています。

Sawada:
そうですか。
そうしますと、広範囲には及びますが、比較的簡単な検査で出来るという事で、
是非私たちは、子どもをもつ親としては、出来ればこういう検査項目を、まずは一回、安心のために設けてみる、というのは重要なんでしょうね。

川根:
そうですね、で、実は昨年の6月にですね、原発災害子ども被災者支援法という法律が出来ているんですね。
そこにはですね、
「子どもたちの健康診断を行う事」と、「国の責任において行う事」、というのが謳ってあるんです。
ただし、この「子ども被災者支援法の対象地域がどこか?」という事が、具体的になっていないんですね。
この、子ども被災者支援法の、実際に東京・関東の子どもたちは被ばくしている訳ですから、
「その子どもたちの健康診断を行え」という事で、今、お母さん方、お父さん方が中心になってですね、
原子力規制庁、原子力規制委員会、復興庁、環境省、文科省などに交渉を行っています。

Sawada:
そうですか、ですからまさに、自分たちで自衛しなければならない部分もありますけれど、
こういった法律を上手く使って、どうにか国のシェアを受けて、全国規模に広がってやっていかなければならない課題なんでしょうね。

川根:そうですね、はい。

Sawada:
わかりました。ありがとうございます。



内部被ばくを考える市民研究会のサイトより、川根先生のお話があった地図を一部転載。

ヨウ素131のよって各都道府県はどれくらい汚染されたか?





セシウム137によって各都道府県はどれくらい汚染されたか?





以上、転載おわり


ひどいなあ……。
一応、体裁を守るためかなんかしらんけど、法律は作ってある。
その名前も『子ども被災者支援法』
けど、対象地域がどこか具体的になってへんからというので、実施の仕様がないまま、放っといてある。
ほんで、せっかくあるその法律がちゃんと機能するように、親があっちゃこっちゃに交渉せなあかん。
毎日の暮らしがある中で、家族を守るために働きながら。

なんちゅうこっちゃ……なんちゅうお粗末な政治なんや……。
なんちゅう無責任ででたらめな医者なんや。
そもそも、子どもの甲状腺ガンなんてもんは、普通は存在せえへんもんやのに。
それがチェルノブイリ以降、一気に、とんでもない人数(数千人)の子どもがこのガンにかかってしもた。
チェルノブイリ以前は、放射能が人間に与える影響というものは、事故後10年から15年経ってから出てくるもんやと思われてたけど、
実際には、数年(2~3年)後に、急激に増えて、そやけどその当時は過去にそういう経験が無かったから、
医者はどう対応したらええのか分からんと、結局今となっては悔やまれてならんような治療しかしてやれんかった。

そやけど日本はどうや?
チェルノブイリ事故という、悲惨な経験と、その経験から学んで得られた貴重な資料と考察がすでに存在してるやないか。

甲状腺を摘出してしもたら、ホルモンの分泌が無くなってしまう。
普段、ホルモンの分泌やなんて、意識することも考えることもないけど、この、人間に与えられた大事な作用の損失が、どれほど辛いもんか、
わたしは実際に、旦那姉の経験を目の当たりにして分かってる。
彼女は40才過ぎてからのことやけど、子どもらにとってはもっともっと長い間、その辛さと付き合うていかなあかん。
医者として、そんな子どもが増えんよう、最善を尽くしたいと思えんのか?
すでに患うてしもた子どもの心身の痛みに、寄り添うてやろうという気持ちもないのか?

恥を知れ、鈴木真一。

タイ王国親子旅行・おまけ編

2013年02月14日 | 家族とわたし
今だ、夕飯を食べて数分もすると、いきなり強烈な睡魔に襲われ、テーブルに突っ伏して熟睡してしまう。
かと思うと、必ず夜中の2時過ぎにパチッと目が覚め、それから1時間ごとに起きてしまう。
ここは何処?ならぬ、ここは何時?な毎日が続く……トホホ……。

さて、一日百枚制限のため、写真を取り込めへんかったので、最後のおまけ編が書けんかった。
なので、一週間も経ってしもたけど、とりあえず書きとめとく。

劇的な、突撃スイミングを終え、チャッチャとシャワーを浴びてチェックアウトしようと部屋に戻ったら、カギが開かん?!
え?!
なんぼしても開かん。
ふと足元を見ると、ドアとの隙間に封筒が差し込まれてる。
いや~な予感がして中の手紙を取り出してみると、
「お客さまのチェックアウトの時間がどうたらこうたら……」
案の定の、連絡不行き届きである。

砂と海水まみれの水着姿のまんま、フロントにダッシュした。
なんせ時間は、2時間延長してもろたチェックアウトの30分前、1時半を過ぎてる。
フロントで事情を話し、調べてもらう。
延長を認めてはもろたものの、わたしが再びダッシュして部屋の前に戻った時にはもう、残り15分を切ってた。
部屋に入り、シャワーはあきらめて、とりあえず大急ぎで着替え、ボタボタのまんまの水着をビニール袋に詰め込んでカバンの中に突っ込む。
着替えの際に、母の水着の中から、砂がドサッと出てきた。
大波が来た時に、しりもちをついたからなあ……。
シャワー室の砂を手でかき集め、トイレットペーパーにまとめてゴミ箱に捨てる。
なんと楽しくハチャメチャな旅であることか!

