スピリチャルTIMES 「とにかく生きてみる!」

スピリチャルTIMESの編集長北村洋一が、この不確定な社会に生きている人々の喜怒哀楽をレポートする。

とにかく生きてみるvs夏が終わっていく・・スイカでも喰い倒したろうかい!

2012年08月23日 | 自分的エッセー

とにかく生きてみる。深夜バイト11連勤も根性と惰性で無事終わった。疲れを通りこしてなんか5歳くらい歳がいったような気がする。そんなこんなで、景色をみわたしてみると、夏が、夏が・・・・終わりかけてきよるのが判る。紅白歌合戦で言えば、10時半ごろからの演歌さんの3組連続登場に、まもなく歳が明ける気配を序序にかもしだしているような気がする。またまたケツが落ち着かないのである。
それに・・・・破傷風で集中治療室に入っている親父も1ヶ月半がたった今でも意識はほとんどない。
痴呆というか、物忘れの激しい母親は、面会時間が決まっているというのにもかかわらず、ボケた時間に面会に行き、看護婦さんとひと悶着やらかしているという状況である。

暑い・・・夏・・・・も高校野球の終わりとともに秋に向かって進みはじめるのだが、この夏まったく夏を感じることもなかった私は、買い物に行った際にスーパでスイカを買った。
スカイがめちゃくちゃ好きでもないのだが、しようむない飲料を飲むのなら、断然スイカを食べるほうが喉の渇きにもいいし、消化にもいいような気がするのである。
思いだせば夏の色々なシーンでスイカが登場してきた。

子供のころの夏休み、祖母の家の縁側で食べた典型的な・・・子供スイカ。
高校のクラブの差し入れに、親父がトラックに乗って持ってきた・・青春スイカ。
深夜の国道沿いにあった果物販売所での冷蔵ケースに入って冷っこさを訴えている・・やくざスイカ。
そんなことを思いだしながら・・・・スイカがむしょうに食いたくなった。
そもそもスイカは・・・どの食べ物にもアレンジがしにくいと言うか、アレンジしたものをみたことがない。
昔しアイスキヤンディーであったような気がしたが、それもヒットしないまま終わった。
スイカは、手を入れないのがいいのだろう・・
スイカはそれ自体を食うのが一番ベストなのだろう・・・・
それでも・・スイカの種は邪魔臭いのが難点だ。何回も種なしで・・むしゃぶりたい欲求に駆られたことがあるが、この歳になってスイカの種というか、種をよけながら食べるのも案外一理あるのではということに気がついた。
これは呼吸をしながら食べるということに繋がるのだと思う。
うまいものにはかぶりつく癖が私にはある。腹の減った時の牛丼なんか、呼吸を止めて掻きこんでいるような気がするし、焼肉の上カルビを食べる時も、完全に呼吸を忘れている気がする。
その点・・・・スイカは、口を大きく開けても、かじり、すする瞬間に種を気にしながら小口にして齧っていくのだから、十分酸素を取り込みながら・・食っていけるというか、食わなければならないのである。
だから・・・深呼吸の状態を作りながらあせっても、あわてても必然とゆっくり感をもたしながらしか、食えないわけであり、その結果他のものよりリラックスした状態で食べれるということになるのではと、思っている。
それでも・・・やっぱしスイカのクライマックスは、最後の皮から実が1センチから2センチになった頃の、種がほとんどなくなった時である。ここからは食べ方にターボがかかり、果汁をほっぺたにつけながらの
むさぼり喰いは、人間であることを忘れる状態になるというか・・・何処かへトリップしてしまうのである。

十分に呼吸をしながらリラクッス状態で食べるスイカの先の部分と、人間を忘れた動物状態に近い形でむさぼり食べる、へたに近い種のない部分・・・まさにアンダンテが効いた食べものであるといえる。

そんな冷やしたスイカを目の前におき去り行く夏を・・・引き止めるかのように今スイカを食べるのだ。
稼ぎがいい旦那のように、風鈴の鳴る縁側もない。
少年のように白いランニングも着れないし・・・
一人で、ただ一人で三日月を45度片むけたように切ったスイカを置く。
そして・・ひとつひとつと種をとりながら、ゆっくり呼吸をしながら先ちょから齧っていく。
リラックス・・・してくる。心のこりもとれてくる。じっくりと潜在意識のギャップがとれてくる。
うまい・・・・スイカがうまい・・と心からこみ上げる。
口いれて噛みながら・・目をつぶる。
誰がなんと言おうとこれは、ウォターメロンではないと頭に浮かぶ。
スイカは西瓜であるのだ。
そして・・・へたと実が背中合わせに近い場所になった。
そこから気が狂ったように、私の口は、シャブシャブ、ジュルジュルと言わしはじめた。
「ええ・・夏やんけ!!」 「ええ夏やんけ・・・」と一人語と共に、西瓜の赤実が消えていった。

