リスタートのブログ

住宅関連の文章を載せていましたが、メーカーとの付き合いがなくなったのでオヤジのひとり言に内容を変えました。

9年目のハゲ

2020-07-29 05:29:02 | オヤジの日記

ハゲが、国立にやってきた。

大学時代の陸上部同期だ。

ハゲとは、大学時代、一番仲が良かったかもしれない。学部やクラスは違ったが、よく飲みに行ったり、夏の合宿では夜遅くまで語り合った。

ハゲは、最初からハゲていたわけではないので、そのときは「シバエモン」と読んでいた。苗字がシバタだったので。

ただ、大学4年から、急に髪が薄くなり始めたので、ハゲと呼ぶ回数が増えた。

人格者のハゲは、そう呼ばれても怒らなかった。私だったら「草刈正雄」と呼ばれたら、絶対に怒るのに。

 

ハゲがなぜ横浜三ツ沢から県をまたいで国立まで来たのか。こんな危険な時期に。

国立のバーミヤンで会った。

ハゲは40前になったら、髪を剃って潔く完全まるハゲにした。よく剃りきったな、と私が聞くと「だって、この方がマツも俺のことハゲって呼びやすいだろ」とツルツル頭をなでながら笑った。

それは、とてもいい笑顔だった。

ハゲは大学時代から真面目だった。将来まで見越して人生設計をたてていた。彼はみずから自分で敷いたレールを設計通りに歩こうとしていた。

嫌らしい話だが、成績は私の方がハゲよりもよかった。しかし、志はハゲが100点、私は1点だった。

志が高い人は強い。目に見えない何かが、その人にパワーを与える。

ハゲは、大学卒業後、大手の会社に就職した。モーレツ社員ではなかったが、仕事を手際よくこなし、昇級も設計図通りに果たした。

順調な人生だと思われた。

しかし、50歳を過ぎたとき、ハゲに悪魔が忍び寄ってきた。咽頭がんに罹ったのだ。

もちろんハゲの設計図に、そんなものはなかった。愕然とした。

「マツ、俺はこんなものは受け入れられないぞ」とツルツル頭を掻きむしった。

ハゲは大学時代、記録会での成績が悪いと、いつもひどく落ち込んだ。完璧主義ではなかったが、自分の目標が達せられなかったとき、自分を強く責めた。

私などは、目標を持っていなかったから、成績が悪くても、よし、明日から本気出す、俺はまだ実力の半分も出してないぜ、というヘッチャラー星人だった。

 

落ち込みきったハゲをハゲましながら、手術室に送り出した。幸い手術は成功して今8年がたつ。

ただ、それ以来、ハゲの人生観が変わった。自分で自分を縛ることをやめた。それで、気が楽になったという。自分で自分をハゲますことをやめた。

そして、会社を辞めた。真面目なハゲは、絶対に停年まで勤め上げるものだと思っていた。設計図を捨てたのか。

「新しい設計図を描いたら、こうなったのさ。設計図は何度でも描き直せるだろ」

そのあと、ハゲは横浜三ツ沢の自宅で行瀬書士事務所を開業して今に至る。順調らしい。

大学の同じ時期、私も行政書士の資格をとった。しかし、志が100点の男と1点の男の差の現実がこれだ。

でも、俺はまだ実力の半分も出していない。明日から本気出す!

 

で、なんでおまえ、わざわざ国立までやってきたんだ。相変わらずダブル餃子はうまいな。生ビールに最高にあうな。

「先週、初めてのお客さんに相談を受けたんだよ」

離婚の話だという。熟年離婚。60歳過ぎた夫婦が2人で来て「離婚したいんです」と言ったのだ。

と言われても、ハゲは離婚の専門家ではない。ただのハゲた行政書士だ。話を聞いて、ハゲしく困惑した。

「なぜ私のところへ?」と聞いた。「ご近所にあったものですから」とご夫婦は答えた。

弁護士ではなく、ハゲた行瀬書士事務所に来る説明にはなっていないと思うが。ハゲまされたかったのだろうか。

離婚したい理由は、個人情報なので書けない。ただ、離婚とは言っても、同居はし続けたいと言うのだ。ようするに、離婚して財産を真っ二つに分け、お互いの生活費はそれぞれ2人別々に負担する。食事は、お互いが好きな時間に好きなものを食べる。お互いのことは、絶対に干渉しない。

そして、遺言書を取り交わす。どちらかが先に死んだときにゴタゴタしないためだ。

しかし、それって絶対に弁護士に相談すべき案件だよな。なんで、おまえに相談なんだ。

「ご近所だからな。相談しやすかったらしい」

ハゲが、油淋鶏を食いながら、不気味に照れた。昔から赤面症のハゲの顔が少し赤くなった。タコ坊主。

 

