やあ、いらっしゃい。
高校野球も終わって、いよいよ夏の終盤を感じるねえ。
今年は五輪のお蔭で影が薄くて可哀想だったが、連日の熱戦続きで楽しませて貰ったよ。
今年は大阪桐蔭が優勝か、おめでとう。
毎年出場してるイメージが有るが、日本一になったのは17年振りだそうで、意外に感じたものだ。
影が薄いと言ったが、今年のプロ野球は更に影が薄くて可哀想だな。
こちらも五輪が終れば、少しは注目して貰えるだろうか?
そうそう、今夜はソフトボールの決勝が有ったね。
昨日の上野の粘投には感動させて貰った。
昼夜を合計して318球投げるとは、そこらの男投手だって裸足で逃げ出しそうな根性だ。
間違い無く今大会ベストシーンに選ばれるだろう。
現在2-1、日本が1点をリードしている。
どうか後2回、気迫で抑えて欲しい。
そして打撃陣には一層の援護を頼みたい。
四方山話はこれくらいにしといて…今夜お話しするのも、神隠しに似た様なもの…と言えるだろうか?
紹介者の岡本綺堂曰く、宋の時代に編まれた作者不詳の異聞集、『異聞総録』に有った1篇らしい。
宋の大観(たいかん、1107~1110)年中、都の医官の耿愚(こうぐ)が1人の妾を買った。
女は容貌も好く、人間も中々利口であるので、主人の耿に眼をかけられて、何事も無く1年余を送った。
ところが或る日の事、その女が門前に立っていた時だ。
1人の子供が通り掛り、突然「おっ母さん!」と叫んで、女に取り縋った。
すると驚いた事に、女もその子供の頭を撫でて、我が子の様に可愛がったのだった。
その後子供は家へ帰って、父親にこう訴えたらしい。
「おっ母さんはこういう所に居るよ」
しかしその子の母というのは1年余前に死んでいるので、父は我が子の報告を疑った。
だが詳しく話を聞いてる内に、満更嘘でもないらしく思えたので、兎も角も念の為に埋葬地を調べると、盗賊に暴かれたと見えて、その死骸が紛失しているのを発見した。
そこで、その子を案内者にして、耿の家の近所へ行って聞き合せると、その女は亡き妻と同名である事が判った。
もう疑う所は無いと、父は行商に姿を変え、その近所の往来を徘徊し、女の出入りを窺っている内に、或る時あたかも彼女に出逢った。
それは正しく自分の妻であった。
女もかつての自分の夫を見識っていた。
不思議の対面に、その場は互いに泣いて別れたが、それが早くも主人である耿の耳に入った。
耿は女を詮議すると、彼女は明らかに答えた。
「あの人は私の夫で、あの子は私の子で御座います」
女の言葉を聞き、耿は「嘘を吐け!」と怒った。
「去年お前を買った際、ちゃんと桂庵(口入屋)の手を経ているのだ!