             


まだ・・・西瓜は残っている。
明日もあさっても、西瓜を喰いたおしてやる・・





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とにかく生きてみるvs孤独な野郎となるかvs修羅に生きるか

2012年08月09日 | 自分的エッセー

とにかく生きてみる。破傷風の親父は変らず集中治療室に入ったままであり、以前意識は朦朧としているというか、まったく意識がない。また栄養状態も徐々に悪くなっているみたいで、新たに血漿分画製剤(人に血液から作りだされる薬)なるものを使用することに、同意のサインをした。
悪くなっているのか、回復に向かっているのか判らないという状態が続いている。
また・・・深夜バイトもお盆週間にはいり、11日連続勤務がこれから続く。
またしても、当たり前というか、今年も盆休みはない。親父の入院でしかも集中治療室での意識のない状態では、おいそれとお盆のリゾートなどなど呑気なことは言っていられない。

それはそれで・・・・孤独というか、一人というかまったく友達、知り合いと交流していないこのごろの私がいる。まーうまいこと何処にもいかなくていいように神様のお手配で、家でじーとしている自分がいる。
オリンピックや高校野球も、周りの状況に比べれば、それほど興奮するものでもない感じがする。
だだ一人、深夜バイトと、これから出版を狙っている本の企画を練っている・・というかひたすら本を読みまくっている。読んでは、食うて、読んでは寝て・・・あとは深夜バイトと原稿の下書きを黙々としている。
仲間とわいわい焼く肉を食べながら騒ぎたいと思うこともある・・・
友達と海にでも出かけ、浜茶屋でかき氷を食べながら、しょうむない話をしたいと思う
それとも厳しいプレゼンの企画書のミーティングをコヒーとタバコの煙のなかでしていみたと思う
本当に・・・・周りからのお誘いがない。しかしいい時期でもあるのだ。もっともっと自分を見つめ、「さあどう生きるを考える」良い機会にしたいものだ。
それでも・・・もう限界にきたならば、修羅に生きるかなのだ。
カネもコネもない今、唯一孤独を覆い世間と繋がりをもてそうな事といえば、なんか胡散臭い話に足を突っ込んでいくしかないのではと考える。
2~3百万くらいで潰れる男より、10億くらいの負債をもって潰れる男のほうがはるかに濃い人生なんだろうと思うのは間違いなのか? 自分で企画して、タレントを手配して、会場を手配して、チケットを売って、興行を打とうかなどと思うが、相当なリスクがそこにあり、それこそ一晩に数百万の赤字になり、借金に負われるというか、この土地から逃げなければならない状況というか、命さえも狙われる可能性だってある。それでも・・何もない孤独よりはましなのか?まして私にその根性が残っているのかなどが・・・思いかさなる。そうなれば修羅に生きることもどうも・・腰が引ける。
もともと、ちょい悪親父くらいしか見せる度量しかない私に・・・本当に修羅に生きることなどできるはずもない。新形態風俗! 手形の割引! もう過去の人になった演歌歌手のスポンサー探し!
ドロドロの営業で、不信の人間関係の中で、生き残る力は今もないし、ひょとしてもとからそんな世界で生き抜いていく力もなったのかもしれない。
それじゃ・・・・日々食う扶持を稼ぎ、無駄に使わないようにと、周りとの関係や付き合いを減らし・・・徐々に孤独に生きていくのを良しとするのか????
それは・・喧嘩することも、揉めることも、嫌がらせされることも、もっと言えば命を狙われることも、「いやや・・」と言っているのである。それだったたら誰かも相手にされず生きていくほうがいいのだろうか・・
その中間というところがないのだろうか? やっぱしそれは会社勤めということなのだろか?
この夏・・・・それが判るまで生きてみようと思うが、もう少しプッシュして生きてみようと思う。