海から上がったまんまの姿で、とりあえず服だけは着た、という我ら三人、フロントに行ってチェックアウトの手続きを始めたら、
「部屋付けのお支払いをお願いします」と言われた。
部屋付けの支払いなど、全くないはずですがと言うと、ホテル内のスナック場で食べた分やと言う。
ふむ……。
バンコックとチェンマイでは、ホテル近くのコンビニや小さなレストラン、あるいは、ガイドが案内してくれた地元のラーメン屋で食べたりしたけど、
このプーケットでは、ホテルの近所にはな~んも無いってことで、それができんかった。
なので仕方なく、ホテル内では一番値段が安いとこを探し出し、そこで2回、ランチを食べた。
食べ終わってチェックを頼んだら、部屋付けのレシートを渡されて、母は自分のクレジットカードで払いたいからと断った。
二回とも、カード支払いをしたつもりでいたけど、ホテルの方には、初回のんが部屋付けになってた。
それがどうにも母には納得がいかん。
わたしはカードで払たのに!と繰り返す。
また、えらい騒ぎになった。
フロントの電話を借り、日本のクレジット会社に電話して事情を説明し、どういう案配になってるか調べて欲しいと頼んだ。
ところが、調べようにも、まだその数字が上がってきてないという。
海外での使用やから仕方がない。
けども母の辞書には、仕方がない、という言葉は存在しない。
そこで、そこをなんとか調べてもらえんかと粘ると、とりあえず、二回目の支払いの数字は見つけたが、一回目のんは見つからんと教えてくれた。
そうか、ならば、とりあえずではあるけれど、一回目の支払いは多分、クレジットカードを使てない可能性が大きいってことですよね、と言うと、
確証はできませんが、と繰り返すクレジット会社の女性。
気持ちはわかる。誰かて確認ができんことに責任は取れん。
ここはもう、わたしが母を説得するしかないと腹を決め、女性にお礼を言うて電話を切った。
もしも、二回ともクレジットカードで引き落とされてることがわかった際には、わたしがホテルに連絡を取り、払い戻しをしてもらうから。
かかった時間は、実に2時間弱。
目の前には、美しい空と噴水と海……嗚呼プーケット……。
まあ、ただぼんやりと3時間待つよりは、時間は早う過ぎたけどね……。

それからは、おっきなソファで母は眠り、わたしはその横でぼーっと時間を過ごす。
終るんやなあ……という気持ちがぶわっとわいてくる。

迎えに来てくれたガイドさん。
約束通り、母の枕と、旅の間にたまった我々の洗濯物を詰め込むための、巨大ビニール袋を買うて持ってきてくれた。
お値段、80バーツ。日本円にして240円ぐらい。

プーケットの空港で待ってる間に小腹が減ってきて、目に入った懐かしのバーガーキングに行く。


背中や肩が痛痒うて仕方がない。
やっとこさプールに入れる!と興奮し過ぎて、日よけのクリームを持ってったのに、塗るのをすっかり忘れてしもた。
たった小一時間のことやったのに、すっかりこの有り様……。
やけどしてるし……。


母なんて、肩こり用のマグネット貼ってたから、まん丸のニコちゃんマークを描いたった♪ほほほ♪



バンコックの空港の天井は鏡仕様。上を眺めてるとおもろい。


中国のお正月間近!


お坊さんも旅行する?!携帯で写真撮ってはるのを撮るわたし。


留守番してくれてる相方にと、お土産のタバコを買う弟についてった。売り場の箱を見て仰天!


肺ガンで夫(父親)を亡くし、悲嘆に暮れる母と子の図&他にもおっそろしい写真満載……それでも吸いたい人は吸いたいんやなあ。

台湾の空港ではマッサージコーナーが必ずある。行きしなは寄れんかったけど、今回は4時間もの待ち時間があるのでちょいと体験。


こりゃ気持ちええわぁ~。


天井ものんびり。


ここでも牛さんの巨大置きもんがある。


ほんでもって、いよいよゲートに行くと、またまたこんな椅子が。座ってみよう~寝てみよう~。





やっとこさ名古屋空港に着き、近くのコンビニで懐かしのカップうどんをいただく。
名古屋で売られてるどん兵衛は多分、滋賀工場経由のものやろうからと自分に言い聞かせながら。



名古屋空港でまず、高速バスで家に帰る母を見送り、近鉄で帰る弟を見送った。
すると、今までになく寂しい気持ちになり、これまでで初めて、またアメリカに戻ってこれまで通りにやっていけるんかなあ……などと思たりした。
とりあえず搭乗の手続きをして、荷物を預け、ゲート内の店をぶらぶらしながら時間をつぶす。


富士山がどうしても見とうなった。
富士山を見てからでないと、日本を離れられへん、みたいな気分。
富士山が見える側の、それも窓際の席をお願いする。
たった1時間強やもん、トイレに行かんかっても膀胱炎にはならんやろ。
それより富士山!なにがなんでも富士山!
搭乗員に、いつ頃富士山の近くを飛ぶのか聞いたら、多分20分ぐらい経った時と思いますと教えてくれた。
カメラを構えていそいそ待ってたら「ただいま、左手側に、富士山が見えてまいりました」と、わざわざ機内放送で教えてくれた。
あいにく曇ってて、かなり霞んでて、ほんでもってかなり遠かったけど、見えた!富士山!


もうすぐ上を飛ばんようになったんかなあ……。

ばいばい日本。


そして成田からシカゴに到着。
雪降ってるし……。


予定してた飛行機が飛べんからと、ゲートがあっちこっち変わる。
そのたんびに、大勢の乗客仲間と一緒に、ため息つきながら歩く。


雪はどんどん降り積もり、あっという間に山ができた。




いや……どっちかっていうと飛んで欲しなかったりしたりして……。


というわけで、めっちゃ遅れてニューヨークに到着。
遅れたおかげで、ほんまやったら迎えに来てもらえへんはずやった旦那が迎えに来てくれた。
ただいまアメリカ。

中国大気汚染問題……なんで今頃騒いでるん?

2013年02月13日 | 日本とわたし
るいネットという、時々読ませていただいているブログに、最近騒がれている件についての記事が載っていました。
わたしにとっても、騒がれ出した頃からおかしいと思っていたことなので、ここに転載させていただきます。

以下、転載はじめ
 
扇動メディアに支配される社会
何故、今頃騒ぐのか中国大気汚染問題。
PM2.5は、H14の1/3なのに

 
奥村博己 (47 京都 農業) 13/02/12
以下は、『正しい情報を探す』ブログリンクからの引用です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
何故、今頃騒ぐのか?
PM2.5の測定値は、10年前から大して変化していない

中国大気汚染問題  2013年02月10日

今年は、マスコミなどで多数取り上げられて騒ぎになっている「大気汚染物質PM2.5」ですが、
昔の汚染状態が気になったので調べてみたところ、興味深い事実が判明したので、ご紹介します。

以下は、環境省が発表している「微小粒子状物質(PM2.5)測定データ」です。
これを見てみると分かるのですが、昔から、そこそこのPM2.5が、国内で観測されているのです!

