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瀬戸際の暇人

今年も休みがちな予定(汗)

異界百物語 ―第62話―

2008年08月21日 21時10分06秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
高校野球も終わって、いよいよ夏の終盤を感じるねえ。
今年は五輪のお蔭で影が薄くて可哀想だったが、連日の熱戦続きで楽しませて貰ったよ。
今年は大阪桐蔭が優勝か、おめでとう。
毎年出場してるイメージが有るが、日本一になったのは17年振りだそうで、意外に感じたものだ。

影が薄いと言ったが、今年のプロ野球は更に影が薄くて可哀想だな。
こちらも五輪が終れば、少しは注目して貰えるだろうか?

そうそう、今夜はソフトボールの決勝が有ったね。
昨日の上野の粘投には感動させて貰った。
昼夜を合計して318球投げるとは、そこらの男投手だって裸足で逃げ出しそうな根性だ。
間違い無く今大会ベストシーンに選ばれるだろう。
現在2-1、日本が1点をリードしている。
どうか後2回、気迫で抑えて欲しい。
そして打撃陣には一層の援護を頼みたい。

四方山話はこれくらいにしといて…今夜お話しするのも、神隠しに似た様なもの…と言えるだろうか?
紹介者の岡本綺堂曰く、宋の時代に編まれた作者不詳の異聞集、『異聞総録』に有った1篇らしい。




宋の大観(たいかん、1107~1110)年中、都の医官の耿愚(こうぐ)が1人の妾を買った。
女は容貌も好く、人間も中々利口であるので、主人の耿に眼をかけられて、何事も無く1年余を送った。

ところが或る日の事、その女が門前に立っていた時だ。
1人の子供が通り掛り、突然「おっ母さん!」と叫んで、女に取り縋った。
すると驚いた事に、女もその子供の頭を撫でて、我が子の様に可愛がったのだった。

その後子供は家へ帰って、父親にこう訴えたらしい。

「おっ母さんはこういう所に居るよ」

しかしその子の母というのは1年余前に死んでいるので、父は我が子の報告を疑った。
だが詳しく話を聞いてる内に、満更嘘でもないらしく思えたので、兎も角も念の為に埋葬地を調べると、盗賊に暴かれたと見えて、その死骸が紛失しているのを発見した。
そこで、その子を案内者にして、耿の家の近所へ行って聞き合せると、その女は亡き妻と同名である事が判った。

もう疑う所は無いと、父は行商に姿を変え、その近所の往来を徘徊し、女の出入りを窺っている内に、或る時あたかも彼女に出逢った。

それは正しく自分の妻であった。
女もかつての自分の夫を見識っていた。

不思議の対面に、その場は互いに泣いて別れたが、それが早くも主人である耿の耳に入った。
耿は女を詮議すると、彼女は明らかに答えた。

「あの人は私の夫で、あの子は私の子で御座います」

女の言葉を聞き、耿は「嘘を吐け!」と怒った。

「去年お前を買った際、ちゃんと桂庵(口入屋)の手を経ているのだ!
 お前に夫が無いという事は、その時の証文面にも書いてあるではないか!」

女は密夫を作り、それを先夫と偽っているのであろうと耿は一途に信じ、彼女をその夫に引き渡す事を堅く拒んだ。
こうなると訴訟沙汰になる外は無い。
役人はまず女を取調べると、彼女はこう証言するのであった。

「私も確かな事は覚えていません。
 ただ、ぼんやりと歩き続けて、1つ橋の在る所まで行きましたが、路に迷って方角が判らなくなってしまいました。
 そこへ桂庵のお婆さんが来て、私を連れて行ってくれましたが、ただ遊んでいては食べる事が出来ませんから、お婆さんと相談して此処の家へ売られて来る事になったので御座います」

更に桂庵の婆を呼び出して取調べると、その申し立てもほぼ同じ様なもので、広備橋のほとりに迷っている女を見て、自分の家へ連れて来たのであると証言した。

何しろ死んだ女が生き返ってこういう事になったのであるから、役人もその裁判に困って、先夫から現在の主人に相当の値いを支払った上で、自分の妻を引き取るが良かろうと言い聞かせたが、耿の方が承知しない。
一旦買い取った以上は、その女を他人に譲る事は出来ないと言うので、更に御史台(ぎょしだい)に訴え出たが、此処でも容易に判決を下しかねて、彼此暇取っている内に、問題の女は又もや姿を消してしまった。

相手が失せたので、この訴訟も自然に沙汰止みとなったが、女の行方は遂に判らなかった。
それから1年を過ぎずして、主人の耿も死んだ。




1度死んだ人間が蘇るという例は、世界中で案外多く聞かれる。
ヨーロッパではそれが元で、吸血鬼伝説が生まれたと云われている。
棺の中で蘇り、状況が解らず暴れた為、血を流してもがいた跡を見て、人々は「死体が夜中に起上り、血を求めて彷徨ったのだ」と恐れたそうだ。
それを避ける為、以来死体に杭を打ったり、首を斬って埋葬する習慣が生れたらしい。
確実に息を止める為の手段だったのだ。

昔の日本では、そういう蘇り例を意識して、土葬にしていたとも云う。
「四十九日」は「その間完全にあの世に逝ってない」と考え、死への猶予期間として定められたと言う人も居るのだ。
輪廻転生――聖人に限らず、全ての魂は生れ変ると考える、仏教国日本らしい仕来りだったと言えよう。

とまあ、この話、途中までは蘇りを語っている訳だが、終いに女が神隠しに遭った様に消えてしまう。

果たして何故女は行方を眩ましたのか?
今度は一体何処へ行ってしまったのか?
或いは異界へと旅立ったのか?

全ては女の姿同様、霧の中に掻き消えてしまった。


今夜の話は、これでお終い。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。

……有難う。

それじゃあこれにてお開きにしようか。
どうか気を付けて帰ってくれたまえ。

――いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
そして、風呂に入ってる時には、足下を見ないように…。

では御機嫌よう。
次の夜も、楽しみに待っているよ…。



参考、『中国怪奇小説集(岡本綺堂、編著 光文社、刊 異聞総録―亡妻―の章より)』。
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異界百物語 ―第61話―

2008年08月20日 21時16分57秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。

突然だが、貴殿は「神隠し」と言うのを御存知だろうか?
「神隠し」とは、或る日或る場所で、人間が忽然と消失する現象。
何の前触れも無く消える様から、古来人々は天狗や鬼等に攫われてしまったと考えたのだ。

今回紹介する話は、岩手に昔から伝わる、神隠しに遭った子供の話だ。




昔々――松崎村の寒戸に7つ8つになる、小さな女の子が居たそうだ。

その女の子が或る寒い冬の黄昏時、梨の木の下に遊んでいて、突然姿を消してしまった。

梨の木の下には、赤い鼻緒の付いた草履が脱ぎ捨てたままにされていて、遊んでいた人形が転がってるばかりだった。

暗くなっても帰って来ないのを知り、村中の人間が何日もかけて探し回ったんだけど、結局見付からなかったそうだ。

『きっとあの子は鬼にでも攫われて、殺されてしまったのだろう』

終に女の子の父親は探すのを諦め、消えた日を命日にして、残された人形と草履を形代に、葬式を出してしまった。

それからというもの、毎年命日が訪れる度に、親類や隣家の人達を招いて、その子の供養をした。


30年経ったか50年経ったか頃だ。

その年の命日も、あの日同様うんと寒い日で、親戚や隣家の人達を呼んで、女の子の供養をしていた。

すると何時から居たのか分からないけれど、白髪頭でボロボロの着物を着て、擦り切れた草履を履いた婆様が、縁側に座っているのを見付けた。

家に居た皆は、「この婆様、何処から来たべ?こんな小汚ねぇ婆様、見た事無ぇが!」と口々に騒ぎながら、縁側まで出て行った。

集まった皆の顔を見回して、婆様は「あぁ、懐かしいべ…」と感慨深げな顔で呟いた。

よくよく聞いてみるに、その婆様こそが数十年前に行方不明になった女の子だと言う事だった。

それを聞いた皆はびっくりするも、喜んで家の中へ入るよう、婆様に勧めた。

しかし婆様は「皆の顔見に来ただけだぁ。おらぁ、直ぐに帰んなきゃなんねぇ」と言って、また寒い風の中、何処へともなく行ってしまった。


以来、此処いらに住む人達は、冷たい風の強く吹く日には、「サムトの婆様が来るぞ」と、囁き合うようになったそうな。




この話はあの柳田國男が著した『遠野物語』に出て来る1章だが、元は岩手県遠野に生まれた佐々木喜善(ささき きぜん)が最初に発表したものだ。
喜善は土地に残る400編以上もの昔話を蒐集・研究し、柳田國男に語って聞かせた。
柳田は喜善から聞いた伝承話を元に、『遠野物語』を執筆したのだ。

土地に残る伝承に筆を加える事無く、極力オリジナルのままに残そうとした佐々木喜善の手法は、日本民俗学・口承文芸研究の観点から大きな功績を認められ、「日本のグリム」と称えられている。
他地方と比較し、遠野に数多く昔話が現存しているのは、偏に喜善のお蔭だろう。
喜善が蒐集に努めたからこそ、遠野は「民話の里」として、今も人を集めて居られるのだ。

さて喜善が著した『東奥異聞』には、この話の元になったと思しき、「不思議な縁女の話」と言うのが在る。
しかしそこには「寒戸(サムト)」ではなく、「登戸(ノボト)」なる地名で出て来る。
実は「寒戸」と言う地名は、土地には存在しない。
恐らくは柳田の聞き誤りか、或いは故意から変更を加えた結果だろう。

もっとも「『寒戸』の方が、寒い日に消えた少女の住んでいた村に相応しい」と後世の人から支持された為か。
一般にはこの「サムトの婆」バージョンの方が有名だ。
喜善自身も後に「サムトの婆」で、『聴耳草子』に載せていた覚えが有るが……現在手元に資料が無い為確認が取れず、記憶に誤りが無いか自信が持てない。
また資料の少なさから、此処にも「サムトの婆」バージョンの方を、紹介する事にした。
単純に自分が読んで、話の好みから採ったのも理由だが…。
↓にオリジナルである「不思議な縁女の話」を載せたメルマガのアドレスを貼ったので、どんな話か御覧頂きたい。

それにしても、消えた女の子が数十年後戻って来て、また何処とも知れず去って行ったとは不思議な話だ。
かつて女の子だった婆様の格好を考える限り、とても裕福に過ごしていたとは思えないのだが…

女の子が足を踏み入れた世界――それはこの世とは違う異界か?

