スピリチャルTIMES 「とにかく生きてみる!」

スピリチャルTIMESの編集長北村洋一が、この不確定な社会に生きている人々の喜怒哀楽をレポートする。

熟女を好きな理由をつらつらと・・・・

2011年09月29日 | 自小説 ノンンフィクション小説

昔なら、風俗というか、そのような遊びの時には、その呼び込みのキーワードは大抵、「若くて、いい子いるよ・・」でした。その言葉をまともに受けてイザ入って見ると「あれはどう見ても・・40歳やで」「何処が若いねん・・」とか言いながらその風俗遊びのハズレ方で、結構酒が飲めたものでした。
それも、今となれば、正々堂々と「熟女・・専門」とか、「完熟母さん・・」とかトマトやないけれど、熟れている女性もこの風俗業界では十分ニーズがあるまでに確立しました。
芸能界でもお笑いタレントのピース綾部やロバート秋山や、天津木村などはその自分の性癖、や趣味をカミングアウトしています。

この時代なぜ、熟女ブームというかすかっりそのポジションが定着したのか?
まず熟女とは、どの女性もある年齢になればそのような呼ばれ方をするのではありません。
誰もが「熟女」になれるわけではないのです。
ただ歳をとるだけでは、オバサンにすぎません。 それは枯れたと言うのです。
美しく歳をとり、醸成されること、それが「熟女」なのです。
やはりここマスコミやテレビでは、このような美しく歳をとった女性が、なんともエロポク立ち振る舞う様子が連日目に入ってきます。
落ち着きと優しさをベッドの中で、ゆっくりと漂わせながら、Hが、上手かろうとも下手で早かろうとも、最後には「よかったよ・・」という一言を言ってくれそうで、その一言がどれだけ力を与えるかを十分計算されていても、熟女の魔法にかかることは、若い女性にはないものなのです。

しかし、こうも需要が多く成り始めると、それだけの容姿や雰囲気を持った熟女も足りなくなり
そこで、次に出てくるのが、THEおばさんというグループ。肥えてるか痩せてるか両極端で、生活感がバリバリ匂うけど・・・・やれんことはないという雰囲気を少々醸しだしている熟女たちです。究極の選択ではないですけど、もしもこの地球上に、かしまし娘と、フラワーショーと三人奴しかおれへんかったら、絶対やらなあかんとしたら誰を選ぶ?という酷な話しです。


AYAさん
神戸の熟女専門の風俗店に在籍していました。身長は155cmしかなく少々華奢な感じのショートボブの素敵な容姿です。そのお年に似合わず本当に綺麗なお尻は、何時までのすりすりしていたい気にさせます。そのお尻に真っ赤なTバックが、ジャズが流れるバーで飲む危険なカクテルの様に、ちょい悪がむくむくと立ち上がってきます。そしてなにより印象に残るのが、目元に施された完璧なアイメイクと高級そうなスーツ姿。
「一人で鏡に向かい、メイクしているときに少しずず濡れてくるの・・」なんて聞くと、シルエットロマンス・・恋する女は夢見たがりの・・風俗から、擬似大人の恋になっていきそうになる。