☆微小粒子状物質(PM2.5)測定データについて
URL リンク
平成14年5月 測定局名:国設大阪
測定項目:PM2.5  単位:μ g/m3

どう見ても、普通に、最高値240μg/m3とか書かれています
何年も前から、かなりの量が検出されているのに、何故今頃騒ぐのでしょうか?
私には大変不思議に感じられます。

先月下旬に、大量の大気汚染物質が、中国から日本にやって来ましたが、その時に測定された数値は、高い場所でも60~70μg/m3です。
上記の240μg/m3や188μg/m3と比べてみると、高いどころか、低い数字なのです。

☆SPRINTARSエアロゾル予測
URL リンク

もちろん、だからと言って「中国大気汚染物質が安全」というわけではありません。
私が言いたいことは、環境省などの政府機関は、何年も前から、汚染の実態を把握していたのにも関わらず、
今頃になって、大々的に取り上げたことが問題である
、ということなのです。

おそらくは、福島原発事故による放射能問題を覆い隠す目的で、中国の大気汚染問題を騒いでいるのだと思いますが、
今頃になって騒ぐのならば、今まで放置してきたことの方が大問題、であるように私は感じます。

結局のところ、政府やマスコミは、人々の健康ではなく、人々をコントロールすることしか考えていないということなのでしょう。
本当に国民の健康を心配しているのならば、もっと昔から、今のように騒いでいたはずです。
それがなかったということは、今このタイミングで、この出来事が利用されたということ
です。

このようなことは、今までも何度かありましたので、私はあまり驚きませんが、
国やマスコミを盲信している方がいるのならば、疑う癖をつけるようにしたほうが良いでしょう。
彼らは、福島原発事故でもそうでしたが、自分たちへの影響が大きなことは、決して大きな声を出さないのです。

ですので、政府やマスコミが騒いでいる時は、それに流されずに、その背景や原因を考えてみてください。
きっと、意外な発見などがある
と思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
引用以上


コントロールされてませんか?
疑うことは決して悪いこととちゃいますよ。
きちんと疑うこともせんと、のほほんと生きる癖が抜けんままにいることは、今の日本で生きていくには危険すぎます。
流血騒ぎこそ起こってないけれど、人の命など全く気にもかけてない連中に、蝕まれ続けてる社会で暮らしてる以上、
考えること、疑うこと、気がつくことは、自分と、自分の大切な家族の、人生の質を下げへんための自衛行為であると思います。

『地上の太陽』?こんなバカげたことに千億円?どこまで阿呆かこの国は!

2013年02月13日 | 日本とわたし
一日に転載できる写真が100枚以内、という、ここのブログ官理会社の規則にひっかかってしまいました……。
いったいどんだけ載せてるねん……と反省しつつ、この記事に関する大事な新聞紙面の写真を載せられへん事情を言い訳しときます。

14日になり、写真枚数制限から解放されました。
載せておきます。


この、ブラックジョーク丸出しの、いや、ジョークやなんて言うてる場合ではない世紀末的愚行について、
原発菌に侵された国は、どんな小さな町も村も、こんなにも深く病んでいるという記事を、先月の24日に書かせてもらいました。
これは、岐阜県土岐市にある、『核融合科学研究所』についての話。

そのことについてようやく、東京新聞の親会社である中日新聞が、特報で記事を載せてくれました。
その記事を、書き出してくれはった『れんげ通信ブログ版』から、転載させていただきます。

↓以下、転載はじめ

2013年2月7日 中日新聞特報

危うい「地上の太陽」

「夢のエネルギー」「地上の太陽」。
原発ではない。核融合発電のことだ。
実用化に向けた実験が、岐阜県土岐市の核融合科学研究所で計画されている。
放射場質が放出されることから、地元住民に反対の声がある。
巨額の層用もかかる。
そもそも、核融合発電は実現できるのか。(荒井六貴、上田千秋)


核融合発電 岐阜・土岐で実験へ

放射性物質を放出/拒否投入も実用化見えず

燃料無尽蔵 CO2出ない


「実験で発生する中性子は、完璧に抑えることができる。
放射性物質のトリチウムもごく微量を放出するだけで、住民に迷惑を掛けることばない」
研究所の小森彰夫所長(61)は胸を張った。

耳慣れない核融合発電とは、何なのか。
水素の仲間の重水素と、三重水素(トリチウム)の原子核を、ばらばらなプラズマ状態にし、原子核同士を衝突させること(核融合)で、熱エネルギーを発生させる。
後は、火力発電や原発と同じように、水蒸気で発電夕ービンを動かす。

実は、太陽の光や熱は、核融合によって発生している。
このため、核融合発電は、「地上の太陽」とも呼ばれる。

重水素と、トリチウムのもとのリチウムは、海水から取り出す。
研究所の竹入康彦教授(55)は、
「燃料は無尽蔵で、二酸化炭素(CO2)も排出しない。三十年以内の発電を目指す」と鼻息は荒い。

プラズマ状態をつくるためには、密閉空間で高温へ高密度にすることが必要だ。
これが非常に難しく、各国が競って実験を進めている。

十階建てマンションほどの建屋の中に、大型ヘリカル装置(LHD)と呼ばれる巨大なドーナツ状の実験装着が置かれている。
直径14メートル、高さ10メートルほど。
世界最大規模の実験装置で、年間の電気代は4億円もかかる。
 
ドーナツの上に立つと、UFOに乗っているかのようだ。
LHD内に立つと、ステンレス製の真空容器と、超電導磁石が、らせん状に組み込まれている。
真空容器の中では、防じん服を着た作業員が、保守・管理作業をしていた。