お前に夫が無いという事は、その時の証文面にも書いてあるではないか!」
女は密夫を作り、それを先夫と偽っているのであろうと耿は一途に信じ、彼女をその夫に引き渡す事を堅く拒んだ。
こうなると訴訟沙汰になる外は無い。
役人はまず女を取調べると、彼女はこう証言するのであった。
「私も確かな事は覚えていません。
ただ、ぼんやりと歩き続けて、1つ橋の在る所まで行きましたが、路に迷って方角が判らなくなってしまいました。
そこへ桂庵のお婆さんが来て、私を連れて行ってくれましたが、ただ遊んでいては食べる事が出来ませんから、お婆さんと相談して此処の家へ売られて来る事になったので御座います」
更に桂庵の婆を呼び出して取調べると、その申し立てもほぼ同じ様なもので、広備橋のほとりに迷っている女を見て、自分の家へ連れて来たのであると証言した。
何しろ死んだ女が生き返ってこういう事になったのであるから、役人もその裁判に困って、先夫から現在の主人に相当の値いを支払った上で、自分の妻を引き取るが良かろうと言い聞かせたが、耿の方が承知しない。
一旦買い取った以上は、その女を他人に譲る事は出来ないと言うので、更に御史台(ぎょしだい)に訴え出たが、此処でも容易に判決を下しかねて、彼此暇取っている内に、問題の女は又もや姿を消してしまった。
相手が失せたので、この訴訟も自然に沙汰止みとなったが、女の行方は遂に判らなかった。
それから1年を過ぎずして、主人の耿も死んだ。
1度死んだ人間が蘇るという例は、世界中で案外多く聞かれる。
ヨーロッパではそれが元で、吸血鬼伝説が生まれたと云われている。
棺の中で蘇り、状況が解らず暴れた為、血を流してもがいた跡を見て、人々は「死体が夜中に起上り、血を求めて彷徨ったのだ」と恐れたそうだ。
それを避ける為、以来死体に杭を打ったり、首を斬って埋葬する習慣が生れたらしい。
確実に息を止める為の手段だったのだ。
昔の日本では、そういう蘇り例を意識して、土葬にしていたとも云う。
「四十九日」は「その間完全にあの世に逝ってない」と考え、死への猶予期間として定められたと言う人も居るのだ。
輪廻転生――聖人に限らず、全ての魂は生れ変ると考える、仏教国日本らしい仕来りだったと言えよう。
とまあ、この話、途中までは蘇りを語っている訳だが、終いに女が神隠しに遭った様に消えてしまう。
果たして何故女は行方を眩ましたのか?
今度は一体何処へ行ってしまったのか?
或いは異界へと旅立ったのか?
全ては女の姿同様、霧の中に掻き消えてしまった。
今夜の話は、これでお終い。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。
……有難う。
それじゃあこれにてお開きにしようか。
どうか気を付けて帰ってくれたまえ。
――いいかい?
夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
そして、風呂に入ってる時には、足下を見ないように…。
では御機嫌よう。
次の夜も、楽しみに待っているよ…。
参考、『中国怪奇小説集(岡本綺堂、編著 光文社、刊 異聞総録―亡妻―の章より)』。
高校野球も終わって、いよいよ夏の終盤を感じるねえ。
今年は五輪のお蔭で影が薄くて可哀想だったが、連日の熱戦続きで楽しませて貰ったよ。
今年は大阪桐蔭が優勝か、おめでとう。
毎年出場してるイメージが有るが、日本一になったのは17年振りだそうで、意外に感じたものだ。
影が薄いと言ったが、今年のプロ野球は更に影が薄くて可哀想だな。
こちらも五輪が終れば、少しは注目して貰えるだろうか?
そうそう、今夜はソフトボールの決勝が有ったね。
昨日の上野の粘投には感動させて貰った。
昼夜を合計して318球投げるとは、そこらの男投手だって裸足で逃げ出しそうな根性だ。
間違い無く今大会ベストシーンに選ばれるだろう。
現在2-1、日本が1点をリードしている。
どうか後2回、気迫で抑えて欲しい。
そして打撃陣には一層の援護を頼みたい。
四方山話はこれくらいにしといて…今夜お話しするのも、神隠しに似た様なもの…と言えるだろうか?
紹介者の岡本綺堂曰く、宋の時代に編まれた作者不詳の異聞集、『異聞総録』に有った1篇らしい。
宋の大観(たいかん、1107~1110)年中、都の医官の耿愚(こうぐ)が1人の妾を買った。
女は容貌も好く、人間も中々利口であるので、主人の耿に眼をかけられて、何事も無く1年余を送った。
ところが或る日の事、その女が門前に立っていた時だ。
1人の子供が通り掛り、突然「おっ母さん!」と叫んで、女に取り縋った。
すると驚いた事に、女もその子供の頭を撫でて、我が子の様に可愛がったのだった。
その後子供は家へ帰って、父親にこう訴えたらしい。
「おっ母さんはこういう所に居るよ」
しかしその子の母というのは1年余前に死んでいるので、父は我が子の報告を疑った。
だが詳しく話を聞いてる内に、満更嘘でもないらしく思えたので、兎も角も念の為に埋葬地を調べると、盗賊に暴かれたと見えて、その死骸が紛失しているのを発見した。
そこで、その子を案内者にして、耿の家の近所へ行って聞き合せると、その女は亡き妻と同名である事が判った。
もう疑う所は無いと、父は行商に姿を変え、その近所の往来を徘徊し、女の出入りを窺っている内に、或る時あたかも彼女に出逢った。
それは正しく自分の妻であった。
女もかつての自分の夫を見識っていた。
不思議の対面に、その場は互いに泣いて別れたが、それが早くも主人である耿の耳に入った。
耿は女を詮議すると、彼女は明らかに答えた。
「あの人は私の夫で、あの子は私の子で御座います」
女の言葉を聞き、耿は「嘘を吐け!」と怒った。
「去年お前を買った際、ちゃんと桂庵(口入屋)の手を経ているのだ!