この18日に、ここ2年間ブログで追いかけていた、面白しろい願望実現のセミナーに経費でなく、ポッケトマネーでセミナーに申し込んだ。
先祖供養をさせてもらう為に1週間の祈りをはじめた。
そして・・・そこの祈願に、「どうか私の仕事が、やりがいのあるもの、燃えるようなものにコミットできますように・・」と喉もとまで、でかかった。しかしそれはやめた。
私は「祈りは決して自分の為にしない・・」と決めたのだ。「祈りは人の為に・・」と心に決めたのだ。
だから、自分の御利益の祈願はない。子供達、両親、そして友達の為にだけ祈ることにした。
「野菜を切って切りまくってもいい。道路工事のガードマンでもいい。 何でもする、そこに貴賎はないのだ。」と深呼吸10回くらいを伴いながら、改めて決心した。
そうなると・・・なんだか孤独感はなくなる。
反面これが私の修羅場なのかと考える。

もう少し・・・それまで生きてみようと思う。



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とにかく生きてみるvs訳あって熟女フリークをやめることにする。

2012年08月02日 | 自分的エッセー

とにかく生きてみる。深夜バイトは、夏休みに入り忙しいの極みである。若い頃から生業でやってきた広告関係なんか、関西では瀕死の状態であり、その他にも飲食関係や、アミューズ関係のイベントや企画も断然少なくなっている状態の中で、アルバイトだけが断然忙しいということに、多少めまいを感じながら、仕事もそうだけど、確実に続いていくものなんかないのでは?という思いを持ち、それでも残っている連中も必ずいるという事実を、自分の努力不足に省みて、今をとにかく生きている。

今からかれこれ10年くらい前になるころに、風俗の世界では熟女ブームなるものがおきた。
それは画期的な出来事であった。まず風俗の世界では、その看板キャッチコピーが、「若い娘いるよ・・」であったのだ。それに騙されて?か釣られて往くと、出てきたのは・・・「おばはんやん・・」と言いながらも、「でもやってんやろ・・?」と聞かれたら、「まぁな・・」と答える景色があった。
それでもだ、まだ良心的と言うか、その女性はなんぼなんでも50歳前のとんでもないお年でなく、30歳前半くらいであったし、ましてや、子供がいてると言うことは風俗遊びの中ではトンでもないババを引いたことになり、その晩の笑い草になってものであった。
ところが、今やお姉さんを通りこして・・熟女に行ってしまっているのである。孫もいるという熟女さんもいいるから驚きも、あきれになる。

「癒し系のエロ熟女です。当店指名NO1です・・・」と売り込まれるよりも、お客さんのほうから、
「岩下志麻ぽい・・・綺麗系の熟がいい・・」とか、「キュートで小悪魔的な浅野温子ぽい熟がいい・・」とか、好みをぶっつけてくる男性も多いと聞く。またそれを聞ける?くらいキャストは多いのだ。
そして・・私もその流行とかに敏感のほうであり、また自分を知る為にも(自分は熟女が本当に好きなのか、本当に興奮するのか?の見極め)何回か通っっている。
・・・そのHしたい願望より>実際のH行為が少ない悶々の中で、お金が稼げるとなると、まさしくWインカムであり、熟女達のバラエティーの豊富さも手伝い、その中でもタイプが癒し、エロ、不倫、ごっこ系などに別れた。その多様性に、お客も楽しみかつ嵌って往ったっのだ。
そして熟女がブームとなった。


私は豪語した。
「いろんな熟女さんをいかしてもらったから・・今往きたいという熟女さんもいてへんな・・」と。
それを聞いた店のスタッフも、「何にぃ・生意気なことを抜かしてやがる・・」見たいな感じで、
「お客さんそれでは・・この方というか・顔写真はないんですけど・・・」と言ってファイルを見せた。
やや小柄であり、年は49歳となっていた。(間違いなく50歳は超えている)
まだこの世界での経験はない、未婚の(昔で言えばイカズ)方です。
「新人さんですから・・割引クーポンもお付けしておきます」と言う。
寛容な男に見せたがった私は、「どんな熟女さんもどっかに女の厭らしい部分を持っていて、それが微妙に醗酵され、酸いや甘いや、辛いや苦いを・・体系に刻んで、快楽を求め合うことが・・なんと人間の営みの饒舌なことなのか・・」などと講釈をたれた。
「それなら・・この熟女さん行ってくださいよ・・」といわれ、後には引けず「かまへんよ・・」と言ってクーポン券をもらい、集めると割引されるカードに判子を押してもらった。
そして・・店長は声を低くして・・「熟女さんは・・差別したらいけませんよ・・」と言ったような気がした。