計画している重水素実験では、1億2千万度以上の高温と、高密度の環境を真空容器内で作り出す。
実用化に向けた重要な実験だという。

実験の核融合で、放射性物質のトリチウムと中性子が発生する。
実験は9年間。
トリチウムは、年間積算で、最大555億ベクレルが発生する。

小森所長は、
「トリチウムは放射性が弱く、排出したうちの90%以上を回収する技術が確立している。外部に放出されるのは極めて微量だ」と強調する。
中性子線は、建家の厚さ2メートルのコンクリート壁で遮る。
壁がなくても、付近住民に健康影響が出るレベルではないという。
中性子によって、LHDは放射能に汚染されるが、40年で安全なレベルになるとする。
「容器の中に、外から空気が入ったり、燃料を入れ過ぎたりすると、核融合は止まってしまう。
燃料の注入を止めれは、何も起こらなくなる。
原発と違って制御でき、安全性は高い」

名古屋大プラズマ研究所を母体に、文部省所管の核融合科学研究所が名古屋大に設立されたのは1989年。
97年に、土岐市の現在地に移転した。
研究所は昨年11月、重水素実験を開始するため、岐阜県と地元の土岐、多治見、瑞浪の3市と、3月までに同意協定を結ぶ方針を明らかにした。
3市は、パブリックコメントを募ったり、住民説明会を開くなどしている。
実験は早ければ、15年度にも始まる予定だ。


よぎる原発 住民「反対」

地元住民には、この実験に対し、不安視する声が広がっている。
多治見市の住民団体「多治見を放射能から守ろう!市民の会」や、子どもを持つ母親のグループが、反対の署名活動を開始。
すでに、2千人近くを集めたという。
 
「市民の会」代表の農業井上敏夫さん(63)は、
「トリチウムを除去できると言っているが、本当に可能なのだろうか。安全が宣伝されていた原発でも、想定外の事故は起きた」と訴える。

隣町、瑞浪市には、高レベル放射性廃棄物を、地下に処分するための研究施設がある
井上さんは、「核関連施設の集中立地につながるのでは」と懸念を口にした。
 
安全性に本当に問題はないのか。

理化学研究所の元研究員の槌田敦氏(物理学)は、
トリチウムの危険性は極めて高い。
許容量の10倍で、細胞の半数が死滅する場合もある。
ひとたび事故が起きれば、周辺住民への影響は避けられない
」と危惧する。
 
一方、九州大学の田辺哲朗特認教授(核融合工学)は、
「トリチウムは、よほどの量を体内に取り込まない限り、危険性は少なく、核融合は核の灰が出ないので、原子炉よりはるかに安全。
化石燃料を使えるのはせいぜい数百年で、核融合などの核エネルギー開発は不可欠」と話す。

それでも、「大量のトリチウムを扱った経験は世界にもなく、安全対策が確立されているとはいえない。安全性の研究は進めていかない」と注文をつける。

もう一つの大きな問題は、核融合研究に、膨大な国費が投じられていることだ。

文部科学省核融合科学研究所によると、2012年度だけで43億8千万円
89年以降では、施設の建設費と運営費として、計1千521億円が支出された。

核融合プロジェクトへの国の負担は、これだけにとどまらない。
フランスで建設が進む「国際熱核融合実験炉(ITER=イ一夕ー)にも参加し、06年度以降で、総額440億円を負担している。
12年度補正予案と13年度予算案でも、計274億円を計上している。

イーターは、日本のほか、欧州連合、ロシア、米国、韓国、中国、インドが、共同でプロジェクトを進めている。
ただ、核融合の実用化までの道のりは遠い。
当初は18年とされていた実験開始は、20年頃にずれ込む見通しで、実用化は順調にいったとしても、さらに30年ほどかかると見られている。


文科省の担当者は、
「世界のエネルギー問題を解決できる可能性がある有意義なプロジェクト。国民に理解を求めていきたい」と強調するが、
実験開始までだけで、日本が負担する総額は、推計約200億円
仮に実用化するとしても、最終的に、相当の金額にふくれあがることは確実だ。

核融合の本格的な研究が、米国で始まったのは、50年代初頭。
それから約60年。
巨費を投じながら、一向に実用化の見通しが立たない、高速増殖原型炉「もんじゅ」のようだ。

槌田氏は、
これまでの経過から実現は不可能で、投入した費用に見合う電力をつくれないのは明らかなのに、さらに無駄な金を投じようとしている」と批判する。

各国とも、いつまでイー夕一に費用を出し観けるのか分からない。危うい核融合研究に、いつまでしがみつくつもりなのか

* 紙面上の写真説明
右 プラズマを発生させる大型ヘリカル装置
中 制御室のモニターに映し出された真空容器を点検、整備する作業員
左 厚さ2メートルのコンクリートで覆われた大型ヘリカル装置のある建物
  =いずれも岐阜県土岐市の核融合科学研究所で


↑以上、転載おわり


いやもう、なんでこんなアホらしいことをさせとくんやろと、まずはそう思いました。
普通の、ごく一般的な常識を持ち合わせてる人間が、この研究に関連する部署で権力持ってる側にいたら、とっくの昔にやめさせてるでしょ?
金が手に入るからあかんのですよね。
こんなアホらしい、『もんじゅ』の二の舞のような無駄遣いと汚染のばらまきで国を弱らせるような実験を、堂々とやりますと言い切れる背後には、湯水のように使える金がある……。
いったいその金は、どっから運用されるのか。
税金や電気代ちゃいますのん?
日本の市井の市民さんらを、こそこそ騙して吸い取ってるんとちゃいますのん?

こんな、叶いそうもない非科学的なことに無駄金使わせてええんですか?
これ以上、ちっちゃい国土を、核物質で汚してええんですか?
こういう、今までやったら騙されまくってた事をひとつひとつ、許さんぞとはっきり拒絶して実行できんようにしていくこと。
これが市民力とちゃいますか?
そろそろ、見せたらなあかんのとちゃいますか?
はっきりと、いつまでも騙せる思たらおっきな間違いやぞと、知らしめたらなあかんのとちゃいますか?
岐阜県の土岐市の人はもちろんのこと、近所の市の人も、近所でない市の人も、これはもう他人事やないのやと考えていかなあかんのとちゃいますか?