答えは消えた女の子以外、誰にも解らない。


今夜の話は、これでお終い。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。

……有難う。

それじゃあ帰る途中消えてしまわないよう、気を付けて帰ってくれたまえ。

――いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
そして、風呂に入ってる時には、足下を見ないように…。

では御機嫌よう。
次の夜も、楽しみに待っているよ…。



参考、此処に挙げた各サイト様の記事――

・(→http://archive.mag2.com/0000082693/20020321222000000.html)
・(→http://homepage1.nifty.com/miuras-tiger/koto-b-18.html)
・(→http://www.rg-youkai.com/tales/ja/02_iwate/02_samuto.html)

他、『聴耳草子(佐々木喜善、著)』、ウィキペディア、等々。
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異界百物語 ―第60話―

2008年08月19日 21時11分24秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
また暑い日が戻って来たようでまいるね。
東京の残暑は年々厳しくなって来て、何時か沖縄すら超えるんじゃないかと思えてしまうよ。

さて今夜話すのは中国版隠れ里譚とでも言おうか。
我々が暮らすのとは次元を異にするような幻の里、都…隠れ里伝承は、世界中何処ででも聞くが、これは少し変わった形式で書かれている。
紹介者の岡本綺堂曰く、宋の時代に徐鉉(じょげん)が古今の伝奇小説を蒐集し、著した『稽神録(けいしんろく)』の中に収録されていたものらしい。




梁(りょう)が治めた時代、青(せい)州の商人が海上で暴風に出遭い、何処とも知れない国へ漂着した。

船上から見渡してみるに、それは無人島ではない様子で、山川だけでなく、城も在るらしかった。

「…何処だろう?」

商人から問われ、船頭は「そうですねえ…」と呟いて思案した。

「私達も多年の商売で、方々へ吹き流された事が有りますが、こんな処へは一度も流れ着いた事が有りません。
 何でも此処らの方角に鬼国(きこく)と云うのが在ると聞いていますから、或いはそれかも知れません」

何しろ訪ねてみようという事に決まり上陸すると、家の造りや田畑の様は人々の住む国とちっとも変らない。
ただ変っているのは、途中で逢う人々に会釈しても、相手は皆知らない顔をして行き過ぎてしまうのだった。
どうやら向うの姿はこちらに見えても、こちらの姿は向うに見えないらしく思われた。

やがて城門の前に行き着くと、そこには門を守る人間が立って居た。
試みに会釈をするも、やはり知らない顔をしている。
そこで、構わずに城内へ入り込んで行くと、建物も中々宏壮で、城中を往来している人物も皆立派に見えるが、どの人もやはりこちらを見向きもしない。
益々奥深くまで進み行くと、王宮では饗宴の真っ最中らしく、大勢の家来らしい者が列坐している。
その服装も器具も音楽も皆、人々の住む国と大差が無かった。

咎める者が無いのを幸いに、人々は王座の側まで進み寄り窺うと、王は俄かに病に罹ったと言って騒ぎ出した。
そこで巫女らしい者を呼び出して占わせるに、その女はこんな神託を下した。

「これは陽地の人が来たので、その陽気に触れて、王は俄かに発病されたので御座ります。
 しかしその人々も偶然に此処へ来合せたので、別に祟りを為すという訳でも御座りませんから、食い物や乗り物を与えて還してやったら宜しゅう御座りましょう」

直ぐに酒や料理が別室に運び込まれたのを見て、人々がそこへ行って飲んだり食ったりしていると、巫女を始め他の家来等も来て何か祈っている様子だった。
その内に馬の用意も出来たので、人々はその馬に乗って元の岸へと戻った。
その後再び船を出して、無事人々は国に戻れたそうであるが、初めから終りまで向うの人達にはこちらの姿が見えなかったらしいと言う事だった。

これは作り話などでなく、青州の節度使「賀徳倹(がとくけん)」、魏博(ぎはく)の節度使「楊厚(ようこう)」等と言う偉い人々が、その商人の口から直接に聴いたのだと申している。




訪れた者の方が姿が見えず、むしろ怪しまれるという展開が面白い。
通常の隠れ里伝説とは立場が逆なのだ。
人々は訪れた場所を「鬼国」と呼んでいるが、むしろその国の人達から見れば、訪れた人々こそ「鬼」であったに違いない。


今夜の話は、これでお終い。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。

……有難う。

それじゃあ忘れ物の無いように、気を付けて帰ってくれたまえ。

――いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
そして、風呂に入ってる時には、足下を見ないように…。

では御機嫌よう。
次の夜も、楽しみに待っているよ…。



参考、『中国怪奇小説集(岡本綺堂、編著 光文社、刊 稽神録―鬼国―の章より)』。
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異界百物語 ―第59話―

2008年08月18日 21時13分56秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
8月も疾うに半分が過ぎてしまったが、この夏何処かへ遊びに行かれたかい?
最近は暑い夏はむしろ家で過ごして、涼しくなってから旅行に行かれる人も多いだろうが…。

例えば不思議な伝承話の多く残る、岩手に避暑に行かれた人は居るかな?
今夜紹介するのは、岩手県下閉伊郡川井村小国に、古くから伝わる話だ。



小国に、少し頭の弱い女房が居た。
この女房が、或る時家の側を流れている小川に沿って、山へ薪取りに入って行った所、どうした事か道に迷ってしまい、次第に奥深くまで踏込んでしまった。

谷底の盆地になっている所へ出た時だ――女房の目の前に、突如立派な黒塗りの門を構えた、大きな屋敷が現れた。

「こんな所に、こんなお屋敷が在るなんて……」

訝しく思うも、怖々と門を潜って、中を覗いてみた。

広大な庭には紅白の花が一面に咲競い、鶏が餌を啄ばんでは鳴いている。
厩からは馬の嘶きも聞えたが、人影は何処にも見当らなかった。

座敷に上がれば、朱と黒の膳椀等が並べてあり、火鉢の鉄瓶には湯が滾っている。

それなのに、やはり人影が見当らない。

その森閑とした様に恐怖を覚えた女房は、もしや山男山女の家ではないかと考え、一目散に己の里へ逃げ帰った。


それから暫く誰にも話さないで居たが、或る日側の小川で洗い物をしていると、川上から朱いお椀が流れて来た。
あまりにも美しい物だったので、拾い上げてよく見れば、何とそれは何時かの座敷に並んでいた朱い椀と、そっくりそのままの物だった。

女房は何だか空恐ろしく、自分の使い椀にする事も憚られたので、ケセネビツ、つまり半櫃に入れて置き、米を量る時の器に使った。

所が、その時から不思議が起った。

その朱椀で米を量ると、量っても量っても、ケセネビツの米が尽きる事が無かった。

その事が家人に解らぬ筈も無く、聞かれるままに谷底の盆地で見た怪しい屋敷の件を話すと、「さてはマヨイガに行き当ったのだ」という結論が出された。

「マヨイガ」とは「迷い家」――何処に在るとも知れない、神出鬼没の屋敷だ。

「この川を辿って行けばいいのなら、探し出せない事は無いだろう。
 自分達も是非訪ねて、幸運を授かりたいものだ。」

女房の話を聞いた家の者達は、里の者達と誘い合わせて、川を辿り、山の中をしらみつぶしに探し歩いたが、終に屋敷に行き当る事が出来なかったと云う。


「マヨイガ」に行き当った時は、その屋敷に有る物の内、1つだけを戴いて来ると、運を授かると云われている。
しかしこの女房は無欲で、何も持出さなかった為に、マヨイガの方から朱塗りの椀を流してくれたのだろうと、里の者達は噂し合った。

この女房のお蔭で、女房の家は糧に不足する事無く、後の世まで栄えたと云う。

遠い昔の語り草である。



同じ迷い込むなら、昨夜話した宮殿にではなく、こちらに迷い込みたいものだ。
そう考えるのは、私だけではないだろう。


今夜の話は、これでお終い。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。

……有難う。

民話の里「遠野」を始めとして、岩手は魅力の詰った昔話の宝庫だ。
これは主に遠野の伝説を蒐集し、研究に努めた「佐々木喜善」の功績による。
氏の紹介は後日に譲らせて頂こう。

それじゃあこれにてお開きだ。
どうか気を付けて帰ってくれたまえ。

――いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
そして、風呂に入ってる時には、足下を見ないように…。

では御機嫌よう。
次の夜も、楽しみに待っているよ…。



参考、『岩手の伝説(平野直、著 津軽書房、刊)』。
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異界百物語 -第58話-

2008年08月17日 21時17分50秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
台風が暑さを拭い去ってくれたお蔭か、こっちは久し振りに過し易い気温となったよ。
クーラー無く居られるなんて、何時以来の事だろうか。
刻一刻と近付く秋の足音が聞こえて来るように感じないかい?

太陽の光が弱まる冬は、妖の力が強まる。
だが逆に太陽の光が強まる夏も、妖の力は強くなるんだ。

妖達の動きが活発化すると、どんな現象が現れると思うかい?