「はい・・・行ってらっしゃいませ・・」とドアーを開けてもらい踊り場で、その熟女さんと対面した。
「ぶぅぶうぶぅ・・・さいくや・・・・・・・・・・」と。一瞬目の前が真っ暗になり、ふらつきかけた。
私は自慢やないが、ストライクゾーンは広いほうである。顎が猪木系であり、両手で顎を隠しながら、フェラする熟女さんにもエロを感じたし、汗かきオデブの熟さんにもサカリノのついた一瞬に勃起したこともあるのだが、今回登場したその出でたちに、何の厭らしさも感じとれないのだった。
どっかにエロポイントがあるのではと、しばらくは目や口元、胸、背中、はたまた匂いなども観察したが、まったくこみ上げてこない。
顔は、幼稚園児が粘土で目鼻口を上から足していくようなはれぼったさで、均整がとれていないのである。
「あの・・五木ひろし的な熟女さんにでも・・はみ出したお尻の肉に、へばりつくTバックが、なんと人間らしいエロと感じ、フェラを受ける状態までなった、私なのに・・」と思い、いったい「どうしたんだ・・」と逆に心配する自分自身がいた。
それに、「私がブスであると感ずいたことを・・」その熟女さんに感ずかれたことに、私は強烈な脅しを入れたれた気持ちになった。すべての熟女を受け入れることが出来た私に・・・変化が起こってきた。
それでも・・・話しかたが可愛かったら、面倒みのいい尽くすタイプであったら・・などの期待を込めて
「暑いね・・今日は?」と聞くとなしに話すと、「夏ですからね・・」とあっけない返事が返る。
横から覗く、ぞの熟女さんのお顔には、艶らしいものはまったく見つからなかった。それを「ブッサイク」と言う。
またフェロモン系ではどうだと思い、その体の匂いをレーダーした。匂いも無臭に近かった。
あかん・・・やれるとか勃つとかの問題ではない。そこに行けば自分が滅んでいくように感じだし、体が、ガタガタと振るえだした。
「無理や・・・・・・・・・・なんぼなんでも!!」

私は童貞を捨てて以来初めて、その場から逃亡したのだ。 受付の事務所に忘れ物の理由でかえるといい・・
その場を離れ、事務所に電話を入れた。次回の割引券で話はつき、私は一人喫茶店に飛び込んだ。

「一ちょ前に、俺は熟女のナニヲ知ったというのか・・」
「どれほど・・・熟女に経験があるというのか・・」
と自分で自分を伺う。「何が熟女フリークや・・」
本当の熟女すきは・・・「どの熟女にも差別しないことと・・」と言った店長の言葉を思いだし納得した。

かって飲み屋で、どちらかと言うとS?M?を聞かれたら、「絶対Sやは・・」と豪語し、SMクラブで、Sのプレイでビンタされて腹をたて、小水を飲めといわれ、寸前のことろでギブアップした時、私はSでないし、それを豪語した自分を恥ずかしくなり責めたし、もう二度と自分は「S」などとは言わなくなった。

しかし・・今回はそんな簡単な生易しい答えでは終わらない。
「わかった・・・私は根っからの熟女フリークではない」と言うことは腑に落ちた。
だが、これはひょとして私の人生の御伽噺なのではと言う気がした。
さっきその熟女を、もし私がいけたなら・・・・・いった瞬間から最高の女性として、私に最高の愛と性をくれたかもしれないのだ・・・・と
「芥川龍之介なんかに・・よくあるやつみたいな・・」と一人妄想にはいった。
でも・・それは出来なかった。それでよかったのだ。・・ 
「今まで私の心に住み着いた、変人気質が脱皮できるのでは・・・いやそうするべきであり、そのための
一連の宇宙からの仕込みだった・・」のかもしれないと思いだした。しかもかなり確信めいてきた。
私の潜在意識は、ここを(熟女)を求めていたのではなかったのかもしれない。
本当のあるがままの、私のH意識が、これから素直に出せる気がしてくる。
「若い女性の体からでる、きつく強烈なフェロモンをかいでみたい・・」と痛烈に思い始めた。
体が、脳が求めているのが判る。

過っての「若い娘いるよ・・・」のトラウマに嵌っていたのか?それはわからないが、たった今変わった気がする。
スピリチャルや神性ではこれを必然と呼ぶのかどうか判らないが、今猛烈に若い女性に炊きつかれていく。
「35才までの若い女性がいいいのや・・」と声だかに呟く。

そして熟女クラブの会員カードを手で破り・・・・・ 喫茶店のスポーツ新聞を探した。





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