プーケット編 [その3]

2013年02月13日 | 家族とわたし
わたしはマッサージは絶対にイヤ!
人に体を触られたりすんのもイヤやし、下手に揉まれて、後で揉み返しがきてしんどなるのもイヤ!
ほんで、泳がへんし。

と、母は何度も宣言してたからあきらめてた。

けど、タイ王国に来て、何日が過ごしたら、また気が変わるっていう可能性もある。
そやから、水着だけは持ってきてと、かなり無理矢理にお願いした。

最終日、今日は夕方の、バンコックに戻る飛行機に乗るまで、全くなんもすることがない。
天気は上々。ほんで、チェックアウトは12時。ガイドさんが迎えに来てくれるのは6時……この6時間は辛い。
と思たので、前日に、チェックアウトの延長をお願いしておいた。
とりあえず事情が事情やし、78才の母のことも考えてくれて、2時間だけ延長してくれた。感謝!

朝の豪華バイキングも今朝で終わり。
食べそびれてるもんはないか?と、真剣に考える。貧乏性丸出し!

帰りにホテルの周りをぶらぶら。

落ちてる椰子の実を落ちた椰子の実を持ってニッコリ。


バナナの母。


椰子の実の赤ちゃん。


通りすがりの花。
 





これはなんの実なんやろか。


部屋に戻ると母が、
「せっかくここに来たんやし、マッサージとか受けたかったら受けに行ったら?泳いでもええし」
などと突如言い出す。
いや……あの……めっちゃ遅いし……。
もうあと、2時間ぐらいしかないし……。

けども、せっかく言い出したんや。このチャンスを逃す手は無い!
とばかりに、母も巻き込んで一斉に水着に着替える。

今までのホテルのプールを見逃してきた。やっとやっとのプール体験!
なんと、背筋の伸びた78才。


この写真を撮れただけでも、わたしは泣きたいぐらいに嬉しい。


わはは!


プールでバチャバチャ泳いで勢いがついたのか、浜辺にゴー!
ほんまに若い母。


ここが海亀の浜。歩くとキュッキュッと鳴く。


わたしの心もキュッキュッと泣く。

ばいばいプーケット。

プーケット編 [その2]

2013年02月12日 | 家族とわたし
いよいよ親子三人珍道中の最後の観光日。
はじめ、プーケットでも3泊の予定やったのやけど、バンコックから日本に戻る飛行機の便が、朝早いのしかなくて、
そんな時間にプーケットから戻って乗り換える、なんてことができるわけもなく、
なので仕方なしに、プーケットからバンコックに戻り、空港近くのホテルで一泊する、という計画となった。
それで、プーケットでは、この日の市内観光がメイン。
明日はただただゆっくりして、夕方にバンコックに戻る。

観光に先だって、ガイドさんが淡々と語ってくれたのやけど、
プーケットでは、大きな津波災害があってからは、日本人観光客だけが激減したそうな。
あれだけぎょうさん来てくれてた日本の人達が、ほとんど来てくれんようになったと、ガイドさんは話してくれた。
それは今も続いてて、そやから「あなた方は大丈夫か?」などと聞かれたりした。
なんか……日本人として申し訳のない気持ちになった。


プーケット名物は、なんというてもこのゴムの木。


若いのから熟年まで、それぞれ年代別に分けて、道路脇に延々と植えられてる。


タイの学校は制服が多い。


これも学校。


ガソリンスタンドは大繁盛。
最近首相になった若い女性が、初めての車と家を買うた人は、その税金を免除してもらえる、という新しい制度を作った。
それでタイ中、車と家を買う若者が爆発的に増えたそうな……。

これはなんでせう?!
答えは……カシューナッツ!!えぇ~!!


こんな木。


近づいてみる。


なんと、カシューナッツってこんなふうに、まず実が生った後、上の部分がだんだんおっきくなって、カシューアップルと呼ばれる形になるそうな。


あんなでっかいリンゴみたいなもんの下にたった一個……。これからはカシューナッツを食べるときゃ、ワシワシと複数個、いっぺんに食べるのはやめます、はい。

で、これはその、下の実を割って中身(食べられる実を取り出してるとこ)。


殻からは油分(Cardol, Anacardic acid )が取れ、塗料や工業原料として用いられ、樹皮は黄色の染料やゴム材にもなるそうな。
カシューアップルの汁は民間薬に使えるし、木材は家具にしたり、木炭に……なんちゅう役立つ木やねん!


次はここプーケットでもお寺。
土足厳禁。


お釈迦さんがぎょうさん!これは曜日毎に決まってるお釈迦さんの格好。弟とわたしは月曜日、母は木曜日、ほんでもってガイドさんは金曜日。


お釈迦さんの生涯を描いた壁画。


釣り鐘も南国風。


お祭りの日らしく、屋台がいっぱい出てた。


タイのおみくじは、おみくじの棒がいっぱい入った入れ物を両手で持ち、1本だけ飛び出してくるまでひたすら振り続ける。
出てきたへらに書いてある番号を、おみくじ売り場のオバサンに伝えると、その番号のおみくじを渡してくれる。
で、真剣に振るおじさん。


おなじみ、ペラペラの金ぱくをあちこちに貼りまくられたお坊さんの像。
これまでにもいっぱい貼ってきたけど、すぐに剥がれ落ちてしもた。
ガイドさんが、横に置いてある霧吹きで、シュッシュッと吹きかけてから貼るとバッチリ!やっぱそやんなあ~とおおいに納得。


母の動きがなにやら怪しい……あんさん、なに集めてまんねん?!


金ぱくを額に貼付けて祈る人もいた。
  



さて、外に出て、ガイドさんの指差す方向を観てみれば……これでもズーム後した後の写真。てっぺんの白いのんを紹介したいらしい。


そこで、ズームに定評のある我がカメラくんの登場。




ガイドさん、大感激。いやでも、これ、一眼なんかと違て、ただのバカチョンです、はい。

絵はがきによく使われるプーケット最南端の景色。


上の写真の、右後ろの島の真ん中あたりにある、蟻んこのおっきさのお釈迦さんもズームで無理矢理。


こんな観光客用のボートがわんさか。


ここも有名な景色らしい。


帰り道の標識。タイ語がきれい。


海岸近くで拾ったパチンコ。



プーケットでは今、ラテックスが大流行り。まあそやろ、あんなにゴムの木を栽培してんねんから。
ゴムの木から、樹液を採る様子を見せてもろた。
まず、斜めにこんなふうに傷をつけ、
 

その傷口からにじみ出てくるゴムの樹液を、丸いカップで受け取る。


カップの中はこんな感じ。けっこうポトポトと落ちてくる。


これはゴムの木の種。柄が美しい。ニュージャージーでは育つまい……けど、持って帰る気まんまん!