例えば、人前に姿を見せたり、人を彼等の世界に連れ込んだり…

今日から数日は、そんな妖の世界を覗いた…或いは覗いたかもしれない人間の話を紹介しようじゃないか。



アイルランドのイニス・サークに残る伝説だ。

万聖節の前夜、1人の若者が大きな干し草の山に横たわり、眠っていた。

しかし目覚めた時--若者は自分が素晴しく立派な宮殿の中の、大きな広間の中に居る事を知った。

そこには沢山の小さな男達が忙しそうに働いていた。
或る者は糸を紡いだり靴を作ったり、また或る者は魚の骨や石で矢じりを作ったりしていた。
忙しなく作業しながらも、男達は笛吹きの奏でる陽気な音楽に合せ、愉快に笑ったり、歌ったりしていた。

暫くの間若者は、この奇妙な光景を、ぼんやりと見詰ていた。
すると1人の年を取った男が若者の側までやって来て、酷く不機嫌な顔で怒鳴った。

「こんな所で何を怠けてやがる!?
 もう直大切なお客様が此処にやって来るのだぞ!
 俺と一緒に来て台所を手伝え!」

そうして男は若者を大きな丸天井の部屋に連れて行った。
そこはどうやら台所の様で、猛烈に火が焚かれた竃には、見た事も無いほど巨大な鍋が置かれていた。
連れて来た男は、若者に向って命令した。

「早く夕食の準備をしろ!
 これから俺達はこの老婆を食うのだ!」

男が指差したそこには両手を吊された老婆が居て、別の男に皮を剥れてる最中だった。

「さあ、急いで湯を沸かせ!
 ぐずぐずしている暇は無いんだからな!
 この老婆は煮るのに時間がかかる!
 細かく切り刻んで鍋に入れろ!」

男から怒鳴り声で指図されるも、若者はあまりの恐ろしさに、そのまま気を失ってしまった。


再び目覚めた時、若者は自分が大広間に戻って居る事に気が付いた。
そこは既に宴会の準備が整えられていて、テーブルには美味しそうな料理が沢山並んでいた。

山盛りの果物、ソースがたっぷりかけられた鶏料理、七面鳥の丸焼き、バター、作り立てのケーキに、鮮やかな赤ワインの入った水晶のグラス……

…台所で目撃した老婆の影など、微塵も感じられなかった。

大広間の一段高い所には、王の為に玉座が設けられていた。
玉座に座った王は、腰に赤い飾り帯を巻き、頭には金の帯を締めていた。
王は若者に気が付くと、麗しく微笑んで言った。

「貴方も此処に居る楽しい連中と一緒に、席に着いて存分に召し上がって下さい。
 我々は歓迎しますよ!」

見回せば、若者の周りには沢山の美しい乙女達が座っていた。
赤い帽子と飾り帯を締めた上品な貴族達は、皆一様に若者に向かって微笑みかけ、一緒に食事をしようと勧めた。

「いや。」

若者は首を振って答えた。

「一緒に食事をする事は出来ません。
 食べ物を祝福して下さる牧師さんが、此処には居ませんから。
 どうか私を家に帰らせて下さい。」

若者から断られるも、王は親しげな笑みを崩さず、重ねて勧めた。

「せめてワインだけでも召上って下さいませんか?
 折角貴方の為に、上等な物を用意したのだから。」

王の言葉を受けて、1人の美しい貴婦人が立ち上り、水晶のグラスにワインを注いで若者に渡した。
グラスの中の血の様に鮮やかな赤い色を目にした途端、若者は急に喉が渇いて我慢出来なくなり、一気に飲干してしまった。
それは若者がこれまで飲んだ事の無い、素晴しい味だった。

だがグラスを置くや否や--突如雷鳴の様な凄まじい音が、建物全体を揺すった。

そして全ての明りが消され、若者は真っ暗闇に落とされた。


気付いて見ると、干草の山に横たわって居て、辺りは夜の闇に包まれていた。
若者は自分が仕事の後に疲れて干草の山に身を投げ出し、眠っていた事を思い出した。


その後――妖精の飲み物は若者の命取りとなり、衰弱して間も無く死んでしまった。



向うで言う所の妖精とは、堕ちた土地神であったり、死者の霊であったりする。
死者が食べて飲む物を口にすれば命を落とす。
そんな考えから生まれた話なのかもしれない。


今夜の話は、これでお終い。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。

……有難う。

今回の話は「万聖節の前夜(10/31、つまりハロウィーン)」に遇った出来事と紹介したが、資料によっては「或る夏の日の金曜日の夜」と書いてる場合も有る。
夏の暑い夜には不思議な目に遇い易い。
くれぐれも迷い込んだりしないよう、気を付けて帰られるといい。

――それに、いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
そして、風呂に入ってる時には、足下を見ないように…。

では御機嫌よう。
次の夜も、楽しみに待っているよ…。




参考、『イギリスの妖精-フォークロアと文学-(キャサリン・ブリッグズ著、石井美樹子&山内玲子訳、筑摩書房刊)』。
他、こちらのサイト様の記事。(→http://www.globe.co.jp/information/myth-fairy/innis-sark.html)
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異界百物語 ―第57話―

2008年08月16日 21時51分02秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
酷い雨だったろう?
今タオルを持って来るから、席に座って待って居てくれたまえ。
どうも台風が近付いてるようだね…そっちはどんな具合だい?
海川山の側に住まう人は、注意しておいた方が良い。

そら、タオルと――今夜の飲物だ。

ラムネだよ。
懐かしいだろう?
幼い頃は瓶の中のビー玉をどうにかして取ろうと、躍起になったもんだ。
巧い事取った奴は、それこそ皆から「達人」なんて呼ばれてね…ちょっとしたヒーローだったよ。
単なる硝子玉だが、子供の目には宝石みたく、輝いて思えたんだろうな。

…古き良き時代を回想するのはこれくらいにしといて、今夜お話しするのも岡本綺堂の随筆集からだ。
何でも中国清の時代に、沈起鳳(しんきほう)が著したオカルト短編小説集『諧鐸(かいたく)』の内の、『奇女雪怨』 と言う話らしい。




中国河南省夏邑(かゆう)県に、線娘(せんじょう)と言う士族の娘が在った。
詞や賦をすらすらと暗誦するほど優秀で、教師や学者達からも天晴れな女学士であると嘆賞され、若くして認められていた。
不幸にも齢17の時に父母が相前後して世を去り、以来庭に1本の玉蘭が植わる広い家に唯独りで住んでいた。

或る朝娘が早く起きて、隣家とを隔てる垣に寄掛った玉蘭の花を摘んでいる時、それを望み見て居た隣家の学生が、垣の側まで走って来て、お辞儀して挨拶をした。
その学生は未だ独身で、容貌の整った好青年であった。
優秀な女学士と言えど恋を知る年頃、好青年に会釈されて線娘は頬を染め恥らった。
早々に返礼して、逃げる様に立ち去ろうとすると、青年は静かに娘を呼び止めた。

「お待ち下さい、私は決して邪な気持ちから貴女に近付いた訳ではありません。
 実は私は受験(官吏登用試験)を前に控えた学生なのですが、何分にも独学で、師を頼むべき人が居らず困っていた次第です。
 宜しければ、拙い文章の御添削を願いたいのですが…如何でしょう?」

こう言うと、彼は一巻の草稿を取り出して、丁寧にその添削を求めた。
そこで断っておいたらば何事も無く済んだのであろうが、線娘も些か自分の才を誇る気味が有ったのだろう。
結局それを受取って自分の書斎に戻り、初めから仔細に読んでみると、彼の文章は才華に溢れているものの、二、三程拙い箇所が無いでもなかった。
その中でも試験の妨げになりそうな部分を一、二添削して、明くる日再び花を手折りに庭へ出た際、それを窺い青年が直ぐに出て来たので、娘は垣越しに草稿を返してやると、彼は深く感謝して受取った。

こういう事が度重なり、何時しか青年は大胆にも垣を乗越え、娘の庭にまで入り込んで来るようになった。
仕舞には彼女の書斎にまで進入するようになった。

若い女独りが住まう所へ若い男が親しく出入りするのであるから、彼等は当然行き着くべき所へ行き着くより外は無かった。
2人は生涯の愛を山河や日月に誓い、半年ばかり逢瀬を続けていた。

その間に線娘はしばしば結婚を催促したが、青年は口では承諾していながら、だらだらと日を送るばかり。
終には他家の娘と婚約を結んでいた事を知らされ、線娘は愕然とし悲しんだ。
それでも女学士であるプライドから、すっぱりと決別の言葉を告げ、清く別れてしまおうと、垣の側に立って毎日待ち暮らしていたが、青年は新しい愛の巣を営む事に忙しく、隣に住まう妾の事なぞ省みてる暇は無かった。

待てど暮らせど姿を現さない男に、線娘は憤るやら悲しむやら…終に堅く閉ざした己の書斎の内で、首を縊って死んでしまった。
後日それを知らされた青年は酷く驚き、流石に己の薄情を悔やんだが、今更どうする事も出来なかった。


それから暫く経ち――彼が郷試(今で言う公務員試験の初段階)を受けに出た時の事だ。

試験問題を前に気持ちを整えていると、何処からともなく彼の線娘が現れたので、青年は大いに恐れ慄いた。
しかし線娘はちっとも怒りの色を見せずに、彼の為に紙を開き、墨を磨って、正しい答を書き教えてくれた。
お蔭で青年は首尾良くその試験に合格した。

続いて礼部(郷試の一段階上)を受けた際にも、線娘は再び青年の前に現れ、前と同じ様に紙を開き、墨を磨って、彼の文章の間違ってる箇所を添削してくれたので、これにも滞り無く合格した。
更に殿試(公務員試験の最終段階、今で言えば一種)を受け、最難関と言われる資格をも取得し、青年は見事都に勤める官吏になる事が出来た。

