リスタートのブログ

住宅関連の文章を載せていましたが、メーカーとの付き合いがなくなったのでオヤジのひとり言に内容を変えました。

メルヘンの鳥

2020-07-26 05:28:18 | オヤジの日記

金曜日は、久しぶりに外に出た。

立川のLOFTに買い物に行ったのだ。ただ、そのとき愕然とした。国立駅のホームに上がる階段は、意外と長い。私は、エレベータ派ではなくエスカレータ派でもない。必ず階段を利用する。階段を上り切って息切れすることはない。

しかし、今回若干息切れを感じたのだ。息切れは、すぐに収まったが、ショックだった。長いといっても東京タワーの階段を上ったわけではない。駅の階段だ。

ランニングを自粛していたツケが今ごろ出てきたのかもしれない。

「自粛おばさん」が、「ランニングは自粛しなくていいですよ」と言ってくれたら、週に2回は走ったのに。

いつも思うことだが、なんの対策も提示しないなら、感染者数の発表は事務方がやればいいのでは。毎日フリップ芸をやりたいためにテレビに出るって、時間の無駄だよね。そんな時間があったら、しつこく専門家と協議して有効な対策を練って欲しい。

「感染拡大警報」や「不要不急の外出は控えて」などというフリップ芸は、1回見れば十分。

 

中央線は、空いていた。しかし、立川駅前は、そこそこ混んでいた。そこもそこも混んでいた。

LOFTは、そこそこではないくらいに、ソーシャルディスタンスを保っていた。

すぐに目的のものを買うことができた。

こんなことは改めていうことではないが、私はウィンドウショッピングというのが苦手だ。あれいいね、これいいね、あー、でも最初に見たのが一番いいね、という買い物はしない。そんな時間的余裕がない。

最初から、買うものを決めているから、迷いがない。目的のものを見つけたらすぐ買って帰る。

我がヨメは、女性の特性なのだろうが、買い物に費やす時間が長い。決定までに時間がかかる。折り畳みの日傘を買うだけで1時間以上かかる。それぞれどこが違うのだろう。違いがわからぬ。

買い物で意見を求められたときは、私は、いいねいいね、それが最強、と答えるのだが、ヨメは私の意見に従ったことは一度もない。

最終的には、店員さんの意見に従う。

期待していないから、私もその結果に落胆することはない。私の意見は、すぐに泡のように消える。

バブルおじさんですよ。

 

バブルおじさんは、また国立に戻った。

そして、大学通りの木のベンチに座った。手には、コンビニで買ったクリアアサヒとバターピーナッツがあった。

観賞するために買ったわけではない。飲んで食うために買ったのだ。

飲んで食った。

みなさんが働いている時間に、こんなゆるい時間を過ごすのは申し訳ないが、飲ませてください、バターピーナッツをください(あっ、連休だった。だったら気を使うことはないか)。

 

脱力しているとき、私の足元に小さい子猫の形をした猫がやってきた。

茶と黒と白のハチワレ君だ。生後6ヶ月程度と思われる。

首輪をしていないので、野良ちゃんだと思う。人懐っこいのは、人間に警戒心を抱いていないからだろう。

ニャニャ、と声かけたら、寄ってきた。そーっと手を伸ばしたら、怖がることなく触らせてくれた。撫でた。

おー、懐かしい感触。そのあと、いつも持ち歩いているちゃおチュールをバッグから出して口元に持っていった。

なんのためらいもなく食べてくれた。人に相当慣れていると見た。

私の住む国立は猫に優しい街だという。野良猫に餌をあげていると、他のところでは「なに、ノラにエサあげてるんだよ。これ以上ノラを増やすな」と怒る人がいる。「猫にエサをやるな」という看板もたまに見る。

しかし、国立は、その点ではフリーだ。

ここでは、野良猫ちゃんは、地域猫という形で扱われているようだ。つまり、みんなのノラちゃん。

試しに、膝の上に乗せてみた。逃げなかった。撫で撫でした。

至福の時間だ。クリアアサヒとバターピーナッツがうまかった。

セキトリか、君はセキトリか、と聞いたが、もちろん返事はない。君はこの地域では、なんと呼ばれているんだろうね。

持ち帰ろうかと一瞬思った。本当に強く激しく思った。でも、この子はこの地域の子だ。色々な人に愛されるのが、一番幸せなんだと思い直した。

5分ほどで猫は降りて、優雅にのそりのそりと花壇に入っていった。

ノラ君、また会おうな。

今度は、マグロ味ではなくて、帆立の貝柱味を持ってくるから。

 

ノラ君との再会を待ちわびながら、満足してバターピーナッツを食い終わり、クリアアサヒを飲み終わった。

食い終わって、立ち上がったとき、肩に何かが乗ってきた。

「つるとんたん」じゃん。

私が勝手に名付けたつるとんたんは、ハクセキレイだ。私がマンションの駐輪場に降りると5割以上の確率で、私のそばに降り立つのだ。そして、テケテケテケと歩きまわり、ときにツピーツピーと鳴いた。

最初は偶然かと思ったが、今では、この子は私を認識しているんだな、と思うようになった。

肩に乗せたままマンションまでの300メートルを歩いていった。

つるとんたんは逃げずに肩に乗ったままだった。

側から見たら、肩に鳥を乗せた変なオッサンだ。恥ずかしいオッサンだ。だが、私は生まれたときから恥ずかしい子どもだったので、大人になっても恥ずかしいのは当たりまえだ。どこが悪い!

マンションの入り口まで来て、じゃあ、つるとんたん、またな、と羽根をなでながら言ったら、つるとんたんは、スーッと飛んでいった。

 

私は、いま夢のようなことを考えている。

たとえば、つるとんたんを肩に乗せて自転車でスーパーに買い物にいく。そして、つるとんたんをスーパー前の適当な場所に止まらせて、買い物後に、また肩に乗せて帰るという夢だ。

そんなことは、絶対にできない、野生の鳥はそこまで人に慣れない、というのが、常識的な意見だと思う。

それは、メルヘンだな、という意見もあるだろう。

 

 

だけど、そんなメルヘンも、あっていいよね。

 

 



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2 コメント

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それは (ままちゃん)
2020-07-26 06:53:11
つるとんたんは、オールドMacで仕事をしている60過ぎの殿方がどのようなお方であるのか知っているのでしょう。ハチワレ子猫も然り。国立にドクター・ドリトルが存在していると言うことでしょう。そうでなければ、ちゃおチュールなど携帯していません。
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おはようございます(^^♪ (のり)
2020-07-26 09:33:11
メルヘン大いに結構!! 夢が叶いますように・・・
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