MEGさん
大阪天王寺の熟女専門店にかっていてました。
体重は80kg位の三段四段腹で、昔ヤンキーやった顔を創造させる細い眉に、カジュアル屈託のない会話が、それはそれで本音トークが出来る。
「旦那と別れて、子供が18歳になったばっかりで、ようやくバイト行きだしてくれて助かってるは・・・・」と話す。「最近この仕事以外ではHポイこと全くないから・・」
「私し感じ出すと、フエラしてるときに歯を立てるくせあるから、痛かったたら言ってよ・・」とある部分はまったくカッコつけていないところが、またそれはそれでいいのだ。
暗闇にダウンライト一つだけ薄暗くともして、その前で、「ゆっくりと服を脱いでもらえるかなー」とお願いしてみる。
「上手にできへんけど・・」と言いながら立ち上がり、不器用に服を脱ぎ始めた。
セーターを脱いだ。大きな大きな黄色のブラが見えた。そしてストレッチ素材のパンツを脱ぎ始めた。腰も、背中もまったく風呂に入るような脱ぎっぷりである。
尾骶骨が見え始めと同時に黄色のTバックが、お尻のほうから現れた。
「お客さんついた時だけ、Tバックに履き替えるてるの・・・」と言う。
「TバックはいたらなんかメチャメチャHな気分になるは・・」
ブラとTバックだけの姿になり、後から前に向いてもらった。
そして、「Tバックを脱がせて欲しい・・・」とねっとりとした声で言う。
私はイスに腰架けて、座ったままで、目の前に立つ三段四段腹の下に隠れるように引っ付いてるTバックをゆっくりと、片足ずつ脱がせる。途中にタテの切り込みに指を滑らせながら・・・
「めちゃくちゃやらしい・・気持ちや・・」と言って、細い眉の間が狭まった。
その瞬間私のちょい悪は、キンキンになった。

私は、完璧な熟女を追い求めているのではない。
若い女性にはない、人生の記録が、その体やHの時の反応に出で来るのが、
たまらなく愛とおしい。90分21000円で見るその女性の今までの生き様を楽しまして貰っている。
しかし・・私も長く生きてると、どの熟女も、誰かに似ているような気がしてならない。
AYAさんは小学校6年の担任の手塚先生の面影がはなれない。
MEGさんは、高校の時の校門の前でジュースやパンを売っていた店のおばちゃんにそっくりでなのだ。

懐かしいあの頃に戻ることがある。ここにも熟女風俗の楽しみがある。

















コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

とにかく生きてみるvs旅の終わりvs決着をつける

2011年09月26日 | 自小説 ノンンフィクション小説

とにかく生きてみる。それは、人生でワンアウト,ツーアウトと喰らった私が、奇跡を起こし、這い上がるという願いを持ちながら、ごく普通に暮らせることの方法として、、毎日、毎晩深夜バイトをして、食べれること、眠れること、たまに呑めるビールのことなどに感謝して、その奇跡が来るのか、それとも来ないのかは、それが判るまでとにかく生きてみることにしたことからだ。

一年前から勤めだした深夜バイト。初めはこの単純な作業自体出来るのかどうか、不安で自信が無かったのだが、一年目にしてなんとか馴れた感が持てるようになった。
しかし、馴れた感をもつと、気持ちが他の方に飛んでいくような妄想が増えだすことになった。
この一年間は私にとっては、貧乏旅行のようなものである。
手持ちの現金が限られていて、それを守るために倹約質素な生活を送ってきた。
当然倹約するしか生きていく術が無いのも事実であるし、この倹約質素の中に、これからの生きていくためのヒントも含まれている気がしたからだ。
でも今のところ、大きく変化するような現象や奇跡は起こっていない。また今後おこるような気配が、まったく感じられていない今・・・・ 

人生を旅に置き換えてみたりして・・・

「そろそろこの深夜バイトの旅も終わりにしようかなぁ・・」と思い始めている。
働き、稼ぐ、そして子供と両親を少しだけ支えながら、今日まで、なんとか来た。が・・・
しかしこの先、このまま、どうなるか?奇跡が起こるのか、起こらないのかわかるまで、とにかく生きてみることに少し憔悴してきたのも事実である。8月の休みは、4日しか取らなかった。そしてそのファイトマネーが、大卒の初任給に届かないということも心のどこかにあり、やれやれ・・・と言う気持ちになっているのも自分で判る。