自分を怨んでいる筈の線娘が何時も影身に沿うて助けてくれるので、青年は頻りにその恩を感謝していると、或る時線娘が久し振りに姿を現して、彼にこんな事を囁いた。

「このまま都で役所勤めを続けて居ても、決められた給与が入って来るだけ。
 より懐を充たしたく思うなら、早く運動して地方へ出る事をお考えなさい。」

それを聞いた青年は成る程と頷いた。
それから地方官になる為の運動を始めて、2年為らざる内に或る地方の郡守に抜擢される事になった。

都の小官吏が地方へ下り、その1地方の権を握ると、俄かに欲心が増長して、今で言う所の「汚職」を繰り返す様になってしまった。
貧しい民から容赦無く搾取して私腹を肥やしたり、盗賊から賄賂を受取り法を緩めたりしてる内に、とうとう悪事が発覚して「棄市の刑」に処される事となった。
「棄市の刑」とは死刑にされた後、その死骸を市に棄てられるという、大変重い刑罰である。

申し渡しを受けて、いよいよ明日は刑場へ牽き出されるという夜――線娘が黒髪を振り乱して彼の前に現れた。

「今こそ積年の恨みを晴らせる時が来た…!
 あの時直ぐに亡ぼしてやる積りであったが、一介の書生を窓の下で殺してみても詰らないと思い直し、蔭ながらお前の加勢をして、昇る所まで昇らせておいて、世間の人の見る前で重罪人として惨たらしい最期を遂げさせ、末代までも悪名が残るよう策を練ったのだ!
 思い知ったか!――ははははは…!」

女学士の怨霊はけらけらと嘲って消え失せた。




世に「女の執念ほど恐ろしいものは無い」と言われるが、直ぐには殺さず、1度高みに昇り詰めさせた所で一気に突き落とすとは、正しく恐ろしい事この上ない。
男性陣は恨みを買わぬよう、くれぐれも女心を踏み躙る真似は仕出かさない事だ。


今夜の話は、これでお終い。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。

……有難う。

瓶は回収するからゴミ箱に棄てずに置いといてくれたまえ。
何でもラムネ瓶はほぼ100%リサイクル可能だそうだから。


そう言えば今日は送り盆だったな…。
ちゃんと送り火を焚いたりして、送ってあげたかい?
でないと背中に貼り付いたそれは離れてくれないよ。
いやこれは悪い冗談だがね…気にしなくて結構、気を付けて帰られるといい。

繰り返し言っておくが……

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
そして、風呂に入ってる時には、足下を見ないように…。

では御機嫌よう。
次の夜も、楽しみに待っているよ…。




参考、『江戸の思い出―岡本綺堂随筆― (河出文庫、刊 「女学士の報怨」の章より)』。
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異界百物語 ―第56話―

2008年08月15日 21時22分36秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
今夜はカルピスにしようと思ってね、丁度用意をしている所さ。
こいつを濃過ぎず、薄過ぎず、好い塩梅に拵えるのは中々難しい…。
済まないが味を見てくれるかい?

丁度好い?――そいつは良かった。

さて飲物が用意出来た所で…今夜の話を紹介しようか。
これもやはり岡本綺堂が書いた代物で、綺堂曰く「実際に有った」と云う噂を聞き、記したものらしい。




安政三年の初夏である。

江戸番町の御厩谷に屋敷を持っている二百石の旗本、根津民次郎は箱根へ湯治に行った。
根津はその前年10月2日の夜、本所の知人の屋敷を訪問している際に、彼の怖ろしい(安政の江戸)大地震に出逢って、幸いに一命に別条は無かったが、左の背から右の腰へかけて打撲傷を負った。
その当時はさしたる事でも無いように思っていたが、翌年の春になっても痛みが本当に去らない。
それが打ち身の様になって、暑さ寒さに祟られては困るというので、支配頭の許可を得て、箱根の温泉で1ヵ月ばかり療養する事になったのである。
旗本と云っても小身であるから、伊助という中間1人を連れて出た。

道中は別に変った事も無く、根津の主従は箱根の湯本、塔の沢を通り過ぎて、山の中の或る温泉宿に草鞋を脱いだ。
その宿の名は判っているが、今も引き続いて立派に営業を継続しているから、此処には秘して置く。
宿は大きい家で、他にも5、6組の逗留客が在った。
根津は身体に痛み所が有るので下座敷の一間を借りていた。

着いて4日目の晩である。
入梅に近いこの頃の空は曇り勝ちで、きょうも宵から細雨が降っていた。
夜も四つ(午後10時)に近くなって、根津もそろそろ寝床に入ろうかと思っていると、何か奥の方が騒がしいので、伊助に様子を見せにやると、やがて彼は帰って来て、こんな事を報告した。

「便所に化け物が出たそうです。」
「化け物が出た……。」

根津は笑って訊いた。

「どんな物が出た?」
「その姿は見えないのですが……。」
「一体どうしたというのだ?」

その頃の宿屋には2階の便所は無いので、逗留客は皆下の奥の便所へ行く事になっている。
今夜も2階の女の客がその便所へ通って、外から第1の便所の戸を開けようとしたが、開かない。
更に第2の便所の戸を開けようとしたが、これも開かない。
そればかりでなく、内からは戸をコツコツと軽く叩いて、内には人が居ると知らせるのである。
そこで、暫く待っている内に、他の客も2、3人来合せた。
何時まで待っても出て来ないので、その1人が待ちかねて戸を開けようとすると、やはり開かない。
前と同じ様に、内からは戸を軽く叩くのである。
しかも2つの便所とも同様であるので、人々は少しく不思議を感じて来た。
構わないから開けてみろと云うので、男2、3人が協力して無理に第1の戸を抉じ開けると、内には誰も居なかった。
第2の戸を開けた結果も同様であった。
その騒ぎを聞き付けて、他の客も集まって来た。
宿の者も出て来た。

「何分山の中で御座いますから、折々にこんな事が御座います。」

宿の者はこう云っただけで、それ以上の説明を加えなかった。
伊助の報告もそれで終った。

それ以来、逗留客は奥の客便所へ行く事を嫌って、宿の者の便所へ通う事にしたが、根津は血気盛りといい、且つは武士という身分の手前、自分だけは相変らず奥の便所へ通っていると、それから2日目の晩にまたもやその戸が開かなくなった。

「畜生、待って居やがれ!」

根津は自分の座敷から脇差を持ち出して再び便所へ行った。
戸の板越しに突き透してやろうと思ったのである。
彼は片手に脇差を抜き持って、片手で戸を引き開けると、第1の戸も第2の戸も仔細無しにするりと開いた。

「やれやれ…臆病な奴だ!」と根津は笑った。

根津が箱根における化け物話は、それからそれへと伝わった。
本人も自慢らしく吹聴していたので、友達らは皆その話を知っていた。


それから12年の後である。
明治元年の7月、越後の長岡城が西軍の為に落された時、根津も江戸を脱走して城方に加わっていた。
落城の前日、彼は一緒に脱走して来た友達に語った。

「昨夜は不思議な夢を見たよ。君達も知っている通り、大地震の翌年に僕は箱根へ湯治に行って宿屋で怪しい事に出逢ったが、昨夜はそれと同じ夢を見た。場所も同じく、全てがその通りであったが、ただ変っているのは……僕が思い切ってその便所の戸を開けると、中には人間の首が転がっていた。首は1つで、男の首であった。」

「その首はどんな顔をしていた?」と、友達の1人が訊いた。

根津は黙って答えなかった。

その翌日、彼は城外で戦死した。



この時期、長い休暇を取って、自然の息吹溢れる場所へ出掛ける人も多いだろう。
しかし海や山や川、それに森には、人の目には見えず…正体の知れない何かが居るものだ。
テリトリーをずかずかと荒して、奴等の機嫌を損ねぬよう、用心した方が良いだろう。


今夜の話は、これでお終い。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。

……有難う。

グラスは何時もの様にそのまま置きっ放しで……おやおや、また何時の間にか人が消えているね…。

まぁ、いいさ。
今夜は旧盆…おかしな事が起きても不思議は無い。

それじゃあ、気を付けて帰ってくれたまえ。

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
そして、風呂に入ってる時には、足下を見ないように…。

では御機嫌よう。
次の夜も、楽しみに待っているよ…。




参考、『江戸の思い出―岡本綺堂随筆― (河出文庫、刊 「温泉雑記」の章より)』。
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異界百物語 ―第55話― (後編)

2008年08月14日 21時52分11秒 | 百物語
前編からの続き)



宿からも手伝いの男が駈け付けて来て、兎も角も赤座の死体を宿まで運んで来たのは、午前11時に近い頃であった。
雨上がりの初冬の日は明るく美しく輝いて、杉の木立ちの中では小鳥の囀る声が聞えた。

「あ!」

こう言ったままで、僕は暫くその死体を見詰ていた。
男の死体は岩石で額を打たれて半面に血を浴びているのと、泥や木の葉が粘り着いているのとで、今迄はその人相を良くも見届けずに、その服装によって一途にそれが赤座であると思い込んでいたのであったが、宿へ帰って入口の土間にその死体を横たえて、僕も初めて落着いて、もう一度その顔を覗いてみると、それは確かに赤座でない、かつて見た事も無い別人であった。
そんな筈は無いと訝りながら、明るい日光の下で横からも縦からも覗いたが、彼はどうしても赤座ではなかった。

「どういう訳だろう…?」

僕は夢の様な心持で、その死体をぼんやり眺めていた。
勿論、昨日はもう薄暗い時刻であったが、僕を訪ねて来た赤座の服装は確かにこれであった。
死体は洋服を着て、靴下に草鞋を履いているばかりか、谷間で発見した中折帽子までも、僕が昨日の夕方に見た物と寸分違わないように思われた。
それでもまだこんな疑いが無いでもなかった。
登山者の服装等はどの人も大抵似寄っているから、或いは昨日僕が見た赤座とは全く別人であるかも知れない。
その事実を確かめる為に、僕は何かの手掛りを得ようとして、死体の隠しを検めると、まず僕の手に触れた物は皺だらけの原稿紙であった。

