万福寺 大三島のつれづれ

瀬戸内・大三島 万福寺の日記です。
大三島の自然の移ろいと日々の島での生活を綴ります。

母の遺したもの

2012年07月31日 | Weblog
                           
 先日、広島平和記念資料館より贈って下さいましたアーサー・ビナードさんの写真詩集「さがしています」に促されるように兄

綜智の被爆とその最後についてまとめておこうと思い立ちました。

 平成13年に死去した母の持ち物、一合の行李の中より大切に袋に包まれ「綜智の着衣」と書かれた被爆着衣、それを後日平和

資料館へお預けしたことから兄のことに新たな展開が始まったのでした。兄が原爆投下時どこで作業をしていたかと云うことも、

被爆後どの様な状況となったかと云うことも、そのことを生存されている僅か4人の中の竹本さんと云う方がお電話下さったので

した。このことは両親が生存中にはどうしても知り得なかったことだったのです。崇徳中の1、2年生の510数名と7人の先生

は全滅したのだと云うことだったのです。

 そしてこの度は兄の被爆した少年用の小さな軍手が米国人の詩人アーサー・ビナードさんの目に留まり他の13点の被爆資料で

もって「さがしています」と云うタイトルで写真詩集が出版されたのです。

 原爆投下から70年近く経った今もこのように展開されていることに促されて、兄のことについてまとめてみました。パソコン

を駆使して編集、印刷、製本と全て手作りです。僅か20冊を製作してみたのですが、増刷は可能です。兄と原爆については私に

とってこれが最初で最後のものになることでしょう。

 もし、読んでみたいと云うご希望の方がおありでしたら、eメールを下さいましたら送らせていただきます。

                              
                          この写真は当時の兄姉と写った最後の写真です。昭和20年の3月、
                          右が兄綜智、左は姉、勿論、真ん中は3才の私(住職)です。  




どうにか冊子が出来て庭に出てみると時計草の花が笑っていました。
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さがしています アーサー・ビナード詩集

2012年07月26日 | Weblog
                               
                              アーサー・ビナード詩集

 広島平和記念資料館の学芸課下村真理さんより上載の写真詩集が贈られてまいりました。この詩集は資料館に納まっている原爆

関係資料2万点を超える中から反戦、反核の詩人アーサー・ビナードさんの心を捉えた14点が選ばれ写真家岡倉禎志氏が撮影し

た14点の写真にビナードさんが詩作した14篇とがタイトル『さがしています』として東京童心社から編集発行されたもので

す。

 この写真詩集の14点の遺品の中に少年用の一足の「軍手}があります。実はこの「軍手」は昭和20年8月7日夜半、廿日市

の親戚宅で死去した私の兄綜智(広島崇徳中学校1年生、13才)が6日被爆時に手にはめていた作業用手袋なのです。

 平成13年1月15日死去した母弥笑の所持品の中に袋に入れて大切にされていた兄綜智の「最後の着衣」の中にこの軍手があ

ったのです。平成17年に家族の話し合いにより原爆資料館へお預けしようと云うことになり、資料館に赴き他の着衣と共にお預

けしたのでした。

 その後、この軍手は度々企画展に展示されて来たようです。思いますに、この軍手が見る人の心に残るのは、手袋の余りもの小

ささにあるのかと思います。このようなことからか、反戦反核の米国人の詩人アーサー・ビナードさんの眼に留まり詩作のテーマ

となったのではないかと思っています。不思議なご縁を感じずにはおれません。

                              
                                       兄綜智の被爆手袋

 がんばれ がんばれ
   みんなで がんばろう       

  右手と 左手に ぼくらを はめて
  ソウチという 男の子は 毎日 がんばっていた。
  板を はこんだり 柱を ひきたおしたり・・・・・
  でも それは むだな しごとだった。
  なにかを つくるんじゃなくて ヒロシマの
  たてものを つぎつぎと こわしていったんだ。

   (中略)

  原子爆弾が ピカアアアアアッと おとされた。
  たった いっぱつの
  ほんの 1キログラムの
  ウランが はじけて まちを ぶっこわした。
  がんばろうと したけれど ソウチくんは
  その日から あと 1日しか いきられなかった。