乾かしたゴムを延ばす道具。今でもこれを使てはるらしい。


母はここで、ラテックス100%の健康枕をふたつ買い、それをぺっちゃんこにしてもろて持ち帰ることにした。


プーケットの道路状況。
  



バイクに乗るならヘルメットを被れ!という意味やろか。100%と書いてある。


なんかこう、懐かしいような町並み。


これは旧市内。


チャイニーズニューイヤーの祝い提灯。


緑がむんむん。


電柱がおもしろかった。


タイ人はコカコーラを水がわりに飲むらしい……。



観光が終わり、ホテルに帰って一休み。
椰子の木の葉の選定。この高さを伝えられへんのが残念。


下では、巨大な葉っぱをズルズルとひきずって片付ける係の若者が待ってる。


すっかり丸坊主になった椰子の木は、多分病気にかかってる。


ツタを無数に垂れさせた木。


緑……。


朝方は満開やった蓮の花が、もうすぼみかけてる。待ってくれぇ~い!


とんぼがぎょうさん。


ここにも。



とうとうタイ王国旅行、最後の観光が終り、いよいよあとは帰りの準備をするばかりとなった。
いろいろと大騒ぎして、いろいろともめたりもして、いろいろと心配したりもして、どうなることかと思たけど、
ほんで、何事にもまず文句から始まり、怒り、納得するまで説明をねだる母に、弟もわたしも、疲れてついついキレたりしたこともあったけど、
でも楽しかった……。
こんなすごいこと、やろかって思てくれた78才の母に感謝!
自分の物は一切買わず、楽しみも持たず、倹約に倹約を重ねて、そんな、あまりにもおもしろない毎日を続けた結果、別になんもええことなかったと言うてた母。
彼女のキツい性格や、身内には気を遣いたくないという我の強さや、言葉を選べへん女王様気質に、とことん傷つけられて離れてった人もいるけど、
こんな人生続けるぐらいなら、今すぐにでも死にたいと、毎日のように愚痴ってた十年前とは違い、
最近は、ぼちぼち友達らしき人も現れ、同年代の人と一緒に遊びに行く所もでき、こうやって、海外にも出かけてみよかという気持ちも出てきた。
35年間、生き別れたまま音信不通になってた息子と、訪米をきっかけにまた、普段のやり取りや、誕生日や母の日の贈り物や、正月の帰省なんかでつながれたのもおっきかった。

ほんまにええ思い出をありがとう。
親孝行をなにひとつできんまま、今だにすねかじりしてる五十路の娘と息子……かんにんやで。

プーケット編 [その1]

2013年02月12日 | 家族とわたし
タイ旅行最後の地、プーケットに到着。
ガイドさんは、サングラスが似合う、どちらかというと大阪人のコテコテのおっちゃん風。丁寧な日本語をペラペラとしゃべる。
無事にホテルに着き、パソコンの画面で見たのと同じ風景にうっとり。


だがしかし、問題は、チェックインがお昼過ぎの2時やということ。
朝早うにチェンマイを出てきたから、着いたのは11時前……3時間もどないしたらええのか……。
などと頭の中では、母の機嫌が悪うなる前になんとかせにゃ、などと焦りまくっていて……。
けども、このホテルの周りにはな~んも無いですからって、はっきりとガイドから宣言されてしもてて、ホテル内のレストランとかは、目ん玉が飛び出るぐらい高いのを身にしみて経験した我々としては、
ただただ、そこらへんのソファに座って、ぼぉ~っと時間を過ごすしか無かった。

けど、あんまりやから、ぶらぶらとホテルの周りを歩いてみる。








さすがに暑い。






トイレも南国風。


鳥さんも南国風。


海辺のマッサージ所。


めっちゃきれい!……やけど、ここで泳げるかどうか、母の気分にかかってるなり……。


これはなんぞや?


やっぱり象さん。


この浜は、海亀の産卵で有名らしく、それがプライベートビーチになってるので、産卵期にはえらいこっちゃになるに違いない。



と、やっとこさあと1時間ぐらい、っちゅう時になって、ちょっとぐらい時間を早めてもらえへんやろかとフロントに尋ねたところ、
それでは部屋を替えましょか?と聞かれ、替えたらすぐに入れるんやったらと、お願いすることにした。
けど……うちらには簡易ベッドが必要で、セットは3人分、これ、忘れんと頼んまっせ~!!
待ち疲れてドロドロになってる母と、案内してくれるボーイさんの後をついて行ったら……あかん……前の部屋番号っぽい……。
それで、あのぉ~、ついさっき、ちゃう部屋に替えてもろたんですけど、と言うと、え???とびっくりしてまたロビーへ。
実はこのホテル、めちゃくちゃ広い。はっきり言うて迷路みたいに入り組んでるうえに、部屋がぼわ~っと広大な敷地に散らばってる。
そんなこんなで、替えてもろた部屋に着いた頃にゃ、すっかり全員ヘロヘロ……。


部屋から見える景色。


んでもって、ごろ寝の一角もあって空がきれい。


お風呂を覗くと……ううむ……やっぱり二人分のセット……ヤバ過ぎや……うがい用の水ボトルも2本……。




奥のベッドのすぐ横にバスルームの窓……おならしたら丸聞こえやし……。



ホテルまでの道中で、散々脅された。ホテルは孤立してて、周りにはなぁ~んもおまへんで。もしなんかしたかったら、今のうちでっせ。
ということで、いったい何があるんです?と聞くと、はいはい、プーケットに来たら絶対に見逃したらあかんショーがございます、とガイドさん。
そりゃもうスペクタルなショーで、夕食もついとりますし。ショーはほんとに楽しいですよ。
ホテルのレストランで食べるのを避けたい我々にとってはおっきいキーワード。案内していただくことにした。

どんだけでっかいのん建ててるん?