原稿紙――それは妙義神社の前で、赤座の指の傷を押える為に、僕の袂から出してやった原稿紙ではないか。

しかも初めの2、3行には僕のペンの痕が有り有りと残っているではないか。
僕は更に死体の手先を検めると、右の人差指と中指には、擦り剥いた様な傷の痕が残っている。
原稿紙にも血の跡が滲んでいる。
こういう証拠が揃っている以上は、昨夜の男は確かにこの死体に相違無い。
それを赤座だと思ったのは僕の誤りであろうか?
しかし彼は僕を訪ねて来たのである。
薄暗がりではあったが、僕も確かに彼を赤座と認めた。
それが何時の間にか別人に変っている。
どう考えてもその理屈が判らないので、僕はいよいよ夢の様な心持で、手に握った原稿紙と死体の顔とを何時までもぼんやりと見比べていた。

駐在所の巡査も宿屋の者も、僕の説明を聴いて不思議そうに首を傾げていた。
確かに不思議に相違無い。
この奇怪な死人は蟇口に二円余の金を入れているだけで、他には何の手掛りとなる様な物も持っていなかった。
彼は身許不明の死亡者として町役場へ引渡された。
これでこの事件は一先ず解決したのであるが、僕の胸に大きく横たわっている疑問は決して解決しなかった。
僕は直ぐに越後へ手紙を送って、赤座の安否を聞き合せると、兄からも妹からも何の返事も無かった。
疑いは益々大きくなるばかりで、僕は何だか落着いて居られないので、とうとう思い切って彼の郷里まで訪ねて行こうと決心した。
幸いに此処からはさのみ遠い所ではないので、僕は妙義の山を降って松井田から汽車に乗って、信州を越えて越後へ入った。
○○教の支社を訪ねて、赤座朔郎に逢いたいと申入れると、世話役の様な男が出て来て、講師の赤座はもう死んだと言うのであった。
いや、赤座ばかりでない、妹の伊佐子もこの世には居ないと言うのを聞かされて、僕は頭がぼうとする程に驚かされた。
赤座の兄妹はどうして死んだか?
その事情については、世話役らしい男も兎角に言い渋っていたが、僕があくまでも斬り込んで詮議するので、彼もとうとう包み切れないでその事情を詳しく教えてくれた。

この春、赤座が僕に話した通り、彼は妻を迎えようとしても適当な女が見当らない。
妹も兄が妻帯するまでは他へ嫁入りするのを見合せて、兄の世話をしているという決心であった。
こうして、兄妹は仲良く暮らしていた。
その内に、町の或る銀行に勤めている内田と言う男がやはり同じ信者である関係から、伊佐子を自分の妻に貰いたいと申込んだが、赤座はその人物をあまり好まなかったと見えて体良く断った。
内田はそれでも思い切れないで、更に直接伊佐子に交渉したが、伊佐子も同じく断った。
兄にも妹にも撥ね付けられて、内田は失望した。
その失望から彼は根も無い事を捏造して、赤座兄妹を傷付けようと企んだ。
彼は土地の新聞社に知人が在るのを幸いに、○○教の講師兄妹の間に不倫の関係が有るという事を実しやかに報告した。
妹が年頃になっても他へ縁付かないのはその為であると言った。
同じ信徒の報告であるから新聞社の方でもうっかり信用して、その記事を麗々しく掲げたので、忽ち土地の大評判になった。
信徒の多数はそれを信じなかったが、兎も角もこんな噂を伝えられるという事は非常な迷惑であった。
ひいては布教の上にも直接間接の影響を与えるのは判り切っていた。
支社の方では新聞社に交渉して、まずその記事の出所を確かめようとしたが、これは新聞の習いとして原稿の出所を明白に説明する事を拒んだ。
事実が相違しているならば、取消しは出すと言った。
それから幾日かの後に、その新聞紙上に5、6行の取消し記事が掲載されたが、そんな形式的の事では赤座は満足出来なかった。
しかし彼は決して人を怨まなかった。
彼はそれを自分の信ずる神の罰だと思った。
自分の信仰が至らない為に○○教の神から大いなる刑罰を下されたのであると信じていた。
彼は堪え難い恐懼と煩悶とに一月余を重ねた末に、彼は更に最後の審判を享けるべく怖ろしい決心を固めた。
彼は何時も神前に礼拝する時に着用する白い狩衣の様な物を身に着けて、それに石油を強かに注ぎ掛けておいて、社の広庭の真ん中に突っ立って、自分で自分の体にマッチの火を摺り付けたのであった。
聞いただけでも実に身の毛のよだつ話で、彼は忽ち一面の火焔に包まれてしまった。
それを見付けて妹の伊佐子が駈け付けた時はもう遅かった。
それでも何とかして揉み消そうと思ったのか、あるいは咄嗟の間に何かの決心を据えたのか、伊佐子は燃えている兄の体を抱えたままで一緒に倒れた。
他の人々が驚いて駈け付けた時はいよいよ遅かった。
兄はもう焼け爛れて息が無かった。
妹は全身に大火傷を負って虫の息であった。
直ぐに医師を呼んで応急手当を加えた上で、兎も角も町の病院へ担ぎ込んだが、伊佐子はそれから4時間の後に死んだ。
その凄惨の出来事は前の記事以上に世間を驚かして、赤座の死因については色々の想像説が伝えられたが、所詮は彼の新聞記事が敬虔なる○○教の講師を殺したという事に世間の評判が一致したので、新聞社でも流石にその軽率を悔んで、半ば謝罪的に講師兄妹の死を悼む様な記事を掲げた。
それと同時に恐らくその社の或る者が洩らしたのであろう。
彼の新聞記事は内田の投書であるという噂がまた世間に伝えられたので、彼も土地には居た堪れなくなったらしく、自分の勤めている銀行には無断で、1週間程以前に何処へか姿を隠した。

「その内田と言う男の居処はまだ知れませんか?」と、僕は訊いた。
「知れません」と、それを話した世話役は答えた。

「銀行の方には別に不都合は無かった様ですから、まったく世間の評判が怖ろしかったのであろうと思われます。」
「内田は幾つ位の男ですか?」
「28、29です。」

「家出をした時には、どんな服装をしていたか判りませんか?」と、僕はまた訊いた。

「銀行から家へ帰らずに、直ぐに東京行きの汽車に乗り込んだらしいのですが、銀行を出た時には鼠色の洋服を着て、中折帽子を被っていたそうです。」

僕の総身は氷の様に冷たくなった。


僕の話を聴いて、彼の親戚と銀行の者とが僕と一緒に妙義へ来てみると、蝋燭谷の谷底に積たわっていた死体は、確かに内田に相違無いという事が判った。
しかし彼が何故僕を訪ねて来たのか?
それは誰にも判らない。
僕にも無論判らなかった。
それが怖ろしい秘密だよ。
赤座兄妹の身の上にそんな変事が有ろうとは僕は夢にも知らないでいた。

そこへ赤座――僕の眼には確かにそう見えた――が不意に訪ねて来た。

しかもそれは赤座自身ではない、却って赤座の仇であって、原因不明の変死を遂げてしまった。


兄妹の魂が彼を誘い出して来た――最初は僕もそう解釈していたよ。

それにしても、赤座は僕に一度逢いたいので、その魂が彼の体に乗り移って来たのか?
或いは自分達の死を報告する為に、彼を使いに寄越したのか?
内田と言う男がどうして僕の居所を知っていたのか?
僕にはどうもはっきり判らないので、その後も色々の学者達に逢ってその説明を求めたが、どの人も僕に十分の満足を与える程の解答を示してくれない。

しかし大体の意見はこういう事に一致しているらしい。
即ち内田と言う人間は一種の自己催眠に罹って、そういう不思議の行動を取ったのであろう、と言うのだ。
内田は一旦の出来心で、赤座の兄妹を傷付けようと企てたが、その結果が予想以上に大きくなって、兄妹があまりに物凄い死に方をしたので、彼も急に怖ろしくなった。
彼も同じ宗教の信者で在るだけに、いよいよその罪を怖ろしく感じたかも知れない。
そうして、兄妹の怨恨が必ず自分の上に報って来るという様な事を強く信じていたかも知れない。
その結果、彼は赤座に導かれた様な心持になって、ふらふらと僕を訪ねて来た。
彼がどうして僕の居処を知っていたかというのは、同じ信者では在り、且つは妹に結婚を申込む位の間柄で在るから、赤座の家へも親しく出入りをしていて、僕が妙義の宿から度々送った絵葉書を見た事が有るかも知れない。
僕が赤座の親友で在る事を知っていたかも知れない。
自己催眠に罹った彼は赤座に導かれて赤座の親友を訪ねる積りで、妙義の山までわざわざ来たのだろう。

――と、こういう事になっているんだが、僕は催眠術を詳しく研究していないから、果してどうだか判らない。

外国へ行った時に心霊を専門に研究している学者達にも訊いてみたが、その意見はまちまちで、やはり正確な判断を下すまでに至らなかったのは残念だ。

しかし学者の意見はどうであろうとも、実際、彼の内田が自己催眠に罹っていたにしても――僕の眼にそれが赤座の姿と見えたのはどういう訳だろう?

或いは自己催眠の結果、内田自身ももう赤座になり澄ました様な心持になって、言語動作から風采までが自然に赤座に似て来たのだろうか?
それとも僕もその当時、一種の催眠術に罹っていたのだろうか?



