京都の古田仏具製作所に修復依頼していた
小物の仏具が帰ってきました。その中にご本尊
前に置く一対の仏飯台があります。
浄土真宗本願寺派ではご本尊の上卓にはお仏
飯をお供えする時の台は依用(えよう)しない
ことになっているのですが、当山では昔から仏
飯台が使われてきました。
この須弥壇、宮殿、上卓が調製された大正1
1年に同じく製作された仏飯台であることは確か
ですが、何故作られたのかは伝承がありません。
六角台形で金箔押、金具打、六面に群青と緑青
が振り分けに彩色されているものです。余り他で
は見ることのない形状と色彩をしています。
修復されて新調同様の輝きとなった宮殿、須弥
壇、上卓に今又修復された小さな仏飯台一対を置
いて見ると、一層の生気が漂い始めました。画竜
点睛と云うべきでしょう。わずか二点に過ぎない
群青と緑青の岩絵の具の色彩がよく効果を発揮し
ているように思えます。
その製作に当たった仏具師も依頼をした当時の住職
慈朗師も80数年前に他界していますからその製作意
図について聞くべくもありませんが、仏教の美の世界
の感覚と云うべきものなのでしょう。 (住職)
小物の仏具が帰ってきました。その中にご本尊
前に置く一対の仏飯台があります。
浄土真宗本願寺派ではご本尊の上卓にはお仏
飯をお供えする時の台は依用(えよう)しない
ことになっているのですが、当山では昔から仏
飯台が使われてきました。
この須弥壇、宮殿、上卓が調製された大正1
1年に同じく製作された仏飯台であることは確か
ですが、何故作られたのかは伝承がありません。
六角台形で金箔押、金具打、六面に群青と緑青
が振り分けに彩色されているものです。余り他で
は見ることのない形状と色彩をしています。
修復されて新調同様の輝きとなった宮殿、須弥
壇、上卓に今又修復された小さな仏飯台一対を置
いて見ると、一層の生気が漂い始めました。画竜
点睛と云うべきでしょう。わずか二点に過ぎない
群青と緑青の岩絵の具の色彩がよく効果を発揮し
ているように思えます。
その製作に当たった仏具師も依頼をした当時の住職
慈朗師も80数年前に他界していますからその製作意
図について聞くべくもありませんが、仏教の美の世界
の感覚と云うべきものなのでしょう。 (住職)