292)黄蓍(オウギ)のアディポネクチン産生刺激作用

図:黄蓍(オウギ)に含まれるastragaloside IIとisoastragaloside Iが脂肪組織からのアディポネクチンの産生を高める作用が報告されている。アディポネクチンは肝臓や筋肉細胞の受容体に作用してAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し、インスリン抵抗性を改善し、動脈硬化や糖尿病を防ぐ作用がある。さらに、がん細胞におけるAMPKの活性化は様々な抗がん作用を発揮する。ベルベリン(黄柏や黄連に含まれる)やコルジセピン(冬虫夏草に含まれる)やフラボノイド類やメトホルミンなどAMPKを活性化することが報告されている生薬成分や医薬品とオウギの併用は、メタボリック症候群やがんの予防や治療に相乗効果が期待できる。

292)黄蓍(オウギ)のアディポネクチン産生刺激作用

【肥満ががんの発生や再発を促進する理由】

肥満ががんの発生や再発のリスクを高めることは多くの研究で明らかになっています。肥満ががんを促進する最も大きな理由は、「
インスリン抵抗性」を高めるためです。インスリン抵抗性とはインスリンの作用が低下した状態のことです。インスリン抵抗性になるとそれを代償するために血中のインスリン濃度が高まりますが、インスリンはがん細胞の増殖を促進する作用があるため、インスリン抵抗性はがんの発生や再発のリスクを高める結果になるのです。
インスリンは51個のアミノ酸からなるペプチドホルモンで、血糖値(血中のブドウ糖の量)が上がると膵臓のランゲルハンス島のβ細胞から分泌され、血糖値を一定以上に上昇しないように調節する働きをおこなっています。細胞表面にあるインスリン受容体にインスリンが結合することによって作用を発揮し、筋肉細胞へのブドウ糖の取り込みや、脂肪細胞での脂肪合成、肝臓におけるグリコーゲン合成を促進します。
以前は脂肪組織は単なる脂肪を貯蔵する組織と思われていたのですが、最近の研究では、脂肪組織から様々な生理活性物質が産生され、糖や脂肪の代謝を調節する内分泌器官のような役割を持つことが明らかになっています。
例えば、脂肪細胞から分泌される様々な生理理活性物質がインスリンの働きに影響することが知られています。脂肪組織から分泌されるアディポネクチンという蛋白質は、肝臓や筋肉細胞のアディポネクチン受容体に作用し、インスリン感受性を高める作用があります。
肥満になって脂肪が増えると、脂肪組織にマクロファージなどの炎症細胞が浸潤し、TNF-αやIL-6などの炎症性サイトカインの産生が増えます。これらの炎症性サイトカインは脂肪細胞からのアディポネクチンの産生を減少させます。肥満は脂肪組織における炎症を引き起こし、体を一種の慢性炎症状態にしているのです。この慢性炎症状態は、炎症性サイトカインの産生や酸化ストレスを高め、発がんを促進する原因にもなります。
肥満によってインスリン抵抗性になりインスリンの働きが弱くなると、それを補うために体はインスリンの分泌量を増やして、血中のインスリン濃度を高めて代償しようとします。インスリンはがん細胞の増殖を促進する作用があります。さらに、インスリンはがん細胞の増殖を促進するインスリン様成長因子-1(IGF-1)の活性を高めます。高インスリン血症は、IGF-1の活性を制御しているIGF-1結合蛋白の産生量を減少させ、その結果、IGF-1の活性が高まります。IGF-1はがん細胞の増殖や血管新生や転移を促進する作用が知られています。IGF-1は70個のアミノ酸からなり、インスリンと似た構造をしています。IGF-1受容体とインスリン受容体も類似しており、IGF-1とインスリンが交差反応することが知られています。高インスリン血症では、インスリンがIGF'1受容体に結合して,IGF-1と同じように細胞の増殖を促進します。
さらに糖尿病になって血糖が上がると、がん細胞はブドウ糖をエネルギー源として大量に取り込んでいるため、がん細胞の増殖には有利になります。大腸がんの患者さんは健常な人と比べて、血糖値や血中のインスリン濃度が高いという報告があります。高インスリン血症は肝臓における性ホルモン結合グロブリンの産生を抑制するので、フリーのエストロゲンが血中に増えて、乳がん細胞の増殖を促進することも指摘されています。
このように様々な理由で、高血糖や高インスリン血症がある場合は、がんの発生と再発のリスクが高くなります。そして肥満は、アディポネクチンの産生を減らし、インスリン抵抗性を高め、高インスリン血症や高血糖の原因となるので、がんを促進する原因となるのです。さらに、肥満によって体内における炎症性サイトカインの産生や酸化ストレスが高まることもがんの発生や進展を促進しています。
メタボリック症候群(Metabolic syndrome:メタボリック・シンドローム)は内臓脂肪型肥満、高血糖、高脂血症、高血圧などの症状を呈する状態で、この病態の基礎には脂肪組織における炎症状態や、それに伴うインスリン抵抗性が関連しています。メタボリック症候群は発がんの危険因子として知られていますが、その理由の一つは、インスリンの感受性が低下しているので高インスリン血症の状態にあるためと考えられています。
糖尿病があるとがんの進行が早く転移しやすいことも指摘されています。高血糖や高インスリン血症ががん細胞の増殖を促進するからです。
また、糖尿病は高血圧や動脈硬化性心疾患や腎障害や神経障害などの原因になり、酸化ストレスを高め、老化を促進することになります。インスリンが老化を早めて、寿命を短くする働きがあることも指摘されています。