話を書く際の決まり事の1つとして、「起承転結」と呼ばれるものが有る。
(起)って、(承)って、(転)じて、(結)ばれる――この四原則を守ってこそ「話」になるのだと、広くは認識されているだろう。

しかし怪奇文学の世界に、この常識は当て嵌まらない。
(起)って(承)って(転)じて終いを迎えたり、(起)って(転)じるだけで〆てしまう場合も有る。
人が「恐怖」を感じるのは、理解出来ない「非常識」さからだ。
常識から外れてて、理由付けが不可能だからこそ、人は怖ろしいと思うのだ。

綺堂の書く怪談の恐ろしさは、その点に在る。


今夜の話は、これでお終い。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。

……有難う。

飲み終った後のグラスは、昨夜の様にそこへ置きっ放しにしてくれて構わない。

……おや?また人が減っている……。

おかしいな…始めた時はもっと大勢居た様に感じたんだが…。
何時の間に席を立ったのだろう…?
ちっとも気が付かなかったよ。

まぁ、いいだろう。

では改めて…夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
そして、風呂に入ってる時には、足下を見ないように…。

では御機嫌よう。
次の夜も、楽しみに待っているよ…。




参考、『影を踏まれた女―岡本綺堂怪談集―(岡本綺堂、著 光文社、刊)』。

※この話に限らずだが、話の中に現代にはそぐわない表現が見付った場合等、多少の変更を加えてある。
作品の筋にまでは変更を加えていないが…身勝手な判断をお許し頂きたい。
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異界百物語 ―第55話― (前編)

2008年08月14日 21時51分48秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
今夜はアイス抹茶オレを用意して待っていたよ。
今テーブルに持って行くからね。

セレクトが偏ってて申し訳無いが、今夜紹介するのも岡本綺堂の作で、52番目に紹介したのと同じく、『青蛙堂鬼談』の内の1話だ。
普通怪談はあまり長編だと恐さが薄れがちだが、今回の話は比較的長いものでありながら、綺堂が書いた中でも、一等恐く私には思えるものだ。

好事家が顔を揃える席で、話を聞かせる当人自身が体験したと言う恐怖譚。

どうか途中で退席する事無く、最後までお聞き戴きたい…。



僕の友達の赤座と言う男の話だ。
赤座は名を朔郎と言って、僕と同時に学校を出た男だ。
卒業の後は東京で働く積りであったが、卒業の半年程前に郷里の父が突然死んだので、彼はどうしても郷里へ帰って、実家の仕事を引嗣がなければならない事情が出来て、学校を出ると直ぐに郷里へ帰った。
赤座の郷里は越後の或る小さい町で、彼の父は○○教の講師と言うものを勤めていて、その支社に集まって来る信徒達に向ってその教義を講釈していたのであった。
○○教の組織は僕もよく知らない。
素人の彼が突然に郷里へ帰って直ぐに父の跡目を受嗣ぐ事が出来るものかどうか、その辺の事情は詳しく判らなかったが、兎も角も彼が郷里へ帰ってから僕の所へ寄越した手紙によると、彼は滞り無く父の後を襲って、○○教の講師と言うものになったらしい。
もっとも、彼は僕と同じく文科の出身で、そういう家の伜だけに、普段から宗教についても相当の研究を積んでいたらしいから、まず故障無しに父の跡目相続が出来たのであろう。
しかし彼はその仕事をあまり好んでいないらしく、仲の好い友達7、8人が催した送別会の席上でも、どうしても一旦は帰らなければならない面倒な事情を話して、頻りに不平や愚痴を並べていた。

「なに、2、3年の内に何とか解決をつけて、また出て来るよ。雪の中に一生埋められて堪るものか。」

こんな事を彼は言っていた。
郷里へ帰った後も我々の所ヘ、手紙をしばしば寄越して、色々の事情から容易に現在の職を投げ打つ事が出来ない等と、酷く悲観した様な事を書いて来た。
赤座の実家には老母と妹が在る。
この2人の女は無論に○○教の信仰者で、右左から無理に彼を押え付けて、どうしてもその職を去る事を許さないらしい。
それに対して、彼にも非常の煩悶が有ったらしく、こんな事なら、何の為に生きているのか判らない。
いっそ自分の預かっている社に火を点けて、自分も一緒に焼け死んでしまった方がましかも知れない等と、随分過激な事を書いて寄越していた様にも記憶している。
送別会に列席した7、8人の友達も職業や家庭の事情で皆それぞれに諸方へ散ってしまって、依然東京に居残っている者は村野と言う男と僕とたった2人、しかし村野は酷く筆不精な性質で、赤座の手紙に対して3度に1度位しか返事をやらないので、自然に双方の間が疎くなって、終いまで彼と手紙の往復を続けている者は僕1人であったらしい。
赤座の手紙は、毎月1度位づつ必ず僕の手に届いた。
僕もその都度に必ず返事を書いてやった。
こうして2年程続いている間に、彼の心機はどう転換したものか、自分が現在の境遇に対して不満を訴える事が、段々に少なくなった。
終いには愚痴らしい事は一言も言わず、むしろその教えの為に自分の一生涯を捧げようと決心しているらしくも思われた。
○○教と言うのはどんな宗教か知らないが、兎も角も彼がその信仰によって生きる事が出来れば幸いであると、僕も密かに喜んでいた。
彼が郷里へ帰ってから3年目に母は死んだ。
その後も妹と2人暮らしで、支社に続いた社宅の様な家に住んでいる事を僕は知っていた。

それからまた2年目の3月に、彼は妹を連れて上京した。
勿論、それは突然な事ではなく、来年の春は教社の用向きで是非上京する。
妹もまだ一度も東京を知らないから、見物ながら一緒に連れて行くという事は、前の年の末から前触れが有ったので、僕は心待ちに待っていると、果して3月の末に赤座の兄妹は越後から出て来た。
汽車の着く時間は判っていたので、僕は上野まで出迎えに行くと、彼が昔とちっとも変っていないのにまず驚かされた。
○○教の講師を幾年も勤めているというのであるから、定めて行者かなんぞの様に、長い髪でも垂れているのか、髭でもぼうぼうと生やしているのか、冠の様な帽子でも被っているのか、白い袴でも穿いているのか。

――そんな想像は皆外れて、彼は昔通りの五分刈り頭で、田舎仕立てながらも背広の新しい洋服を着て、何処にも変った点はちっとも見出されなかった。

ただ鼻の下に薄い髭を蓄えたのが少しく彼を勿体らしく見せているだけで、彼はやはり学生時代と同じ様に若々しい顔の持主であった。

「やあ。」
「やあ。」

こんな簡単な挨拶が交換された後に、彼は自分の傍に立っている小柄の娘を僕に紹介した。
それが彼の妹の伊佐子と言うので、年は19であるそうだが、如何にも雪国の女を代表した様な色白の娘で、可愛らしい小さい眼と細い眉とを持っていた。

「良い妹さんだね。」

「うむ。母が居なくなってから、家の事は皆これに頼んでいてね」と、赤座はにこにこしながら言った。

一緒に電車に乗って僕の家まで来る間にも、この兄妹が特別の親しみを持っているらしい事は僕にもよく想像された。
それから約1ヵ月も僕の家に滞在して、教社の用向きや東京見物に春の日を暮らしていたが、確か4月の10日と記憶している。
僕は兄妹を誘って向島の花見に出掛けると、それ程の強い降りでもなかったが、その途中から俄雨に出逢ったので、拠所無しに或る料理屋へ飛び込んで、2時間ばかり雨止みを待っている間に、赤座は妹の身の上についてこんな事を話した。

「こんな者でも相応な所から嫁に貰いたいと申込んで来るが、何しろこれが居なくなると僕が困るからね。これも僕の家内が決るまでは他へ縁付かないと言っている。ところで、僕の家内というのがまたちょっと見付からない。いや、今迄にも2、3人の候補者を推薦されたが、どうも気に入ったのが無いんでね。何しろ、僕の家内という以上、どうしても同じ信仰を持った者でなければならない。身分や器量等はどうでもいいんだが、さてその信仰の強い女というのが容易に見当らないので困っている。」

彼は最初の煩悶から全く解脱して、今ではその教義に自分の信仰を傾けているらしかった。
しかし、到底教化の見込みは無いと思ったのか、僕に対しては、その教義の宣伝を試みた事は無かった。
東京の桜が皆青葉になった頃に、赤座兄妹は僕に見送られて上野を出発した。
それ切りで、僕はこの兄妹に出逢う事が出来なかったのか、それとも重ねて出逢っているのか、未だに消えないその疑問が、この話の種だと思って貰いたい。


郷里へ帰ると、赤座は直ぐに長い礼状を書いて寄越した。
妹からも丁寧な礼状が来た。
妹の方が赤座よりもずっと巧い字を書いているのを僕は可笑しくも思った。
その後も相変らず毎月一度位の音信を続けていたが、8月になって僕は上州の妙義山へ登って、そこの宿屋で一夏を送る事になった。
妙義の絵葉書を赤座に送ってやると、兄妹から僕の宿屋へ宛てて、直ぐに返事を寄越した。
暇が有れば自分も妙義へ一度登ってみたいが、教務が多忙で思うに任せない等と、赤座の手紙には書いてあった。
9月の初めに僕は一度東京へ帰ったが、妙義の宿が何となく気に入ったのと、東京の残暑はまだ烈しいのとで、いっそ紅葉の頃まで妙義にゆっくり滞在して、やりかけた仕事を皆仕上げてしまおうと思い直して、僕はその準備をして再び妙義の宿へ引揚げた。
妙義へ戻った明くる日に、僕は再び赤座の所へ絵葉書を送って、仕事の都合で10月の末頃迄はこっちに山籠りをする積りだと言ってやった。
しかしそれに対しては、兄からも妹からも何の返事も無かった。
10月の初めに、僕は三度赤座の所へ絵葉書を送ったが、これも返事を受取る事が出来なかった。
赤座は教務で何処へか出張しているのかも知れない。
それにしても、妹の伊佐子から何とか言って来そうなものだと思ったが、別に深くも気に止めないで、僕は自分の仕事の捗るのを楽しみに、宿屋から借りた古机に毎日親しんでいた。

その月も中頃になると紅葉見物の登山客が増えて来た。
ことに学生の修学旅行や、各地の団体旅行等が毎日幾組も登山するので、静かな山の中も俄かに雑沓する様になったが、大抵はその日の内に磯部へ下るか、松井田へ出るかして、此処に1泊する群れはあまり多くないので、夜は何時もの様に山風の音が寂しかった。

