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万福寺 大三島のつれづれ

瀬戸内・大三島 万福寺の日記です。
大三島の自然の移ろいと日々の島での生活を綴ります。

「絵ものがたり正信偈」 読後感想おたより №2

2012年12月08日 | Weblog



 10月10日に発行されました若院著の『絵ものがたり正信偈』お陰さまで多くの方に読んでいただいているようで、厚くお礼を申し上げます。

 次の様な読後感想のお手紙をいただいております。精査にお読みいただき望外なコメントを賜りましたことを有難く感謝申し上げます。

福岡博多でご法耕されている、龍大の、また宗教教育部の大先輩でもあられるE.T師からのお手紙。(坂出市清立寺さんよりご提供)


 (前略)さて、過日よりは「絵ものがたり正信偈」のご恵贈賜りまことにありがとうございました。厚く厚くお礼申し上げます。
 今までに五回程読ませていただきましたが、その都度しずかなる感動に包まれています。
 まず、出だしがすばらしいですね、

   はてしない過去から
   わたしをつつむいのち

   はてしない未来まで
   わたしを照らす光

 そのいのちと光が、いかに成就していったか・・・・、そしていかにして“ナモアミダブツ”のみ名になっていったのか・・・ このことを正信偈が意とするものかを適格に、平易に、又文学的に表現され、読んだ後も余韻が残ります。
 ご門徒のある方にこの本を読んで頂いたところ、これなら阿弥陀様のルーツがよくわかる、私にも是非一冊を、との答えがかえってきました。
 この本をつい最近、63才のご主人を突然亡くされた方、入院されている方、或いは、小生が教誨師として担当している死刑囚や受刑者にも、と思っています。十冊程ご送付頂けないでしょうか、(中略)
 久々に心に染みる本に出遇った。率直な感想です。(後略)


  M.Z師(愛媛県)のお手紙

 先日は『絵ものがたり正信偈』をお送りいただき有難うございました。
 とても斬新で、さわやかで、かってなかったようなご本になりましたね。最近は、お経の「超訳」とか「心訳」といわれる本がいくつも出されていますが、その中でも優れた一冊だと思います。 釋さんも書かれているように、言葉と絵の境界線が融けてしまうような印象です。
 『正信偈』をこんな風に訳されるには、どんなにかご苦労があったかと思います。叙情に流されることなく、格調をもちながら。それはきっと、親鸞聖人の信心の喜びをそのまま受け止められた、ご自身の宗教的感動の表れなのだと感じました。
 特に印象深かったのは、終わりのまとめのところの、

   “ナモアミダブツ”

    この名には
    さとりの世界から
    あなたへと届く
    はてしなくながい
    いのちのものがたりが
    あるのです

 読んでジーンときましたね。
 本当にありがとうございました。
 (以下略)


 I.H病院長(松山市)からのお手紙

 年の瀬も押し迫り、心せわしいこの頃ですが、ご健勝のことと存じます。過日は今治の実家での報恩講を営んでいただき有難うございました。
 その節、若院様が作成された「絵ものがたり正信偈」を頂戴いたしました。
素晴らしい着想で、時期を得た絵本と、感銘を受けました。「南無阿弥陀仏」のお念仏の奥深い意味を、実にやさしく、無駄のない表現で、語っていただいています。我々仏教に縁の薄いものにも、心に沁みこんでくるものがありました。
 何よりも、古いお経と思っていた「正信偈」が、実に格調の高い漢詩であり、親鸞聖人の心情のこもったメッセージであることが、よく分かりました。現代人には難解な親鸞聖人の漢詩「正信偈」が、この絵ものがたりによって、身近になった感がします。心から感謝申し上げます。(以下略) 


 M・Tさん(山梨県)からのお手紙から

 この度は 絵ものがたりの正信偈の本を送っていただきありがとうございます。
ゆうべ一番下の孫(5才)が一緒に寝たいと言ってきました。寝る前によく本を読むので頂いた本をひもときました。絵をみてこれが王子さまと私に教えていたのですが、日曜礼拝で耳から覚えかけたお正信偈がかながふって出てきたものですから、声を出して読み始めました。私も一緒になって声を出して頁ごとに区切られながらーそれも楽しい様子でー子供の澄んだ美しいかわいい声に私の声が、まだたどたどしいところへのっかって終わりまで読ませてもらいました。
 とてもとても佳い時を過ごさせてもらいました。尊いことでした。ありがとうございました。
 ご子息の副住職執持様の文が優しくて絵と一緒になって、ホントは知っていなかった私に心に届けてくださいました。有難いことです。
 日曜礼拝に、お加減が悪いので寒くなって来れない方、うちのお寺に来たいと云われるけどまだ眞宗にふれておられない方に法蔵館で求めて差し上げたいと思うほどです。日曜礼拝の方々(少人数ですが)にも見せてあげたいです。(後略)


S・Kさん(大阪)からのお手紙から

 この度は 若院さまの「お正信偈」ご送付下さり 有難うございました。
直ぐに拝読しました。

 一行 一行の すなおな ことばに 仏の いつくしみが 透きとおって ふりそそぐ 光のように 受け取れました
どのページも余白が多く その絵の中の余白に おひとりお一人 お念仏に 出遇われた縁を思い起こし 先に往生された方を
偲ばれるのではと感じられました なんども拝読します
 ご縁の方にお配りしようと思っています(法蔵館より取り寄せて)
  (後略)


 このような読後の心に染みいるようなお手紙を頂き、ありがとうございます。(住職)    和南
  
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晩秋の本願寺

2012年12月08日 | Weblog
                             
                              晩秋の両御堂

                                                

                                 いてふの葉もほとんど散っていました。

 永観堂を辞して、昨日お参りが出来ませんでしたので、ご本山(西本願寺)に寄り両堂へご挨拶申し上げました。この師走の寒さの

中を「念仏奉仕団」のタスキを掛けた人たちの姿が見えました。ご苦労さまです。

 ご本山にお参りをするのは1月11日に参勤した大遠忌正当法要以来のことで、改めて深い感慨をもってお参りさせていただき

ました。

 ご影堂前の大公孫樹は全て落葉しています。境内北東の直幹の公孫樹には黄葉が少し残っていました。公孫樹は本願寺を象徴す

るもので懐かしさがあります。


 今朝、永観堂で中西玄禮管長から拝聴した中の、法然上人の『選択集』を5回熟読して念仏門に入った静遍師のこと、専修念仏の

批判書『砕邪輪』(さいじゃりん)を書いた山寺の明恵上人のことなどが思い巡りました。・・・親鸞聖人の百日の六角堂参籠

から法然上人のもとに百日続けて聴聞に通われたことなど併せて思念してみる時、法然上人のその時代への影響力は未曾有なことであったことを

改めて考えてみたことです。自力門から絶対他力への転回は日本の宗教史上、初めての画期的な開展だったのです。


 大三島が黄昏(たそがれ)の頃には帰山できました。
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