建物の中に入ったら、撮影は一切禁止。どうせ取り上げられるのでと、ガイドさんがカメラと携帯を預かってくれた。
ショーはもう、派手でタイっぽくて、ニワトリから象まで、ありとあらゆる動物が出てきて、天井からはべっぴんさんらが空中ブランコの芸を披露してくれて、
おかんの機嫌も上々、ありがとうみなさん!

食べるとこも派手ぇ~!


中も派手ぇ~!


敷地内には、怪し気な動物園。
 



白いトラさん。


『ありがとう』が。


ホテルに着いた時にかけてもろたレイ。


明日は、タイに来て初めての、ちょいとお寝坊できる日。市内観光の始まりが9時やから。
お風呂の水の出も良し。シャワー室の水漏れも無し!
母も元気にここまでこれた。感謝!

世界で最も厳しい地震まみれの国が核まみれ!ブラックジョークにもほどがある!

2013年02月10日 | 日本とわたし
「世界最高水準」に疑問の声=原発新安全基準に専門家-再稼働有利の加圧水型も


 
原子力規制委員会がまとめた原発の新安全基準骨子案について、一般からの意見募集が始まった。
規制委は「世界で最も厳しい基準」を掲げ、電力会社任せだった過酷事故対策を義務化したが、
一部の専門家からは、「十分な安全確保につながらない」と疑問の声も出ている。
 
骨子案は、東京電力福島第1原発事故を教訓に、電源喪失に備えた電源車の配置などを要求。
炉心が損傷した場合、放射性物質を低減して圧力を格納容器の外に逃がす、「フィルター付きベント」の設置などを求めている。
 
福島事故では、電源喪失などによって、水位計や圧力計が正常に働かず、原子炉内の状況が分からなくなった。
東電のテレビ会議の映像には、対応に悩む現場の様子が繰り返し写っているが、検討チームの会合では、会議の映像は分析されなかった。
 
骨子案にも「温度、圧力、水位が推定できる手段を整備する」との記載はある。
だが、原発に詳しい館野淳元中央大教授は、
「事故時に、確実に炉内の状況を測定できる方法があるのか」と疑問視する。
1979年の米スリーマイル島原発事故でも、水位を正確に把握できず事態が悪化したといい、「壊れない水位計を作るのは困難」と話す。
 
また、福島第1と同じ沸騰水型原子炉で、フィルター付きベント設置を安全審査の前提とする一方、西日本に多い加圧水型原子炉では、猶予期間が設けられる見通し。
新基準が施行される7月以降、加圧水型の再稼働が先行する、との見方も強い。(2013/02/10-14:26)



世界で最も厳しい基準……そんなもんが、世界で最も厳しい地震事情に、どう役立つというんやろう。
人間には想像もできんようなことが起こるのが自然。
しかも、最近は特に、これまでの常識や経験がまるで生かされへんような、見たこともないことが起こり続けてるというのに。
セコいアイディアやなあ。
なにを配置しようが設置しようが、吹っ飛ばされたら終わりやん。
安全は作り話やった。
それをきちっと証明したんが福島原発の事故やったんとちゃうの。

どんだけ学校で成績良かったんか知らんけど、ほんで、ずっと専門的に学んできはったんかもしれんけど、
これは自分らには太刀打ちできるような物事とちゃうと、すっぱり認めてあきらめることができん大人モドキが委員では、
日本はこの人らに破壊されてまう。

世界の、まともな目と常識をもった人間は、とっくに原子力みたいなもんには愛想を尽かしてる。
三つもの重大で悲惨な事故を起こし、後々何十年何百年何千年何万年と、問題を残していくようなアホらしいもん、さっさと見切りつけなみっともない。

1年と11ヵ月を迎えて

2013年02月10日 | 日本とわたし
原発「不要」、近畿43%=初めて「必要」を上回る―時事通信調査

時事通信社が、大阪、京都、滋賀、奈良、和歌山、兵庫の近畿2府4県で、2012年10月に実施した「くらしと環境に関する世論調査」で、
「原発は不要」との回答割合が、前回調査(11年9月)比5ポイント増の43%、「必要」が同4ポイント減の39%となった。
「不要」が「必要」を上回ったのは、原発の必要性を質問項目に入れた02年調査以降初めて。

「不要」の理由(複数選択)では、
「事故が起きれば大被害になる」(83%)が最も多く、
「放射性物質が発生」(70%)、
「放射性廃棄物の処分場がない」(65%)が続いた。

「必要」の理由(複数選択)では、
「再生可能エネルギーなどの開発進展までは原発に頼らざるを得ない」(72%)がトップ。
「節電は根本的な電力不足の解決にならない」(49%)、
「原発停止は日本経済に悪影響」(47%)が上位に並んだ。

原発は不要との回答が増えた背景には、東京電力福島第一原発事故を機に、原発への不安が高まったことに加え、
近畿圏に電力を供給している関西電力の原発全11基のうち、再稼働が大飯原発3,4号機(福井県おおい町)の2基だけでも、深刻な電力不足が懸念された昨夏を乗り切れたことがあるとみられる。 



今回の旅行中に、NHKの番組を何度か観た。
名古屋空港で、タイのホテルのケーブルTVで。
最初、どこかの民放のアホなショーかと思て観てたら、母が、最近はNHKも民放も似たり寄ったりや、という。
パソコンを覗く時間が無かったから、ほぼ2週間、ツィッターもフェイスブックも読むこともなく、原発や政治についてかなり考えが合わん母と過ごした。
その母にそれとなく同調してる弟に対しても、なんかこう、奇妙な倦怠感というか、あきらめというか、近しい身内やからこそ余計に伝達が難しいという現実をしみじみと感じた。
もちろんこれは、母にとって最初で最後やと言う、親子三人旅行やったから、まずは一緒に楽しく時間を過ごしたいっちゅう気持ちがあった。
弟とも、35年前に一家離散みたいな形で別れ別れになった時からずっと、ゆっくり一緒におれんままにきたから、この旅行を楽しみにしてた。

