スピリチャルTIMES 「とにかく生きてみる!」

スピリチャルTIMESの編集長北村洋一が、この不確定な社会に生きている人々の喜怒哀楽をレポートする。

とにかく生きてみるVSオープンカフェでいちびるは、なんかハズイ!

2013年05月02日 | 自分的エッセー

とにかく生きてみる。奇跡が起こるか、起こらないか?それまでは生きてみると思いたって早4年である。Shaveicecafeのマネージャーのトニー北村もすっかり板についてきた。敏腕マネージャーにかかれば連日満員御礼?とはいかないのも悔しいが、それでもレストランビジネスの喜びも少々わかってきたように気もする。まったく顔みしりでもない方が、来ていただき食事をしていただくほんの2時間ほどの間にお客様に喜んでいただけるパーフォマンスをお届けしなければならない。
それは、別に「しなければならない・・・・・」という絶対的な義務感ではない。喜んでいただきたいという此方の強い思いだけのことである。ハードな部分でも喜んでいただける為の仕掛けも、あるにはあるのだが、ハードな部分だけをクローズアップさせると上には上、お金の掛け方によって喜びというか、驚きというか、お客様の好奇心は間違いなく刺激されるのだが、それを追い求めると、最近大阪駅北側にオープンしたグランフロントのようなものにしかならない。

私はこのShaveicecafeをミッションレストランと呼んでいるしそう思っている。
それはキリスト系の店の話ではない。何かの使命を持ったということである。その使命こそが大事なのである。
大手広告代理店や、マーケティングの会社が精鋭を投入して描いたプラン・・・がそこにはある。確かに好奇心を刺激するエッセンスがたっぷりと入った構成にはなっているが、マーケティングを推し進めていけばいくほど、どれも同じような、ターゲット設定であり、同じような匂いの施設にしかならないのではないかと思うのだ。ターゲットの細分化やユーザーの動向よりスタートした企画というものは、最終的にはすべて同じようなものになってしまうか?持っている金の差により市場より淘汰される者がハッキリとするのではと思う。それがビジネスと言うならそれもよかろうが、それが健全なのかなぁ・・・とちょっとため息がでるのだ。
梅田北ヤード向こうにあるShaveicecafehは、ミッションレストランである。
それは、マケーティングや市場動向などはよりもまず先行した思いがある。
「どうしても、絶対に食べてもらいたい料理がここにある・・・ くつろいで貰いたい場所がここにある・・」という強い発信である。 そしてこの発信を誰かが察知して「なんか面白そう・・」という感じを、得た方で、一歩踏み込んだ方だけが来ていただけるのだ。
流行や価格帯を突き詰めれば、あれも、これも用意してあります状態になり,お客様の踏み込みも弱くなるのだ。我々のミッションはその気持ちを発信し続けることにある。その微弱電波を受けた人のみが、ご自分の踏み込みで、のみ判断して来店してもらうしかないのである。
だから我々は日々「絶対に食べてもらいたい料理がある・・・・・・」という発信をしなければならない。遠い昔、日本にキリスト教を布教にやってきた彼らのように、「聞いてほしい話がある・・」「伝えたい、教えたいことがある・・」という強い電波の発信のみでしかないのである。そしてそこに待たなければならないというリスクがある。看板をだして電波を発信して、ただ待つ。これがミッションレストランの姿勢であると思う。この電波を察知した(察知できた方)が一人二人となにやら面白そうかも?というそれだけの動機で、お店にやってきていただける。
だからこそお客さまが入り口のドアーを開けられた時に思う、「待ていたよ・・」という懐かしい気持ちと、「旨いかまずか?わからないけど」、とにかく引き寄せられたとう気持ちが融合するのだ。そうしたら我々にできることは、最高の「祝福」を送ること、提供することでしかないのだ。

 

 今度できたグランフロント大阪の路面にあるオープンカフェである。
ヨーロッパの町並みによくあるものである。マーケティングが先行すればこうなるのだろうか?
この街角に座ってゆっくりとお茶を飲み、おしゃべりをして、また物思いに耽ってほしいという強いミッションがあるのであろうか?このオープンカフェの文化はヨーロッパの美しい町並みというか、歴史的jな建物があってこそマッチするのではないかと思う。私もパリに行ったときには、イチビッテ何回か座ったものだが、そこで気づいたことがあるがそれは支配階級と被支配階級の境界線上にある空間であるということである。 「金に忙しい者」はこの椅子に座るのがコッパズカシのである。年金暮らしの痴呆の母や、まだまだ迷惑を掛けてる人に対して、街を観劇するような姿勢はなかなか出来ないのだ。「お前はあっち側で、働け・・・・」と言われているような気がするのだ。私は清濁併せ持つ街が好きだし健全だと思う。このカフェから見える風景は、多くの、今日を生きるガードマンの姿だけがクローズアップしてくる。そんなガードマン達には、反対から見たこのオープンカフェは嘘つき椅子にみえやしないのだろうか?

 

 

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