竹と遊ぼう。伊藤千章の日記、

小平市と掛川市の山村を往復して暮らし、マラソン、草花の写真、竹細工、クラフトテープのかご、紙塑人形の写真があります

石見銀山で竹細工を習う、 その三

2009-07-19 04:14:42 | 竹工芸
          
本堂跡の盛り土の上に作った木製の遊具で遊ぶ子供たち
後ろが庫裏
 
当時私は32歳、妻と4歳と2歳の子供を抱えていた。
今思えばなんと無茶な、と思わないでもない。
でもその当時はまさに夢中、こわいもの知らずだった。
 
借りたお寺は家賃月3000円、修理せずにすぐ住める家だった。
オンボロだが中古車も買った。
一ヶ月ほどして家族が引っ越してきた。
 
この家は北向きで、川幅5メートルほどの銀山川にかかった橋を渡り、
石段を上がって行くと、本堂があった場所が盛り土になっている。
大きな楠木と銀杏があり、盛り土の奥に庫裏がある。
後ろは山で寺の墓地になっており、孟宗竹が生えている。
 
石段、楠木という設定は、「隣のととろ」の映画に出てくる家にそっくり、
五右衛門風呂で、水はすぐそばの小さな谷から、
孟宗竹をくりぬいた樋をつないでで引いていた。
 
前の勤めの頃にせっせとお金を貯めていたので、
初めはゆとりがあり、小さな灯油釜や電動轆轤を買って、
陶芸をやるつもりだった。
 
でも物になるわけもない。
まもなく私は町の土建会社で土方をすることになった。
二ヶ月ほど働いたある日、
かなり離れているが、一応隣の家のおじさんが一杯機嫌で遊びに来た。
その人の仕事が竹細工だったのである。
 
                           続く