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市民教養講座で大林素子さん講演、バレー人生振り返る 〈2017年7月4日〉

2017年07月04日 08時30分00秒 | 記事

気さくに話す大林素子さん


 平成29年度第3回市民教養講座は1日に御坊市民文化会館大ホールで開き、元バレーボール選手でスポーツキャスターを務める大林素子さんが「マイ・ドリーム~夢をあきらめない~」と題して講演。コンプレックスだった長身を武器にバレーボール選手となり五輪に3度出場、50歳になった今も女優に挑戦し続けており、来場者にも「夢があればトライしてほしい」とエールを送った。

 大林さんは50歳になって身長が2センチ伸び、現在は184センチ、股下が92~93センチあり「身体に合うサイズの服が見つからなくて苦労しているんですよ」と笑いを誘った。
 小学6年生で身長170センチだった大林さんは父親、祖父も背が高く、幼稚園時代は「ジャイアント素子」とあだ名をつけられ、小学校時代は長身を理由にいじめにあい「死にたい」と思うほどつらい日々だったと振り返った。しかし、TVアニメ「アタックNo.1」を見て、バレーボール選手になって五輪に出場し、いじめっ子たちを見返してやると決め、中学1年の時にバレーボール部に入った。
 元々運動が不得意で、練習がしんどかったことから入部早々練習をさぼり、試合に出場するもミスの連続でチームが負け、情けなく思ったのをきっかけに心を入れ替えたという。
 中学生の時、憧れの江上由美選手が所属する実業団・日立バレーボール部の体育館が地元にあり、山田重雄監督にファンレターを書いたのをきっかけに練習に参加することになり、国内トップクラスの選手から刺激を受け、高い目標をもってバレーに取り組むようになったと変化を語った。
 高校卒業後は日立に入社し、ソウル・バルセロナ・アトランタと3度、五輪に出場。小学校時代のいじめっ子たちにも再会し、強引にファンクラブに入会させたことで和解し「オリンピック選手になって初めて『大林素子です』と言えるようになりました。きっかけを作ってくれた彼ら4人はもちろん、導いてくれた環境に感謝しています」と話した。
 五輪に3度出場したが、一度もメダルがとれなかった大林さん。ソウル五輪では強敵・ロシアに備え対策を練ったが、男性コーチらをロシア人選手に見立てたリハーサル試合で敗れ、選手の気の緩みに山田監督が激怒し、それがチームを一つにしたと分析。当時の日本女子バレーボールは「金メダル」しか価値がなく、ソウル五輪でメダルが途絶えたことを悔やみつつも、自身が解説を務めたロンドン五輪で日本が銅メダルを獲得し「後輩たちが頑張ってくれた」と称えた。
 現在はスポーツキャスターだけでなくバラエティー番組などに出演とマルチな活動を見せる中、女優にも挑戦し「大河に出るのが夢」と公言。大林さんは「あきらめることは人生の中にけっこうあると思いますが、やりたいことがあるならトライしてほしい。私は今、ミュージカルに挑戦しています。皆さんもあきらめず、お孫さんたちに憧れられる存在になって下さい」と激励し、飾らない語りに客席から大きな拍手が送られた。


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