千の天使がバスケットボールする

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映画『張込み』に見る日本の原風景

2010-10-29 00:02:22 | Movie
昭和33年に製作された映画『張込み』を観ていると、まるで遠い未開の異国のように思われてくる。確かに半世紀経たとはいえ、こんなに日本は発展して大きく変貌を遂げたのかと、今さらながら驚ろかせられた。映画の物語とは別に、古いアルバムをめくるような感情を思い出しながら、当時の生活様式を想像してみる。
柚木刑事たちは、22時間もかけて冷房もない特急列車で九州まで逃亡している犯人の元恋人を追いかけていく。それでは、いったい新幹線が開通したのはいつの時代かと調べたら、昭和39年10月1日のことだった。この特急列車と新幹線では隔世の感がある。暑さのため、車中では下着のランニング・シャツになっている男性すらいる。(さすがに、ステテコ姿は見かけなかったが)

ところで、私が最も関心がいったのは、刑事が張込みをした木賃宿と犯人の石井と恋人のさだ子が投宿する予定だった旅館の建築様式である。部屋の周囲が渡り廊下で囲まれ、部屋と廊下の間には障子があり、戸外に向いた廊下には一面ガラスがはりめぐらされていて、完全に独立した部屋としてのプライバシーは守れないが、とても風情がある。現代では、このような日本建築の建物は京都などの観光地以外に観ることができなくなってしまった。

また、さだ子が内職で使う足踏み式ミシンは若い頃の母もよく使っていたが、いつの間にか消えていて、あれはいったいどこへ行ったのだろうか。同じようなタイプのミシンを、装飾品としてブティックにおいてあるのを見かけたことがあるが、今から考えると、年期が入るほどに美しくなる機械だった。最近は、電動式のミシンすら我家から消えてしまったが、特に不自由も感じていないから、女性の生活様式も変化した。蛇の目ミシン工業のサイトでミシンの歴史をふりかえると、昭和24年で23000円。昭和29年製作のものでも24000円。サダ子が亭主からもらう生活費が1日100円だったので、240日分である。けっこうな金額だと思ったが、なんと刺繍でもできる最新式の家庭用ミシンでも「セシオ11000」は427000円もする。

サダ子を監視する刑事には、20歳も年上の銀行員の後妻になった彼女の暮らしぶりがうかがえる。お風呂も薪でわかし、湯加減も夫の希望どおりに調節しなければならない。テレビは勿論ない。(木賃宿では、客と従業員が一緒にラヂオを楽しんでいる。)傘は、修理をする人がやってくるところから、大切に使用しているのがわかる。そういえば、こどもの頃は老夫婦が営んでいる傘やさんが商店街にあり、母とその店で赤い傘を選んだ思い出がある。コンビニで買う安い500円のビニール傘を買うのとは異なり、1本1本広げて、サイズや顔写りまでお店の人と検討して買った傘を気に入っていた。雨の日に、傘を夫が勤務する銀行まで届ける場面があるが、それも車で駅まで迎えに行く平成妻に変わった。おでかけは着物。こどもたちのおやつは、スナック菓子ではなく果物の林檎。銭湯の番台には、柚木刑事の見合い相手が未婚の若い娘が座っていて、婚約するかもしれない彼がステテコ姿で体重計に乗っていると、「この頃太ったんじゃないの」と声をかける。露天の混浴風呂以上におおらかだ。
しかし、根本的に変わったと思えるのが、恋人との連絡方法である。最後に柚木刑事が、恋人の弓子との結婚を決意して佐賀駅でプロポーズの電報を打つのだが、今だったら携帯電話かメールだろう。便利さとひきかえに浪漫がなくなったな・・・。