何かの本の中に、自由気ままの貧乏放浪旅は、その旅に出ると決めることより、その旅の終わりを、何時決着をつけるかということのほうが、難しいと書かれていた。
私にとってこれは貧乏旅行というような甘酸っぱいものではない。リアルそのものであるが、しかしそのリアルにも決着をつける時がくるというのか、私自信決着をつけたがっているような気がする。
しかし今の深夜バイトをやめればたちどころに、干えあがるのは目に見えていることであり、また一年前のような状況に戻ることは明らかなのだ。
夜に働くということは・・・じわじわと体力が奪われる。12時間完全逆転の生活をすれば・・かなり、その疲れ具合は違うのだけど・・なかなかそうは行けないのだ。それにもまして、昼に動く、仕事する、それを私が願っているのだから・・またくしんどく、疲れそうなるのも当然である。
昼間の仕事に未だもって、私は執着しているのだ。結局昼間の仕事をやりながら、その余力で、深夜バイトに入ることが、もっとも理にかなった今の生き方のような気がする。週3日の深夜バイトなら、それはそれで新鮮であり、色々な気づきや発見も興ってくるのだろう。
今は深く立ち入りすぎた・・・深夜バイトがなれてくると逆にそれが当たり前になり、変化しようとする気持ちが、自分の感情の中で拒否されているのだ。自分の潜在意識は、この仕事をすることで、なれた日常を、安心して過ごせることを望んでいるのだ。
そうすると、これは私の願望と私の潜在意識の戦いになってくる。
潜在意識の中に潜む安定志向、変化を拒む力にどのように挑んでいくのかがこれからの問題となる。その一番の突破口は、変るということは恐ろしものではないのだ・・変化することは不安なことではないのだ・・と自分をくどき落とせるか?に懸かっている。
年を取ると変化することに全くアレルギーを感じる。故に若さとは変化を望む勇気があるということだ。一年前に、深夜バイトに就いたときも、それの変化に心はびびった。そして1年がたち、深夜バイトというプチ安定に対して私の願望と潜在意識はぶつかり始めた。
やっぱりそろそろ・・この中央市場深夜バイトの旅も終わりに来ているのかもしれない。
そして新たな旅を探し・私の潜在意識をビビラス時が来ているのかもしれない。

それでも・・その先の不安感を拭えないのは、年をとった証拠なのか!
それとも現状に執着している弱い男の姿なのか・・
やっぱり判らないから・・・暫くは、とにかく生きてみることを続けることだろう。









コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

とにかく生きてみようvs台風の雨のブレークスルーvs「清貧」と「ロック」

2011年09月20日 | 自小説 ノンンフィクション小説

とにかく生きてみる。雨の予想は、夕方からどうも気分を滅入らす。
深夜バイトに自転車で出かけるのに、雨は鬱陶しい。まずはカッパを着なければならないし、それにもまして、靴に何らかの対策をしなければ、びしゃびしゃになることが、一番やりきれないことだと判ったからだ。だから、雨の通勤対策は、カッパであり、靴をナイロンのバッグに入れて、ゴムぞうりで走っていくのだ。また、服の上から着るカッパは、蒸しスーツのような状態で、自転車を漕いでいたら蒸れるので、ズボンも、ナイロンバッグの中に入れることにしている。
そしてなにより、その覚悟が、私にとって一番重要なのである。
雨のなかを、カッパを着て、裸足のスリッパ履きで、夜中に飛び出すそのモチベーションが、なかなか高まってこない。そこでやっぱりお金として考えるのである。
モノレールで行けば、往復で800円の支出であるから、800円を儲けるためにという思いが、このイデタチで、深夜に飛び出していくことを容易にしている。
とにかくお金がない・・・・

資本主義というものは、お金に対する限りない欲望から出発したのではない。
修道院の中の、修道士が禁欲的な生活で、私利私欲を忘れ、規則正しく、無駄なく、黙々と労働に励み、結果、富が蓄積されても、それを、享受するのでなく、さらに営利な再投資をして、ますます、富を蓄積されたことが、始まりであった。しかし近代においては、強引な競争や、手段を選ばぬ戦略が、その配分を偏らせることになっいった。

