瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

異界百物語 ―第74話―

2008年09月02日 21時15分50秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
そちら学生さんだね?
久し振りに学校へ行った感想はどうだい?
案外日々通う所が有るのは楽しいもの。
学生さんも社会人も、倒れない程度に頑張って行こう。

さて今夜紹介するのは中国北宋時代中期、学者であり政治家だった「沈括(しんかつ)」が書いた随筆集、『夢渓筆談(むけいひつだん、或いはぼうけいひつだん)』に在るという1篇だ。




建(けん)州浦城(ほじょう)県の知事を勤めていた陳述古(ちんじゅつこ)の名裁きを記したものである。


或る日物盗りが出来したが、さてその犯人が判らなかった。
そこで陳は1つの謀を廻らせた。

「実はかしこの廟に、霊験あらたかな鐘が有る。
 直ちに引き出して来て祀るのだ。」

陳はこの様な命令を下し、鐘を役所の後ろの建物に迎え移させ、仮に祀った。
そうして鐘の前に大勢の囚人を牽き出して言い聞かせたのだった。

「全員暗い所でこの鐘を撫でてみろ。
 これは不思議の鐘で、盗みをしない者が撫でても音を立てない。
 しかし盗みをした者が手を触れれば、忽ちに音を立てて外に知らせるのだ。」

陳は下役の者共を率いて荘重な祭事を行った。
それが済むと鐘の周りに帷を垂れさせ、密かに命じて鐘に墨を塗らせた。
そうした後で疑わしい囚人を1人づつ呼び入れ、鐘を撫でさせた。

出て来た者の手を検めると、殆どが墨を付けていた。
しかし唯1人、黒くない手を持っている者が在ったので、詰問すると果たして白状した。
彼は鐘に声が有るのを恐れて、手を触れなかったのである。


これは昔からの法で、小説にも出ている。




実に天晴な名裁きであろう。
こういった目的でオカルトを利用するならば文句は無いのだが…。

それにしても犯人に「やましい心」が在って良かった。
悪事を働いた「やましさ」から、幽霊等を見て魘される者が居る一方、全く気に懸けず忘れてしまう者も居る。

「嘘を吐くと閻魔様に舌を抜かれる」
「嘘は泥棒の始まり」
「人を呪わば穴二つ」

オカルトを利用して良心を育むのは、必ずしも悪い手段ではないかもしれぬ。


今夜の話は、これでお終い。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。

……有難う。

今年も残す所後1話だね。
どうか気を付けて帰ってくれたまえ。

――いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
そして、風呂に入ってる時には、足下を見ないように…。

では御機嫌よう。
今年最後の夜を、楽しみに待っているよ…。




参考、『中国怪奇小説集(岡本綺堂、編著 光文社、刊 夢渓筆談―霊鐘―の章より)』。
コメント
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