「お客さまがお出でになりました。」

宿の女中がこう言って来たのは、10月ももう終りに近い日の午後5時頃であった。
その日は朝から陰っていて、霧だか細雨(小雨)だか判らない物が時々に山の上から降って来て、山懐の宿は急に冬の寒さに囲まれた様に感じられた。
丁度その時に僕は2階の座敷を降りて、入口に近い所に切ってある大きい炉の前に坐って、宿の者と何か例のお喋りをしている最中であったので、坐ったままで身体を螺子向けて表の方を覗いてみると、入口に立って居るのは彼の赤座であった。
彼は古ぼけた中折帽子を被って、洋服のズボンを捲り上げて、靴下の上に草鞋を履いて、手には木の枝をステッキ代りに持っていた。

「やあ。よく来たね。さあ、入りたまえ。」

僕は片膝を立てながら声をかけると、赤座は懐かしそうな眼をして僕の方をじっと見ながら、そのまま引っ返して表の方へ出て行くらしい。
連れでも待たせてあるのかと思ったが、どうもそうではないらしいので、僕は少し変に思って直ぐに起って入口に出ると、赤座は見返りもしないで山の方へすたすた登って行く。
僕はいよいよおかしく思ったので、そこに有る宿屋の藁草履を突っ掛けて彼の後を追って出た。

「おい、赤座君!何処へ行くんだ!?おい、おい、赤座君!」

赤座は返事もしないで、やはり足を早めて行く。
僕は彼の名を呼びながら続いて追って行くと、妙義の社の辺りで彼の姿を見失ってしまった。
陰った冬の日はもう暮れかかって、大きい杉の木立ちの間は薄暗くなっていた。
僕は一種の不安に襲われながら、声を張上げて頻りに彼の名を呼んでいると、杉の間から赤座は迷う様に、ふらふらと出で来た。

「寒い、寒い」と、彼は口の中で言った。

「寒いとも……。日が暮れたら急に寒くなる。早く宿へ来て炉の火に当りたまえ。それとも先にお詣りをして行くのか?」

それには答えないで、彼は無言で右の手を僕の前に突き出した。
薄暗い中で透かして見ると、その人差指と中指とに生血が滲み出しているらしかった。
木の枝にでも突っ掛けて怪我をしたのだろうと察したので、僕は袂を探って原稿紙の反古を出した。

「まあ、兎も角もこれで押さえておいて、早く宿へ来たまえよ。」

彼はやはり何にも言わないで、僕の手からその原稿紙を受取って、自分の右の手の甲を掩ったかと思うと、またそのまますたすた歩き出した。
後戻りをするのではなく、何処までも山の上を目指して登るらしい。
僕は驚いてまた呼び止めた。

「おい、君!これから山へ登ってどうするんだ!?山へは明日案内する!今日はもう帰る方が良いよ!途中で暗くなったら大変だ!」

こんな注意を耳にも掛けない様に、赤座は強情に登って行く。
僕はいよいよ不安になって、幾度か呼び返しながらその後を追って行った。
8月以来此処らの山路には歩き馴れているので、僕もかなりに足が早い積りであるが、彼の歩みは更に早い。
僅かの内に二間離れ、三間離れて行くので、僕は息を切って登っても、中々追い付けそうもない。
辺りは段々に暗くなって、寒い雨がしとしとと降って来る。
勿論、他に往来の人等の在ろう筈も無いので、僕は誰の加勢を頼む訳にもいかない。
薄暗い中で彼の後ろ姿を見失うまいと、梟の様な眼をしながら唯1人で一生懸命に追い続けたが、途中の坂路の曲り角でとうとう彼を見はぐってしまった。

「赤座君!赤座君!」

僕の声はそこらの森に谺するばかりで、何処からも答える者は無かった。
それでも僕は根良く追っ駈けて、とうとう一本杉の茶屋の前まで来たが、赤座の姿はどうしても見付からないので、僕の不安はいよいよ大きくなった。
茶屋の人を呼んで訊ねてみたが、日は暮れている、雨は降る、誰も表には出ていないので、そんな人が通ったかどうだか知らないと言う。
これから先は妙義の難所で、第一の石門はもう眼の前に聳えている。
幾ら土地の勝手を知っていても、この暗がりに石門を潜って行く程の勇気は無いので、僕は諦めて立ち停まった。
路はいよいよ暗くなったので、僕は顔馴染の茶屋から提灯を借りて、雨の中を下山した。
雨具を着けていない僕は頭からびしょ濡れになって、宿へ帰り着く頃には骨まで凍りそうになってしまった。
宿でも僕の帰りの遅いのを心配して、そこらまで迎えに出ようかと言っている所であったので、皆も安心して直ぐに炉の傍へ連れて行ってくれた。
濡れた身体を焚火に温めて、僕は初めてほっとしたが、赤座に対する不安は大きい石の様に僕の胸を重くした。
僕の話を聞いて宿の者も顔を顰めたが、その中には、こんな解釈を下す者も在った。

「そういうお宗旨の人ならば、何かの行をする為に、わざわざ暗い時刻に山へ登ったのかも知れません。山伏や行者の様な人は時々にそんな事をしますから。」

2月の大雪の中を第二の石門まで登って行った行者の在った事を宿の者は話した。
しかしさっき出逢った時の赤座の様子から考えると、彼はそんな行者の様な難行苦行をする人間らしくも思われなかった。
夜が更けても彼は帰って来なかった。
彼は宿の者が言う様に、何処かの石門の下でこの寒い雨の夜にお籠りでもしているのであろうか?何かの行法を修しているのであろうか?
そんな事を考え続けながら、僕はその一夜をおちおち眠らずに明かしてしまった。
夜が明けると雨は止んでいた。
朝飯を食ってしまうと、僕は宿の者2人と案内者1人とを連れて、赤座の行方を探しに出た。
昨夜の一本杉の茶屋まで行き着く間、我々は木立ちの奥まで隈無く探して歩いたが、何処にも彼の姿は見付からなかった。
昨夜無暗に駈け歩いたせいか、今朝は妙に足が竦んで思う様に歩かれないので、僕はこの茶屋で暫く休息する事にして、他の3人は石門を潜って登った。
それから30分と経たない内に、その1人が引っ返して来て、蝋燭岩から谷間へ転げ落ちている男の姿を発見したと、僕に報告してくれた。
僕は跳ね上がる様に床几を離れて、直ぐに彼と一緒に第一の石門を潜った。
茶屋の者は僕の宿へその出来事を知らせに行った。



後編に続】
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異界百物語 ―第54話―

2008年08月13日 23時03分57秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
おや、今夜も新顔を連れて来てくれたのかい?
今席を用意するから、少し待っていてくれたまえ。

―そら、出来た!

さぁさ、隣り合って座るといいよ。
美味しいアイスココアを用意してあるからね。


さてと、落着いた所で…今夜紹介するのも、岡本綺堂の作だ。
話を聞かせる前に、少し綺堂の生れについて、語らせて貰おうかな。

綺堂の父、岡本敬之助は幕府の御家人を勤めていた人間だ。
家は東京、高輪…つまり綺堂は生粋の江戸っ子って事になる。
それも明治~昭和の初め迄、江戸が東京へと激変する風景を目撃した、云わば歴史の証人である。
だから綺堂の書く小説は、資料を読むだけでは再現不可能な、廃れ行く江戸の気風に満ちている。
己が目で見て、肌で感じたからこそ描けるリアリティなのだ。

今夜紹介する話にも、現代では廃れてしまった、江戸の風物が出て来る。
『月の夜がたり』と言う題で、旧暦七月の二十六夜、旧暦八月の十五夜、旧暦九月の十三夜に纏わる3つの怪談を、綺堂お得意の「伝え聞き」という体裁で書いたものだ。
十五夜、十三夜の習慣は、現代でも残されているが、二十六夜の習慣は東京では、ほぼ廃れてしまっている。

しかしかつて七月の二十六夜、八月の十五夜、九月の十三夜は、「江戸の三大月見」と呼ばれる行事だったのだ。
この内、十五夜、十三夜は、日没から姿が臨める満月前後の月だが、二十六夜は深夜過ぎ~明け方に昇る、細い逆三日月である。
何故そんなものを大勢で拝んだかと言うと、月の黒い影になってる部分に、阿弥陀仏・観音・勢至と呼ばれる三尊が姿を現していると噂されたからだ。
「月の兎」に見える影の部分が、見方によっては、三尊の姿に思われるという事だろう。

江戸時代、夜分遅く昇る月を待ち侘びつつ、人々は呑んだり食べたり、楽しく夜を過したのだ。
それが「二十六夜待」と云う行事――現代では治安上の問題か、とも夜が昔と較べて明るくなってしまった為か、単にそんな暇を無くしてしまったからか……確かなのは、昔の人は今居る私達よりも、ずっと風流心を持っていたという事だ。

失われた物を偲びつつ、それではお聞かせしよう、二十六夜待に纏わる怪談を――



これは或る落語家から聞いた話だが…何でも明治8、9年頃の事だそうだ。

その落語家もその当時はまだ前座から少し毛の生えたくらいの身分であったが、何時までも師匠の家の冷飯を食って、権助(下男)同様の事をしているのも気が利かないというので、師匠の許可を得て、たとい裏店にしても一軒の世帯を構える気概を持とうと、毎日貸家を探して歩いた。
その頃は今と違って、東京市中にも空家は沢山在ったが、その代りに新聞広告の様な便利な物は無いから、どうしても自分で探し歩かなければならない。
彼も毎日尻端折りで、浅草下谷辺から本所、深川の辺りを根良く探し廻ったが、どうも思う様なのは見付からない。
何でも二間か三間位で、ちょっと小綺麗な家で、家賃は一円二十五銭止りのを見付けようという注文だから、その時代でも少し難しかったに相違ない。