私は今、労働の報酬という形でお金を得ている。もともとはお金の為に働いていたわけでない人も、いつの間にか、お金の為に働き、しまいには、お金の為にお金が廻っているようになっている。
そして究極には、そうなれば、いよいよお金の為に人間性を捻じ曲げるようなことも、起きてくるのだろうし、それが原因で、犯罪も、国家間のトラブルも頻発しているのである。
そこで「お金は汚いもの・・」と言うリベラル左党もいるだろうが、今はそれは昔の戯言になる。
本当は誰もがお金が欲しいのだ・・・」という思いが、「それが・・本音であり。自分に正直であり、ありのままの心情である」と、今の世では、賞賛に値する見方かもしれない。
実際の話し、お金と欲、そしてその罪などと考えている暇は私にはない。

そこそこ食える、文化人や、作家や、評論化などは、「今の時代、そこをよーく考える時期なんでは!!・・・」と言っている。お金と欲の距離感については、その答えは間違っていない。
しかし君たちは、そこそこ食えるグループなのだ。倹約が美徳と言い切る自信もないだろうし、、「貧しい・・・」というコンセプトに何の価値も生み出されないことも知っているのだ。
「清貧」というワードが、今一輝かないのも、それを全く否定できないのもメディアの苦しいところかなと思う。

何故こんな話しを・・と思うのは・・・・・深夜バイト、台風、雨、自転車通勤、カッパ、裸足のサンダル履き、ポケットには、380円。の様子に、エアーポケットにはいったかのように、己の姿を、清貧な孤高の僧侶に、ラップさせてしまうのである。そこで自己陶酔をしてしまう傾向がある。
青春時代の悩める若人ならいざしらず、50を過ぎたオッサンが、何を言ってけつかんねん・・・
と自分で自分を醒めさせることが、どうしても必要になる。



台風の夜、チャリで走る、カッパでのおっさん。そこには少し前に流行った、「ちょい悪るオヤジ」を憧れた感もない。おれはこれから、レタスとキャベツと、玉葱の皮を掃除しにくファイターなのだと思った瞬間・・・・ロックの魂が降臨した。
俺はロックンローラーなんじゃ。
ZZTOPの曲が雨と風の音に変わり、頭の中にガンガン響く。高架の下でタバコに火をつける。ブレーキレバーの所にタバコを挟む。キースみたいに。ポケットから、バーボンのボトルを出すように、ヘルシア茶でグイィと喉を焼く。
ロックは、「壊す」。
なるか、なれへんか解らないような、願望実現の為の心理のない思想を壊す。過去の過ちの寂寞の思いも壊す。信用されようとする、おりこうさん的発言も撤回する。
雨よ風よ、ガンガン来い・・・・俺を淀川にふき飛ばしてくれ・・とロックを発する。
そして、もう一つのロック「狙う」。
ハーレーにまたがり、ヘルスエンジェルのライダージャケットを着て、国会に登庁でもするか!
「働くことが・・一番や」と公約する。国が無駄な助成金の代わりに、無理クリにも、仕事を創りだす。この政策をもってロック議員になるか・・・

雨も風も収まりそうにないが、頭の中に流れる、ZZTOPが、嵐の夜に飛び込ませた。
小さくなるな・・ちょいになるな・・・プチになるなと フレーズがロックする。








コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

とにかく生きてみるvs見つけたりマック道

2011年09月15日 | 自小説 ノンンフィクション小説

とにかく生きてみる。6日間連続の深夜バイトは、水曜日の晩が休みである。平日の,またお金が無いときたら、やっぱり図書館で過ごすほか、グッドアイディアはないのである。
朝から出かけ、昼前に、マクドナルドに入った。マックランチ380円で済まそうという魂胆である。そこで見たものが、どうも心持ちよかった。