【黄蓍(オウギ)のアディポネクチン産生刺激作用】
アディポネクチンを増やすには、体脂肪を減らすことが必要です。もし、アディポネクチンの産生を増やすような薬やサプリメントがあれば、動脈硬化性疾患やがんの予防や治療に役立つ可能性があります。
漢方薬に使う生薬でアディポネクチンを増やす効果が報告されているものに黄蓍(オウギ)があります。黄耆はマメ科のキバナオウギおよびナイモウオウギの根で、病気全般に対する抵抗力を高める効果があります。体表の新陳代謝や血液循環を促進し、皮膚の栄養状態を改善する効果や、細胞の代謝機能を増強し、再生肝におけるDNA合成を促進するなどの作用も報告されています。
漢方では生命エネルギーを「」という概念で現し、気の量に不足を生じた状態を気虚(ききょ)といいます。気虚とは生命体としての活力である生命エネルギーの低下した状態であり、新陳代謝の低下・諸々の臓器機能の低下・抵抗力の低下した状態です。元気がない・疲れやすい・食欲がない、手足がだるいなどの症状が出てきます。気の量を高める生薬を「補気薬」と言い、オウギは代表的な補気薬の一つで、がんの漢方治療では、高麗人参と並んでも最も多く使用される生薬です。
例えば、肺がんの抗がん剤治療において、オウギを含む漢方薬を併用すると、12ヶ月後の死亡数が30%以上減少し、奏功率やQOL(生活の質)の改善率は30%以上上昇し、高度の骨髄障害の頻度が半分以下になるというメタ解析の結果が報告されています。(18話参照)
このようにがんの漢方治療で極めて使用頻度と有用性の高いオウギが、アディポネクチンの産生を高める効果が報告されています。



Selectice elevation of adiponectin production by the natural compounds derived from a medicinal herb alleviates insulin resistance and glucose intolerance in obese mice.(生薬由来の天然成分によるアディポネクチン産生の選択的上昇は、肥満マウスのインスリン抵抗性と耐糖能障害を改善する)Endocrinology 150(2): 625-633, 2009
【要旨】アディポネクチンは脂肪細胞から産生されるインスリン感受性を高める作用があるホルモンで、抗糖尿病、抗炎症、抗動脈硬化作用がある。肥満に伴う血中アディポネクチン量の低下は、糖尿病や循環器系疾患のリスクを高めることが明らかになっており、したがって、アディポネクチンの産生を高めることを目的とした薬物治療はこれらの疾患の予防や治療に役立つことが予想される。この論文では、伝統医療で使用されている生薬の黄蓍(オウギ)に含まれる天然成分(astragaloside IIとisoastragaloside I)にアディポネクチン産生を高める効果があることを確認した。
培養した脂肪細胞を使った実験で、astragaloside IIとisoastragaloside Iはアディポネクチン以外のadipokine(脂肪細胞が産生する生理活性物質)の産生に影響せず、アディポネクチンの産生のみを選択的に高めた。
さらに、この2つの成分と、チアゾリジン系血糖降下薬(インスリン感受性を高める作用がある)のロシグリタゾン(rosiglitazone)は、アディポネクチン産生作用において相乗効果を認めた。
食事性および遺伝性の肥満マウスに、astragaloside IIとisoastragaloside Iを長期間投与すると、血中の総アディポネクチン濃度が著明に上昇し、生理活性がより高い高分子量(多量体)のアディポネクチンが選択的に増加した。このような変化により、高脂血症や耐糖能異常やインスリン抵抗性が改善した。
インスリン感受性や糖代謝に及ぼすastragaloside IIとisoastragaloside Iの作用はアディポネクチン遺伝子をノックアウトしたマウスでは観察されなかった。
以上の結果から、血中のアディポネクチンの量を増やす薬効は、インスリン耐性を軽減し糖尿病を改善する効果があることが確かめられ、将来的な医薬品の開発において、アディポネクチンはバイオマーカーとして有用である。また、astragaloside IIとisoastragaloside Iの2つの天然成分は肥満関連疾患の新規の治療薬の候補となる可能性がある。