お前に夫が無いという事は、その時の証文面にも書いてあるではないか!」
女は密夫を作り、それを先夫と偽っているのであろうと耿は一途に信じ、彼女をその夫に引き渡す事を堅く拒んだ。
こうなると訴訟沙汰になる外は無い。
役人はまず女を取調べると、彼女はこう証言するのであった。
「私も確かな事は覚えていません。
ただ、ぼんやりと歩き続けて、1つ橋の在る所まで行きましたが、路に迷って方角が判らなくなってしまいました。
そこへ桂庵のお婆さんが来て、私を連れて行ってくれましたが、ただ遊んでいては食べる事が出来ませんから、お婆さんと相談して此処の家へ売られて来る事になったので御座います」
更に桂庵の婆を呼び出して取調べると、その申し立てもほぼ同じ様なもので、広備橋のほとりに迷っている女を見て、自分の家へ連れて来たのであると証言した。
何しろ死んだ女が生き返ってこういう事になったのであるから、役人もその裁判に困って、先夫から現在の主人に相当の値いを支払った上で、自分の妻を引き取るが良かろうと言い聞かせたが、耿の方が承知しない。
一旦買い取った以上は、その女を他人に譲る事は出来ないと言うので、更に御史台(ぎょしだい)に訴え出たが、此処でも容易に判決を下しかねて、彼此暇取っている内に、問題の女は又もや姿を消してしまった。
相手が失せたので、この訴訟も自然に沙汰止みとなったが、女の行方は遂に判らなかった。
それから1年を過ぎずして、主人の耿も死んだ。
1度死んだ人間が蘇るという例は、世界中で案外多く聞かれる。
ヨーロッパではそれが元で、吸血鬼伝説が生まれたと云われている。
棺の中で蘇り、状況が解らず暴れた為、血を流してもがいた跡を見て、人々は「死体が夜中に起上り、血を求めて彷徨ったのだ」と恐れたそうだ。
それを避ける為、以来死体に杭を打ったり、首を斬って埋葬する習慣が生れたらしい。
確実に息を止める為の手段だったのだ。
昔の日本では、そういう蘇り例を意識して、土葬にしていたとも云う。
「四十九日」は「その間完全にあの世に逝ってない」と考え、死への猶予期間として定められたと言う人も居るのだ。
輪廻転生――聖人に限らず、全ての魂は生れ変ると考える、仏教国日本らしい仕来りだったと言えよう。
とまあ、この話、途中までは蘇りを語っている訳だが、終いに女が神隠しに遭った様に消えてしまう。
果たして何故女は行方を眩ましたのか?
今度は一体何処へ行ってしまったのか?
或いは異界へと旅立ったのか?
全ては女の姿同様、霧の中に掻き消えてしまった。
今夜の話は、これでお終い。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。
……有難う。
それじゃあこれにてお開きにしようか。
どうか気を付けて帰ってくれたまえ。
――いいかい?
夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
そして、風呂に入ってる時には、足下を見ないように…。
では御機嫌よう。
次の夜も、楽しみに待っているよ…。
参考、『中国怪奇小説集(岡本綺堂、編著 光文社、刊 異聞総録―亡妻―の章より)』。