昼前のマクドナルドはそれほど混んでいなかった。
私はマックランチをトレーに乗せて、カウンター席で、本を読みながら過ごしていた。
隣に、年のころ65歳~70歳くらいの男性が、同じマックランチをトレーに乗せて、私の一つ横の席に座った。黒いキャップを被り、普通のポロシャツにグレーのスラックスで、靴下を履いての、男物のスリッパ履きでした。メガネをかけて彫りのやや深い、職人風の感じの人でした。
私は、それほど気にせず、本とハンバーガーを交互に目と口に持って行きながら、何気なく横を伺った。その老男性は、カウンター越の窓の景色を渋く、落ち着いて見ながら、静かに、ハンバーガーと、コーヒーを口に運んでいた。
暫くたって私も、食べ終わり、本も章段落まで読み終えたころ、また横の男性をちらったみた。
そこで見たものは・・・・・

   

                

なんと食べた後の容器を綺麗に折りたたんで、トーレーの上に載っているではありませんか。
一瞬私の体から電気が走り、脳天に抜けて行くような気持ちになりました。

アメリカを代表する食文化のハンバーガーが、既に日本に入って40年くらい経っていると思うが、そのハンバガーを食べる、いただくということにも、日本的な礼儀作法があり、またその礼儀作法が通用するということに驚いたのだ。一瞬これみてなんと美しいマックの食べた後であろうかと驚愕した。日本には、古きしきたりや慣習の中に、礼儀と作法というものがある。
お茶やいけ花に代表されるが、懐石などを食べる時にも、その作法があり、その作法を身につけているだけで、世間では、尊ばれるのである。
しかし近年それも自由という風潮が、大きくぶれ、作り手に対しても、素材に対しても、またそのお店のサービスに対しても、リスペクトするという気持ちが薄れてきている。
しかし、そこをとやかく言うつもりでない。THEアメリカという食文化に、日本の作法をいとも簡単に披露してみせる、この老人の精神に拍手を送りたいのだ。
それは、理屈でなく間違いなく、「綺麗」な食べた後なのであり、日本の和の心が反映されていたのだ。作法を極めて行けばやがて「道」となる。バーガーを包む包装紙の折り方や、ミルクの容器の始末の仕方、あるいは、沢山の紙袋、ナプキンの重ねる順番などに、花鳥風月や、侘びさびがきちんと埋め込まれているのではと、思いたくなる。
私はこのマクドナルドでみた老人を「武士」として今思ってみる。
「武士とは死ぬことと見つけたり・・」というメッセージがこの食べ痕にあるような気がする。
「見事までの・・マクドナルドハンバーガーの一連の作法・・」
「さすがに米沢30万石の家臣である・・」
「あっぱれじゃ・・」と林羅山も手をたたくであろう。

そう、ここにマクドナルドの作法がある。
それを極めれば、「道」となる。

それこそがマックドォ・・・であるかな!!?

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

とにかく生きてみようvsこの閉塞感vs少々しらけ気味

2011年09月12日 | 自小説 ノンンフィクション小説

とにかく生きてみる。今週の日曜日は、恒例の12時~翌日の14時までの勤務があった。
疲れの感覚がなく、逆に神経が立って、頭が冴えるるという、徹夜ハイになっていた。
それでも仕事終わりの自転車での帰宅は、ペダルが重くなかなか進まないくらい、やっぱり足腰にダメージが来ていたのだ。日曜日ということもあり、急いで帰れこともなく、高ぶった神経にクールダウンを要求する為にも、ゆずの歌にあるように「ゆっくり、ゆっくり・・」と自転車を漕いだ。
そうすれば、見れる景色も、いとおかし・・と見えてくる。
職場ちかくの公園の野球場では、少年野球の試合がやっている。
かって私も少年野球で、子供とも、コーチとしてお世話になった時期がある。なつかしくも・・
その風景は変らず、野球スキの近所の親父が監督をしている少年野球チームに、野球スキの
おっじやん達のアンパイヤーが、本気度を現している。おっかぁ達は、黄色い声援と水分補給のタイミングに気遣いをみせ、すべてにこの先の未来が、安定した平和な時が続くようにみえる。
パチンコ屋の前を通る。ガラス越に多くのお客さんが、夢中で打っている姿が見える。
雑踏の中の孤独を楽しんでいるその後側に、抱えてる事情が一杯あるのだろう。
「家でごろごろしてんねんやったら、パチンコでも行ってくるは・・」とブラッと出てきて、数分後のフィバーがかかり、自分のツキと素敵な日曜日に、にたにたしているお父ちゃんに、拍手を送りたい。