         ぼくらは いまも あの右手と
         左手を さがしているんだ。

              詩 アーサー・ビナード           

 
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大三島の花火

2012年07月22日 | Weblog
 昨夜7/21、大三島上浦町多々良岬で花火が上げられました。しまなみ海道の町々では夏になるとどこかでイベントが行われ

ていて大層賑わいます。先週は大三島町で「鶴姫まつり」で鶴姫行列や海上で櫂伝馬(かいでんま)競争などがありフィーバーし

たようです。昨日は上浦町のイベント、若院夫婦は花火を見に行くと出かけて行きました。写真を撮っておいてくださいと頼んで
おきましたらこのような花火が撮れていました。


    
 (クリックしてください)

 私が花火を見たのはいつのことだったのでしょう、あれは二十歳の頃、東海地方を巡回子ども会で回った時、岡崎市に行った夜が花火大会が行われていたので会場まで出向いたことがあります。それはそれは豪壮なもので、ナイヤガラの仕掛け花火にはビックリしたことでした。それ以来、私は見に行ったことがないようです。
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黄鳳 富貴蘭こうほう

2012年07月20日 | Weblog
                            
                            黄鳳

 黄鳳(こうほう)と呼ばれる富貴蘭に今年初めて花が咲きました。黄色の花で希有な花であろうと思います。富貴蘭はほとんどが白色で、中に紫色のものがあって黄色の花は極めて少ないのではないかと思います。と云いましても私は数年前に今治の藤原さんから頂いた25鉢の富貴蘭しか知らないし、他に余り見たこともありませんから、何とも云えませんが、そのように思っております。寒蘭、春蘭、えびね蘭なども黄色の花は極少のようです。



                                        
                                        玄関ロビーの柱に掛けてみました。
                                        花掛けの板は古いワイン樽が利用されて漆加工されたものです。 
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和信 107号

2012年07月19日 | Weblog

7/15付けで「和信」107号を発行いたしました。間もなく配布されると思います。(離郷されている方へは先日発送いたしましたので見て下さっていると思います)

 昭和42年に「万福寺時報」として発行し始めたのでした。蝋原紙に鉄筆で一字一字ガリガリと書いた謄写印刷で発行しておりました。それが邦文タイプで印刷するようになり、昭和61年より誌名を「和信」と換え表紙をカラーで印刷するようになりました。
 パソコンが急速に発達し、今では編集は全てパソコンを駆使し、写真も全てカラーと云う数十年前では想像もできなかったことが家庭で出来るようになったのです。パソコン時代になっての編集は全て若院がしてくれております。僅か年2回発行にとどめておりますが、いつまでも続いてくれることを願っております。
 (和信の画像をクリックしますと大きくなります)    
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富貴蘭楊貴妃(ふうきらんようきひ)

2012年07月15日 | Weblog
                                     
                                     楊貴妃

                           



                                     
                                     朝日殿

                                 



 梅雨の長雨の中で庭の樹木の枝に釣り下げている「富貴蘭」が咲き始めました。3年前に25,6鉢頂いた富貴蘭、そろそろ株

分けをして新しい水苔にしてやらなければならないのですが、今年も綺麗な花を咲かせてくれています。なんとも華麗な花たちで

す。鉛色の雨に煙る木陰に咲く富貴蘭は小さなジュエリーの様に見えます。ランダムに伸ばす白骨のような根も雅味があります。

 11代将軍徳川家斉が熱心な愛好者であったこともあって熱狂的なブームの時代があったようです。ともあれ、このような蘭が

深山の岩や古木に根を張り花を咲かせていることを思うだけで自然界の幸せな吐息を感じることが出来ます。 


                                 
 天恵覆輪

         
       天恵、天の恵みと名付けられています。これはこの蘭の花を云っているのでしょう。天から降りてきたような得も云われない美しさと云う意なのでしょうか、
                                      
             天恵覆輪の覆輪は葉の形状を云っています。覆輪とは金色に葉っぱが縁取られていることを意味しています。 
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今治組総代会(いまばりそそうだいかい)

2012年07月11日 | Weblog
 7/11(水)午後1時より今治市大西町明専寺様本堂を会場に今治組総代会平成24年総会と研修会が開催されました。万福寺からも総代さん11名と住職、若院の13名が出席いたしました。
 梅雨の最中のこともあり雨が降ったり止んだりのお天気で、そう暑くもなく研修会としてはいい日であったと云えます。