8月末の残暑の強い日に、彼は今日もてくてく歩きで、汗を拭きながら、下谷御徒町の或る横町を通ると、狭い路地の入口に「この奥に貸し家」という札が斜めに貼ってあるのを見付けた。
しかも2畳と3畳と6畳の三間で家賃は一円二十銭と書いてあったので、これはお誂え向きだと喜んで、直ぐにその路地へ入ってみると、思ったよりも狭い裏で、突当りにたった1軒の小さい家が在るばかりだが、その戸袋の上に貸し家の札を貼ってあるので、彼は此処の家に相違ないと思った。
この頃の習わしで、小さい貸家等は家主が一々案内するのは面倒臭いので、昼の内は表の格子を開けておいて、誰でも勝手に入って見る事が出来る様になっていた。
此処の家も表の格子は閉めてあったが、入口の障子も奥の襖も開け放して、外から家内を覗く事が出来るので、彼もまず格子の外から覗いてみた。
元より狭い家だから、三尺の靴脱ぎを隔てて家中はすっかり見える。
寄付(入って直ぐの部屋)が2畳、次が6畳で、それに並んで3畳と台所が在る。
薄暗いのでよく判らないが、さのみ住み荒らした家にも思えない。
これなら気に入ったと思いながらふと見ると、奥の3畳に1人の婆さんが横向きになって坐っている。
さては留守番が居るのかと、彼は格子の外から声をかけた。

「もし、御免なさい。」

婆さんは振向かなかった。

「御免なさい!こちらは貸家で御座いますか!?」と、彼は再び呼んだ。

婆さんはやはり振向かない。
幾度続けて呼んでも返事は無いので、彼は根負けがした。
あの婆さんはきっと聾に相違ないと思って舌打ちしながら表へ出ると、路地の入口の荒物屋(雑貨屋)では女将さんが店先の往来に盥を持出していたので、彼は立寄って訊いた。

「この路地の奥の貸家の家主さんは何処ですか?」

家主は此処から1町程先の酒屋だと、女将さんは教えてくれた。

「どうも有難う御座います。留守番のお婆さんが居るんだけれども、居眠りでもしているのか、つんぼうか、幾ら呼んでも返事をしないんです。」

彼がうっかりと口を滑らせると、女将さんは俄かに顔の色を変えた。

「あ、お婆さんが……。また出ましたか。」

この落語家は酷い臆病だ。
また出ましたかの一言にぞっとして、これも顔の色を変えてしまって、挨拶もそこそこに逃げ出した。
勿論家主の酒屋へ聞合せなどに行こうとする気は無く、震え上って足早にそこを立去ったが、段々落着いて考えてみると、8月の真っ昼間、暑い日がかんかん照っている。
その日中に幽霊でもあるまい。
俺の臆病らしいのを見て、あの女房め、忌な事を言って脅したのかも知れない。
馬鹿馬鹿しい目に逢ったとも思ったが、半信半疑で何だか心持が好くないので、その日は貸家探しを中止して、そのまま師匠の家へ帰った。

この年は残暑が強いので、何処の寄席も休みだ。
日が暮れても何処へ行くという当ても無い。

「今夜は二十六夜様だと言うから、お前さんも拝みに行っちゃあどうだえ?」

師匠の女将さんに教えられて、彼は気が付いた。
今夜は旧暦の七月二十六夜だ。
話には聞いているが、まだ一度も拝みに出た事は無いので、自分も商売柄、二十六夜待と云うのはどんなものか、何かの参考の為に見て置くのも良かろうと思ったので、涼みがてらに宵から出掛けた。

二十六夜の月の出るのは夜半に決っているが、彼と同じ様な涼みがてらの人が沢山出るので、何処の高台も宵から賑わっていた。
彼はまず湯島天神の境内へ出掛けて行くと、そこにも男や女や大勢の人が混み合って居た。
その中には老人や子供も随分混じって居た。
今と違って、明治の初年には江戸時代の名残りを留めて、二十六夜待などに出掛ける人達が中々多かったらしい。
彼もその群れに混じってぶらぶらして居る内に、ふと或る物を見付けてまたぞっとした。
その人混みの中に、昼間下谷の空家で見た婆さんらしい女が立って居るのだ。
広い世間に同じ様な婆さんは幾らも在る。
婆さんの顔などという物は大抵似ているものだ。
まして昼間見たのはその横顔だけで、どんな顔をしているのか確かに見届けた訳でもないのだが、どうもこの婆さんがそれに似ているらしく思われてならない。
幾度か水を潜ったらしい銚子縮(ちょうしちぢみ)の浴衣までがよく似ている様に思われるので、彼は何だか薄気味が悪くなって、早々にそこを立去った。

彼は方角を変えて、神田から九段の方へ行くと、九段坂の上にも大勢の人が群がって居た。
彼はそこで暫くうろうろしていると、またぞっとするような目に逢わされた。
湯島で見たあの婆さんが何時の間にか此処にも来て居るのだ。
彼はもし自分1人であったら思わずきゃっと声を上げたかも知れない程に驚いて、早々に再びそこを逃げ出した。

彼はそれから芝の愛宕山へ登った。
高輪の海岸へも行った。
しかし行く先々の人混みの中に、きっとその婆さんが立って居るのを見出すのだ。
勿論その婆さんが彼を睨む訳でもない、彼に向って声をかける訳でもない、ただ黙って突っ立って居るのだが、それが段々に彼の恐怖を増すばかりで、彼はもうどうしていいか判らなくなった。
自分はこの婆さんに取憑かれたのではないかと思った。
月の出るにはまだ余程時間が有るのだが、彼にとってはもうそんな事は問題ではなかった。
何しろ早く家へ帰ろうと思ったが、その時代の事だから電車も鉄道馬車も無い。
高輪から人力車に乗って急がせて来ると、金杉の通りで車夫は路端に梶棒を下ろした。

「旦那、ちょいと待って下さい。そこで蝋燭を買って来ますから。」

こう言って車夫は、そこの荒物屋へ提灯の蝋燭を買いに行った。
荒物屋――昼間の女将さんの事を思い出しながら、彼は車の上から見返ると、自分の車から二間程離れた薄暗い所に1人の婆さんが立って居た。
それを一目見ると、彼はもう夢中で車から飛び降りて、新橋の方へ一目散に逃げ出した。
師匠の家は根岸だ。
とてもそこまで帰る元気は無いので、彼は賑やかな夜の町を駈け足で急ぎながら、これからどうしようかと考えた。
彼の婆さんは後から追って来るらしくもなかったが、彼は中々安心出来なかった。
三十間堀の大きい船宿に師匠を贔屓にする家が在る。
そこへ行って今夜は泊めて貰おうと思い付いて、転げ込む様にそこの門を潜ると、帳場でも驚いた。

「おや、どうしなすった?酷く顔の色が悪い。急病でも起ったのか?」

実はこういう訳だと、息を弾ませながら訴えると、皆は笑い出した。
そこに居合せた芸者までが彼の臆病を笑った。
しかし彼にとっては決して笑い事ではなかった。
その晩はとうとうそこに泊めて貰う事にして、肝腎の月の出る頃には下座敷の蚊帳の中に小さくなっていた。

明くる朝、根岸の家へ帰ると、此処でも皆に笑われた。
あんまり口惜しいので、もう一度出直して御徒町へ行って、近所の噂を聞いてみると、彼の貸家には今迄別に変った事は無い。
変死した者も無ければ、葬式の出た事も無い。
今迄住んでいたのは質屋の番頭さんで、現に同町内に引っ越して無事に暮らして居る。
しかしその番頭の引っ越したのは先月の盂蘭盆前で、それから2、3日過ぎて迎い火を焚く13日の晩に、1人の婆さんがその空家へ入るのを見たと言う者が在る。
その婆さんは何時出て行ったか、誰も知っている者は無かったが、その後時々に、その婆さんの坐って居る姿を見ると言うので、家主の酒屋でも不思議に思って、店の者4、5人がその空家を調べに行って、戸棚を検め、床の下までも詮索したが、何にも怪しい物を発見しなかった。
そんな噂が拡がって、その後は誰も借り手が無い。
そうして、その空家には時々にその婆さんの姿が見える。
何処の幽霊が戸惑いをして来たのか、それは判らない。

その話を聞いて、彼はまた蒼くなって、自分はその得体の知れない幽霊に取憑かれたに相違ないと決めてしまった。
家へ帰る途中から気分が悪くなって、それから3日ばかりは半病人の様にぼんやりと暮らしていたが、彼の婆さんは執念深く彼を苦しめようとはしないで、その後彼の前に一度もその姿を見せなかった。
彼も安心して、9月からは自分の持席を務めた。

彼の空き家は冬になるまでやはり貸家の札が貼られていたが、11月の或る日、しかも真っ昼間に突然燃え出して焼けてしまった。
それが一軒焼けで終ったのも、何だか不思議に感じられると言うのであった。



調べた所、今年の二十六夜は8/26らしい。
本当はその日に紹介したかった話だが、都合により今夜にさせて貰った。
出来る事なら8/26に改めて、この話を思い出して欲しい。

今夜の話は、これでお終い。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。

……有難う。

飲み終った後のグラスはそのままで結構だよ。
気を付けて帰られるといい。

――おや?

隣に座ってた新顔さんは何処へ行ってしまったんだい?
「そんな人間は知らない?最初から独りで来た」って…?
おかしいな…確かに来て…飲み終ったグラスが机の上に置いてあるというのに…。

まぁ、いいだろう。
今夜は迎え盆だ、普段は見えない客が訪れても不思議は無い。

それじゃあ改めて…夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
そして、風呂に入ってる時には、足下を見ないように…。

では御機嫌よう。
次の夜も、楽しみに待っているよ…。




参考、『影を踏まれた女―岡本綺堂怪談集―(岡本綺堂、著 光文社、刊)』。
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