旅行の終わりがけに、ソロモン諸島沖でのM8の地震による津波注意報が、日本の太平洋側一帯に出た。
昔は、マグニチュード8、なんていう数字は、そうそうあるもんやなかった。
地球が身震いし始めてる。
今までとは違うことが起こる。
それぐらい、小学校の子どもでも感じてる。

一番わかってもらいたい人にわかってもらえへん。
一番思いを共にしたい人と共にできひん。

こんな気持ちで毎日を生きてる人が、日本にぎょうさんいはる。
くじけそうになりながら、あきらめそうになりながら、けどもやっぱり気を取り直して、前向いてはる人がいる。
その人のえらさを、今しみじみと思う。

去年の10月、初めて、『原発は不要』が『必要』を抜かした。
大衆を嘆くことなかれ。
己を卑下することなかれ。
日本の大衆は、ぼちぼちではあるけれど、進化してる。
テレビは教えてくれる人がおらんから、この先期待しても無駄。
けども、ひとりひとりの人は、誰かから教えてもらえる。
その人にまだ、聞く気持ちが無かっても、その言葉はかすかに聞こえてて、それは心のどこかにしみこんでる。
大衆を救うのは大衆。
国は、その大衆の着ぐるみでしかない。
旗と歌と境界線だけが頼りの、目に見えへん、欲が深いだけの幽霊。
はったりと虚言と無駄遣いが得意なチンピラみたいなもん。
もしも、大衆のほとんどが賢うなったら、すぐにビビって逃げ出す。

あきらめんとこな。
近畿だけやのうて、全国津々浦々に、『原発は不要』と言える人を増やそうな。

チェンマイ編 [その3]

2013年02月10日 | 家族とわたし
さて、このチェンマイ二日目の日程の内容が、わたしには一番心配やった。
なんせ、わたしは料理が嫌い!と、常日頃はっきりと言うてる母と、若い頃、板前の修行をして、料理のことならまかせとけ!の弟。
しかもふたりとも、辛いもんにはめちゃくちゃ弱く、香辛料も苦手ときてる。
そんなふたりに、タイ料理の教室に参加しましょうっちゅうのは、どう考えてもヤバいんちゃうかと……。

と、心配してたら、旦那がこう断言した。
「せっかくタイに行くんやから、そういうクラスを経験すんのはええこっちゃ。絶対に大丈夫やって」

というわけで、迷いに迷いながらも、とりあえず断らずにいたのやけど、やっぱりわたしが正しかった……。
全然行きとうなさそうなふたり……あぁ~どないしょう……。

まずは、先生とご挨拶。
料理の材料を買いに市場に行く。
この日は、チェンマイの花祭りが開催されていて、もう一グループ(フランス人)のメンバーが渋滞に巻き込まれて遅れた。
情報を心配そうに聞く先生。


もち米と黒豆の餅を、なんかの皮(多分バナナ)で包んだお菓子。


製作中。


ワイルドな揚げ物屋さん。




この一袋で、スープができる。


お漬け物っぽい。


こりゃなんぞな?


このスパイスセットで、鶏肉とジャガイモのスープができま~す、と説明中の先生。


ピリピリ辛辛!サイズが小そうなるほどに辛くなるらしい。


野菜も豊富。


手前の塊はニワトリの血玉。


今日の自分の昼ご飯を買う、ガイドのエッグさん。


彼の本名はエ・クさん。
日本人向けに、あだ名はエッグさん。または玉ちゃんと呼んでと言う。
日本語ペラペラ、おばちゃんのエスコートの達人で、そりゃもうええ人。
日本の会社からも、タイ人の研修者のための翻訳をよう頼まれるそうで、今月の31日から、富山の会社に、3ヵ月間出張に行く、と言うてはった。
富山の2月末……さっぶいで~と言うと、
「そうそう、めちゃ寒いね!前回行った時、飲み会の後、外で立ちションしようと思ったら、ナニがあまりの寒さに縮こまって見つからんかった、などと宣う……。
おもろい人……。
というふうに、玉ちゃんは、日本語が話せるだけやなくて、日本のことをよぉ~く分かってはる。
それで母も、だんだんにご機嫌さんになっていった。
感謝!!


タイのお米。いろんな種類とランクがある。


バナナ!


お供物も色鮮やか。


めちゃんこ盛り上がってたおねえさん方。


これはなんやったっけか?


オレンジ色のんがウコン。で、その下がショウガ。


いよいよ料理教室に到着。


今回は偶然にも、フランス人3人と日本人3人の対戦!


まずはパドタイ。


ひとやすみひとやすみ。


続いて鶏肉とジャガイモのココナッツミルクスープ。




これは春巻きの具。みじん切りの早業を褒めていただく。ふっふっふっ。


あまりに蚊が多いので、これを半切りにして、露出してる部分に塗れと言われた。めちゃ効いた。


春巻き、いっちょあがり!


これはわたしだけのためのトムヤムクン。




ちゃっかりエッグさんにやらせて超ハッピーそうな母。その横で、なんで俺がタイに来てこんなことやってなあかんねん、と言わんばかりの弟。


エッグさんが買うた、激カラおかず。これらをご飯にぶっかけてパクパク食べてはった。


とりあえず無事終了……ふぅ~……旅行計画担当者のわたしとしては、かなり緊張したひとときなのでした。



さて、ホテルに戻って一息ついてると、いきなり外からにぎやかな音が♪
慌ててベランダに出てみると、鳴り物をジャンジャカ鳴らしながら、一行が川の方に向かって行進している?!
なんじゃなんじゃ?
タイ人女性と、多分タイ人ではない男性の、結婚式なり!
そんな、知らん人らの結婚式を、なんでしっかり見なあかんの、と独りごつ母を無視して、弟とわたしは写真をパシャパシャ。
真横のプールからもジロジロ。


なんとも開放的な結婚式!


ふたりの頭のてっぺんに乗っけられた輪っかをつなぐか細い紐……これをブチッと切らさんようにせなあかんのやろな……。


記帳も緑。


パーティ会場も緑。



いよいよ最終地、プーケットまでの飛行機のチェックインをしてくれるエッグさん。
またいつか会えたらええなあ……。