「それで、おまえに相談に来たんだ。元法律事務所で働いていたおまえに知恵を借りにな」

私は、素っ気なく言った。それは弁護士案件だ。おまえが関わることじゃない。横浜に俺の知っている弁護士が1人いる。その人の電話番号を教えるから、この話はそれで終わりにしたほうがいい。行政書士は、プライベートには立ち入らないほうがいい。

ハゲにはハゲの役割があるんだ。できることだけにハゲめ。

でも、おまえ、こんなことのためだけに、わざわざここまできたのか。電話でもよかっただろうに。

「久しぶりにマツの顔を見たかったからな」とハゲはまたタコ坊主になった。

 

私は2杯目の生ビールを飲みながら言った。おまえの頭は密じゃないからいいよな。それほどみごとにツルツルだったらコロナも素通りだろう。

「密といえば、俺たち、大学の飲み会のあと、冬は必ずおしくらまんじゅうをしたよな。覚えているか」

覚えているさ。8人から9人で密になって、渋谷駅前の交番の横でやっていたな。あれは本当に密だった。今だったら、白い目で見られるだろう。

「いや当時も相当白い目で見られていたぞ。深夜に駅前でおしくらまんじゅうをするやつなんかいないからな」

しかし、そんなくだらないこと考えたやつは誰だったんだ。

「おまえだよ。当時のグループで、くだらないことを考えるのは、おまえしかいない。陸上部の合宿で一番最初に晩ご飯を食い終わったやつが、みんなからデコピンを受けるというルールを作ったのも、おまえだ。おかげで晩ご飯に1時間半くらいかかったからな。最後の方は、デコピン覚悟で早く食って、みんな30分くらいで食い終わっていた」

早食いは、体に悪い。みんなにそれをデコピンで知ってもらいたかったのさ。

「大学のキャンパスですれ違ったとき、挨拶が朝はゆで卵、昼はタンメン、夜はチャーシューってのはなんなんだ」

それだけ食っていれば、人間は生きていけると教えたのさ。野菜とタンパク質、脂質を摂りましょう、それがアスリートの基本だ。ありがたいだろ。

 

突然、ハゲがだまった。下を向いた。ハゲの肩に力が入っていた。何か言いづらいことを言おうとしているように思えた。

もしかしたら、2年前に私がハゲにプレゼントしたスマートウォッチを壊してしまったとか。あるいは、今さらながら、カツラを着ける決断をしたとか。あるいは、まさか・・・・・。

ハゲが顔を上げた。そして、私の目を見ずに話始めた。

「この間、定期的な精密検査を受けたんだ」

やはり、そっちの方の話か。胃がズンと重くなった。3杯目の生ジョッキをテーブルに置いた。

怖くはあったが、ハゲの言葉を待った。悪いことは考えない。それが私のポリシーだ。手術から9年目。奇跡は続くと私は信じていた。だから、今回も・・・。

ハゲが一度顔を上に向けて、大きく息をした。そして、言った。

「検査の結果は・・・異常なしだ。それが嬉しくてマツにまっ先に報告しようと思ったんだ。9年間も生存できるなんて、当時は思わなかったよ。結果を聞いたときは泣いたな。嬉しかった。ご褒美を貰った気がした。

ありがたかったのは、おまえは絶対に俺に『頑張れ』とは言わなかった。むしろ『頑張るな』というスタンスだった。あれは、俺の中の何かを変えたんだ。今まで頑張ってきた結果、重い病気にかかった。もしこれからも頑張ったら、俺は、そのままじゃないかって思ったんだ。俺は俺の免疫力だけで病気を治すって思ったんだよ。頑張る必要はないんじゃないか。その結果が、これさ。もちろん先のことはわからない。しかし、言えることは、俺はいま幸せだってことだ」

ハゲの声が震えていた。

 

私のハゲましの言葉はいつも、頑張るな、だ。いま頑張っている人に、これ以上頑張れと声をかけるのは思い上がりだ。人がその人のあるべき姿のまま生きてほしい、というのが私のハゲましだ。私の中に熱い血は流れていない。

とは言っても、嬉しいときは、素直に喜ぶ。

 

私はハゲの頭を両手で包むように、ハゲしく撫で回した。

 

ハゲ、ハゲと言いながら、泣きながらテッペンを何度も叩いた。

 

無防備な頭は、すぐに赤くなった。

しかし、それはハゲが生きている証だ。

 

 



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2 コメント

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こんにちは(^^♪ (のり)
2020-07-29 11:36:04
素敵な友情に🥂
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Unknown (タナカ君)
2020-08-01 09:08:09
封切り映画を初日に観るように、 日曜日と水曜日の日課にしています。 でも今回は3日遅れになりました。 あだ名の付いた人物が登場し、話は流れて良い落ち着き先に流れ着く。 寅さんの映画の落ち着き先とは異なるけれど・・・ 毎回楽しみながら読ませて貰って居ます。
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