この論文では、アディポネクチンの産生を高める効果をもった成分を探索するために、中国伝統医学で使用される50以上の生薬の活性成分をスクリーニングし、オウギに含まれるastragaloside IIとisoastragaloside Iに強い活性を発見しています。
アディポネクチンは脂肪細胞から分泌される善玉ホルモンのような蛋白質で、血糖値を下げるインスリンの働きを改善したり内臓脂肪を分解したりする働きがあります。内臓脂肪が蓄積するとアディポネクチンの血中濃度が下がり、これがメタボリックシンドロームの中心的なメカニズムではないかと考えられています。
アディポネクチンは血中に1分子ずつバラバラにではなく、複数個がくっついた形で存在しています。低分子量(3量体)、中分子量(6量体)、高分子量(12~18量体)です。中でも高分子量アディポネクチンが生理活性が強く、糖尿病では血中の総アディポネクチン濃度が下がるだけではなくその内高分子量アディポネクチンの割合も下がることが問題だと考えられてきました。そしてこの論文では、オウギのastragaloside IIとisoastragaloside Iが血中の総アディポネクチン濃度を高め、特に活性の高い高分子量のアディポネクチンの割合が上昇することを報告しています。

【アディポネクチンとAMP活性化プロテインキナーゼの抗がん作用】
アディポネクチンに抗がん作用があることが報告されています。人の胃がん細胞を移植したマウスにアディポネクチンを注射すると、がんが著しく縮小したという報告があります。また、アディポネクチンの低い人ほど大腸がん、前立腺がん、子宮体がん、乳がん、胃がんの発生率が高いという報告があります。
このアディポネクチンのがん予防効果は、インスリン感受性を高めて血中のインスリン濃度を低下させるためと推測されています。つまり、インスリン感受性を高める(=インスリン抵抗性を低下させる)ことはがんの予防に効果が期待できることが指摘されています。
アディポネクチンがインスリン感受性を高めたり抗がん作用を示す理由は、このホルモンがAMP活性化プロテインキナーゼ(AMP-activated protein kinase:AMPK)を活性化することが関連しています。すなわち、アディポネクチンは肝臓や筋肉細胞のアディポネクチン受容体に結合すると、これらの細胞内でAMP活性化プロテインキナーゼが活性化されます。
AMPKは人から酵母まで真核細胞に高度に保存されているセリン・スレオニンキナーゼ(セリン・スレオニンリン酸化酵素)の一種で、代謝物感知タンパク質キナーゼファミリー(metabolite-sensing protein kinase family)のメンバーとして細胞内のエネルギーのセンサーとして重要な役割を担っています。
全ての真核生物は、細胞が活動するエネルギーとしてアデノシン三リン酸(Adenosine Triphosphate :ATP)というヌクレオチドを利用しています。ATPは「生体のエネルギー通貨」と言われ、エネルギーを要する生物体の反応過程には必ず使用されています。ATPがエネルギーとして使用されるとADP(Adenosine Diphosphate:アデノシン-2-リン酸)とAMP(Adenosine Monophosphate:アデノシン-1-リン酸)が増えます。すなわち、ATP → ADP + リン酸 → AMP+2リン酸というふうに分解され、リン酸を放出する過程でエネルギーが産生されます。
AMPKはこのAMPで活性化されるタンパクリン酸化酵素で、低グルコース、低酸素、虚血、熱ショックのような細胞内 ATP 供給が枯渇する状況において、AMPの増加に反応して活性化されます。
AMPKは細胞内エネルギー(ATP)減少を感知して活性化し、異化の亢進(ATP産生の促進)と同化の抑制(ATP消費の抑制)を誘導し、ATPのレベルを回復させる効果があります。すなわち、AMPKが活性化すると、糖や脂肪や蛋白質の合成は抑制され、一方、糖や脂肪や蛋白質の分解(異化)が亢進してATPが産生されます。したがって、この効果は運動と同じ効果になり、肥満や2型糖尿病の治療に役立つということです。 
AMPK は、α、β、γの3つのサブユニットからなるヘテロ三量体として存在し、AMP がγサブユニットに結合することでその複合体が活性化されます。AMP/ATP比の増加、細胞内pHおよび還元状態の変化、およびクレアチン/ホスホクレアチン比の増加がAMPKを活性化することが知られています。
近年、AMPKががんの発生や増殖を抑制する効果や、がん治療の効果を高める効果が報告されています。  がん細胞ではAMPKの活性が抑制されており、AMPKを活性化するとがん細胞の増殖を抑制できることが報告され、AMPKはがんの予防や治療のターゲットとして有望視されています。AMPKの活性化ががん細胞の増殖を抑制する効果があることは、培養がん細胞や移植腫瘍を使った動物実験など多くの基礎研究で明らかになっています。AMPKは細胞増殖の制御に関連する幾つかのたんぱく質の活性に影響します。次のようなメカニズムが報告されています。
