千の天使がバスケットボールする

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『危険なメソッド』

2012-11-03 16:51:55 | Movie
考えてみれば、久々の、実に久々の18禁映画。
おまけに”スキャンダル”という言葉から麗しき毒気の香りがしなくなった昨今だが、この映画はりっぱにスキャンダラスな内容だと思う。そりゃあ、デヴィッド・クローネンバーグが監督だから期待どおりに妖しくもみだら・・・だが、『旋律の絆』に比べれば毒がなく端整である。

1904年、チューリッヒのブルクヘルツリ病院の精神科医カール・グスタフ・ユング(マイケル・ファスベンダー)のもとに、美しい女性患者が馬車で運ばれてくる。ロシア系ユダヤ人のザビーナ・シュピールライン(キーラ・ナイトレイ)。29歳のユングは、精神分析学の大家であるフロイトが提唱する斬新な”談話療法”を彼女にこころみ、やがて彼女の激しいヒステリー症状が幼少時代の体験にあることがあきらかになっていく。そして、私生活では資産家の妻と裕福で安定した暮らしをおくりながら、尊敬するフロイトの信頼をも勝ち得ていくようになる。

瀟洒な屋敷に暮らす清楚で美しい妻、可愛いこどもたち。妻から贈られたシックな赤い帆のヨット。仕事での成功。すべてが、澄んだ湖面を渡るヨットのように順風満帆に人生が満ち足りていくのに、”談話療法”によって患者のザビーネの深層心理を探索していくうちに、彼女の心の奥深くに秘められていた性的衝動や倒錯的な快楽にいつしかすいこまれていくユング。ユングとザビーネ。しかし、ふたりの関係は1通の匿名の手紙によって、フロイトの知るところになる。性によって心を解明していく科学者フロイトに、オカルトまでに領域をひろげていこうとするユングは対立していき、ザビーネの存在が拍車をかけて師弟は決裂していった。。。

本作は史実に基づく舞台劇をクローネンバーグが熱望して映画化したそうだ。
今だに解明されていない人間の心理学。フロイトの「夢判断」を大学の一般教養の授業で学んだ当時は、納得よりも疑問の方が多かったのだが、歴史の流れで考えていけば、彼のお仕事は心理学を科学分野に導いたノーベル賞級の業績だったのではないだろうか。そのフロイトとペアで登場するセカンド・バッターのような若く少しつっぱしるユング。そんな彼が、最初に談話療法で一定の成果をあげる聡明な女性と不倫関係におちるのもまた人間心理の不可解さだ。

ところで、冒頭に”スキャンダラス”と感じた自分の深層心理をたどってみると、どこがスキャンダラスなのだろうか。
1.妻子ある男性との恋愛
一夫一婦制の社会からみればあってはならないこと。結婚する前に神の前で誓ったことからすれば宗教的にも罪は高し。けれども、同時に複数の女性を好きになってしまうこと、出会いが遅かったために結果的に妻子ある男性を好きになってしまうことも自然の摂理である。世間的には受け容れられないが、それほどスキャンダルでもないか。

2.医師と患者との恋愛
先日、新聞の身の上相談で英語教師と恋愛関係になった男子高校生の悩みが掲載されていたが、やはり立場が上下関係で異なる場合の恋愛は難しい。医師、或いは教師という特権を有利につかって未成年の相手の心を弄んだ、、、という解釈もできなくもない。本作のユングは自己中心的な人物として描かれている。フロイト家に初めて訪問した夕食時、人数分にわかれた料理を盛られた皿を給仕されると、フロイトの6人のこどもたちの人数を考慮せずに、とりたいだけの料理を盛り付けてさっさと自分だけ食べ始めるところなどは、彼の性格分析をしてみたいところだ。ザビーネから誘われたとはいえ、医師としてはやっぱりまずいだろうが、彼にとってはか弱き患者ではなくクライアントなのだからスキャンダルでもない。

3.性的倒錯
何故か、これが一番スキャンダラスさぷんぷん、、、だと感ジル。
ザニーネ演じるキーラ・ナイトレイは、少女時代のヒステリー症状を起こす演技でも圧倒されるのだが、鞭で打たれて恍惚としユングにとりすがる場面では華奢で全く肉感的ではないのに驚くほどエロチックである。きれいな人形のような印象があったキーラだったが渾身の体当たりの演技が、映画をひきしめる。ザビーネを愛するために、ユングも倒錯していくのか。それとも、彼本来の眠っていた趣向が一時的にあずかっていた患者の医師の”自由になれ”というささやきに誘発されてめざめてのだろうか。いずれにせよ、ユングとザビーネのベッドシーンはスキャンダラスな関係につきすすむ。
ここで精神科医としてのありかたに悩むユングに、「治療の過程で、自ら病まなくてはいけないのか」と尋ねられる「自分自身が傷ついてこそ治癒の可能性がある」とこたえる。

きわどいグロテスクな映像で表現できたかもしれないが、クローネンバーグ監督は予想外にも言葉の力で知性的にアピールしていく。3人の俳優の演技が緊張感をもたらし、やっぱりこの監督らしく忘れられない作品となっている。

監督: デヴィッド・クローネンバーグ