 開会の勤行に続いて総会行事(事業報告、会計報告、新役員紹介、新年度事業予定、新年度会計案報告承認)が行われました。

 研修会はこの度初めての試みなのですが、組内(そない)寺院の住職、副住職が講師を務めて見ようと云うことになり、次のように進められました。

  仏事作法について      明専寺住職浅野亨之師
  仏教の基礎(中道、縁起)  法珠寺住職加藤圓正師
  お浄土に生まれること    太平寺副住深水健司師

 それぞれ身近な親しみのあるお話でご指導いただきました。新鮮味が感じられました。

 予定通り午後3時に終了。3台の車で分乗して帰山いたしました。梅雨にけむるしまなみ海道を渡って。


                                     
        春菊 いつも葉っぱばっかり食卓で見ていますが、花がこんなに素朴で美しいとは新たな発見です。
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この花は?

2012年07月07日 | Weblog
                                 

                                                   

 宗方のバス停の右側にゴージャスな深紅色の花が目に着き、気になりながら車で行き来していました。先日カメラを車に積んで

おいてやっと撮影できました。

 どなたがいつ頃に植えられたのかも知りませんが、早、4㍍ぐらいに大きく繁茂しています。その枝の先々に昇り藤のような深

紅の花が沢山に咲いているのです。

 撮影しながら、はてさてこの花は何と云うのだろう、初めて見る花のように思えます。去年も咲いていたのでしょうが、見た記

憶が全くありません。

 撮した写真をもとにいろんな花の写真集や図鑑に当たって見ました。6、7月に咲く花で「珊瑚刺桐」(さんごしとう)と呼ば

れている花であることが分かりました。まめ科の植物で「アメリカデイコ」と「エリッリナ・ヘルバケア」の交雑種であると云う

のですがどちらもよく知りませんから判然とはしません。ですがこの花が「珊瑚刺桐」(さんごしとう)と云う花であることは分

かりました。数日で花は終わるでしょう。

 見ていると心がズシンとリッチな気分になれます。
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アジサイからムクゲへと移ろう

2012年07月05日 | Weblog
 昨夜は再び豪雨に見舞われました。北九州や中国地方のような猛烈な雨ではありませんでしたが、一寸心配になるような降り方でした。被害はなかったようです。
 正午頃には雨は遠のき、夕方庭に出てみるとアジサイたちが最後の花を輝かせていました。

                          
                          何年か前の父の日にプレゼントされた鉢植のアジサイが咲いていました。


               
               知らぬ間にムクゲが咲き始めています。沙羅の花、アジサイの花は終わりに近づき、ムクゲの季節となりました。

                                        
                                        初咲きの白ムクゲ
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第3回 離郷門信徒の集い

2012年07月03日 | Weblog
                          
                          ご影堂前で、帰敬式を受ける方は入っておられません。

 7月1日(日)午前10時30分より京都本願寺に於いて、「第3回離郷門信徒の集い」を開催いたしました。私(住職)は今治大正町のK.Kさんの葬儀のため京都の集いは若院、坊守、若坊守にお世話を頼みました。ご出席下さった方々には折角ご参席下さいましたのにお会いすること叶わず誠に申し訳ありませんでした。でも、和気藹々とした集いであったことを坊守から聞いて喜んでおります。来年には是非お会いいたしましょう。

         
         安穏殿2F仏間で勤行 若院が調声
                               
                               正信偈をお勤めいたしました。

          
          布教専従職の和気先生のご法話を聴聞

                                
                                菅 陸夫氏の代表者挨拶

                   
                   会食は籠弁当
                           
                          会食の模様  (写真はクリックで大きくなります)

 午後から、本願寺両堂へお参りし、帰敬式を受けられる方はご影堂に留まり他の人は本願寺前の龍谷ミュージアムの「大谷探検隊将来の文物展」を拝観しました。
 受式者と合流しお茶をして、なごりおしくお別れしたとのことです。来年もまたお会いいたしましょう。


 ◎住職は今治のセレモニー会館でのK.Kさんの葬儀へお参り致しました。Kさん宅へはもう40年以上にわたって秋の報恩講にお参りに伺っていました。20年くらい前からは3人のお子さんにそれぞれ2人ずつ孫さんが出来、そのご家族が集まっての報恩講で賑やかなご家族仲睦ましいお参りでした。急なご逝去で驚き寂しくなられたことですが、この麗しい家族愛は次の世代に受け継がれて行くことでしょう。
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