1)AMPKはがん抑制遺伝子のp53を活性化して、がん細胞の増殖を抑制する効果があります。一方、p53の活性化はAMPKを活性化します。つまり、AMPKとがん抑制遺伝子p53は相互に作用してがんを抑制する方向で働きます。
2)AMPKは脂肪酸やコレステロールの合成に必要なacetyl-CoA carboxylase (ACC)とHMG-CoA還元酵素(3-hydroxy-3-methylglutaryl-CoA reductase)の活性を阻害します。ACCの阻害によって脂肪酸の合成が阻害されると増殖が抑制されます。HMG-CoA還元酵素は、コレステロールやイソプレノイドを合成するメバロン酸経路の律速酵素の一つで、この酵素の阻害剤はスタチン (Statin)として知られ、コレステロール降下剤として広く用いられています。
AMPKはスタチンと同じようにHMG-CoA還元酵素を阻害して、メバロン酸の合成を阻害します。メバロン酸はコレステロールの合成に必要なだけでなく、糖たんぱくの合成や、GTP結合タンパク質(Gタンパク質)のイソプレニル化に必要な物質(geranylpyrophophateやfarnesylpyrophosphate)を作ります。したがって、メバロン酸経路が阻害されると、がん細胞の増殖は抑えられことになります。
3)AMPKは嫌気性解糖系を阻害します。がん細胞では、嫌気性解糖系が亢進しており、ワールブルグ効果として知られています。がん細胞の嫌気性解糖系を阻害することはがん細胞の増殖抑制に有効です。
4)AMPKはmTOR(mammalian target of rapamycin)経路を阻害して蛋白質の合成を抑制し、がん細胞の増殖や血管新生を阻害します。
mTOR(mammalian target of rapamycin)はラパマイシンの標的分子として同定されたセリン・スレオニンキナーゼで、細胞の分裂や生存などの調節に中心的な役割を果たすと考えられています。mTORの活性を阻害すると、がん細胞の増殖や血管新生を阻害することができます。mTOR阻害剤ががんの治療薬として臨床ですでに使用されています。
臨床的にも、AMPKの活性化ががんの発生率を低下させ、がん治療の効果を高めることが報告されています。このようなAMPKの活性化による抗がん作用は糖尿病治療薬のメトホルミン(Metformin)の研究結果から明らかになっています。
メトホルミンは、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を介した細胞内信号伝達系を刺激することによって糖代謝を改善します。すなわち、筋・脂肪組織においてインスリン受容体の数を増加し、インスリン結合を増加させ、インスリン作用を増強してグルコース取り込みを促進します。さらに肝臓に作用して糖新生を抑え、腸管でのブドウ糖吸収を抑制する作用があります。
インスリン抵抗性を改善することは老化やがんの予防に有効であることが明らかになっており、メトホルミン(Metformin)はがん予防や抗老化の薬としても注目されるようになっています。(メトホルミンの抗がん作用については216話217話、参照)
その他、サナギタケに含まれるコルジセピン(232話参照)、赤ぶどうの皮に含まれるレスベラトロール、白花蛇舌草や夏枯草などの抗がん生薬に含まれるオレアノール酸、丹参に含まれるクリプトタンシノン、黄連に含まれるベルベリンなどがAMPKを活性化する作用が報告されています。植物に多く含まれるポリフェノールにもAMP活性化作用があります。薬草に多く含まれるオレアノール酸(Oleanolic acid)は、糖尿病や虚血性心疾患に対する効果が報告されていますが、このオレアノール酸がAMPKを活性化することが報告されています。AMPKの活性化は虚血から心臓を守る働きがあります。(Int J Physiol Pathophysiol Pharmacol. 2009; 1(2): 116~126).オレアノール酸は抗酸化作用や抗炎症作用や抗がん作用や肝臓保護作用などが知られていますが、AMPKを活性化し、心筋を保護する作用もあるので、がん治療の副作用軽減と抗腫瘍効果増強に役立つことが推測されます。
以上のことから、オウギにベルベリン(黄柏や黄連に含まれる)やコルジセピン(冬虫夏草に含まれる)やフラボノイド類やメトホルミンの併用は、AMPKを相乗的に活性化し、インスリン抵抗性の改善や、がんの予防や治療効果を高める効果が期待できると言えます


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