淀川を渡る。9月に入ったといえ暑い日中、ちょっと怖い系の雰囲気をもった、やんちゃそうな奴が、マリンジェットやバイクで、ブイブイ駆け回っている。ちょと腕にタツゥなんかもみせて、後に、派手な女子をのせて、くらわんか船が下った淀川で、バイオレンスの細切れを吐き出している。喧嘩上等というオーラーがついて廻っていて、それがこの淀川の水とマッチしているのが、面白い。京都人の下水は淀川に流れている・・・のか?


ジャスコシティの前では車の列が駐車場に入る為に、渋滞している。
車の中では、婆さんが、孫と後の座席で喋っている。若夫婦は、今日のスポンサーの婆さんに気を遣って、停滞に耐えている。ショッピングという言葉に魅力を感じなくなったのは、これと言って買いたいものがないのだろう。付き合い始めた頃の、自分の家で、夕食を作ってもらことになり、二人で買い物に出かける時のワクワク感が、妙に懐かしい。ワインとチーズも買って、上等のアイスクリームも手にいれて・・・・ちょっとついでに、「君のバスタオルも買おうか・・」て盛り上がったのは、よこしまな気持ちがあればのことで、やっぱりショッピング後のスケジュールがあるのと無いのとは大違いでありまして・・・・アフターショッピングがあればこそ、ショッピングが生きるというものなんだ・・と一人納得。


眠らないと・・と思いながら頭は冴えてくる。ついでにコーヒーでも飲んで、深い考えでもしてみようとか思い、これまたショームナイ喫茶店に入った。
便所が和式・・これが問題。足がもちません。
アイスコーヒが、加糖で甘い。
喫茶店の一押しのカレーが、レトルトパックから皿に入れられるのが○みえ。
だから考えることがすべてしょぼくなる・・
演歌歌手のA先生の歌謡教室、生徒募集では、命架ける仕事にはならんわな・・
スポーツトレナー派遣ビジネス、トレナー要請学校立ち上げ・・・今からでは遅いかも
大阪占いの館・・プロデュースは、ビジネスとして成り立つ気がまったくしないのだ・・
自費出版の案件についても・・本人は絶対売れると思っているけど・・アマイな・・誰が買うねん

あああ・・まったく仕事にならんプランが次から次に湧いてくる。
ダボハゼ気味の私であるが、前にでる気持ちが皆目ない。
どれも、ビジネスモデルとなる要素が見あたらない。
「今から何が当るかという発想は、変えなければならないのだろう・・」
「私が得意というか、好きなことの深堀りで、ビジネスになる要素を探るべきであるのでは・・」
それにしても、何が出来るか・・と自問してみても答えは今のところない。
そう思うと、いよいよ疲れが出てきた。今から5時間ほどしたら、また深夜バイトに向かう。
深夜バイトという、きつい仕事だけの求人専門のデレクターとなり、求人から定着率アップの
コンサルをしたら・・と私の天使がささやく。
同じバイトでも、深夜のバイトには独特の雰囲気がある。夜中に働くということは、世間と自分の思い方が若干ずれる。だからワーキングケアが、必要であると思う。また長続きすることも可能になるのではないかと思う。

天使がささやく。
「そのニッチいけるかもよ・・」と。
いや・観音様にも聞いてみたい気がするのだが、最近観音様をとくと拝んでいない。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする